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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第十三章 ハートフィールド王家の事情
189/200

6.

 ハートフィールド王家は20歳の成人を迎えるまで、王室教師による授業が行われる。第2王女であり、まだ成人していないドロシーも例外ではなく、本日も朝食後に自室での授業が行われていた。

教材が積まれたローテーブルを挟み、ドロシーと女性教師は向かい合わせ。

 ドロシーの今日の格好はお気に入りのいつもの露出度の高い赤色の衣装だ。以前ヴィルヘルムに破かれてしまったので、同じものを針子に仕立ててもらった。

 ドロシーが座っているのは、以前オズワルドが座っていたところだ。数日経ったがまだそこに彼の温もりや残り香がある気がして、ドロシーはうっとりとしていた。


「オズワルド……」

「そうですね。8代目国王オズワルド・R・ハートフィールドは……」

「今頃何をしているのかしら」


 微妙に話が噛み合わず、教師は眼鏡の縁をくいっと持ち上げた。ドロシーは教材を見ておらず、そこで察した彼女は小さく息を吐いた。


「宮廷魔術師オズワルド・リデル様の話は今しておりませんよ」

「ふぇっ!? あ。はい。ごめんなさい。えーっと、それで今どこをやっていましたっけ……」

「もう、ドロシー王女。ブレイクダウン戦争後のオズワルド・R・ハートフィールド国王の時代のところですよ」

「そうでした。では続きをお願いしますわ」


 ドロシーがペンを持ち直し、教師は本のページをめくって内容を読み上げた。

 現在やっているのはミッドガイア王国の歴史だ。歴代ハートフィールド国王の名はもっと幼い頃に教え込まれていたが、改めて8代目国王の名を聞くと不思議な心地になった。オズワルドなんて、唯一無二の名ではないのに。

 ドロシーはこれが終わったら逢いに行こうと思った。大好きなオズワルド・リデルに。



 澄み渡った青空に、形を崩しながら流れていく白い雲。降り注ぐ陽光は暖かく、時折耳を打つ小鳥のさえずりが心地良い。今日もミッドガイア王国は平和だ。

 ヴィダルシュ城の門番2人は欠伸を噛み殺し職務に集中するが、片方は睡魔に負けてうとうととし始めた。


「おい」


 もう1人が注意しかけたところに、客が訪れた。

 濃紺色のローブを纏った長身で、フードを目深に被っているために顔がよく見えない。さらに体のラインもはっきりとしないため、性別の判別も不可能だった。

 誰がどう見ても怪しい。

 船を漕いでいた方も異質な来客に気付き、2人そろって剣の柄を握って眼光を鋭くした。


「何者だ」

「王城に危害を加えるつもりなら、容赦なく斬るぞ」


 相手は門番の気迫に動じる事なく、少しだけフードを持ち上げた。


「あぁ……名乗りもせずに申し訳ない」


 陽光に照らされた顔は白く、目鼻立ちが整っていた。髪は透き通るような水色で、肩下までの長さの後ろ髪を1つに束ねて横に流している。

 瞳の色はサファイアブルーにも、エメラルドグリーンにも見える。

 そして、ちらりと見える耳は長く尖っていた。

 全体的に美しいが、骨格と声から男性である事がうかがえた。オズワルド・リデルにどこか似た雰囲気を持つエルフ。

 彼はこう名乗った。


「私はアゲートヘイムよりやって来た、クリスタル城の宮廷魔術師ダンタリオン・D・ブルースターと言う者だ。本日、ハートフィールド国王陛下との謁見を申し込んでいたのだが、少々予定よりも早く着いてしまってね」


 ダンタリオンは苦笑いを浮かべた。

 門番達はハッと思い出し、剣の柄から手を離して深々と頭を下げた。1人が代表して言う。


「誠に申し訳ありません。ブルースター様。どうか非礼をお許し下さい」

「いや。こちらこそ、不審な態度をとってすまなかったね。謁見の時間まで、少し城内を案内してもらってもいいかな?」

「はい。許可を取って参りますので、少々お待ち下さい」


 1人が持ち場を離れようとすると、騒ぎを聞きつけたのか、ヴィルヘルム王子がやって来た。


「その必要はない。私が案内する」


 門番はビシッと姿勢を正して敬礼した。

 ダンタリオンも彼らに倣い、王子に一礼して敬意を示した。


「ヴィルヘルム様。お心遣いに感謝します。では、よろしくお願いします」

「こっちだ」


 ヴィルヘルムが踵を返し、ダンタリオンは門を潜ってその後をついていった。

 門番は2人の姿が見えなくなるまで、敬礼したまま見送った。




 オズワルドが自室で紅茶片手に優雅に過ごしている頃、華音は親友達と街を歩いていた。

 穏やかな風が吹くこの季節はまだ日が短く、学校帰りの学生で賑わう時間帯でも、少しばかり薄暗かった。


「ついに華音と桜花ちゃんがゴールインかぁ」


 華音の右隣で刃が感慨深そうに言い、左隣で雷は兄の顔で華音を見ていた。


「ゴールインって……。まだ、想い伝えただけだし。オッケーはしてくれたけど、特に前と変わらないし……」


 当人はあまり嬉しそうではなかった。不満と言うより、不安だった。今まで女性付き合いがないため、これからどうするべきか分からないのである。


「まあ、前からもうすでに付き合っているみてーな関係だしな」


 雷が平然と言うと、華音は「そんな風に見えてたんだ……」とほんのり赤く色付いた頬を掻いた。


「でも、キスはしてたよなっ」


 声を弾ませて小突いてきた刃に、華音はきょとんとした。


「え? 何で知ってるんだよ」


 今度は刃と雷がきょとんとし、顔を見合わせると悪戯な笑みを浮かべた。


「俺ら、あん時まだ校舎に居たんよ。窓の外見下ろしたら、フツーに見えたぜ。な?」と刃は雷に水を向ける。

「ああ。丁度その場面だったからビビったわ。案外度胸あんだな」

「校舎のど真ん中でよくもまあ。昼間からエロかったわ、マジで。写真撮っときゃよかったな」

「それはやめてやれ」


 2人が盛り上がっている間、華音の困惑した顔にじわじわと熱が集まってきた。


「うわああぁぁぁっ……最っ悪」


 華音は悶絶し、頭を抱えた。人が捌ける時間帯を狙ったのもあって、完全に油断していた。もう桜花しか見えていなかった。


「で。初めての味はどうだった?」


 刃が無遠慮に迫ってきて、華音は不機嫌になりながらも答えた。


「……甘かった。何か桜の味がした」

「そっか、そっか! じゃー次のステップに進もう!」

「次のステップって……?」

「自宅に招いて、朝までベッドの上で――――いてっ」


 得意げに話す刃の頭に、雷の拳が降ってきた。


「やめろ。街中だぞ」


 3人の周りには同年代の人達を始め、主婦やサラリーマンなど多くの人々が行き交っていた。華音は雷が刃の暴走を止めてくれた事に感謝した。

 刃は頭を擦りながらまた喋りだした。


「華音の恋愛成就を祝して晩飯おごってやんよ」

「え、おごってくれるの?」

「おうよ。牛丼、ハンバーガー、中華、どれでも好きなもん選べ」


 右手に牛丼屋、少し行った先にハンバーガー屋、道路を挟んだ向こう側に中華料理屋が軒を連ねていて、いずれもチェーン店だった。点々と、寿司屋や焼肉屋があったが、選択肢に含まれていなかった。


「安っ」


 思わず雷がつっこむと、何故か刃は胸を張った。


「それだけじゃねー。早い、美味い、だ。さあ、華音どうする?」

「うーん……そうだな。牛丼で」

「よっしゃ。そう来ると思ったぜ。行こうぜ」


 刃が牛丼屋の自動扉を潜り、華音と雷も続いた。



「特盛り牛丼セットと野菜カレー辛口大盛りで」


 レジ前で華音がさぞ当たり前のように注文し、店員が明るい声で復唱してレジに打ち込む。華音の隣に居る刃は自分の注文をする前に、異形を見る目で親友を見た。


「おい。どんだけ食うんだよ」

「久しぶりに来たからね。ほら、他に客も並んでるんだし、刃も早く注文しろよ」

「理由になってねーよ。少しは遠慮しろよ……この時点でかなりの金額じゃねーか」


 刃が項垂れつつ、自分の分の注文を済ませ、続けて雷が後ろからさぞ当たり前のように注文する。


「俺も特盛り牛丼セットと……」

「お前の分はおごんねーかんな!」

「マジかよ」

「つーか、割り勘な!」

「マジかよ! 最低だな」

「うるせー」

「それじゃ、2人ともよろしく。オレは先に席に行ってるから」


 華音はするりと2人の言い争いから外れ、壁際のテーブル席に着いた。

 2人は息をつき、半分ずつ代金を支払った。

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