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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第三章 精霊分離
31/200

8.

 朝早くに、刃や隣のクラスの西野達から遊びに行かないかとSNSで誘いがあったが即断った。

 何故なら、カラオケだからだ。華音は絵も苦手だが、歌も苦手なのだ。

 聴くだけなら音楽も悪くないとは思うのだが、自分で歌うとなると、どうも聞くに耐えられないものになってしまう。

 芸術センスがゼロに等しい事を自覚しているだけマシだと思い、その辺は気にしない。とは言え、たとえ遊びでも自分の芸術センスのなさを晒す事はプライドが許さない。

 元々1人で過ごすのが苦ではない華音は、1人気ままに街をぶらついていた。

 高層ビルが建ち並び、車も人も多い街中は活気に溢れている。

 店先で客寄せをする、オシャレなショップ店員の横を通り過ぎるが、その先もそのまた先も同じ様な光景と擦れ違った。

 見渡す限り、ファッション関連の店が多い。道行く人も、老若男女問わずオシャレな人ばかりだ。

 今日は日差しが暖かいので、薄着の人や半袖の人も目立つ。

 華音はいつもの様に、水色の七分袖パーカーとボーダーの半袖シャツ、踝がチラリと見えるインディゴブルーのデニムと言う、シンプルで無難なコーディネートだ。

 芸術センスがない華音にとって、ファッションの世界も理解し辛く、センスもないので、興味がない。

 それでも、時折若い女性グループが華音に熱っぽい視線を向け、「カッコイイ」ときゃーきゃー騒いでいた。本人は、毎度の如く気が付かない。

 やがて、オシャレストリートから抜けると、古書店が目に入った。

 初老の男女達が吸い込まれていくそこに、華音も踏み入れた。

 キラキラとした物や人で溢れているファッション店とは真逆で、薄暗くて静かで地味だった。けれど、フワッと古紙の匂いがし、祖父母の家に来たかの様な落ち着く場所だ。

 華音は本の山に半分隠れた眼鏡の男性店主の居るカウンターの前を通り過ぎ、一番端の本棚に手を伸ばした。




 出掛けた時と同じく、両手をスッキリさせた状態で帰路を歩く華音。

 古書店を満喫し、適当にファーストフード店で昼食を済ませ、後は自宅でゆっくりするつもりだ。

 買い出しに出掛けた家政婦の水戸も、そろそろ帰宅している頃だ。

 水戸がお茶を淹れてくれる光景を思い浮かべ、ハッと華音は思い立つ。

 たまにはお茶請けに何か買って帰ろう。

 水戸が作ってくれるお菓子も美味しいが、日頃のせめてものお礼だ。

 そうと決まれば、華音は道を引き返す。

 まだ駅からはそんなに離れていないので、構内の店で何か買おう。

 水戸は何が好きなのか、あまり本人の口から聞かない事を考え、悩みながら住宅街を歩いていく。

 駅が見えて来た所で、駅よりも目立つものが視界一杯に広がった。

 人集り、大きな赤い車体、立ち昇る炎…………火事だ。しかも、その辺り一帯の住宅をまるごと飲み込む、大規模な火災である。

 既に消火活動は開始されているが、一向に炎の勢いが弱まらない。地元のテレビ局も来ていて、カメラがその様子を鮮明に映している。

 人集りの最前列で、若い女性が消防隊に取り押さえられていた。

 女性は綺麗な髪を乱し、泣き叫んでいる。


「止めないで! 中に、娘がいるの! 私が助けなきゃ……」

「奥さん、落ち着いて。今我々が……」


 消防隊も、同情の色を露にするが、如何せん、炎の勢いが強すぎて建物に近付けない。

 燃え尽きた天井や柱が屋内に散らばり、防火服を身に纏った彼らでも女性の娘を助けに行くのは極めて困難な事なのだ。

 現状を理解した華音は、火災現場に背を向けて歩き出す。

 向かったのは住宅街の中にある公園。親友と出逢った場所であり、月の魔女と一戦を交えた場所だ。

 アルナによって破壊された遊具は、いつの間にか元通りだ。

 華音はそれには目もくれず、公衆男子トイレに入った。

 蛇口の上に設置された、古ぼけた鏡にスペクルムの魔法使いが映った。


「……魔物の仕業ではないぞ」


 オズワルドはあまり協力的ではなさそうだが、華音の目は真剣なままで少しも揺らがなかった。

 華音は鏡面に手を置いた。


「それはどうでもいい。お前って、水の加護のおかげで炎が効かないんだよな。普通の炎でもか」

「まさか、さっきの民家に飛び込むつもりか? 人が多いし、テレビとやらが来ていたから目立つぞ」

「……それでも、このまま見捨てる事なんて出来ないよ」

「……お人好しめ。いいだろう」


 オズワルドが手を重ねると、青白い光が生まれ、華音を包み込んだ。



 鏡の欠片が装飾された青いラインの入った白いローブを靡かせ、水色の髪の少年が塀を駆け抜ける。

 周囲の気温が上昇し、煤焼けた匂いが鼻を掠め、炎が目の前に見えた。

 琥珀色の瞳に揺らぐ炎を映すと、覚悟を決めて塀から地上へ降りて表札の横を通り過ぎる。

 その白いローブを、人集りやテレビ局は見逃さなかった。

 すぐに女性アナウンサーがマイクを持ち、男性カメラマンがカメラを回す。


「今、不思議な格好をした少年が――――」

「うわっ! 何だ、コイツ」


 突然カメラマンが声を上げ、アナウンサーはマイクから口を離した。

 横を見ると、カメラのレンズの前に青みがかった烏が羽ばたいていた。まるで、撮影を邪魔するかの様に。



 多少の注目を浴びてしまったが、記録に残らなければ問題ない。華音は、撮影妨害してくれた使い魔に感謝し、炎の中を進んでいく。

 炎の海と化したそこには、家具や崩れた天井が廃材となって炎を上げている。よく手入れされていたであろう部屋は無残な状態だ。

 何とか安全な道を見つけ、女の子を探す。

 1人取り残されてしまったその子は今、何処でどんな状態なのだろうか。

 正直嫌な予感も過るが、華音は助けられるならば助けたいと言う一心で進んでいった。

 こんなにも炎が間近なのに、熱さも息苦しさも感じない。見えない力が華音をまるごと包み込んで護っている。オズワルドの水の加護のおかげだ。

 オズワルドは普通の人間の気配を察知する事は出来ないらしく、華音の好きな様に歩かせている。


『……20分以内に助け出せれないなら、諦めろ。そうでなければ、カノン。お前が死ぬ。それは私としては困るからな』


 華音が階段を上がっていると、脳内にオズワルドの声が響いた。

 憑依時間を忘れた訳ではなかった為、華音はしっかりとした口調で返す。


「オレだって、まだ死にたくないよ。お前の為じゃない。大切な人が居るから」


 家で帰宅を待っている水戸、いつも学校で逢う刃と雷、まだ知り合ったばかりだけど憎めない桜花……華音にはそんな人達が居る。彼らが存在しなかったら、命を簡単に投げ出していたかもしれない。それぐらい、華音にとって自分と言う存在は不確かなモノだった。

 違う人生を送っている別人なのに、やはり同じ生命体。本質は同じで、つい、オズワルドの顔に笑みが浮かんだ。


『そうか。同じだな』

「同じ?」

『あの娘が居るからオレは――――』


 ガコン!


 天井が崩れて、華音の背後擦れ擦れに落下した。

 階段が塞がれ、戻る道を絶たれたが進むべき道はまだあった。

 華音はあと3段だった階段を上り終え、そこで扉の前で倒れている6歳ぐらいの女の子を発見した。

 華音は急いで駆けつけ、女の子を抱き起こす。

 息はあるが、意識はない。煙を大量に吸ってしまった為だった。

 早く外へ連れ出さなければ、この場所も、女の子自身の命も危ない。

 華音は辺りを見渡し、道を探す。

 先程来た道は既に塞がれているので除外、後は女の子が倒れていた扉の向こう。

 扉を開けると、ブワッと煙と炎が吹き出した。

 華音は、反射的に目を伏せて腕で顔を覆って、抱えている女の子を庇う様に身体を横へ捻った。

 煙と炎の勢いが治まると、その向こうに部屋が広がっていた。チェストやベッドなどは炎に飲まれてしまっているが、大きな硝子戸は無事だった。

 華音はそこに目を付け、女の子をギュッと抱えて炎に飛び込んだ。

 魔法使いを憑依させた華音に引っ付いている女の子も、加護の対象となっている様で全く被害を受ける事はなかった。

 炎を抜けて硝子戸の前に立つと、下の様子が窺えた。

 相変わらずの人集りの中で、母親は項垂れて消防隊に宥められている。

 女の子を送り届けなければ……と、華音が強い決意を固めると、女の子が腕の中で蠢いた。

 視線を下げると、大きな茶色の瞳と目が合った。


「おかあ……さん? あれ……ちがう…………おにいちゃん、だぁれ?」


 声は掠れていて、囁く様な声量だった。

 華音は柔らかな笑みを浮かべ、自分の唇の上に人差し指を立てた。


「……魔法使いだよ。今から、キミをお母さんのところへ届けるからね。オレの事は秘密だよ?」

「うんっ……ひみつ…………」


 女の子はまたスッと気を失い、華音はもう一度微笑んだ後、硝子戸をガラッと開けてベランダに出ると、手摺から飛び降りた。



 華音は女の子を母親のもとへ届け、周りの声を無視して人集りから遠ざかった。

 まだ、使い魔が邪魔をしてくれている様で、カメラには一切映る事はなかった。

 人集りが見えなくなったところで、足を止める。

 オズワルドが言いかけた“あの娘”って一体誰の事なんだろうか。訊きたかったが、華音が口を開く前に上から声が降って来た。


「オズワルドモドキ、発見」


 中性的な少女の声に顔を上げれば、姿も中性的な少女が塀の上に立ってこちらを見下ろしていた。

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