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流星の泪  作者: 退廃さん
8/22

現実

「おばさん、ありがとうございました。」


「いいのよ、またいつでもいらっしゃい。」




玄関先で夏生は頭をさげた。


「お邪魔しました、」


「いいえ、あばさんお節介だから。」


ニコニコとした昴の母親につられて夏生は少し笑う。


「なっちゃん、やっと笑ってくれたわね、」


「えと、」


つられて不意に笑みをこぼした夏生は少し照れ気味に頬をかく。


「じゃあ、帰ります。」


玄関のドアに手をかけた時、バタバタと二階の階段を駆け下りてくる足音が聞える。


「待って待って、」


中学校のブレザー着替えた昴がドアに手をかける夏生を引き留めた。




「もう、昴!朝から騒がしいわね、」


「母さん、弁当、」


「はいはい、」


「家まで送る、」


「え?学校だろ。優等生のお前が遅刻するとかダメだろ。」


「いいの。かあさーん早く、」




「もう、聞こえてるわよ。はい。」


弁当をカバンに詰めると夏生の手を取り玄関を開ける。


「行ってきまーす、」


「お邪魔しました、」


「はい、いってらっしゃい。ほらなっちゃんも学校でしょ、遅刻しちゃ大変、」


「あ・・・・、はい。」


つかの間の時間だった。現実は厳しい。夏生はグッと手を握る。


「なーつーきー!」


「分かった、今行く、」


「昴をお願いね、なっちゃん何かあったら連絡してちょうだい。」


「はい、じゃあお邪魔しました、」


「はい、いってらっしゃい。」




見送る昴の母親に頭を下げ、夏生は昴に手を引かれ歩き出す。


「・・・・、」


黙ったまま夏生は歩く。制服姿の昴。ふだんなら同じ制服で歩いていた。


沈黙を続ける夏生に昴は黙々と歩く。


なんと声をかけていいもか分からない。でも一つだけ言える事。。


昴は夏生の手を握りしめ、スゥと息を吸い込み大声を上げる。


「俺は、絶対、お前の手を離さない!お前の笑う顔も怒った顔も、泣いた顔も、ツンデレな所も、俺はだいすきだっ!俺を振り回すお前がすきだ、」


「ちょ、声でかい、」


「いいんだよ!これが俺の気持ち、言葉が足らなくてどうしようもないけど、無償に愛してる、」


夏生を引き寄せ抱きしめ瞼にキスをする。


「お前がいないとか考えたくもない、」


そっと夏生の細い首に手をかけ昨日、昴が付けたキスマークに触れる。


「これが消えたら、またつけてやる。・・・・お前のマジ咬みの痕も、」


「わ、分かったから、お前、もう喋るな、」


俯いた夏生の耳が少し赤くなる。


「もお、可愛いなお前は!」


「声でかいってば!人がいるだろ、」


夏生の言葉通り通勤する人や通学中の人たちとすれ違う。


「大丈夫、お前は中学生の男子には見えないから、」


「はあ!?どーゆー意味だよ、」


昴は伸ばしっぱなしの夏生の髪に触れる。


「今度、髪留め買ってやる。」


「乙女か!俺は男だ!完全な男子だよっ」


「俺、ここまでてイイから、」


「え、家まで送るよ。」




夏生は抱き着いた昴から体を離すと、


「行ってこい、」


と言葉にしながら昴にキスをする。


「不意打ちとか卑怯だろー、」


深いため息をはき昴は言う。


「ほら、遅刻する。」


そっと胸から離れ昴の胸を押す。


「・・・・お前がいない学校なんてつまんねぇ・」


「・・・・、」


夏生は言葉に詰まる。


「・・・・ごめん、困らせたな、学校終わったら会いに行く。」


「うん、待ってる。いってこい。」


「分かった。・・・・浮気するなよ、」


「ばか、お前以外にいるかよ、」


夏生は知らない。学校で密かに夏生が女子からの噂話に始まり、そして意外と男子からも好意を抱かれていることを。


クラスは違えど好意的な瞳から夏生を遠ざける様に、声をかけるそれらに圧をかけて昴は学校ではいつも一緒にいた。


授業中にクラスから姿を消し、屋上でサボっている夏生。図書室で腕をつき寝ている事も、ふらふらと歩く夏生の姿も。どこか近寄りがたい、でもミステリアスな雰囲気を漂わせる夏生。長い前髪から見える猫の様に大きな瞳に見詰められると言葉を忘れる。




そして、それと対に学校では優等生で社交的な昴。容姿端麗で涼し気な目元で相手に応える。勉強ができ、スポーツもぬかりなくこなし、表情は常に明るい。


だがそれはたっだのモノだ。仮面を張り付けて学校では振る舞う。


『疲れる。』


道化の役も単純じゃない。だがそれらの世界から蔽わる様に微笑む夏生の存在に救われる。


『夏生。』と呼べば『昴』と応えてくれる夏生。


いまも思い出す。あの日、図書館で長い前髪を風になびかせ静かに眠る少年の姿を。


図書館で会った時から一瞬で目を奪われた。白く細い首、ふわりとなびく髪。そしてあの瞳。




遅刻上等で学校に向かう昴。


隣で歩く夏生がいない。どこか心もとなくひどく寂しい。


夏生に見せられた離婚届の紙。それが現実だ。


「学校行っても意味ねえな、」


呟きながら昴は学校の正門をくぐった。


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