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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第一章 鏡に映る魔法使い
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7.

『カノン、詠唱しろ』


 オズワルドの緊迫した一声で、一時の夢の様に静寂はサッと消え去った。

 華音には分からないが、オズワルドは僅かな魔力を感じ取っていた。

 魔女との因縁の話の中でオズワルドの魔力感知能力について聞いていた為、直接本人から聞かずとも華音には危険が迫っている事が理解出来た。分かりきっている事をわざわざ問うのも時間の無駄だ。華音の動きに一切の無駄はなかった。

 マナが収束し、周囲に巨大な魔法陣が展開される。

 絶好のタイミングで空中から3体の熊の形状の魔物が登場し、地上の魔法陣へ自ら飛び込む形となった。

 頭の中で呪文がズラリと並ぶと、華音は杖を掲げる。


「凍り付け――――アイスブレス!」


 魔法陣が青白く光り、白い煙が出現。飲み込まれた魔物達は一瞬にして凍り付き、魔法陣が消えるのと同時に砕け散った。空中に、複数の光が舞っていった。

 今度こそ、華音は息をつく。これで、もう本日の仕事は終わりだろう。帰ったら水戸が沸かしてくれた風呂に入って疲れを癒そう。その前に、左腕の咬傷と背中の打撲を水戸に気付かれない様にどうにかしなければ……。


『魔女の魔力だ! 西の方角に居る。走れ、カノン!』


 と、これからの計画を立てている脳内に、またしてもオズワルドの声が響いた。

 少しは休憩させてくれと抗議の目をするも、華音はその言葉通りに動き出していた。


「オレ、怪我してるのに……」


 動く度に意識が遠のいてゆく。

 先程、自分のせいで魔物の下敷きにして意識を奪ってしまった男性は大丈夫だろうかと、今更通り過ぎた場所を思い出して心配になる。かと言って、全ての元凶たる魔女が近くに居るとなると、そちらを優先せざるを得ない。心の中で男性の無事を祈る。

 息が苦しくなった所で、オズワルドが静かに『魔女の魔力が感知出来なくなった』と言い、遠慮なく華音は立ち止まった。

 身を屈めて両膝に手を付くと、華音の中から魔法使いが消え、華音は黒髪黒目の、制服を着用した元の姿に戻った。手から杖が離れ、烏へと戻って空中を優雅に羽ばたいた。

 制服のズボンが微かに震え、華音は入れていたスマートフォンを取り出して画面をタップし、一度深呼吸をしてから耳に当てた。


『妹と弟が目を覚ました!』


 電話越しでも、雷の喜びが伝わって来て安心した。微かに、子供の声が聞こえる。


「そっか。良かったな」

『ああ! ところで、お前今何処に居るんだよ? 助けを呼びに行ってくれてるのか? もう大丈夫だから、戻って来いよ。てか、あの変な化け物は? お前、大丈夫なのかよ』


 咄嗟にそんな事を口走っていたな……と、正直、雷に言われるまで華音は忘れていた。


「……化け物は近所の大型犬だったよ。凶暴で飼い主も手に負えなくなっていたみたいで、柵を飛び越えて逃げ出したんだって。今、警察の人が捕まえてくれた。もう大丈夫。今からお前の所に行くのは時間かかるし、お前も早く帰りたいだろ。だから、オレもこのまま帰るよ」

『そうだったのか。何か、夜に無駄に走らせちまってすまねーな。チビ達が駄々こねるし、お言葉に甘えてコンビニ寄ったら帰るわ。礼は明日、改めて』

「気を付けて帰れよ。それじゃあ」

『鏡崎もな。サンキュー。じゃあな』


 耳からスマートフォンを離し、華音は息を吐いた。嘘を淡々と言える自分に、少し嫌気が差した。雷は1ミリも疑っていない。何も親友を傷付ける為についた嘘ではないのに、心に広がる罪悪感と空虚感。ズキズキと、左腕と背中が痛み出す。

 時間を確認した後、スマートフォンをズボンに滑り込ませて、帰ろうかと辺りを見渡す。

 結構走ったが、此処は一体何処なんだろう? 意識した訳ではないが、人気のない道を選んで走っていた様で、周りは見慣れない民家ばかりだった。これでは所在地が分からない。

 華音は思い出した様に再度スマートフォンを取り出して、位置情報を確認した。名前だけしか知らない場所名が記され、此処からそう遠くない場所に駅がある事も確認した。この駅ならば知っている。しかし、随分と遠くまで来たものだ。華音は1駅分を10分程度で走っていた。さすが、別次元の人物の力。こんな身体能力があれば、オリンピックも夢ではない。勿論、あのコスプレ風の衣装を絶対着用で。

 華音は地図を覚え、スマートフォンを戻して歩き出した。




 ガタンゴトンと車内が揺れ、吊り革が揺れる。座席横の金属の棒を右手で握っていた華音の身体も、少しだけ揺れた。普通の人でも見える使い魔は動物扱いとなるので、同乗は不可能だった。今頃、夜空を優雅に飛んでいるだろう。

 座席は会社帰りのサラリーマンやOL、学校帰りの男女で埋まっていたが、華音が座るスペースは十分にあった。それでもその少しの安らぎに甘えないのは自分への戒めではなく、単に降りる駅がすぐだからだ。座ったり立ったりする動作は時間の無駄だし、身体に負担がかかる。況してや、負傷している華音にとっては過酷な動作だ。

 扉横に設置された鏡には、正面に立つ華音と同じ顔をした別人が映り込んでいた。


「今回は倒れなかったな」


 それは褒めているのではなく、貶している。声色や表情から、華音は読み取れる様になっていた。まだ出逢ってそんなに時間は経っていないのに、オズワルドと言う男は分かり易い。これも、同じ生命体であるが故なのだろうか? ……あまりそう思いたくない華音だった。

 他の乗客に変人だと思われたくない華音は、オズワルドにだけ聞こえる様な小声で呟いた。


「散々だった」

「その怪我の事か? それはお前が弱いからだろう? 私のせいではない」

「……散々だった」


 小声だが、2度目のそれは怒気がたっぷりと含まれていた。

 オズワルドはそれ以降、何も語りかけて来なかった。

 気まずい空気が流れ始めると、丁度電車が停って、目的の駅へ到着した。






 いつもより少し大きい月を背に、電柱の上で小さな人影が蠢いた。


「あーあー。今日も魔物倒されちゃったー。おっかしーな……リアルムには魔力のある人間なんて居ないハズなのに」


 逆光になって暗くなっている顔は幼く、口から零れた言葉とは正反対の、楽しそうな表情をしていた。尖った耳の上で2つに結った長髪とフリルたっぷりのケープが夜風にサラサラ揺れる。少女の細い肩には、マシュマロの様にふんわりとした白兎が乗っていて、少女はその頭を撫でると、片足で踊る様に動く。


「もしかして、オズワルドが何かしてるのかなー。だとしたら、すっごい鬱陶しーなー。シーラに報告報告♪」


 少女はそのままそこから落ちる様にして、パッと姿を消した。






 最寄駅から降りてからの記憶があまりない。華音は歩き慣れた道を特別意識せず、勝手に動く両足に任せた。それぐらい、体力が限界に近付いていて、いつ倒れてもおかしくない状況だった。

 魔術は魔力の他に精神力も消費するようで、出血と合わさって華音に疲労を与えている。魔術を使う事に慣れれば、少しの休憩で済むとオズワルドは言う。

 使い魔は華音の横を心配そうに飛んでいるだけで、頼りにはならない。基本的に、主であるオズワルドの命令でしか動けない様になっているのだ。

 オズワルドはいざという時の為に使い魔の魔力を温存したいので、華音が前回と同じ状態になるまでは何もしないつもりである。

 気付いたら、もう家の門が目の前にあった。これを潜れば敷地内だが、玄関まではまだだ。無駄に広い我が家は、容赦なく華音の体力を奪う。

 血の気を失った手で扉を開き、屋内に入れた事に安堵してそこで意識を手放した。

 玄関扉の開閉音を聞き取った水戸が、リビングルームのソファーから腰を上げて玄関まで歩いて来た。帰って来た華音に笑顔で「お帰りなさい」と言うつもりだったが、倒れている姿を見て喫驚し、青褪め、凍りついた。

 色の濃いブレザーのせいで分かり辛いが、左腕には血が滲んでいる。華音は友人に会いに行った筈なのに、これではまるで戦から命からがら帰還したかの様ではないか。もしかして、通り魔にでも出くわしてしまったのだろうか? この辺りは比較的治安が良いとは言え、刃物を持った男が駅構内を彷徨いていたりと、何かと最近は物騒になりつつある。

 水戸は不安を抱きつつ、傍らの受話器を取って救急に電話を掛けた。今度は通じた。

 救急車はすぐに到着し、華音は病院へと運ばれていった。

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