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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第二章 桜花の如く舞い降りた王女
19/200

8.

 味方1人と魔物1体をKOした桜花は、杖をぶら下げてぽかんとしていた。

 残り2体が倒れた華音に襲いかかるのを見た時、漸く事の重大さに気付いた。


「華音!」


 慌てて駆け寄る桜花。

 桜花の杖が振り下ろされる前に、魔物の牙が華音を裂く前に、華音は起き上がって魔物に杖で一撃くらわした。

 魔物が地面に転がると、華音は脾腹を押さえて、向かって来た桜花を一瞥した。


「桜花……。3回目はなしだからね」

「……はい。ごめんなさい」


 小動物の様に、桜花は縮こまる。

 魔物が起き出し、華音は手摺りに飛び乗ってマナを集め始める。

 今度は邪魔しない様にと、桜花はその場に残って魔物の気を惹きつける。

 周囲の水のマナが華音に引き寄せられていく。

 脳裏に並べられた呪文を声に出す。


「アクアブレード!」


 空中に出現した無数の水の剣が輪になり、剣先を標的に向けて下降する。

 うつ伏せになった背中に剣が突き刺さり、魔物は消滅。此処に居た全ての魔物は消え去った。

 生命力が空へ舞い、1つはそこで横たわる少年に、他の3つは何処かに居る主のもとへと還っていった。

 少年と少女の身体がピクっと動き、呻き声も聞こえた。


「2人が目を覚ます前に行こう」


 華音がローブを翻して歩き出すと、後ろから桜花の短い悲鳴が聞こえた……かと思うと、杖が吹き飛んで来て華音の後頭部に衝突した。


「――――っ!」


 あまりの痛さに、声にならない悲鳴。

 振り返ると、赤くなった額を摩りながら膝をついている桜花が居た。

 状況としては、桜花が転び、弾みで杖が投げ出されて前を歩いていた華音の後頭部に命中したと言うところだ。

 華音の中で、オズワルドがケラケラと笑った。


『ドロシーが憑依したからではなく、この娘の体質だな』


 ドジっ娘体質。


 そんな言葉が華音の頭に浮かんだ。

 よく刃がアニメの話をする時に用いる言葉だ。それは2次元のみの話とばかり思っていたが、現実にも存在するとは。

 萌えとかそう言う次元ではなく、唯の迷惑以外の何者でもなかった。


「それ、演技じゃないよね?」


 半ば疑いの目で華音が問うと、桜花は頬を真っ赤にしながら拳を握った。


「馬鹿にしているの!?」

「し、していないけど……」


 華音はドッと疲労を感じ、深く深い溜め息を吐いた。

 2人が屋上を後にしてすぐ、少年と少女は目を覚ましたのだった。



 本日の夕食は、旬の焼き魚に茄子の漬物、具がたっぷりの味噌汁、だし巻き卵、白米、と、純和食だった。

 水戸の作る料理はどれも美味しいが、だしのよく効いた味噌汁が華音は1番好きだ。胃をじんわり温めてくれるそれに、心が安らぐ。数時間前の疲労が嘘の様に、楽になった。

 しみじみと味噌汁を飲んでいる華音に、水戸は微笑んだ。


「そんなに美味しそうに頂いてくれるなんて、とても嬉しいです」

「うん。水戸さんの料理は美味しいからね」


 同時に、水戸の笑顔にも癒されていると言う事は心の中にしまっておいた。


「あ、ありがとうございます。あの、今日は学校、忙しかったんですか?」

「どうして?」

「何だか、いつもよりも疲れている様に感じて……」

「まあ、色々」


 桜花の事を思い出すだけでまた疲れが押し寄せてくるので、なるべく考えないようにした。

 同じ使命を背負った少女が、まさかドジっ娘体質だったとは。これから共に戦うとなると、魔物以外に彼女にも注意の目を向けておいた方がいいと思った。

 味方である筈なのに、酷くおかしな状況だ。

 水戸の料理と笑顔に十分癒された華音は、明日に備えて早めに入浴して早めに就寝した。再び授業中に居眠りしない様に。



 翌日は夜中に魔物出現で使い魔に起こされる事もなく、爽やかな朝を迎える事が出来た。開けたカーテンから眩しいばかりの陽光が差し込み、窓を開ければ心地の良い風が部屋を通り抜けた。

 制服に着替えている最中、華音は脾腹に青痣がある事に気が付いた。軽く押すと鈍い痛みが走った。頭部にもズキズキとした痛みがある。

 魔物にではなく、全て味方にやられた箇所だ。今後も同じ事があったら、身が持たないのではないかと思い、癒えた筈の疲労が舞い戻ってきた。


「だいぶ疲れているようだな」


 少しも心配する様子もなく、鏡面のオズワルドは楽しそうな顔をしていた。

 華音は冷水で濡らした顔をタオルで拭き、鏡面を見た。


「……学校にまで魔物が現れる様になったなんて」

「そうだな」


 オズワルドは顎に手を添え、真剣な顔で思案する。


「月の魔女に、私達の姿を見られたから……きっと、シーラにでも報告したんだろう。シーラと言うのは水星の魔女で、リーダー的存在だ」

「つまり、もうオレがオズワルドと繋がっているって事がバレたから学校に魔物をけしかける様になった?」

「間違いないと思う。だが、個人の特定に至っていないから、私の外見年齢と同じ者達の集う場所に探りを入れているのかもな」

「外見年齢って……。オズワルドは一体何歳なんだ」

「400年を少し過ぎるまでは年を数えていたが、いつからか数えるのをやめてな。私自身にも分からん」


 オズワルドは笑みを湛えて答えたが、その瞳は寂しげだった。

 400年と言う桁外れの数字を聞いて、益々オズワルドの素性が分からなくなる。だけど、彼の目を見て口にするのは躊躇われた。

 華音は、話題を1つ前に戻す。


「学校は本当、困るな……。昨日は放課後で、尚且つ人も少なかったから良かったものの、授業中とかだったら、オレも桜花も戦えないし……」

「それなら、水の分身を創ればいい」


 オズワルドがサラっと言い、華音は目を見張った。


「そんな事も出来るのか」

「水は形がない故、色んなモノに成れる。そして、そこにあるモノを映す鏡でもある。分身は得意分野だ。……但し、分身には戦闘能力はない」

「じゃあ、授業中でも意味ないな……」


 がっくりと肩を落とす華音。

 オズワルドは首を傾げた。


「お前が戦っている間、着席させておけばいいじゃないか」

「え。分身が授業受けるの?」

「普通そうじゃないのか?」

「でも、そうなると、オレは授業が気になって戦闘に集中出来ないかもしれない……」

「面倒な奴め」


 そこで自然と会話が終わり、オズワルドは鏡面から消え、華音は水戸の待つリビングへと向かった。




 授業中でも、後頭部がズキズキと痛んだ。華音の手は無意識に患部へ伸びており、後方の席の生徒達は皆、板書よりもそれを気にしていた。


「鏡崎、頭痛いのか?」


 休み時間になると、すぐに華音のもとへ雷、数秒遅れて刃が来た。

 華音は後頭部から手を離し、親友に苦笑した。


「ちょっと、物をぶつけられてさ」


 途端、親友2人がギョッとした。


「ぶつけられてって……! まさか、かがみん……」


 つい昨日、華音との出逢いを思い出し、真相に辿り着いたばかりだった。勿論、2人の憶測に過ぎないのだが、ほぼ間違いではないと自信があった。だからこそ、今の華音の発言は衝撃が大きすぎた。嫌な想像ばかりが駆け巡る。

 深刻な顔で見つめて来る雷と刃に、華音は2度目の苦笑を浮かべた。


「ちょっとした事故みたいなものだから、そんな心配してくれなくても大丈夫だよ。と言うか、2人ともどうした?」

「いや、だって。その、気にしちゃうじゃないか。……色々」

「昨日の今日だからな。気になったんだよ。……色々」


 刃と雷は順番に言った後、互いに顔を見合わせて頷き合った。

 華音は訳が分からず、首を傾けた。

 そこへ、もう1人。華音を心配してやって来た女子生徒が居た。


「昨日は本当にごめんなさい」


 身をこれでもかと縮こまらせた桜花である。

 刃と雷がサッとどくと、桜花は華音の目の前まで来て机にコロンと小さな何かを置いた。猫柄の包みに入った大玉の飴だった。


「これ、お詫びに」

「あ、うん……」


 華音が飴を手に取るのと同時に、桜花は自分の席へと戻って行った。

 刃と雷は華音と桜花を交互に見、雷が華音に向かって言った。


「もしかして、赤松に?」


 華音は態と飴で口を塞ぎ、何も答えなかった。

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