美樹の目覚め
ピッピッピッ
心電図音が不気味に鳴り響く。
私は...死んだ!?
目の前には、ベットに横たわる私が居た。
今の状況を理解できない私が私を見ている。
とりあえず一回目をつぶってみるか。
ぐっと瞼を閉じて、息を吐く。思い切り息を吸いながら目を見開いてみた。
あああ...
そう嘆きながら、冷静になれないフワフワした自分に混乱していた。
とりあえず、お決まりの壁抜けと自分に戻れるかチャレンジしてみるか。
幽体離脱のような状況の私は、ポジティブにトライしてみることにした。
もともと私はポジティブだと思ってたけど、こんな状況になっても悲観はしないのね...まぁ、それだけ私には何もかも無かったのかな。
謎の開き直りが急に押し寄せる。
さてさて、壁はすり抜け...られるのね。良し良しと。
美樹は恐る恐る壁に手をつけ、ひょっこりと壁をすり抜けながら頷いた。
あ、お隣さんこんにちは~と声を掛けるが返事は無し。
そりゃそうかと納得したら小さい子供と目が合った。
子供はちょっと苦手なんだよなとすぐ目を反らして、
ふわ~っともとの部屋に戻った。
お次はっと...戻るかな。そう言いながら私は自分のベットへと向かった。
戻れるかなと期待を込めて。
「美樹!!」
あ、母だ。体へ入るより先に声がした方を向いていた。
駆け寄る母は肩を震わせて泣きながら、起きない私を揺さぶった。
ごめんね...今戻るからと聞こえないだろう母に向かって言う。
美樹は自分の中に戻ろうと手をお腹に入れてみた。
あれ?戻らない。なんで??
美樹は中身のない体と透明な自分を何度も何度も繰り返し重ね合わせた。
でも、美樹は1つにはならなかった。ただ、自分の体をさらっと通りすぎるだけだった。
丁度その頃、マジックミラー越しに視線を感じながら、俊介は刑事らしきスーツの男性から事情を聞かれていた。目の前には強面の40代半ばくらい、奥さんはいそうに見えない程、不精ひげがひときわ目を引く。
「丹羽俊介さんは、麻奈美容疑者の夫で間違いありませんか」
「はい...間違いありません。」俊介は生気が抜けたような顔で、刑事の質問を虚ろに答える。
「あの日、あの時刻、麻奈美容疑者が現場に行く事は知っていましたか」
「いいえ。友達とご飯に行くと言っていました」
「そうですか。では、 被害者の田中美樹さんとは元恋人だとか。」
「はい。ただ、別れてからは一度も...いや、一度だけ連絡が来て返しましたが、それ以外は連絡をしていないです」
「じゃぁ、彼女があの電車に乗ることは知らなかったと。」
「はい。まったく。何故...何故、麻奈美はあんなことをしたんでしょうか。彼女...美樹さんの容態は...」
俊介は詰まりながらも混乱と気力が入り交じったように聞く。
「わかりません。麻奈美容疑者は黙秘を続けていますので、こうしてあなたにもお話を伺っております。容疑者と被害者は顔見知りでしたか。」
「いえ...元恋人が仕事先に居るとも言ってませんし、麻奈美と結婚してからは特にそんな話はしていません」
「そうですか。そういえば、麻奈美容疑者は誰とご飯に行くと具体的に言ってましたか」
「友達としか...麻奈美は良く女子会に行ったりしてたので、今回もと思って特に気にしていなかったんです」
「最近、変わった様子はありましたか」
「いや、まったく。仕事も忙しかったし、いつも通りだと...」
「では、あの時間あなたはどこで何をしていましたか」
「仕事してました。近々クライアントと正式な契約が迫ってたので...」
「誰か証言してくれる方は居ますか」
「はい。同僚と一緒でしたから。真壁という者です。もしかして僕も共犯だと疑われてますか」
「いえ、いちお全員にお伺いしてますので。お決まりの確認というやつですよ。とりあえず、わかりました。ありがとうございました。今日の所はお帰りください」そう言いながら出口のドアを開けて退室を促す。
俊介は、被害者の美樹がどうなったか、大変申し訳無いことをしてしまったと自責の念と心配で心が溶けそうであった。
「あの...美樹さんにお会いすることは可能でしょうか。妻のしたことは許されない事です。僕にもそうさせてしまった原因があるはずです。彼女に、美樹さんに、美樹さんのご家族に謝罪に伺わせていただけないでしょうか」
俊介は絞り出すように、今出来ることは何か考え刑事に聞いていた。
「付き添いの刑事を付けましょう。佐々木、一緒に行ってあげなさい」
そう言いながら、見るからに新米と言わんばかりの刑事に指示をした。
「では、丹羽さん、行きましょうか」若い刑事が丹羽に向かって話しかける。
「お願い致します。」丹羽は深々と頭を下げながら刑事の後を付いていく。
刑事課長の日下部清は、丹羽に気づかれないよう、佐々木に目配せをしていた。
登場人物は架空の人物であり、登場するものはすべて架空のお話です。