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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第五章 月夜のパレード
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13.

「こほっ、こほっ」


 アルナは蹲って咳き込んだ。地面も、彼女自身もびしょ濡れだ。

 着地した華音と桜花はその姿に躊躇しつつも、しっかりと敵として見、今度は桜花が動いた。


「可哀想だけど……ごめんね。――――フレイムレイン!」


 術名が木々の隙間でハッキリと響き、上空が赤く燃え上がる。そして、雨の如く次々と炎が対象へ降り注ぐ。

 辺りに鬱蒼と生い茂る木々が音を立てて燃えていく。

 アルナは紅蓮に飲み込まれた。

 暫くは木が爆ぜる音が響き、周囲に黒い煙と焦げ臭さが充満した。

 辺りを喰らい尽くした炎はマナへと還り、吹いた夜風に煙が流れていって豁然とした景色が広がった。

 木々は跡形もない。残されたのはきっと小さな少女の……。


「え? 嘘……だろ」


 華音は瞠目し、情けない声を漏らした。

 桜花も困惑の表情で立ち尽くしている。

 2人の視線の先には変わらずに蹲っているアルナの姿があった。片目を瞑り、歯を食い縛っているが、炎による影響は一切なかった。


「前に言わなかっ……たか? アルナには……月の……加護がある。さっきみたいに、上手く働かない時も……あるけど」


 息を弾ませてそう告げるアルナ。

 正直、2人は安心していた。敵とは言え、焼死体を見たくなどなかったから。尤も、エンテの時の様に光となって消えていたかもしれないが。

 ぼんやりと佇んでいる2人の目の前で、アルナは白光に包まれた。

 2人は目を開けていられず、反射的に閉じた。

 気付くと、アルナ自身はそこにいたが、全身の傷が全て綺麗さっぱり消え去っていた。

 アルナはゆっくりと立ち上がる。


「こんだけの傷癒すのはちょっとしんどい。そろそろ終わりにしよっかなー」


 ルビー色の瞳が怪しく光り、口が三日月型に歪む。

 華音と桜花が臨戦態勢を取るよりも早く、月の魔女はその脇を走り抜けていった。

 すぐに振り返れば、アルナが肉体強化をした両腕でベンチを軽々と持ち上げ、今まさに2人に向かって投げつけようとしていた。

 ベンチが小さな両腕から離れ、弧を描いて落下する。

 華音は桜花を背に庇い、琥珀色の瞳を吊り上げて杖を掲げる。すると、水属性のマナがベンチをまるごと包み込み氷漬けに。華音はそれを更に杖で叩いて粉砕する。

 ガラス片の様に、地面に氷が散らばった。

 アルナはそれを踏みながら走り、間合いを詰める。

 華音が杖を盾にすると、眼前でアルナが兎の様にぴょんと跳んだ。着地したのは、桜花の背後。

 桜花は瞬時に反応出来ず、アルナの両の手の平に叩き飛ばされた。

 アルナは桜花がうつ伏せたところへ、氷漬けのベンチの破片を投げ付ける。

 桜花は起き上がりながら擦れ擦れで躱し、無防備なアルナの背中に華音が杖を振り下ろす。


「無駄だぞっ」


 アルナは振り向くと同時に杖を片手で受け止め、そのまま掴んで杖ごと華音を投げ飛ばす。と、今度は桜花が杖をアルナに振り下ろす。

 アルナはそれすらも余裕の笑みで回避。ローズクオーツの杖をリボンのあしらわれたブーツで蹴り上げる。

 杖は空高くまで飛び、砂埃を払って起き上がっている華音目掛けて落下。


「わっ……」


 杖は華音の真横に一瞬直立して、カランと倒れた。あと数センチずれていたら、身体に貫通していた。そう思うと、華音は背筋が凍り付いた。

 華音の目の前では、桜花が魔女との激闘を開始している。

 杖を失っても、桜花は動揺しない。代わりに火属性のマナで火の剣を複数創り出し、自身の周りに浮かべ、アルナへ向かって一斉に放つ。


「くらいなさい!」

「王女様、こっわいなぁ」


 アルナは笑顔を崩さず、魔法壁で防いでこちらへ向いていた剣先を全て術者の方へ向けさせる。

 勢いを増した剣は桜花のもとへ戻って来て、桜花は横へ飛び退いた。

 華音がアルナのもとへ走っていくと、いつの間にか黒猫の姿に戻った煉獄が横を走り過ぎていった。

 煉獄は飛躍して宙返りすると、淡い桜色の光を放ってまた杖へ戻り、桜花の手に収まった。

 桜花は戻った武器の感触を確かめる様に、遠慮なくアルナに振るう。

 アルナが後ろへ飛び退くと、その着地点へ華音が水属性のマナを収束させ、彼女の足を巻き込んで凍りつかせる。


「アイシクルスピア!」


 華音の追撃。無数の氷の刃が飛び交う。


「はわわ!」


 アルナは咄嗟に白兎を抱きかかえて背中を丸めた。

 氷の刃が次々と、身動きの取れないアルナに突き刺さる。柔らかい血色の良い頬が裂け、白いケープがボロボロになって所々血が滲んだ。

 両足を拘束する氷が解け、代わりに滴り落ちた血が足元に広がった。


「いったたー……。前戦った時は大した事ないなーって思ったのに、いつの間に迷いがなくなったの。やっぱエンテ倒したから自信ついちゃった?」

「……まだ完全になくなった訳じゃないけど、許せないから」


 華音は俯き、手の震えを抑える様に杖を強く握った。


「生命力の事? いいじゃん。お前には無関係な人なんだしさ」

「お前……!」

「それに、ほらっ」


 アルナがパチンと指を鳴らすと、空中に小型のブラックホールの様な闇が出現し、魔物がぞろぞろと出現した。

 真っ黒な胴体から、淡い光がほんのり透けて見えた。


「アルナ、まだシーラのとこに送ってないしぃ」

「ど……どう言う事だ」

「さっきのは、お前の絶望に満ちた顔が見たかったから嘘を言っただけ! アルナ、まだ遊び足りないもん。魔物ちゃんもそう言ってるぞ? シーラのとこ行くのはぜーんぶ終わってからだから、安心しろ!」


 狼型の魔物達はギュルギュル唸り声を牙の隙間から漏らし、前足の鋭い爪でタイルを引っ掻いている。


「オズワルドモドキ、王女モドキ、遊びましょ♪」


 それを合図に、魔物達は一斉に華音と桜花に飛び掛る。

 2人が魔物の相手をしている間に、アルナは治癒術で全身の傷を綺麗に消し去った。


「さてさて、もっと面白い遊び思いついちゃった!」


 悪戯な笑みを浮かべた魔女は白光に包まれた。




 華音は杖を円弧状に振り回し、周囲の魔物を一掃する。開けた視界の向こうでは、同じく桜花が魔物を一掃したところだった。

 2人はほぼ同じタイミングで詠唱する。

 華音の周囲には水属性のマナが、桜花の周囲には火属性のマナが集まって少しずつ形になっていく。


「アイスブレス!」

「ファイアブレス!」


 冷気の波、熱気の波、それぞれが対象を丸呑みして消し去った。

 十分に冷やされた空気と熱せられた空気が衝突し、水蒸気となって辺りを白く染め上げる。その中で、生命力が星の様に煌めいて舞い上がっていった。

 数秒で視界はクリアになり、華音の隣には桜花が居た。

 いつの間に移動したのだろう? と疑問に思いつつも、華音は桜花を見た。


「これで倒れた人も……――――桜花!?」


 突然、桜花が杖の先を華音の喉笛に突き付けてきた。

 赤い前髪から覗くアメジスト色の瞳は、獣の様に鋭かった。

 桜色の唇が動く。


「キミ……華音じゃないでしょ?」

「な、何言ってるんだよ……」

「だって……」


 桜花が振り返ると、そこには華音と全く同じ姿の人物が立って居た。

 華音は目を見開く。


「は? え……何でオレがもう1人?」

「それはキミが偽物に決まっているからでしょう?」


 桜花は杖を1度手元に戻し、勢いよく振るう。

 華音は後方へ跳び、桜花ともう1人の自分を見た。

 桜花の後ろに居るのは間違いなく華音……。だけど、そんな筈はない。華音は自分であるのだから。混乱し始めた今、頼れるのは彼だけだ。そう、あちらの世界の自分唯1人。


「オズワルド、何がどうなっているんだ」

『……惑わしの術』

「惑わしの……?」

『そうだ。最初、アルナは別の人物の姿で現れただろう? それと同じだ。アイツはそう言った魔術も使える。恐らく、どちらかがオウカで、どちらかがアルナだろう』

「どちらかがって、そんな曖昧な。どうやって見分けたら……」

『手っ取り早く、両方に水でも浴びせればいいんじゃないか?』

「いや! それは雑過ぎる!」

『何、単なる水だ。攻撃ではないから、怪我もしない。それに、今は考えている暇はないぞ?』

「……うわっ」


 華音の視界の端にローズクオーツの杖が飛び込み、華音は青水晶の杖で受け止める。


「ちょっと! 何で、わたしがもう1人居るのよ」


 走って来たもう1人の華音がそう言って、戦闘に割り込もうとする。

 この台詞が彼が桜花である事の証明となったが、アルナが演じている可能性も否定出来無い。

 華音は桜花の杖を押し返し、間合いを取って水属性のマナを集めて放つ。

 殺傷能力を持たない柔らかい大波が2人纏めて飲み込む。

 地面が水浸しになり、ペタンと座る少女が2人。華音に一番近い所にはアルナが、少し離れた所には桜花が水を滴らせていた。


「随分と手荒な方法だなっ」

「もう華音! 酷いじゃない!」


 アルナは声を弾ませ、桜花は声を荒げた。

 華音は申し訳ないと言う気持ちと、桜花の濡れて艶かしい姿を見るのが気恥ずかしい気持ちで、小さな声で謝罪を口にしてから横を向いた。

 濡れて衣服が肌に貼り付いても尚、身体の凹凸が全く目立たないアルナは立ち上がり、あどけない表情で遠くに見える観覧車を指差した。


「最後の舞台はあそこにしてやるぞっ」


 そう言って、水溜りを残して月の魔女はパッと消えた。

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