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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第六章 水鏡が示す真実 前編
71/200

2.

 水で濡らしてしっかり絞ったタオルを、華音は目の前のフリルたっぷりの白い衣服に押し当てて表情を渋らせた。


「うーん……やっぱり綺麗には取れないな。それ脱いでもらって、すぐに洗濯を……」

「ひゃあ! いきなり脱げだなんて、カノン大胆だなっ」


 白い衣服を着ている少女は、頬を桜色に染めて態とらしく自身の小さな身体を抱え込んだ。頭の動きに合わせて揺れる長い金髪は、今日も真っ赤なリボンで左右2つに結われてキマっている。


「上着だけだよ。と言うか、子供相手に何も思わないよ。そんな趣味ない」

「アルナは子供じゃないぞっ!」

「ごめん。そうは言っても、外見でしか判断つかないし……」


 仕方なく華音は引き続き、アルナのケープに濡らしたタオルを押し当てるが、芳醇な香りを漂わせる茶色いシミは取れそうもない。

 アルナは目の前で繰り広げられる地味な作業が少し哀れに思った。


「そんなに脱いでほしいなら、アルナは脱ぐぞっ。ていや!」


 だから、ケープを脱ぎ捨てた。


「勢いよすぎ!」


 華音は、後方へ吹き飛んでふわりと舞うケープを素早くキャッチし、そのまま傍らのドラム式洗濯機に投げ入れて蓋をしてスイッチを入れた。

 洗濯機はゴォンゴォンと音を立て、回り始める。

 アルナはその様子を肩に乗せた白兎と一緒に興味津々に見つめ、華音は脱力しきった様に洗面台に両手を着いた。



 昨夜、遊園地での月の魔女アルナとの激闘を終えた後、帰宅したらアルナが帰りを待っていた。あまりの急展開についていけなかった華音であるが、もっと気になったのはアルナの治癒魔術を見た途端に目の色を変えた水戸ちかげの事だ。

 華音は水戸があんなに魔術に興味を示すとは思ってもみなかった。それに、アルナを魔法少女だと信じて疑っていない。ある意味、誤魔化す手間が省けたが、水戸の急変には首を傾げるばかりだ。


(でも、水戸さんって結構抜けてるところあるしな……)


 華音はそう自分を納得させ、問題を1つに絞った。そう、目の前の少女の事である。


「アルナ……。本当にキミは8人の魔女(プラネット)を裏切って、オレの家に住むのか?」


 アルナはあどけない表情で振り返る。


「昨日まではお前呼ばわりだったのに、えらく丁寧になったな?」

「突っ込むとこそこ? いや、まあ……アルナも女の子だし。じゃなくて、質問に答えて」

「えー? また言わせるのか。アルナはカノンに惚れて嫁になりたいから、皆を棄てて此処で暮らす! 以上!」

「たったそれだけ? オレとしてはそう言う趣味ないし……」

「だーかーらーアルナはぁ」

「ババアがガキにちょっかい出してるんじゃないぞ」


 華音と全く同じ声が返ってきたが、華音はこの時は口を閉じていて困惑した様に鏡面を眺めた。

 アルナも華音ではないと分かっていたのか、鏡面を睨んだ。

 2つの視線の集まる鏡面は波紋を描き、ぐにゃりと歪んで、そこに映っていた高校生が魔術師へと変わった。

 華音と同じ顔であるが、髪は水色、瞳は琥珀色、服は青いラインと鏡の破片が装飾された白いローブの別人――――オズワルド・リデルだった。

 オズワルドは不敵な笑みを湛え、仲良く並ぶ2人を見ていた。

 彼の姿を認めると、アルナは八重歯を見せて飛び掛る様な勢いで鏡面に近付いた。


「出たな! アルナがババアなら、お前はジジイだろうが! このハーフ&ハーフ野郎っ」

「何だそれは。全く悪口になっていないが? 知能も外見と同じ……いや、それ以下なのか」

「はあぁっ!? 大体、お前なんてお呼びじゃないしぃ。アルナはお前の事大っ嫌いなの。さっさと消えて!」

「奇遇だな。私もお前の事は好きではない。しかし、色々と吐いてもらわなければならない事があるからな。仕方なく来てやった」

「仕方なくぅ~? それだよ、その上から目線がアルナ、嫌いなの! アルナ、お前になんて協力しないからなっ」

「そうか。それなら仕方ないな」


 オズワルドが指をパチンと鳴らすと、天窓から青みがかった烏が飛び込んで来てアルナの金髪頭を啄み始めた。


「いたたたたたっ! このドS野郎っ」

「わ……ゴルゴ、駄目だって。オズワルドもこんな……」


 華音は狼狽えつつ、アルナの頭からゴルゴをどけようとする。が、勢いは治まらず、遂に肩で震えていた白兎のほわまろが動き出した。

 ほわまろは持ち前の脚力で跳び上がり、ゴルゴに鋭い前歯を向ける。

 すぐに勘づいたゴルゴは一旦その場から離れ、更にしつこく追ってくるほわまろを翼で叩く。

 ほわまろは負けじとゴルゴへ飛びつき、2羽の小さな戦いが始まった。

 アルナはルビー色の大きな瞳に涙を溜め、オズワルドを睨めつけた。

 対して、オズワルドには反省の色は全くない。

 華音は2羽を見た後、アルナとオズワルドを交互に見遣って困惑した。


「あのさ……何で、互いに認識出来てるの? 確か、オズワルドは同じ生命体であるオレにしか認識出来ないんじゃなかったっけ」


 2人の視線が華音へ同時に向けられた。

 アルナは目を瞬かせ、オズワルドは「それはそうか」と1人納得し少し間を置いて答えた。


「説明する必要がなかったからしなかったが、それはスペクルムとリアルム間での話だ。通常この両次元は互いに干渉し合えないのだが、例外として同じ生命体であるなら特別な道具を使用すれば干渉が可能となる。アルナも元はスペクルムの者だ。従って、同じ次元の存在である私と干渉出来るのは当然の事だ。但し、魂の行き来が出来るのは同じ生命体間だけだが」

「そうだったんだ――――って、わっ」


 華音の顔面がフワフワの物体に覆い隠された。

 華音は落ち着いてそれを片手で掴む。眼前に持ってくると、まんまるの赤目と目が合った。


「ほわまろか。ん? お前、こんなところに模様があったのか」


 初めて、白い毛皮に紛れて首周りだけ黒い毛皮が生えている事に気付いた。まるで、ツキノワグマの様な見事な三日月模様だ。

 ぼんやりとほわまろ観察をしていると、再びゴルゴが襲撃して来た。

 ほわまろが華音の手から離れて床に着地し、向かって来たゴルゴが勢い余って華音と正面衝突した。

 ゴルゴがほわまろの真上に落ち、2羽同時に戦闘不能。華音もその場に蹲って額を押さえた。


「まず、訊きたいのが他の魔女達の居場所だ。奴らは何処にい」

「何、平然と話進めてるんだよ!」


 華音は涙目で、鏡面の魔法使いの言葉を遮った。

 オズワルドは華音を一瞥し、何事もなかったかの様に視界に月の魔女だけを映した。


「それで、どうなんだ」

「うーん……それはアルナにも分からない。って、何その目。本当の事だぞっ! 本拠地を転々としてるからな。前本拠地にしてた廃屋にはもう皆の気配はない。つまり、アルナの知らぬ間にどっかへ移動したんだ……」

「なるほどな」


 アルナが素直に答えているなんて意外だと思いつつも、華音はオズワルドへの怒りが治まらない。完全な八つ当たりであるが、少しは気に掛けてほしかった。


「お前に訊いても無駄だと思うが……ブラックホールの魔女について知っている事を全て話せ」

「はぁ? 最初からアルナが役立たずだと決めつけないでくれる? アルナ、エンテよりも知ってるもんねー! でも、ムカつくから教えな~い。な、カノン」


 アルナが漸く華音を輪の中へ入れるも、彼女も特段華音を気に掛ける様子はなかった。

 こうなると、烏と正面衝突するのはよくある事の1つと錯覚さえ覚え、もうどうでもいいかと華音は気持ちを切り替えた。スッと、アルナを見据える。


「決め付けて悪かった。まあ、決め付けたのはオズワルドなんだけどさ。オレからも頼むよ。敵の情報が足りなさ過ぎるんだ」

「うん! いいぞっ」


 アルナの幼子の様に頑固だった心は、あっさりと真剣な華音へ傾いた。

 アルナは含んだ笑みをオズワルドへ向けると、まず質問を投げかけた。


「100年前、お前がブラックホールの魔女を倒せたのは何でだと思う?」

「何でって……」


 オズワルドは100年前の記憶を手繰り寄せ、思案した。

 魔女が9人も居て、何故ブラックホールの魔女だけを消滅させる事が出来たのか。彼女が最弱だった訳ではない。寧ろ逆で、最強であった。あの時魔女達へ放った魔術を、ブラックホールの魔女ならば消す事が出来た筈だ。それなのに、その素振りすら見せず、今思えばやけにあっさりとオズワルドの魔術を全身に受け入れたものだ。

 そこまで考えて、オズワルドはハッと目を見開いた。


「まさか……奴は態と」

「正解っ! こっちに転生する為に、態と死にました!」

「…………それでは私のした事は……」


 徐々に、オズワルドの顔が青褪めていく。


「……自然とシーラの手助けをしていた事になるねぇ。全ては計算されていたんだ」


 アルナには珍しく、低く真面目な声色だった。


「ブラックホールの魔女の転生完了と、お前達の次元移動……あまりにタイミングがよすぎると思ってはいたが……」

「ブラックホールの魔女を倒せるのはお前しか居なかったからな。それと彼女は、一見エルフの様だけど、エルフなんかじゃない……もっと言えば、この地球上に存在するどの生物にも属さない……得体の知れない生命体なんだ」

「エルフじゃない……」

「アルナ達が魔物を創り出せるのも、彼女がその能力を授けてくれたから。そして、ブラックホールの魔女はこのトーキョーに眠っている」

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