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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第二章 桜花の如く舞い降りた王女
18/200

7.

 鏡国高校は洋館の様な外装の校舎に、ドーム状の体育館が橋で繋がっている構造となっている。校舎は巨大な長方形型で、4階建て。教室や職員室、図書室、食堂などがある。

 建物の真ん中は大きく刳り貫かれていて、中庭になっている。大空を見上げられるそこは一面芝生に覆われ、中央に噴水、周囲にベンチがある落ち着く場所だ。その為、休み時間ともなると、癒しを求めた多くの生徒達が足を踏み入れる。自販機も設置してあるので、益々居心地が良い空間だ。

 食堂はホテル仕様であるが、その他の場所は一般的な学校と大差がない造りとなっていて、高校生である事を忘れさせないと言う意図が込められていると言う。

 校舎の周りは緑に覆われ、外国の庭園さながらの広さがある。休み時間は皆、中庭か食堂か、屋上にいるので、この辺りは1人で休憩するには丁度いい場所だ。現に、よく華音は芝生の上で寝ていたりする。

 勿論、体育の時や運動部が活躍するグラウンドやプールもあり、正門とは反対側の校舎裏に位置する。

 全体がとても広いので、ちょっとしたテーマパークにでも迷い込んでしまったかの様な錯覚を覚える。

 前の学校で慣れていた転校生である桜花は、さぞ苦労する事だろう。

 一通り校内を案内し終えた華音は、最後の案内となった図書室で足を止めた。

 図書委員も教師も、読書をする生徒も居ない図書室内はいつもに増して静かだった。

 何処へ行くのにも必ず誰かが居て優等生の仮面を被り続けていなければいけなかったが、此処でなら大丈夫そうだ。

 桜花を見据え、華音は仮面を外した。


「赤松さんはドロシー王女の役目を代行しているって事で良いのかな?」

「そうよ。と言っても、本当に最近の事なんだけど。華音の事も、ショッピングモールから帰宅した後にドロシーから教えてもらったの」


 桜花からも、皆の前で見せる様な愛想の良い笑みは消えていた。


「でもね。この学校にキミが居たのは偶然」

「驚いていたもんね」

「うん。ドロシーに初めて会った時に、オズワルドに協力している男の子が居るからって聞いてはいたんだけどね。わたし、いきなり魔物とか魔女と戦う事になって不安だったんだけど、同じ境遇である華音がこんなに身近に居て安心したの……」


 桜花は目を伏せ、鞄の猫のマスコットを弄び出した。


「……この前、月の魔女を見掛けたんだけど、赤松さんは?」

「月の魔女。わたしは知らないわ。ドロシーも何も言っていなかったし。そもそも、ドロシーとオズワルドって、あんまり情報交換していないみたいね」

「それは立場上仕方がないんじゃない? オレと赤松さんは同じ学校の同じクラスだし、何かあったら伝え合う事が出来るね」

「そうね。そうしましょう。ところで、華音」


 桜花がマスコットを離し、華音をじっと見つめた。


「何?」


 目が合うと、少し面映さを感じて華音はやや視線を桜花から後ろの本棚へ移した。


「その、さっきから赤松、赤松って。わたし、松よりも桜の方が好きなのよ」

「そう、なんだ」


 だから、何だというのだろうか。少し考えてみて、華音はその意味に気が付いた。


「じゃあ、桜花さんで良い?」

「さんはいらない」

「……桜花」


 家族でも、恋人でもない同年代の女の子を呼び捨てにするのは少し抵抗があった。しかし、本人が望むのなら仕方がない。華音も、名前呼びが嫌で親友にも苗字で呼ばせている。と、此処で気付いた。


「オレからも良いかな。鏡崎って名乗ったのに、何で名前で呼んでくるの? オレが望んでいないって考えてなかったの?」

「だって……発音しづらいのよ、キミの苗字」


 堂々と、名前呼びをしていた割には申し訳なさそうにしていた。

 確かに、苗字、特にフルネームの発音のしづらさは華音も自覚がある。だが、華音に対してに限らず、日常で「鏡崎」と言葉にする事はあるだろう。桜花も例外ではないと思い、華音は呆れた様に言った。


「……家具メーカーの名前、言う時どうしてるの」

「家具メーカー? わたし、あんまり家具なんて……」


 桜花はハッと気付いて、少しだけ好奇心を宿した瞳で華音を見た。


「もしかして、華音って、あの」

「それで定着してるなら、もういいよ。華音で」


 すっかり華音は脱力しきっていた。


「でも、どうして名前で呼ばれるのが嫌なの? わたしは名前で呼んでもらえた方が嬉しいけど」

「それはキミが女の子だからだよ。オレは女の子みたいな、この名前が好きじゃない。それに、字が好きじゃないんだ。華やか……だなんて、皮肉みたいで」

「綺麗な名前だと思うんだけどな。綺麗なキミに合ってる」

「綺麗って……男に言うものじゃないと思うけど」

「中身は……ちょっと黒いけれどね」

「それ、キミが言えた事じゃないよ」


 これ以上、互いからめぼしい情報は得られず、学校案内も終わったので、もう一緒に居る意味はない。

 帰ろうかと華音が口にしようとした時、真横の窓の外に黒い影が一瞬見えた。更にその後すぐに、青みがかった烏が羽ばたいて来て、外側から窓硝子を突っついた。

 華音が窓を開けると、烏が入って来て、何処からか黒猫もサッシをヒョイっと飛び越えて来た。

 使い魔はそれぞれの主のもとへ行き、視線で上を示す。

 2人は顔を見合わせ、小さく頷いた。


「屋上に魔物が現れたみたいね」


 言いながら、裏口付近に設置してある姿見に近付く桜花。

 鏡面には桜花ではなく、桜花とよく似た少女ドロシーが映っていた。

 ドロシーは眉を吊り上げ、鏡面に手を翳した。


「オウカちゃん、準備は良い?」

「ええ。大丈夫」


 桜花も手を翳し、2つの手が重なり合って眩い光が生まれた。使い魔の黒猫も一緒に飲まれた。

 桜色の光の中、2人は対面する。

 ドロシーが柔らかい笑みを見せ、優しく桜花を抱き締めると、その身体は1つとなった。

 桜花の中から更に強い光が溢れ、赤茶色の髪はくすんだ、けれど、上品さのある赤色になって斜め上で結われ、栗色の瞳はアメジスト色に、真新しい制服はフリルとリボンたっぷりの、ドレスが変形した少し露出度の高い服装へと変わった。白い手袋をはめた右手には、ローズクオーツの水晶の杖へと変化した使い魔が収まった。

 いち早く魔法使いを憑依させた桜花は、図書室を出て行く。

 華音も遅れを取るまいと、彼女同様、姿見を使ってオズワルドを憑依させた。

 桜花に追いついた華音は、その背中が困っている様に見えて前に回り込んで先を走った。


「屋上はこっち」


 図書室を出て突き当たりの階段を上り、重厚な扉を潜れば屋上だった。

 空が近く、強い風を肌で感じ、遠くの景色を一望出来る場所。生徒にも人気のスポットであるが、今は黒い影が占領していた。

 魔物は全部で4体。狼の様な形状をしている。

 カップルと思しき生徒が囲まれ、身動きが取れない状態になっていた。男子生徒の方が先に生命力を奪われて倒れ、女子生徒だけが必死に魔物から逃れようとしていた。

 華音は走り、魔物の後頭部に杖を命中させる。

 魔物がぐらりと倒れ、他の3体が華音に狙いを変更。女子生徒は生命力を奪われずに済んだが、恐怖のあまり気を失った。

 魔物が一斉に襲って来ると、華音は後ろへ宙返りして間合いを取る――――と、


「ファイアブレス!」


 桜花の声が響き、気付いた時には紅蓮の炎が華音と魔物へ一直線に伸びていた。


「って!? きゃあっ! 華音!」


 この世の終わりの様な声を出してあたふたする桜花だが、もう華音は炎に飲み込まれた後だった。

 1体の魔物は炎の餌食になって消滅し、残りの3体は上手く躱した。

 華音も炎の中にいたが、水の加護のおかげで何ともなかった。唯、恐怖は残った。

 桜花は無傷な華音のもとへ行き、泣きそうな顔で彼の白いローブを掴んだ。


「ごめんなさい! キミを巻き込むつもりはなくて……」

「うん。でも、水の加護がなければ消し炭になってたよ」


 今こそ、オズワルドの能力に感謝しなくてはならない。

 まさか、魔物ではなく、味方から攻撃を受ける事になるなど思ってもみなかった。

 華音は粟立った腕を摩りながら、前方を見据えた。


「残り3体」

『ドロシーの強力な一撃を躱せる程度には俊敏だ。確実に当たる魔術を使い、一掃するぞ』


 脳内でオズワルドの声が響き、華音は突進して来た魔物をひらりと躱してマナを集められる機会を探す。

 魔物は二手に分かれ、華音と桜花にそれぞれ襲いかかる。

 華音は杖で迎え撃ち、桜花も杖で迎え撃つ。


『オウカちゃん、大丈夫?』


 桜花の脳内でドロシーの声が響き、桜花は歯を食いしばりながらも頷いた。

 杖には、1体分の魔物の全体重が押し付けられている。

 小刻みに震えだした両腕を叱咤し、桜花は勢いよく横にした杖を前に押し出した。


「こう見えて、結構力はあるのよ!」


 魔物は吹き飛んで行き、華音の中でオズワルドが感嘆の声を漏らすと、華音の口から「え、これって」と呟きが漏れた。

 次の瞬間、華音の脾腹に魔物の身体が食い込み、両者ともその場に倒れた。

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