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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第六章 水鏡が示す真実 前編
82/200

13.

 地上に容赦なく光と熱を落としていた太陽は就寝し、今は起きたばかりの月が眠たそうにぼんやりとした光を地上へと届けていた。

 華音ら鏡国高校の生徒と職員は、既に荷物を運び入れてもらったシーサイドホテルで1日目の夜を迎えた。

 夕食は貸切のビュッフェで、沖縄名物料理を堪能。ゴーヤチャンプルやソーキそばやラフテー、ヤシガニ、もずく、デザートには瑞々しいパイナップルに甘いマンゴー、様々な味が魅力のブルーシールアイスなどがズラリと並べられており、中でも華音は海ぶどう丼がお気に入りだった。

 特に意識している訳ではないが、自宅以外では丼ばかり食べている華音である。

 食事を終えた今は自由時間となっており、この間に各自入浴も済ませる。ホテル内には最上階に宿泊客なら誰でも利用出来る大浴場があり、昼間はエメラルドグリーンの海、夜間は満天の星空を望める露天風呂もあって、鏡国高校の生徒達もそちらへ向かう者が多かった。刃、雷、宮本、品川も例に漏れず食事後少し部屋で寛いだ後、揃って大浴場へと向かった。

 華音は部屋に備え付けてある浴室で簡単にシャワーを済ませて浴衣に着替え、冷房の効いた室内の窓際のテーブル席でのんびりゴーヤ茶を飲んでいた。

 ガラス戸の外では夜に沈んだ海が静かに波打つ。

 部屋の内壁は薄い水色で、置かれている3人分のベッドに、チェスト、今使用しているテーブルと馬蹄の椅子など、高級感のある家具類は白や茶色を基調としていて爽やかな色合いであるが、作りは洋風で沖縄らしさは皆無だ。また、普段洋風の自宅で暮らしている華音にとっては全く新鮮味がなく、逆に言えば馴染みある空間だった。

 ちなみに、華音の居るこの部屋は他に刃と雷が使う事になっており、宮本と品川は一回り小さな隣の部屋を使う事になっている。

 まだ彼らが戻って来る気配はなく、暫くは1人の時間を満喫出来そうだ。

 温かいゴーヤ茶は胃をじんわりと温めてくれ、昼間の暑さに疲れた身体と心をほぐしてくれる。初めて飲んだが、案外好きな味だった。

 いつも何かと手放せないスマートフォンは脇に置いたまま、何も考えずにぼんやりと過ごす華音。

 時間が幾らか過ぎた頃、騒がしさが舞い込んで来て静寂はスパッと切り離された。

 華音は、外側から激しく突っつかれるガラス戸を開け放ち、使い魔を招き入れた。

 ゴルゴは室内灯の下を旋回した後、華音の腕に着地した。

 真横の鏡台の鏡面には、オズワルドが待っていた。


「カノン、魔物が出現した」

「だよねー……。沖縄でもコスプレバトルか……」


 残念ながら、昼間の祈りはシーサーには届かなかった。

 華音は諦めて鏡台に近付き、鏡越しにオズワルドと手の平を合わせた。



 バルコニーに出て、辺りを見渡すと、3部屋挟んだ向こうの部屋のバルコニーの手摺に赤い双眸をぎらつかせた真っ黒なチーターの形状の魔物が乗っているのが見えた。

 華音は白いローブを翻し、隣のバルコニーに次々と飛び移って魔物へ近付く。と、魔物も華音に気付き背を向けて1個飛ばしで向こうのバルコニーに飛び移り、十分距離が開くと今度は真上へ飛んで姿を消した。

 華音も隣のバルコニーに着地した所で氷の階段を創り、上を目指す。

 辿り着いたのは、芝生になった屋上広場だ。端に木製のテーブル席が幾つか用意されており、赤い双眸はそのテーブル上で光っていた。

 華音は芝生を踏みしめ、水属性のマナを集める。

 途端、魔物はそこから華音へ飛び掛る。やむを得ず詠唱を中断した華音は杖でその鋭い牙を受け止める。 しかし、視界に赤い双眸が無数に闇の中で浮かび、口で杖にぶら下がる魔物の腹に蹴りを入れて吹き飛ばし、一斉に飛び掛って来たそれらをまとめて相手にする。

 2、3体は杖で弾き、残りの2体は華音が飛び退くと互いに正面衝突して地面に伏せた。

 華音の周りでは5体の狸型の魔物が転がり、既に体勢を立て直したチーター型の魔物が獲物に飛び掛らんとしていた。

 再び迫る牙をするりと躱し、振り向きざまに杖を振るう。が、俊敏な動きで魔物は方向転換。華音の脇腹目掛けて飛んでくる。

 これも横へ飛んで難なく躱したが、着地点には狸の魔物が揃ってお出迎え。

 自ら敵に包囲された華音はそこで杖を大きく円弧状に振るい、黒く塗り潰された視界を一掃。

 横たわる魔物を踏み越え、広い芝生の上を駆ける。

 その後を、チーターの魔物が追って来てぐんぐん風を切って華音との間合いを縮める。形状を裏切る事なく、そのスピードはチーターそのもの。オズワルド憑依によって身体能力がアップしている華音も所詮は人間。自然界最速に敵う筈もない。

 華音は頻りに背後を気にしながら焦る。


『逃げ切るのは無理だぞ』

「わ、分かってる! あ。そうだ」


 華音は1度足を止めて、背後へ向かって冷気を放つ。一瞬にして芝生は凍り付いた。魔物はその上を何の疑いもなしに駆けて来る。

 草原を駆ける事に慣れていても、氷上ではそうもいかない……なんて、華音の考えは浅はかで甘かった。

 魔物は勢いを殺す事なく、また、無様に滑る事もなく、真っ直ぐに獲物を目指していた。

 氷が光を散らし、マナへ還っていく。


『無駄な動きが多いな、お前は』


 脳内に直接響くオズワルドの嫌味は完全スルーし、華音は魔物へ向かって駆け出し接触する寸前で飛躍して魔物の背後へ。と、思ったら魔物もほぼ同時に飛躍して逆に背後を取られてしまい、鋭い牙と爪が間近まで迫る。


「――――っ!」


 咄嗟に身構えた華音の視界を紅蓮が遮る。

 一瞬にして見えなくなった魔物。


 そして。


「芝生が……燃えている」


 目の前で炎の壁が形成され、芝生がメラメラ燃えていた。

 チーターの魔物は炎に飲まれ、既に消滅。

 これはもしかしなくとも。


「お待たせ! 華音」


 炎の向こうから、思った通りドロシーの姿をした桜花が悠然と歩いて来た。


「桜花。助かった」

「すぐに行けなくてごめんなさい。さっきまでお風呂に入ってたの」


 そう言った桜花からはいつものチェリーブロッサムの香りではなく、シャンプーの香りが漂っていた。

 その香りに不謹慎にも華音はドキドキしたが、桜花の肩越しに残りの魔物集団が駆けて行くのが見えて表情を引き締め桜花の横を走り抜ける。

 この時には、芝生を焼いていた炎は消えていた。

 魔物が次々と高い柵を飛び越えて、暗闇の中へ落ちていく。華音も同じ様に空中へ身を投げた。


「あっ! 待ってよ、華音」


 慌てて桜花は華音の後を追い柵の前で一瞬躊躇った後、意を決して飛び越えた。

 ぐんぐんと重力を受けて落ちていく身体。ひらひらの衣装が空気を孕んで大きく波打つ。桜花の眼下には魔物とそれを追う華音が居た。

 華音は頭上には意識を向けず、魔物だけを琥珀色の瞳にしっかり捉えて大気中の水属性のマナを収束させる。

 脳内で呪文が並び、口を静かに開いた――――その時。


「痛っ!?」

『お、おい。カノン!?』


 突如、頭部に何かが衝突し集中力が完全に切れた華音は体勢を崩して地面へと落ちていった。

 幸いにもすぐ真下に青々と生い茂る大木があり、華音の細い身体を受け止めてくれた。

 仰向けの状態で半目を開くと、手ぶらの桜花が降りて来るのが見えた。


「ごめんなさいっ! 杖、落としちゃった――!!」


 静かな夜空によく響いた声に、華音はドッと疲れを感じた。


「にゃあ」

「ん?」


 耳元で猫の鳴き声がし、痛む首を横へ捻るとルビー色の瞳の黒猫がちょこんと座っていた。ドロシーの使い魔の煉獄である。どうやら、杖から動物形体へ戻ったみたいだ。

 煉獄は心配そうに華音を見つめている。

 華音は首同様ズキズキする上体をゆっくり起こし、煉獄を安心させる様に頭を撫でた。


「何とか助かったみたいだから、大丈夫だよ。キミのご主人様に後でちゃんと注意しないと」

「にゃあ」


 煉獄は目を細め、頭を華音の身体に擦り付ける。


「さて、ここから降りなきゃな……」

『そ、そうだ。早く降りろ!』

「オズワルド……。別にお前が直接煉獄(ねこ)に触ってる訳じゃないんだし」

『いいから! オレは猫が嫌いなんだよ!』

「あ。嫌いって言った。てか、口調乱れてない? はいはい。すぐに降り――――あ……」


 バキン。


「マジで!?」


 座っていた枝がへし折れ、華音はまた落下していった。

 今度は地面までの到達が早く、背中を思いっきり打ち付けた。隣で煉獄が華麗な着地を決め、先に地面に着地していた桜花が泣きそうな顔で走り寄って来た。


「華音! やだ……わたしのせいでっ」


 桜花が華音の顔の横で両膝を着き、華音はパッチリと目を開けた。


「いや、まだ死んでない」

「よかったぁ……」


 桜花のアメジスト色の瞳から涙がポロポロ溢れ落ち、華音の頬を濡らした。

 華音は戸惑いつつも、かろうじて動く手で向こうを指差した。


「魔物。追ってくれるかな? オレ、暫く起き上がれそうもないから」


 正直なところ、もういっそこのまま眠ってしまいたい。

 桜花はこくんと頷き、立ち上がると杖に変化した使い魔を携え駆け出した。


「わたしが1匹残らず消してみせるわ!」


 桜花の足音が遠ざかると、華音は杖を抱いてそっと瞳を閉じてみた。


「うん。眠れそう」

『いや、寝るなよ』

「オズワルド。久しぶりにオレは疲れたよ」

『……それは分かるが』


 初めの頃は桜花のドジの数々に大爆笑だったオズワルドだが、最早少しも笑えぬ状況。華音に同情の念を抱いていた。これでは命がいくつあっても足りない。脅威ランキング第1位の座をまだ桜花は魔物や魔女に譲る気はない様だ。

 さすがにこの騒ぎにホテルから誰か出て来るかと心配もしたが、誰1人窓から顔を覗かせる事もなかった。

 数分前までの戦闘が嘘の様に、静かで平和だ。

 睡魔が本気で華音の意識を飲み込もうとする。


『カノン、起きろ。お前に同情はするが、さすがに女性1人に戦わせるのはどうかと思うぞ』


 脳内で凛として響き渡ったオズワルドの声が睡魔を何処かへ追いやった。

 華音は頭を振って、杖を支えに起き上がる。


「そうだ……。まだ魔物は5体も」

「華音、気を付けて! そっちに魔物が行っちゃったわ!」

「は?」


 華音の視界に狸の魔物が飛び込んで来て、咄嗟に杖を振るうと顔面に命中。魔物は地面へ転がった。

 息をつき、華音は混乱する頭を落ち着ける為に目を閉じて意識を集中させる。

 清流の音が聞こえた気がした。

 そして、すぅっと脳内に呪文が浮かび上がり口でなぞる。


「アイシクルスピア!」


 空中に氷の刃が無数出現し、魔物を串刺しにした。

 魔物の双眸が輝きをなくし、姿が希薄になり数秒で消滅した。跡には1人分の生命力が残り、それは主を求めて建物の向こうへと飛んでいった。


『もう魔物の気配はない。全て倒したようだな』


 オズワルドの声で、漸く安心出来た華音はまた杖を支えにし、駆け寄って来た桜花を横目に見る。桜花はまた瞳に涙を溜めていた。


「本当にごめんなさい……」

「いいよ。桜花が殆ど倒したんだし、謝らなくてもいい」

「ありがとう」


 此処で2人の緊張は緩み始める――――が、


『カノン、魔女が近くに居る!』

『オウカちゃん、魔女が近くに居ますわ! ……ですが』


 それぞれの脳内で、魔法使い達がほぼ同時に言い放った。

 華音は緊張の糸を張り直しすぐに動き出す。


「オズワルド、どっちだ?」

『最初に魔物と戦った芝生の広場だ!』

「了解!」


 華音は先程自分が降りて来た方向へ向かって氷の階段を形成させ、一歩踏み出した。当然、桜花もそれに続くかと思われたが。

 桜花は全く別の方向へ向かって駆けていった。


「桜花!?」

「ごめんなさい! わたし、今バスローブ1枚なのよ……。憑依が解ける前に脱衣所まで戻らないと!」

「えぇっ!?」

「あ、後でお詫びに何か持っていくから! 今回はそれで許して! それじゃあ」

「えーっと……」

『カノン、早くしろ!』


 オズワルドに促され、華音は遠ざかっていく桜花から目を離して階段を駆け上っていった。

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