彼の背中③大和の父
わたしの記憶の中にある父の姿は
角帯を貝の口にきりりと結び
いつも必ず背中を向けています
大学で国文学の教授を務めていた父は
お勤めだろうとお休みだろうと
いつでも和装で通しておりました
お出掛けの際は決まってカンカン帽を被り
学会などの長旅には柳行李を携え
雨の日には番傘を差して行きました
お仏壇の上に飾られているセピア色の父は
眼光鋭く厳めしい表情をしてますが
学生さんからは非常に慕われておりました
寡黙で冗談一つ言わない性格で
常に女子供とはどこか距離を置いていて
遊んでもらった記憶はほとんどありません
けれども旅先からの手紙や葉書では
わたしたち家族のことを心配する様子が
流麗な筆致で綴られておりました
不器用で感情表現が苦手な父は
気恥ずかしさを悟られてしまわぬよう
あえて正面を向かなかったのかもしれません