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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第十二章 造花は微笑む
182/200

13.

 賢人の怒りに呼応し、雷属性のマナが剣に集中する。


「雷光の剣!」


 一条の紫電となった賢人は魔女へと一直線。脇を擦り抜けながら剣を振る。

 アロマーネは横へ跳んでギリギリのところで躱すと、空間移動魔術で街灯の上に移動して樹属性のマナを集める。

 賢人が建物に片足を着くと、そこがひび割れて柱サボテンが突き出した。そのまま賢人は押し飛ばされるが、空中で身を翻して魔女の姿を捕らえると、その体勢から剣を振るった。

 電気を纏った風が魔女の足場を両断。狙いがずれてしまった。

 落ちてゆく魔女の顔には余裕があった。


「さあ、可愛いこの子の餌にしてあげるわ」


 魔力で引き寄せたハエトリグサを上に向かって投げると、忽ち膨れ上がって人を丸呑み出来る程の大きさになった。

 びっしりと牙を生やしたかの様な形状の植物が真下から大口を広げて迫って来る。賢人は臆する事なく、事前に集めていた雷属性のマナを剣に載せて放つ。


鳴神なるかみの激昂!」


 雷が竜を象り、雷鳴を響かせながら巨大ハエトリグサに齧り付く。巨大ハエトリグサも雷の竜に齧り付き、互いは貪りあう。

 噛み千切ったのはほぼ同時で、消滅の際に軽い爆発を起こした。

 爆風で賢人とアロマーネは吹き飛び、建物の外壁に衝突した。

 華音はアロマーネの方へ、桜花は賢人の方へ駆け付けた。

 瓦礫の中から起き上がる賢人に手を差し伸べた桜花はギョッとした。


「賢人! け、怪我……」

「平気だよ。これぐらい」


 桜花の助けをやんわり断り自力で立ち上がった賢人の足元は覚束ず、頭部からは出血していた。マルスを憑依させていなければ命を落としていたかもしれない危険な状態だった。

 賢人よりも数秒早く立ち上がっていたアロマーネもまた、負傷していて此方は頭部から足先まで傷だらけで、先の腕の怪我と合わさってもっと重傷だった。それなのに、重心を崩さずしっかりと地面の上に立っていた。

 華音が近付くと、アロマーネは瞬時に地面から蔓を出現させた。それを華音は凍らせ、杖で叩き割った。


「なかなかやるわねぇ。でも、わたくし、貴方になら勝てるわ」


 はったりでも強がりでもなく、本心だと言う事が感情のブレが一切ない表情と雰囲気から伝わった。


『それは私も同感だ』


 うるさい、オズワルドと、華音は心の中で呟いて杖を構えた。

 改めて敵を観察すると、服はボロボロで血が染み込んでおり満身創痍と言っても過言ではない痛々しい姿だった。いくら自信があると言っても、杖を一振り当てたら死んでしまう様な相手を前に躊躇ってしまう。

 漸く踏み出せた1歩も、頼りないものだった。

 鎧の音が近付いて来て横を通り過ぎた。鎧から伸びる赤い布が翻る。


「ごめん。あの魔女は僕に倒させてくれないかい」


 アロマーネと華音との間には賢人が立って居た。その背中からは覚悟が感じられ、華音は杖を下ろした。

 アロマーネは悲しそうな目で、剣先を向ける賢人を見た。

 青葉にそっくりだ。1度だけ青葉と口論となった事があり、その時賢人が言い放った一言に深く傷付いた青葉が見せた表情だった。2度と見る事がないと思っていたのに、こんな状況で再び見る事になるなんて。

 心が揺らいだが、賢人は奥歯を噛み締めて駆け出し、剣を振る。

 アロマーネは極太の木の根を盾にする。

 木の根を両断し、もう1度賢人は剣を振る。

 アロマーネは跳んで躱し、賢人の背後にふわりと下りた。


「私が憎い?」

「……ああ」


 賢人は振り向き様に剣を振る。アロマーネの体を両断したが、飛び散ったのは血ではなく赤い花びらだった。


「私はスペクルムのアオバなのに?」


 アロマーネは賢人の背後に居た。

 賢人は向き直る。顔は青葉だが、髪型も服装も纏う雰囲気も全然違った。


「……君と青葉は違う。僕は君を愛せない」

「そう……」アロマーネは目を閉じて、木の根で賢人の腹部を貫く。「私も貴方を愛せないわぁ」


 目を開けて微笑み、木の根を抜いた。

 賢人は吐血し、身を屈めた。腹部からはどくどくと鮮血が流れ、足下に血溜まりを作った。

 アロマーネは更に大量の木の根をけしかけるが、瞬時に凍結した。華音の仕業だった。

 賢人は凍結した木の根を剣で斬り落とし、一条の紫電となってアロマーネの正面に移動。


「消えてくれ。偽物」


 剣は魔女の胸を貫いていた。


「まあ……恐い……まるで私の家族を殺した騎士様みたい……」


 賢人が勢いよく剣を引き抜くと、アロマーネは後ろへ倒れた。

 両者の真下には血溜まりが広がっていく。

 賢人は肩で呼吸し、剣をだらりと下げた。


「ねえ……」微かに声が聞こえて賢人が下を見ると、アロマーネが片手を伸ばしていた。「過去を変えればアオバは戻って来るわ……」

「え……?」


 賢人の瞳が大きく揺れた。

 過去をやり直したいと誰しもが1度は思う事だが、実際に叶わない事だから妄想だけで終わる。だが、目の前の魔女にはそれを現実にする自信があった。信念を宿した瞳を通じて、それは賢人にも伝わった。

 叶う事ならば、青葉にもう1度逢いたい。人としてごく当たり前の事を賢人は思った。


「君なら出来るんだね」


 アロマーネは微笑み返した。


 青葉さえ生きていれば。たとえ、自分と出逢う未来がなくなったとしてもそれでいい。

 賢人はその手を取ろうとした。


「賢人!」


 華音に呼ばれ、賢人はピタリと止まった。華音の方は振り返らなかった。

 華音の脳裏には、死んだ同級生や友人と恋人を失って嘆く親友の姿があった。叶う事なら、同級生にもう1度逢いたいし、親友も恋人と幸せな未来を歩んでほしい。

 けれど、それは彼らの選択をなかった事にしてしまう。それはとても寂しい事だ。

「未来を護ってくれてありがとう」と笑った親友の事が脳裏から離れない。

 未来を護る事、それが自分達に課せられた使命だ。


「どうして榊原さんは、アロマーネに自分を演じる様に頼んだんだろう。理由をちゃんと考えてみて……現実と向き合ってよ」

「理由って……」


 答えを探す様に賢人は辺りを見回し、気付いた。


「そっか……青葉はみらいを託したのか」


 賢人はアロマーネの手を取ろうとしていた手で剣を握り締め、振りかぶった。


「此処は青葉の夢だった場所だ。それを僕に見せたかったんだ。それなら、青葉の夢をなかった事にはしたくないな。ずっとこれからも護っていかなきゃいけないものなんだ。だから、君はいらない。君には戻る過去も進む未来もないんだよ、木星の魔女アロマーネ」


 剣を腹部に突き立てた。


 じわじわと腹部が熱くなって痛みが駆け巡り、アロマーネの意識は遠ざかる。 

 どうしてか、今思うのはリアルムの自分の事。



 精霊を取り込んでスペクルムからリアルムへと渡った直後、魂の通過点に誘われた。そこは暗闇に無数の銀色の光が瞬く銀河の様な場所だった。

 アロマーネの目の前には、鏡合わせの様に自分とそっくりな女性が立って居た。それが榊原青葉だった。

 青葉はアロマーネに驚いている様子だった。


「あなたは誰? 私そっくりだけど……」

わたくしはアロマーネ。別次元の貴女よぉ」


 アロマーネは特に驚かなかった。此方へ来るにあたって、事前に確認していたからだ。

 青葉は夢の中だとでも思っているのか、驚いたのは最初だけであとは子供みたいに目をキラキラさせていた。

 別次元の自分は想像以上に純粋で、それ故愛おしかった。だから、これから告げなければならない事があまりに酷で気が引けてしまった。


「ねえねえ。アロマーネはエルフ?」

「ええ。よく分かったわね」

「だって耳尖ってるし。前にね、賢人くんと見に行った映画に出ていたんだよ」

「……ケント?」

「うん。とってもカッコ良くて、頭良くて、優しい……けど、たまに強引で意地悪な私の恋人」


 青葉は後ろで手を組み、にっこりと笑った。

 アロマーネの胸がチクリと痛んだ。


「仲……良いのねぇ」

「勿論。結婚の約束もしてるんだ。アロマーネには大切なヒト居ないの?」

わたくしにとって大切なのは……2人の妹。もう死んでしまったけれど」

「そうだったんだ……寂しいね」


 青葉は自分の事の様に胸を痛めた。


「だから、私は妹を生き返らせるの」

「え? そんな事出来るの?」

「正確には生きていた様にする……つまりは過去を変えるのよぉ」


 アロマーネは拳を握り、強い意志を宿した瞳を青葉に向けた。

 何も知らない青葉は嬉しそうだった。


「それはすごいね。また妹さんと逢えるといいね」

「ええ。その為には此方の存在を得なければならない……」

「うん……? そうなの?」


 青葉は嫌な予感がした。先程まで応援したくなったルビー色の瞳が燃え盛る炎の様に、或いは体内を巡る血潮の様に、ギラギラと生を感じさせて、それの対となるモノが今瞳に映っている存在であるのではないか。

 青葉は無意識に、後ろへ1歩下がった。


「リアルムのわたくしは貴女なのよ、アオバ」

「あれ? 私、名乗ったっけ……」


 疑念が強くなる。


わたくしが成り代わる存在だもの。名前ぐらいは知っているわぁ」

「成り代わ……る……」


 青葉はすっかり青ざめていた。


「言葉通り。わたくしがアオバとして、これから生きていくの」

「そ……それじゃあ、私は? 私はどうなるの?」

「……消滅」

「しょ、消滅? 死んじゃうって事?」


 アロマーネは答えなかった。

 沈黙は肯定したのと同じだった。


「嫌だよ……私まだ死にたくないよ」


 周りの光が1つ、また1つと消えていく。それに合わせ、青葉の身体も色彩が薄れていき、背景が透けて見える様になった。


「ごめんなさい。……もうどうする事も出来ないの。わたくしが此方へ来た時点でこうなる事は決まっていたのよぉ……」


 アロマーネの意志は揺るがない。けれど、心に鋭い痛みを感じてしまうのは心根が優しいからだ。目的の為なら他者を平気で傷付ける様な極悪人にはなれなかった。


 青葉は希薄になっていく己の身体を見て諦める他ないと思い、自分に成り代わる存在に未来を託す事にした。


「アロマーネ。お願いがあるの」

「何かしらぁ」

「私が今働いている植物園で、私が発見した植物を展示してもらおうと思っているの。担当の人に種子と資料を渡してほしい」

「……ええ」

「それと、賢人くん。服役中だけど、釈放された時は逢いに行ってあげてほしい。もし、植物園での企画が通ったら、見に来てもらってほしい。どうか賢人くんが寂しくない様に傍に居てあげて」

「それは……いいえ。分かったわぁ」


 上手く榊原青葉を演じられる自信がなかったが、演じるべきだと思った。

 青葉の姿が殆ど背景と同化していた。


「お願いね、アロマーネ。……妹さんとまた逢えるといいね」


 声が遠ざかっていき、景色は白く染まる。

 再び色彩が戻った景色は、全く知らない場所で。それなのに心が温かくて切なくなる。

 閉じたカーテンの前にはベッド、脇にはタンス。……上に写真立てと小さな巾着袋が置かれている。部屋の中央にはローテーブルがあった。とても生活感のある部屋だった。

 アロマーネはベッドで横になっていた。

 ベッドから下り、タンスの上を見た。写真と言うものはスペクルムには存在しないが、リアルムに来た瞬間から認識出来る様になった。写っているのは自分が成り代わった女性と、黒髪の温和そうな男性……間違いない、賢人だ。それから、巾着袋を開けてみると植物の種子が手の平に転がった。

 アロマーネは種子を握り、写真の中の賢人をしっかりと見つめ返した。


 今日からわたくしが青葉。


 アロマーネの浅葱色の髪は煤竹色に、ルビー色の瞳は薄い茶色に、尖ったエルフの耳は角の取れた人間の耳に、生成りのワンピースは黒のワンピースへと変わった。

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