流れ
父親の葬儀は田舎に住む祖父母の間で静かに取り行われた。
葬式に夏生は参列していない。
祖父母から「一緒に田舎に住もう」というのを断り夏生は一人で家に残った。
縁側に力なく横になり、春から初夏に変わり始めた風に身を委ねる。
ピンポーンと夕暮れに合わせて玄関のチャイムが鳴るが、夏生は出なかった。「夏生ー」と昴の声がする。それでも玄関を開けることはしなかった。
どんな顔でどんな風にどうやって昴に会える。
平常心を保てる自信がない。
(今何日だっけ.)
日付さえも曖昧だ。父親の死から時間は止まってしまったかのように夏生はぼんやりとしている。
やつれきった表情。ご飯が喉を通らず、吐き戻してしまう。ここ最近、何も口にしていない夏生。
(昴・・・・、)
床に指先で昴の名前を書く。
手首に通された髪留めのポンポンが、床にカラカラと音をたてた。
夕暮れが近い。
「すばる・・・・あい、たい、」
と言葉にした瞬間、がさがさと垣根をかきわけ庭へ姿を見せた昴。
「なんだよ、いるんじゃねーか、」
「夏生、大丈夫か?」
「すばる・・・・、」
「俺、何度もお前んちの、チャイム鳴らしてたんだぞ、なんで出ないんだよ、心配してんのに、・・・・俺の事嫌いになったのか?」
夏生は首を振る。
「あいたかった、」
力なく身を起こし昴に両手を伸ばす。
「昴、キス」
昴はどこか安堵したように胸をなでおろし夏生の手を取りキスをする。
「もっと、」
両手の手を取り胸に抱き寄せ夏生が満足するまでキスをした。
「・・・・痩せたな、」
「そうか、」
抱いた肩は華奢だった。
「なんかあったのか?」
「なにもないよ、」
「ちゃんと飯食ってんのか?」
夏生は振る。
「食欲、ない」
「ちゃんと寝れてんのか?」
「眠れない、」
「昴、髪結んで、」
肩先に触れる髪の毛。夏生の前髪を搔き上げゴムで結ぶ。
夏生の大きい瞳は陰を落としている。
「のど、渇いた、」
「冷蔵庫か?」
こくん、と夏生は頷く
「邪魔するな、」
昴は靴を脱ぎリビングにあがる。
リビングは薄暗く随分と散らかってる。
そしてキッチンへ向かった昴は少し驚きを見せる。
(なにがあったんだ、)
キッチンの床は食器やコップがわれて散乱している。
昴は足元に気を付け名が冷蔵庫を開け、食器棚から使えるコップを取り出し夏生の元へ戻る。
「ほら、」
コップに注がれた麦茶に一気に飲み干す。
「ありがと、」
「俺んち行くか?」
夏生は首を振る。
「一緒に帰って、飯くって、温かい風呂に一緒にはいろ、」
「夏生、な?」
夏生の肩を抱き寄せる。
「一緒にかえろ、」
夏生は頷いた。
「よし、決まりだな、」
「立てるか夏生?」
立ち上がろうとするが、力が入らず、すぐに座り込んでしまう。
「ちょっと待ってろ、」
夏生を腕に、縁側を閉め、昴はしゃがみ込む。
「背中、」
「はずかしい、」
「いいから、ほら、」
夏生はゆっくり昴の肩に手をかける。
「じゃあお姫様行きましょうか、」
「・・・・バカか」
垣根に気を付けながら夏生をおんぶして昴は帰路へと足を運ぶ。
首に手を回し昴の背に頬を寄せる。
「昴、だいすき・・・・、」
「俺もだ、」
「お前より俺の方が大好き、」
「じゃあお前の倍より愛してる!」
すれ違う人目を気にせず昴は軽々と夏生を背中にのっけて家へと着いた。