二人の始り
ハンバーガーを見たら思い出すのは、いつもあの頃の君だった。
電車を待ちながら、私は黄色いブロックの後ろに立っていた。
遠くから空気が押し出され、アナウンスが鳴り響く。
四角い鉄の塊が人をのせて向かってくる合図である。
目の前には有名店の看板が見える。小さい女の子が夢中でハンバーガーにかぶりついている姿がロゴと一緒にアピールしている。
私は、その看板から目を離せずに脳内ワープしていた。
「いただきまーす。」
大きな口を開けて食べる君は、どこか幸せそうに目を細めかぶりつく。
私は、目の前で食べてる君を見るのが、普遍的な幸せだった。
二人で目をあわせて頬笑む。
美味しいね。とソースを口に付けながら満足そうに食べる君の傍らで、この幸せを感じている時間と空間に、私は戻りたいと願っていた。
あれから、どれくらい経ったのだろう。
彼は結婚し、私はまだひとり身で仕事が人生の伴侶となっていた。
白衣の天使とは良く言うが、彼の隣にいるのは、良妻賢母の真っ白い天使のような品のある女性であった。
車があるのにわざわざバスに乗って一緒に出かけるのは、
きっと妻を見せびらかしたいが為に...なんて、私は嫉妬で考えが濁る。
あぁ。本当に愛しているんだな...と心から絶望へと自らを陥れる。
どうせなら、死んで誰のものでも無くなれば良いのに...
私はハッと我に返った。
こんなどす黒い自分が居ることにようやく気づいたのだ。
こんなに好きになったことが無かったからなのか、それとも惨めな自分を肯定し、一生、心に寄り添える何かが欲しかったからなのか、今は分からない。
嫉妬に狂う女を何度も端から見てきたのに、いざ自分がその立場になるとは、
思っても見なかった。
そういえばあの時、別れたことをずっと後悔していたある日の深夜に
友達と酔った勢いで彼に別れてから初めてメールをした。
友達には強がってたが、内心はメールの返信が来なかったらと、
酔いも冷め、恐怖に駆られていた。
返ってきたのは、これからまだ仕事だからまた今度という内容。
深夜にこれから仕事なんてあまりにも嘘臭くて信じられなかった。
私は、メールしたくないという意思表示に感じられて、寂しくて切なくて
お疲れ様でしたとだけ返した。
それから返信もなくただただ時間が過ぎていった。
もし、それでも返信待ってますや再度メールしていたら、何かが変わっていたのだろうか。
諦めずに自分に正直になっていたら、隣に居たのは私だったのかな。
後悔先に立たずとはこの事だなと別の自分が冷静に俯瞰しながら自問自答する。
でも、なぜだろう不思議だな。
これだけ後悔してるのに、彼とはなぜか離れた感じがしない。
彼の奥さんをみても、彼が今まで見せたことのない幸せな表情をしていても、
私には彼が隣に戻ってきてくれる錯覚が未だに拭えない。
末期だな。ストーカーの気持ちが分かる訳だわと別な自分が制す。
ストーカーにだけはなりたくない。否、なっちゃいけないと自分に言い聞かせる。私はまだ大丈夫。戻れる。何度も心で繰り返しながら、平然を装う。
もう、近くには居れないなと、私はここを離れる事にした。
人生を費やした仕事も辞め、長年住み慣れたアパートも出た。
そして今、駅のプラットホームに立って故郷行きの電車を待っている。
まもなく帯幕行きトマトライナー8号が参ります。黄色い線の内側までお下がりください。
聞き馴れたアナウンスと共に電車がホームに入ってきた。
さようなら札幌。そう心で叫んで自分にけじめを無理矢理付けた。
「ふざけんな」
後ろから小さな呟く声がした。
私は振り向く前に電車にはねられていた。