現実
「東屋くん、」
1日の授業が終わり、夏生に会いに足早に廊下を歩く昴に後ろから声が掛かった。振り向けば見慣れない女子が立っていた。
見た目は普通よりも可愛らしい女の子だ。足を内股にしながら昴にはにかんだような照れた笑みを見せていた。
「えっと、今日は日向くんと一緒じゃないんだね、」
「うん。君、名前は?」(めんどくせぇ)
「あ、かすみっていうの。」
「そう、かすみちゃん、どうしたの?」
「あの、えっと・・・・あたしと、」
またもこのパターン。いい加減、そろそろ面倒くさい。
普通の男子だったら大いに喜ぶだろう。
もじもじとする姿も可愛く映るだろう。
だが昴には木端微塵に興味がない。
若干苛立つように昴は口早に言う。
「ごめん、俺付き合ってる子がいるから。」
「え、うそぉ。聞いてないよそんな噂、誰、どこの子っ!あたしより可愛い子!?嘘よ、ねえ誰、東屋くんっ!」
「ごめんね、君より可愛くて大切な人。じゃあ急いでいるから、」
踵を返すと昴は嘆く声を背にスタスタと歩き始めた
(夏生。)
いつも思うのは夏生の事だけ。初めて自分から告白をした、たった一人の相手。そしてつないだ手のひら。
付き合い始めてもうすぐで半年になる。昴は浮気の〃う〃の字もなくひたすら一途に夏生を思う。密かに耳にはいる、夏生の名前。女子が言うならまだしも、男子から裏で囁かれてる好意的な発言に、昴は少なからず不安になる。
(誰にも渡さない、)
女子の顔は全部一緒に見える。男子が口にする夏生の名前に怒りがこみ上げてくる。
(まあ、俺にかなう奴なんてそもそもいないだろ・・・・。)
自分の容姿と頭の良さは伊達じゃない。そう、昴には堂々とした自信がある。顔がよくても馬鹿だと遊びにしかならない。生まれ持った容姿と釣り合う様に昴は勉学に励んでいた。
(あ、髪飾り。・・・・買いに行かなきゃな、)
靴に履き替えた昴は反対側の電車の駅にある雑貨屋へと歩き出した。
(夏生どんなのがいいかな、)
髪を伸ばしっぱなしの猫っ毛の夏生の髪の毛。ふわふわ風に揺れる髪を思い描きながら雑貨屋と足を運んだ。
「よし、」
「ありがとうございましたー」
店員の声を背に少し足早に夏生の家へと向かう。
(どんな顔するだろ、)
浮かれ顔しっぱなしだ。
制服のポケットにしまった髪飾り。プレゼント用の包装までしてもらった。
夏生の家にたどり着き玄関のチャイムを押す。
一度目は反応なし、二度目も反応なし。
「留守か・・・・、」
すると植木が生えた庭の方から声が上がった。
「こっちー、」
「え、夏生?」
「庭の方、こっち、こっち、」
夏生の声の方へと体を向ける。
剪定されていない植木に肩を引きつりながらガサガサと庭へと通り抜けた。
「お帰り、」
「ただいま、」
挨拶の様にキスを交わす。
「こんなとこあったんだ、」
「そ、俺のお気に入りの場所。」
トントンと床を叩き昴を座らせる。
「夏生、はい。」
「ん、なになに、」
昴はポケットから包装された袋を手渡す。
「えーなになに、プレゼント?」
「今日何かあったっけ、記念日とか?」
言いながら包装された袋から髪飾りを取り出す。
「へ?」
手のひらに取り出された髪飾り。
丸いポンポンが付いたゴム。ポンポンの色は可愛らしい薄ピンクで、中に何か入っているのか夕暮れの日差しにキラキラと輝いた。
「可愛いだろ、」
「お、おう。」
「かしてみ、」
昴は夏生の前髪を手で整えながらポンポンを結びつける。
「うん、かわいい・・・・。」
「あ、ありがと、」
「ってお前バカ、なんだよこれ、」
「髪飾り。ほら、買ってやるって言っただろ?」
くくりあげられた前髪。あらわになった小さい額。大きな瞳が昴をとらえる。
「あ、やっぱダメ、」
「はああ?」
「その目、」
「目がなに?俺のコンプレックス!」
「他人には見せられない、」(ほど可愛い)
「返して、今度違うの買ってくるから。」
「いやいい、貰っとく。視界良好。素晴らしい。」
「ダメダメ、お前のその顔俺以外に見せられない。」
「もう!お前ほんとバカ!勉強のし過ぎがお前をダメにしてんのか?」
「うぅぅ、」
嘆く昴。夏生は少し上機嫌だ。
「何か飲むか?っつーかても麦茶しかないけど、」
「うぅぅ、麦茶でいいぃ」
「ほらふざけんなって。・・・・ありがと、」
立ち上がると同時に首を向け昴の頬にキスをする。
「ああ、もう、なーつーきー、お前浮気すんなよ!」
キッチンの方から大きな声で夏生は言う。
「お前見たいな物好きはいねーよ、」
(ソレがあるんだよー、)とは言葉にはできない。
「はい、」
「ありがとうございます。」
コップを受け取り一口飲むと「ふう」と昴は息をはく。
「ここ落ち着くな、」
「だろ、俺の落ち着ける場所。」
結びあげられた髪がふわふわと風に揺れる。
「がっこ、どうだった?」
「んーーーつまんねぇ」
「おもしろくない、」
「みんなうざい、」
「ぜんぜん楽しくねぇ」
「・・・・お前がいない学校なんて、全部、むり、」
夏生は知っている。容姿端麗、誰にも優しく、涼しい顔で笑い、そして頭もいい。そんな学校での昴は道化の仮面を被って心を悟られないように過ごしている事を。
夏生は座っている昴の背中を抱きしめ呟く。
「もう、無理すんな、」
「そうか。・・・・夏生、」
「ん?」
「愛してる」
「俺も愛してるよ、」
背中に感じる夏生の体温。
心穏やかに心地よく気持ちを落ち着かせてくれる。
「昴、塾は?」
「うん、いきたくねーけど。行かなきゃなあ、」
「がんばれ、」
「おう、」
昴は立ち上がり大きく伸びをした。
「じゃあ行ってくるわ、夏生、キスして、」
「お前がしろよ、」
と言いながらも夏生は昴の唇にキスをする。
瞬間、ぎゅっと抱きしめられる。
「お前は子供か、」
「いいのー。」
頬を擦り付け愛おしそうに夏生の細い首を撫でる。
「ほら、いって来い。」
「・・・・うん、また明日な、」
「待ってる、」
頷く夏生。離れがたさが胸にくる。それでも夏生は昴の背を押し笑顔で笑った。
「いってらっしゃい、」
垣根を掻き分け背を向け歩き出す昴の背中を夏生は手を振り見送った。




