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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第二章 桜花の如く舞い降りた王女
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9.

 その夜は半月だった。

 華音は魔物を倒した後、漸くその主である月の魔女のもとへ辿り着いた。

 公園の滑り台の上に立っていた魔女はそこから身を投げ、宙返りして砂場に見事な着地を決めた。

肩に乗っていた白兎は服飾品の様に、魔女のケープから離れなかった。

 魔女は、少し乱れた金のツインテールを手で払う。


「今日は月のパワーが少しあるから、ちょっとだけ相手にしてやるぞ」


 初めてしっかりとこちらへ向けられた声は、何処か偉そうだった。

 オズワルドを憑依させた華音は、杖を構えた。


「大人しく捕まってくれると嬉しいんだけど」

「アルナに命令すルナ!」


 月の魔女――――アルナが天に手の平を向けると、月だけを乗せる夜空から無数の光が華音目掛けて降り注いだ。まるで、月が涙を流したかの様だ。

 華音は水でシールドを張って防ぎ、もう一撃かまそうとする魔女のもとへ走って杖を振るう。

 アルナは軽々と躱し、華音の背後へ着地。指先から月のマナを収束させた光線を放つ。

 貫かれる前に横へ飛び退くが、ローブの端が少しばかり焦げ付いた。

 想定外の技の威力に、華音は内心焦っていた。

 オズワルドから聞いていた話と違う。

 月の魔女は月のマナを司る故に、補助系魔術が主だ。当然、攻撃系魔術は不得意である筈。生け捕りにして、目論見を吐かせるつもりでいた。

 捕まえるなんて甘い事を言っていられない。本気で挑まなくては、こちらの命が危うい状況だ。

 華音はアルナにもう一度杖を振るいながらも、その幼い姿に罪悪感を覚えた。

 外見年齢と実年齢が一致しないのが、エルフ族の特徴。凡そ1000年生きると言われ、皆美しく若々しい姿を持つ不老なのだ。一定の年齢になると成長が止まり、生涯を終えるまで老いる事はないが、いつ成長が止まるかは個人差がある。

 アルナは子供のまま成長が止まってしまい、実年齢はハッキリとしないが、華音よりも年上な事は確かだ。

 それでも、外見年齢と実年齢がほぼイコールの世界で生きて来た華音にとって、簡単に受け入れられる筈もなく、子供をいたぶっている風にしか思えない。

 一撃一撃にその甘さが出ており、簡単に躱されてしまう。

 後ろへ宙返りしたアルナは、シーソーに着地する。シーソーは重みで、ガタンと傾いた。

 アルナが月のマナを集め始める。

 華音は走って飛躍し、アルナとは反対側に着地。重みでまたシーソーが傾き、アルナはその勢いを使って宙返りし、滑り台に着地した。月のマナは分散した。

 アルナは半月を背景に、小悪魔の様な笑みを浮かべて華音を見下ろした。


「オズワルドの姿をしているけど、お前、弱いな。と言うか、甘いな。全然殺気が感じられないぞっ」


 再び、月のマナが収束する。

 集中しないとマナを集められない華音と違い、相手は瞬時にマナを集められる。精霊を取り込んでいるからだ。

 天が輝き、光線がいくつも降り注ぐ。

 華音がシーソーから飛び降りると、シーソーが真ん中からパックリと割れ、周囲に焦げついた臭いが漂った。残りの光線は地面に穴を空けていく。

 華音は水のシールドを張りつつ、魔女との距離を詰めていった。

 最後の光線が大木を薙ぎ倒すと、辺り一帯、クレーターだらけとなった。

 華音が階段を駆け上がって杖を薙ぐと、アルナは身を低くして避け、そのまま滑り台をシューっと滑っていった。

 華音は素早くそこで意識を集中させ、水のマナを集める。

 アルナが砂場に到達し、体勢を立て直す僅かな間に、水のマナは形となる。

 大量の水が滑り台を流れ、滝の如く眼下の魔女に牙を剥く。


「はわっ! やば……」


 砂に足を取られ、アルナは水に飲み込まれた。

 全身びしょ濡れになった魔女と相棒である白兎が横たわる。


『そのまま氷漬けにしろ』


 脳内でオズワルドの指示が聞こえ、華音は静かに頷いて意識を集中させた。

 辺りに冷気が漂う。


「アイスブレス!」


 華音の叫びに呼応し、青白い煙の様なものが対象へ一直線。滑り台の水に濡れた部分が凍り付き、アルナの金髪ツインテールがふわりと靡いた。

 瞬間、カッと強い光が生まれ、氷の粒が華音の頬に当たって消えた。

 気が付くと、薄れた光の中でアルナが白兎を肩に乗せて立っていた。

 華音は一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。


「そっちだけが特別じゃないぞ。アルナにも、月の加護がついてるし、そもそも補助系が得意だっ」


 言って、アルナは肩で震える白兎の頭を撫でた。


「最初の一撃は防御が間に合わなかったけどな。おかげで、ほわまろが濡れてしまった。このままだと風邪を引いちゃう……」


 すっかり戦意は失われていた。

 華音が滑り台を駆け下りて杖を振るうと、アルナはサッと躱して大きなルビー色の瞳で華音を見た。逆光になっている為、その赤さが際立ち怪しげだ。

 アルナの口元は憫笑を浮かべている様に見えた。


「満月だったら、もっと力が出せたのに。今日は半月。中途半端。まるで、お前の様だな。オズワルド?」

「満月だったらって……。それに、オズワルド?」


 華音が首を傾げると、脳内で不機嫌極まりないオズワルドの声が響いた。


『お前に言われたくないな。闇に堕ちたエルフが』


 その声は、勿論、アルナには届いていない。

 半月とオズワルド。

 闇に堕ちたエルフ。

 疑問が渦巻く中、アルナはパッと姿を消し、オズワルドの魂はスペクルムへ還っていった。

 元の姿に戻った華音は、同じく杖から烏の姿に戻った使い魔を腕に止まらせ、首を傾げた。使い魔も、同じ様に首を傾げ、華音の腕から離れて夜空を羽ばたいていった。




 月の魔力は、(ゲート)から送られてくるマナの他に、月の満ち欠けに大きく左右されると言う。それは、他の門がある星が惑星なのに対し、月は衛星であるからだ。地球と近しい関係にある故、この地球上では他とは違うプラスの効果が得られるのだ。よって、月が満ちれば満ちる程、魔力が高まって補助系魔術のみならず、攻撃系魔術も存分に扱う事が出来る様になる。


 ――――と言う話を、昼休みの手洗い場でオズワルドから教えてもらった。それまで、魔法使いは華音の前に現れなかった。

 昨夜のアルナの台詞に反論したオズワルドには、何処か余裕が感じられなかった。

 けれど、本日はすっかり元通りで、2限目の美術の授業の事について弄って来て、今度は華音の方が昨夜のオズワルドの様な心境に陥った。

 そうして、気付けば、もう全ての授業が終わって清掃の時間となっていた。

 華音が黒板を綺麗に消していると、すぐ後ろで桜花が教卓を移動させようとしていた。華音が気付いて手を差し伸べる前に、近くに居た男子が透かさず手を貸した。


「赤松さん。そんな重いもの、1人じゃ無理だよ。俺に任せて!」

「あ……。うん。ありがとう。わたし、力なくって……」

「いいって、いいって! か弱い女子だからな!」


 桜花は手を引っ込め、男子が教卓を運んでいくのを見届けた。

 ふと、華音と目が合う。物言いたげな顔だ。


「な、何よ。文句でもあるの?」


 桜花が睨むと、華音は「別に」と言って黒板に向き直って作業を再開した。

 華音の脳裏には、杖1本で魔物を突き飛ばした少女の姿がしっかりと焼きついていた。別次元の魔法使いの力を借りていたとは言え、教卓を運べないなんて可愛い事など言えない程の怪力だった。華音でも、同じ芸当が出来る気がしない。


「おやおや、優等生くん。もしかして、早速赤松ちゃんに嫌われてる~?」

「それは分からないけど。と言うか、何で嬉しそうなの」


 華音が手を止めて横を向くと、箒を手にした男子がニヤニヤしていた。


「いやいや、だってよぉ。鏡崎じゃあ、俺達敵わないじゃねーか」

「何の事? それよりも、ちゃんと掃除して」

「モテ男の余裕ってやつか。はいはい、ちゃんとやりますって。つーか、風間と高木は注意しなくていいのか? いねーけど」

「あの2人は階段担当だから。多分、大丈夫……」


 その時、ガシャーンと物音が廊下に響き、男子生徒の間抜けな叫び声が聞こえて来た。


「今の風間の声じゃね?」


 箒を動かしつつ男子が言うと、華音は大きな溜め息をついた。

 その後、担任の寒川先生の怒声が響き、全力で謝る刃と雷の声が響いたのだった。



 清掃も終わり、各々が部活動へ向かったり帰宅する中、華音は刃と雷と共に教室に残って談笑していた。

 開いた傍らの窓からは、爽やかな風が吹き込み、運動部の元気な掛け声が反響して聞こえて来た。

 眼下の噴水のある中庭には数人の生徒と桜花の姿があった。

 窓の方を向いて立っていた華音は、いち早く桜花を発見した。左右で盛り上がる親友の話を聞きつつも、双眸は彼女を追っていた。

 特別な好意がある訳ではなく、不思議に思ったのだ。

 ベンチで缶ジュースを飲みながら談笑している女子達の輪に入らず、桜花は1人、隅の方でしゃがんで熱心に何かを見ている。

 低木が揺れ、縞模様の猫がのっそり出て来た。途端、桜花は破顔した。

 その位置からなら猫に触れられるのに、猫を見つめたまま動かない。

 刃と雷は華音が桜花を見ている事に気付き、刃が嬉しそうに華音を小突いた。


「好きな相手を遠くで眺めるだけなんて、切ない片想いだねぇ」

「ん? いや……あの娘、何か変だよね」

「変って。普通の可愛い女の子にしか見えないけど」


 雷が言うと、刃も頷いた。

 華音には、桜花が“普通の可愛い女の子”を演じている様にしか思えなかった。今日も、食堂で昼食を共にしたのだが、彼女が運んで来たメニューはカルボナーラ。選んでいる最中、明らかにカツカレーに目がいっていたのに、周りの視線を気にして他の女子達が選んでいるメニューと同じにした。

 清掃の時も、重い物が持てないからと、男子に教卓を運んでもらっていた。

 他の人に対しては可愛い声と笑顔で対応するくせに、華音の前ではそれが殆どない。恐らく、華音の前での顔が本物だろう。

 ドジなのは素であるが、それ以外は猫を被っている。


「猫」

「え?」


 華音は刃に心を読まれたかと思ったが、そうではなかった。

 刃は桜花と猫を見ていた。


「猫、何で触らないんだろう? 好きなら触りゃーいいのに」

「あぁ……確かに」


 改めて、桜花を見ると、まだ同じ体勢を保っていた。

 時折手を伸ばそうとするも、毛先に触れる寸前で引っ込めてその手を摩る。そうしている内に猫が歩き去ってしまい、桜花はがっくりと肩を落とした。


「……猫アレルギーか」


 華音がポツリと言うと、視線に気付いたのか桜花が3人の方を見上げた。

 刃が嬉しそうな顔で手を振るが、彼女はそれに応えず、華音だけを睨みつけてすぐに視線を逸らし、猫同様歩き去っていった。

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