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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第一章 鏡に映る魔法使い
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4.

「私の代わりに、この世界(リアルム)に潜む魔女を倒せ。1人残らずな」


 鏡越しにオズワルドが得意げに笑い、華音は呆然としていた。

 この魔術師は華音に「倒してほしい」とは言わず、「倒せ」と言った。これはお願いではなく、命令である。唯毎日を平凡に過ごして来た華音にとって、いきなり世界規模の話をされても俯瞰でしか眺める事が出来ず、素直に首を縦に振る事など出来なかった。


「その魔女って、何処に居るのか分かっているのか?」


 己の気を落ち着ける為、華音はオズワルドに訊いてみた。


「正確な場所は分からない。リアルムに来た魔女はこちらの人間に成りすまし、上手く魔力を隠していて、魔力で居場所を探知出来ないんだ。唯、魔物を生み出す時にのみ、一時魔力を解除して私も探知出来る。その瞬間を狙って居場所を特定出来ればと思うのだが、まずは生命力を奪わせない様にする事だな。さもなければ、お前の友人の様に罪もない人間が命を落とす」


 刃は親友だったから助けようと思ったし、自分も狙われていたから戦おうと思った。けれど、この世界に住む全ての人間の命を自分の身を挺して護る事なんて出来るのだろうか。況してや、あるかどうかも自分の目で確かめていない別次元の運命すらもかかっているだなんて、やはり荷が重すぎると華音は思った。俯瞰で眺めていた方がきっと楽だと思った。オズワルドだって、華音が鏡に触れなければ自由にこちらで動く事は出来ない。毎度鏡を見る度に顔を合わせてしまうのは気まずいが……。

 華音は考えた末、静かに口を開いた。


「少し考えさせてくれ」


 オズワルドの返答はなく、どんな顔をしていたのかも確認せずに華音は鏡の前から立ち去った。



***



 華音は刃を見て、呆れ顔を作った。


「お前、ついに自分の記憶を失う程馬鹿になったか」


 刃は心外そうな顔をし、首を左右に振った。


「違うって! いくら馬鹿な俺でも、それはないって! なんかさ、俺、玄関で倒れてたんだよねぇ。事件性ない!? これ」

「玄関でって……酔っ払いかよ」


 雷が笑い、刃は「お前に言ってない」と雷の身体を肘でついた。

 華音は心の中でオズワルドを恨んだ。

 オズワルドの奴、刃を家まで運んだって言ってたけど、扱いが酷すぎるんじゃないか? せめてベッドの上まで運んでおいてやれよ……。

 オズワルドの事は話せないので、華音は苦笑いをするのに留めておいた。

 刃が話題をパッと変えて最近ハマっている美少女アニメの話を熱っぽく話し始め、雷が分からないなりに話に頷いている横で、華音は窓硝子に視線を移した。

 窓硝子に映る自分の姿を魔術師と重ね、壮大な話のその後を考える。自分が当事者になるか、俯瞰して眺めるか。一高校生の自分の選択で、ハッピーエンドにもバッドエンドにもなりうるなんて。耳に入って来た美少女アニメトークに、少し感心してしまった。美少女達は自分の命を魔法使いに捧げ、世界を救う為に悪と立ち向かうのだという。現実と理想は真反対だと頭で理解出来ても、華音には此処がその狭間の様に思えて。オズワルドの役目を代行する気にはまだなれなかった。





 日が頂上から西へ向かって滑り降り始めた頃。華音達のクラスは、白いTシャツに学年カラーのハーフパンツと言うシンプルな体操着姿で体育館に集まっていた。

 鏡国高校は教室が並ぶ校舎だけでなく、体育館もまるでヨーロッパの建造物の様に豪華で美麗だ。ドーム状の内装は2階建てで、1階はコートや舞台がある一般的な造り、2階は1階が一望出来る吹き抜けになっている。この2階には1階へ直接繋がる左右2箇所の階段と、舞台裏へ繋がる2箇所の階段、校舎へと繋がる巨大な橋がある。その他、広いスペースにはテーブル席が設けられ、2階だけ見れば何処かの屋敷の舞踏会に迷い込んでしまったかの様だ。

 そんな体育館で行われるのは体育の授業だ。男子はバスケットボール、女子はバレーボールを行う。本鈴が鳴り終わると、すぐに柔軟体操が始まった。

 華音は身体を前に折り曲げて頭を引っ込めた。

 横では、体操着を着崩した刃が気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


「いつも気高き華音ちゃんを跨ぐ日が来るなんて! 嗚呼、何だかこの光景エロティック~っ」

「お前気持ち悪いんだよ。さっさと跳べ」


 華音が促すと、刃はその笑みのまま助走をつけて馬になった華音を軽々と飛び越えた。


「よっしゃ、俺カッコイイ! まるで騎士様! ね~華音ちゃ……」


 華音の方へ向き直った刃は予期していなかった光景に目を見張った。慌てて華音に駆けつける。

 華音は肩を押さえて蹲っていた。

 そこは、今さっき刃が手を付いた箇所だ。そんなに強く押さえつけていなかった筈だが、華音の痛がりようは異常だった。


「ご、ごめん。痛かったか?」

「……何でもない」


 華音は顔を上げて立ち上がろうとしたが、また激痛を感じて蹲った。

 近くで別の相手と馬跳びをしていた雷も、華音の異常に気付いた。


「刃……。お前、鏡崎に何したんだよ」

「お、俺じゃないって! あ、いや、俺かもしんねーけど……。な、なあ。大丈夫か? 鏡崎」


 今度は華音からの返答はなく、刃の顔は青ざめていった。周りも、1人、2人と、徐々に異常に気付き始めた。

 雷は刃の横を通り過ぎ、華音の前で膝を付いた。


「ちょっと、見せてくれ」


 雷は肩を押さえる華音の手をどけて、襟ぐりを広げた。


「ほ、包帯?」


 刃は目を瞬かせ、雷は手を離して眉根を寄せた。


「怪我してたのか。何があっ」

「転んだんだよ! 家の階段で。もう大丈夫」


 華音は雷に訊かれる前に答え、サッと立ち上がった。勿論、華音の言動全てが嘘である。怪我をした訳も、大丈夫だと立ち上がった事も。

 残念ながら、長い時間共に過ごして来た刃と雷には華音の精一杯の嘘は全てお見通しだった。しかし、敢えてそれを口にしないのが親友。雷は華音の腕を掴んで、体育教師の前に突き出した。


「鏡崎、怪我してるみたいなんで見学させてもらってもいいですか?」

「あら? そうなの? 確かに顔色もあんまりよくないわね。いいわ。今日は上で休んでいなさい」


 男女関係なく厳しい彼女も、優等生の事を信じて労りの柔らかい笑みを浮かべた。


「いや、オレは別に大丈夫だから……」


 華音の2度目の嘘も、親友に気付かれ、教師にも気付かれた。皆、華音の言葉を聞き入れず、ほぼ強制的に1階から追いやった。

 華音は諦め、手摺を伝って階段を上がった。

 階段を上りきって真っ直ぐ行った所にテーブル席があり、既に先客が居た。別の方へ行こうかとも思ったが移動が面倒だったので、既に1つ埋まっている席の向かいに少し遠慮がちに腰掛けた。

 華音と視線が合った、おさげのジャージ姿の少女がにっこり笑った。


「鏡崎くんも見学なんだー。何処か悪いの?」

「ちょっと怪我で。柄本えもとさんは身体が弱いんだっけ……」


 クラスメイトの事は大概記憶している華音だが、親友以外と話す機会があまりないので実際に今喋ってみて、記憶に少し自信がなくなった。身体が弱く、見た目が大人しい割には、彼女は太陽の様に明るく、記憶していた姿と正反対だった。


「うん。心臓がね。いっつも1人で見学だから、退屈してたんだよぉ。実は。今日は鏡崎くんがいるし、きっと退屈しないかな」

「それは気の毒だけど、遊びに来てるんじゃないんだし」

「真面目だねぇ。でもさー、前から訊きたかったんだけど、そんな鏡崎くんが何で風間くんと高木くんと仲が良いの? あの2人って不良じゃない」


 柄本は両手で頬杖をついて、興味津々に華音を見つめた。

 何となく面映かったので、華音は視線を逸らした。


「真面目とか、不真面目とか、そんなもので線引きはしないよ。オレもアイツらも、キミも、特別じゃないんだ」

「へぇ。鏡崎くんがモテる理由、何となく分かった気がする」

「はい?」


 華音が柄本に視線を戻すと、今度は柄本が視線を逸らした。


「おぉ~。皆頑張ってるぅ」


 柄本は1階を眺めていた。1階では、男子がバスケットボールを、女子がバレーボールの試合をしていて白熱していた。

 華音も同じ方を見遣ると、丁度刃が見えた。彼は目の前のボールよりも、女子の方に夢中な様で鼻の下が伸びていた。せっかくのパスを台無しにされた男子が怒り、刃にタックル。そこに雷も加わって、刃は何故か「華音ちゃ――ん」と、その場には居ない華音に助けを求めた。


「鏡崎くん、呼ばれてるよ?」


 柄本が笑いながら華音の方を見、華音は頭を抱えた。


「アレの事は気にしないで。と言うか、名前で呼ぶなって言ったのに」

「あはは。仲良しだねぇ。ところでさ」


 急に柄本が真剣な顔をし、華音はギクリとした。

 柄本の真剣な瞳は華音を映している様で何か別のものを映している……そんな感じがあった。


「えっと、何か?」

「別に大した事じゃないんだけどさ……。今日の鏡崎くん、不思議な感じがする。何て言うかな……オーラ? みたいなものが昨日までと違うんだよね。此処に居る様で居ない……そんな存在を感じる。私、霊感強いんだ」

「ゆ、幽霊かな?」


 そう問い掛けるも、華音にはそれが何なのか分かっていた。


「うん。唯、死霊じゃなくて、生霊に近いかも」


 実体はある、けれど、こちらの世界には存在しない。魂だけの行き来が可能。そんな不可思議な存在は1つしかない。彼女は知らないなりに、感じ取っているのだ。別次元の鏡崎華音――――オズワルド・リデルを。


「生霊の方が厄介って言うね」

「これ以上の事は何も分からないけど、たぶん、そんなに悪いものじゃないと思うから」

「悪いものじゃない、ね」


 確かにオズワルドは悪ではない。たとえ華音を利用しようとしていても、結果的に世界が救えたのならば多くの者にとって正義となる。

 華音は肩の傷を服の上から摩った。

 魔物の姿を思い出すだけで悍ましい。傷が疼くだけで恐ろしい。こんな痛い思い、もう2度としたくない。悪とか、正義とか、関係なしに。

 情けない事に、まだ華音の決心はついていなかった。

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