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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第五章 月夜のパレード
62/200

10.

 魔物が出現する少し前。

 空は十分夜色(やしょく)に染まり、紺色の中で星屑がチカチカ煌めき出して彼らを従える様に銀色の満月が一層強い光を地上へ届けた。

 通路沿いの洋風な街灯やアトラクションにも眩い光が灯り、地上も天上に負けず劣らず美しい光の海へ変貌した。

 その中でも圧倒的存在感を放つ建造物を目指して、華音と桜花は煉瓦造りの街道をゆるゆると歩いた。途中行き交うのは同年代か、それ以上の年代の男女が比較的多くなった。小さな子供の姿は殆どなかった。


「ここでさえ、こんなに夜景が綺麗だもの。観覧車から見たら凄いだろうなぁ」


 桜花は純白のワンピースを翻し、踊る様に足取りを軽くした。まるで、地上へ舞い降りた天使の様な美しさと純粋さがあった。

 タオルを貸してほしいと頼んだ飲食店の女性店員が親切に、従業員用の乾燥機で桜花の服を手早く丁寧に乾かしてくれたのだ。もう華音のパーカーを着る意味はなくなり、元通り華音が現在パーカーを着ていた。


「都心の高層ビルよりも、きっと綺麗だと思うよ。海も見えるし」


 華音は穏やかな表情で、軽やかに舞う天使の半歩後ろをついていく。

 高台に、天高く聳え立つ観覧車は光を散らしながらくるくる規則的に回っていた。すぐ近くには、マスコットキャラクターのにゃにゃっぴーの巨大バルーンが鎮座していた。

 桜花の目は真っ先に、目的のものから逸れてにゃにゃっぴーの方を向いた。


「あんなところに大きなにゃにゃっぴーが居たんだ! 可愛いなぁ」

「可愛い? うーん……」


 華音は未だに同意出来なかった。

 唯、まだ着ぐるみよりはマシだと思った。顔のパーツが平面にプリントされている分、あの強烈な目力は半減していた。

 巨大にゃにゃっぴーの正体は、子供用のボールプールだった。腹の部分から中へ入れる様になっており、中は大量の柔らかいボールで埋め尽くされていた。近くまで来て確認するなり、桜花は少し悔しそうだった。いくらキャラクターが好きだからと言って、高校生が子供に混じってはしゃぐ事は憚られた。

 にゃにゃっぴーの脇には、観覧車へと続く階段が数段待ち構えていた。

 華音が先に階段を上り終え、にゃにゃっぴーとの別れを名残惜しそうにしながらも桜花も後に続いた。

 その時、華音の横を1人の男性が通り過ぎ、突如階段下へ向かってダイブした。その先には、片足を一段目に乗せた桜花が居た。


「桜花、危ない!」


 華音が動くより先に、男性は桜花に抱きつく様にして共に地面に転がった。

 華音は青褪め、階段を駆け下りた。

 男性の下敷きになってしまった桜花は頭を強く打ち付けて、小さく呻くだけで身動きが取れない状態だった。

 華音は桜花を助けようとして、ギョッとした。

 男性の頭部が桜花の豊満な胸の谷間に埋もれていたのだ。

 華音の顔が次第に青から赤へ色を変えた。


「な、なな何してるんだ! 桜花から離れろ!」


 男性の片腕を乱暴に掴み、起き上がらせようとしたが、男性の全身の筋肉は弛緩(しかん)していた。まるで、力尽きたマリオネットの如く自在に動かす事が出来なかった。

 男性には、既に意識はなかった。既視感を覚えるが、今は冷静に記憶を手繰り寄せている場合ではなく、華音は渾身の力で男性をどけると、その下で横たわる桜花を抱き起こした。


「桜花! 大丈夫か!?」


 軽く揺すると、栗色の瞳がうっすらと開いた。


「華音。油断をしたわ……。これはわたしの失態。心配する事はないわ」

「何だよ……それ」


 何処かおかしい普段通りの桜花の姿がそこにあって、華音は心底安心した。

 だが、騒々しい夜のパレードはこれが始まりだった。

 ほぼ無傷な状態で桜花が立ち上がると、途端に彼方此方から悲鳴が上がった。

 華音と桜花の近くまで走って来た人は、先程桜花に倒れ込んだ男性同様生気を失って倒れた。

 見渡すと、次々と無差別に人が倒れていく光景が見えた。

 そして、そこには必ず赤い双眸の黒い獣が居た。


「魔物!」


 華音が叫ぶのと同時に、頭上からゴルゴが、足元からは煉獄が現れ、それぞれの主人に近付いた。

 華音と桜花は頷き合うと、視界に入ったオシャレな外観の手洗い場に直行した。


「……って、何で桜花まで男子トイレに?」


 華音は隣の鏡面の前に立つ桜花に疑問の目を向けた。

 桜花は鏡面に映る別次元(スペクルム)の自分――――ドロシーと視線を合わせながら、淡々と答えた。


「男性用、女性用で、鏡の効力が変わる事はないわ」

「うん……? それはそうだね?」


 桜花の返しは斜め上過ぎて、華音の頭でもついていけなかった。

 桜花が鏡面に触れ、眩い桜色の光の中で王女と対面する。

 ドロシーはふわりと微笑むと、桜花を優しく抱き締めて溶け込む様に消えていく。途端、桜花の身体がパッと強い光を放ち、赤茶色の髪は毛先から上品な赤色へ変わって紫の花を連想させる髪飾りが付き、栗色の瞳はアメジスト色に、純白のワンピースは真っ赤なドレスが変形した様な服に、シルクの手袋をはめた手には使い魔が姿を変えたローズクオーツ水晶の杖が収まった。

 周りを取り囲んでいた桜色の光が散り、花びらの様に宙を舞い踊った。

 ドロシーの魂を取り込んだ桜花が戦場へ赴こうとすると、視界の端で未だ鏡面を睨んでいる華音の姿が見えた。


「どうしたの?」

「オズワルドが……オズワルドが居ないんだ」


 華音は自身を映す鏡に手の平を付き、眉を下げた。


「え!? 嘘でしょう?」

『いえ、本当の事ですわ……』


 答えたのは、ドロシーだった。勿論、声は桜花にしか聞こえない。

 ドロシーの言葉に再び驚いて声を失った桜花に、ドロシーは沈んだ声で続けた。


『少し前、オズワルドの部屋を訪ねたら彼の姿は何処にもなく、ティーセットがそのままになっていましたの。オズワルドの朝食をどうしようか悩んでいるメイドを捕まえて、行方を訊いてみたところ、彼は城下街に行ったとの事でした……。しかも、わたしではなくて、マルスと。きっと、2人で今頃ティータイムを楽しんでいるのでしょう……。先を越されましたわ!』


 後半は、熱が込もっていて、マルスに対する怒りと妬みが感じられた。

 桜花はドロシーを宥め、華音へ彼女の言葉を要訳して伝えた。


「オズワルドは、マルスと城下街でティータイムをしているそうよ」

「は、はぁ!?」


 華音は目を剥いた。


「ていうか、マルスって誰」

『城の騎士ですわ』

「城の騎士ですわ」


 ドロシーの言葉を、桜花がそのまま復唱した。

 マルスが城の騎士である事は分かったが、城下街でティータイムという暢気な行動は理解不能だった。それは、彼らとて息抜きは必要だろうが、今の様な状況を作ってしまっては単なるサボりも同然だ。

 華音は無意味に、鏡を叩いた。


「オズワルド! オズワルド・リデル! 早く帰って来てくれ!」


 何度か繰り返し、桜花が先に魔物撃退へ向かおうとした――――その時。

 鏡面に波紋が広がり、ぐにゃりと歪んだ(のち)、そこに映る高校生が魔法使いへと変わった。

 華音は手を下ろし、縋るようにオズワルドを見た。


「良かった。やっと来てくれた」

「すまなかった」


 オズワルドの呼吸は乱れ、白いローブは少し着崩れしていた。急いで来たのは明白だ。しかし、こんなに余裕のないオズワルドを見たのは初めてだった為、華音は驚いていた。


「珍しいな。お前がそんなに取り乱してるなんて」

「城下街に茶葉を買いに行っていた。その時に、魔獣が現れて……って、そんな話をしている場合じゃなかった」

「結局お茶には変わりないのか」

「どう言う意味だ」

「……何でもない。さあ、」

「早く手を重ねろ」

「それ、オレの台詞……」


 華音とオズワルドが鏡越しに手の平を合わせると、カッとそこから光が放たれ、青白い光が2人と使い魔を包み込んだ。

 同じだけど同じでない、よく似た2人が向き合う。

 オズワルドは自信たっぷりな表情で華音の肩をガッと掴むと、重なって1つになる様にして消えていった。瞬間、華音の身体が更に強い光を放ち、黒髪は毛先から水色に、瞳は漆黒色から琥珀色に、服はラフな格好から重量感のある魔術師の白いローブへと変わって、最後に白い手袋をはめた手に使い魔が姿を変えた青水晶の杖が収まった。

 景色が現実のものになると、スペクルムの魔法使いの姿をそっくりそのまま写し取った華音と桜花が並んでいた。

 2人は頷き合って、その場から立ち去ろうとした。


「え……」


 華音は一歩踏み出すと、瞠目して固まった。

 桜花も同じ様に、困惑の表情を浮かべて進行方向を見ていた。


「にゃにゃっぴー……? 何でこんなところに」


 そこには、あの目力がとにかく凄い遊園地のマスコットキャラクターの着ぐるみがぼんやりと佇んでいた。

 大きな双眸は2人の方を向いていた。


「……も、もしかして、今の見られた?」


 華音の不安に満ちた声を合図に、にゃにゃっぴーはくるりと身体の向きを変えて走っていった。

 やや遅れて、華音は着ぐるみを追い掛けた。


「待て!」

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