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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第十二章 造花は微笑む
181/200

12.

 凄まじい音と同時に視界が真っ白になる。

 大木を身代わりにして空間移動魔術で屋根まで逃れた木星の魔女は、そこから衝撃の凄まじさを見下ろした。あんなに太くて丈夫だった大木が縦に真っ二つになり切り口が真っ黒に焦げていた。

 魔女の姿を近くに認めた賢人は一条の紫電となって一瞬で懐に入り、剣を振るう。

 剣が触れる寸前、アロマーネは宙を舞って躱した。

 更に賢人はもう一振り。

 剣が空を裂く度、アロマーネは後ろへ跳んで躱す。風に踊る花びらの如く、軽やかに、優雅に。

 揺れる髪の毛1本すら捕らえきれず、徐々に賢人は苛立ちを覚えた。


「雷霆の一撃!」


 飛躍し、雷属性のマナを纏わせた剣を振り下ろすと雷が落ちる。

 アロマーネは難なく躱すが衝撃波までは躱す事は出来ず、吹き飛ぶ。そして自由落下していった。



 華音と桜花が走って来たところへ、木星の魔女がふわりと着地した。驚く2人を余所に、アロマーネは真上を一瞥して片足を踏み込む。


「此処に居たら危ないわよぉ」


 思わず空を仰いだ2人の目に夕日を反射させて輝く銀色が映った。

 あれは剣だ。そして、それを振り下ろしながら急降下してくる人影。

 華音はぼやっとしている桜花の腕を掴み、その場から離れた。その直後、激しい衝撃音と共に砂埃が舞い、砕けたタイルが飛び散った。

 吹いた風に砂埃が攫われて視界が鮮明になると、大きく抉れた地面の上に剣を振り下ろした状態で賢人が立って居た。

 賢人のサファイアブルーの瞳には2人の魔法使いの姿は映っておらず、前方の魔女だけを映していた。

 横を通り過ぎようとした賢人を、華音が呼び止めた。


「賢人! 榊原さんは?」


 賢人は苦笑いし、顎でアロマーネを示した。


「……どう言う意味?」


 華音は訊き返すが、地面を勢いよく這って来た植物の蔓に気を取られている賢人には届かなかった。

 賢人は横へ跳んで蔓を躱し、剣を一振り。空気を大きく裂いたそれは電気を帯びた波動を放ち、蔓を巻き込みながら前方へと飛んでいく。

 アロマーネは瞬時に大木を呼び寄せて盾にした。

 大木が真ん中から折れ、青々とした大きな葉を蓄えた上部がグラリと倒れて大きな音を立てた。

 地面が揺れ、葉がパラパラと散る。その向こうで凜として立つ木星の魔女の顔は、どことなく榊原青葉に似ていた。


 華音の先の疑問は自己解決した。土星の魔女クランは養護教諭の三田さんたに成り代わっていた。それなら、アロマーネもリアルムの誰かに成り代わっている筈。それが青葉であるなら、彼女が此処に居ないのも、先の賢人の所作も納得だ。


 賢人は今、遣り場のない怒りを原動力にして戦っている……少なくとも華音にはそう見えた。

 賢人は剣を振るい続ける。対するアロマーネは優雅に躱したり植物を盾にしたりして全攻撃を回避し、更には植物の蔓や刃の様に鋭い花びらを飛ばしたりして反撃した。

 攻撃の数が圧倒的に多いのに、賢人の方が攻撃を受けていて鎧が傷付いていく。始めはそれが些細な事で戦況がどちらか一方に傾く事もなかったが、次第に魔女の反撃が2倍にもなって騎士を押し始めた。

 何処にそんな魔力があるのかと思う程に、蔓も花びらも際限なく出現させて賢人を襲う。


「私はね、ある一定の範囲内にある植物なら少しの魔力で自在に操れるの。だから此処は私の戦場よぉ」


 戦況が己に傾いている事を実感したアロマーネは、賢人の心を見透かした様に告げた。

 金鯱きんしゃちと呼ばれる丸くて大きなサボテンが回転しながら飛んでくる。それも、1個や2個どころではない。同時に足下からは大量の蔓が飛び出し、賢人には最早逃げ場はない。

 蔓は何とか回避出来たが、サボテンの影はもう頭上に落ちていた。

 1秒にも満たない時間、当然賢人は動けない――――と、サボテンが炎に包まれた。一瞬で灰燼と化したそれはパラパラと地面に落ちた。賢人の黒色と浅葱色の2色の頭髪にも、灰燼が降り積もった。

 すぐに理解が追いつかない賢人の視界の中、アロマーネは笑顔を引き攣らせていた。


「あぁ……もう。だから炎は嫌いなのよぉ」


 恨めしげなルビー色の瞳とスッと伸びた手の先は賢人の後方へと向いていた。振り返るまでもなく、それが桜花である事を理解した賢人は頭を振って灰を振り落とし、地面を蹴る。


「万雷の波濤はとう!」


 減速する事なく剣を薙ぐ。そこから生じた風が電気を帯びて扇状に広がっていき、アロマーネに迫る。だが、それが届く前に魔女は空間移動魔術を使って姿を消していた。

 戦線離脱かと思われたが、此方の心配を余所に魔女は戦場へと戻って来た。賢人の後方で、邪魔者を排除する為の魔術を使う。


「フェアリーリング!」


 地面からやたらと背丈のある巨大なキノコが次々と生えて来て、あっと言う間にそこ一帯がキノコの森と化した。

 騎士と魔女はその外側で、囚われたのは2人の魔法使いだけだった。



 敵の術中とは思えないメルヘンチックな空間に、桜花もその内側に居るドロシーも興味を注がれるばかりで警戒はしていなかった。

 危うい少女の傍に、華音は移動する。

 1度この魔術を受けた華音とオズワルドは知っている。この後、何が起きるのかを。

 華音は一切躊躇せず、桜花の腕を引いて抱き寄せた。


「か、華音……!?」


 戸惑いと恥じらいの声を無視して、華音は桜花を離さない様に腕に力を込めた。

 ポンッと軽快な音を響かせて、キノコが次々と破裂。緑色のキラキラとした粉を撒き散らした。

 華音と、彼が大事に抱えている桜花を避ける様にして粉が舞い落ちていく。

 やがて粉が視界から消えると、華音はそっと桜花を離した。


「あの粉は毒なんだ。オレは水の加護があるから効かない。オズワルドが言った通り、オレが抱えているものも加護の対象になるみたい」

「そうだったの。ありがとう」


 まだ胸の高鳴りが治まらず、桜花は胸を押さえた。

 今になって華音の胸も高鳴りだして顔も熱くなったが、目の前で繰り広げられている光景に一気に血の気が引いた。


 すっかり夜陰に満ちた戦場で、そのしっとりとした静けさとは裏腹に木片が飛び散り、雷鳴が轟いたりと、嵐が巻き起こっていた。

 辺りを照らしていたであろう街灯も、何本かへし折れてしまっている。


「さて。そろそろ聞かせてもらおうか」


 嵐の中心となっている1人、賢人の声が上の方から聞こえた。

 華音と桜花が見上げると、星明かりの下で倒壊寸前の建物を足場にしている賢人と、その視線の先に空中浮遊するアロマーネが居た。

 周囲を華やかに舞っていた花びらが、魔女の合図1つで刃へと変わり、賢人に飛んでいく。

 賢人は剣で1つ残らず捌き、じれったそうに尋問を続けた。


「君はどうして青葉のフリをしていたんだい?」

「頼まれたからよ」


 即答したアロマーネの声は疲れていた。


「誰に?」

「決まっているじゃない。アオバよ」


 聞き慣れた名なのに、賢人には別人の名に思えて少しだけ反応が遅れた。


「は? 何の冗談だよ」

「消滅する前に、貴方の事とこの植物園の事を任されたの」

「言っている意味が分からないんだけど……」

「ドッペルゲンガーってご存知?」

「いきなり何。知ってるけど」


 何の脈絡もなく魔女の口から出た言葉に、賢人は苛立った。

 アロマーネは細い指先で賢人を差し、小首を傾げた。


「貴方と貴方の内側に居る騎士様もドッペルゲンガーと言えるわ。今は魂のみの行き来だけれど、これがもし肉体ごと此方へ来たらどうなると思う?」

「マルスさんが僕に成り代わる……って事? それじゃあ、君はまさか……」

「そう。私はスペクルムのアオバ。リアルムでの存在を得る為に、アオバに成り代わったのよぉ」


 得意げに言い切ったアロマーネに、賢人は剣を薙いで電気を纏った風を飛ばす。更に、一条の紫電となって相手の懐まで入り剣を振り下ろして雷を落とす。

 あまりの速さにアロマーネは横へ移動するのが精一杯で、半身に最後の一撃をまともにくらった。

 袖が焼け焦げて露になった腕は血塗れで、元の白さが分からない酷い有様だった。肩にくっついているものの、もう殆ど機能しない。ただ、耐えがたい激痛だけが残り、アロマーネは腕を押さえて苦悶の表情で賢人が居た場所に着地した。

 賢人はそのまま降下し、華音と桜花の前に着地した。


「成り代わっただって? ふざけるな」


 八重歯を剥き出しにして眉間に深く皺を寄せた顔には温厚な青年の面影はなく、話し掛けたりしたら斬り捨てられてしまうのではないかと恐怖し、2人は突っ立っている事しか出来なかった。

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