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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第十二章 造花は微笑む
176/200

7.【挿絵あり】

 不思議な人だった。

 門を出て、記憶の中のその人と同じ場所に立った。


「華音くん」


 名を呼ばれて横を向くと、黒いトレーナーにジーンズ姿の青年が笑顔で歩み寄って来た。


「賢人。あれ? 何で……」


 駅で落ち合う筈の相手の1人が、何故か此処に居る。


(まさか、集合時間を間違えたのか?)


 青ざめた華音がスマートフォンで時間を確認しようとすると、賢人が苦笑した。


「大丈夫、大丈夫。君は合ってるよ。駅に車停めるところなくてさー。態々有料に停めるのも嫌だったし、だったら直接迎えに行った方が早いなって思って来ちゃっただけ」

「車?」

「うん。車」


 賢人の背後に、黒の軽自動車が停まっていた。華音はてっきり電車で行くものだと思っていた。

 今日は賢人の誘いで、隣の県に程近いところにある植物園に行くのだ。そこでは賢人の恋人、榊原青葉が働いていて、現在彼女が発見したという新種の植物を展示しているとの事だ。せっかくなので、賢人は知人である華音と桜花を誘ったという訳である。


 それにしても驚くべきなのは、車である。それは賢人の年を考えれば免許ぐらい持っていても不思議ではないが、華音には彼が車を運転するイメージがなかった。それに、彼はフリーターではなかったか。1人暮らしをしている上に、車を所持する余裕などあるのだろうか。


「華音くん。僕もそれぐらいの余裕はあるんだよ? 大学出てからすぐ就職してそれなりに稼いだからね。まあ、ちょっと刑務所に居たから収入ゼロだった時期もあるけど……」

「あぁ……」


 最後のがなければ好印象だったのに、何かと残念なイケメンである。


「とにかく乗って」


 賢人が車に向かって行き、華音は小走りでついて行った。

 運転席のドアを開けた賢人は華音の戸惑いに気付いて振り返った。


「じゃあ、助手席においでよ」

「うん……」

「そしたら、信号待ちとかでキスが出来るね」

「……後ろにするよ」


 華音は踵を返し、迷いなく後部座席に乗り込んだ。


「もー冗談なのに」


 賢人は楽しそうに、運転席に乗り込んだ。


「さて、桜花ちゃん迎えに行こっか。家知ってるよね?」


 エンジンをかけながら賢人がルームミラーを見ると、スマートフォンを弄っていた華音が顔を上げて頷いた。


「そう思って、今桜花にメッセージ送った。丁度家を出るところだったみたい。桜花の家はまず大通りに出て――――」

「了解。さっすが、家知ってるなんてやるねぇ」


 賢人はニヤリと笑い、アクセルを踏み込んだ。

 


 車は緩やかに走る。速すぎず、遅すぎない、法定速度内の快適な速度で、停車時も揺れが少なかった。


「運転上手いんだな」

「そう? それなら良かった。車買ったはいいけど、電車のが便利であんまり乗ってなかったんだよねー。今日久しぶりに運転したから、アクセルとブレーキ間違えそうになったよ」

「大丈夫なのか……それは」

「最後のは冗談。あ。次、右だったよね?」

「ああ。それから左ね」

「おっけー」


 賢人はハンドルを右に切った。




 桜花は華音からのメッセージを受け取った後、自宅アパート前の電柱横で待機していた。

 シアー素材のくすんだベージュのトップスに清々しい緑色のロングスカートを合わせ、肌寒い事を想定してラベンダー色のニットガウンを羽織って来た。足下はヒールの付いたパンプス。肩には猫型鞄を提げていた。それから、ハーフアップに纏めた髪には猫と桜モチーフのバレッタを付けていた。華音から貰った誕生日プレゼントだ。


 華音に逢えるのが楽しみだった。春休みに入ってからは初めてとなる。学校では毎日の様に顔を合わせていたのに、少しでも間が空くとそわそわと落ち着かなくなる。いつも一緒に居たいと思う様になった。


 家を出る時、父に華音とデートかとからかわれたが、賢人も居るから違うと言い返しておいた。

 父が反論して来なかった為に勝利を確信していた桜花だったが、実は別の男の名が出て来た事に父は混乱しただけだった。まさかの三角関係ではないかと……。

 桜花の目の前に、黒の軽自動車が停まった。開いた運転席の窓から賢人の顔が見え、桜花は駆け寄った。


「賢人!」

「やあ、桜花ちゃん。今日も可愛いね」

「え? ありがとう……?」


 これではナンパである。

 少し戸惑い気味の桜花を見て、華音は賢人の後頭部を平手打ちした。


「お前、彼女居るんだろ」

「痛っ。まぁね。婚約もしてるよ」

「こ、婚約!? だったら尚更変な言動とるなよ」

「えー? もしや嫉妬かい? 華音くんも可愛いよ。その証拠にキスしてあげよっか」

「桜花乗って」


 華音はドアを開けて、桜花を招いた。


「無視とか酷くない? しかも、僕の車だし」

「お邪魔します」


 桜花が乗り込んでドアを閉めると、賢人は「まあ、いいや」と笑って後ろに体を捻った。


「飲み物とかお菓子とか買って来たから、好きなのどーぞ」


 座席の中央に置かれたコンビニ袋の中にそれらは入っていた。


「ありがとう」と、真っ先に桜花が礼を言い、少し遅れて華音も「……ありがとう」と、小さく礼を言った。


 2人の反応の違いにくすりと笑った賢人は、目的地に向かって車を走らせた。




 車に揺られる事1時間半。途中休憩などを挟み、目的地の植物園に到着した。

 予め賢人の恋人、青葉が用意してくれていた入場券を持って、正面ゲートを潜った。


「さて。丁度お昼だし、何か食べようか」


 言いながら、賢人は案内図を眺めた。華音と桜花も横から覗き込んだ。

 園内は植物の種類毎にブロック分けされ、その数は25以上。1箇所に長居していたら、全てのエリアを回る事が出来ない程とにかく広大だ。転々と、休憩所や飲食店があるのも頷ける。

 賢人はその中の1つ、此処から程近い薔薇園内にあるカフェを指差した。


「此処にしない? 他の所が良いならそっちにするけど」

「わたしも此処で良いわ。華音は?」


 桜花が水を向けると、華音は頷いた。


「別に良いよ」

「よし。じゃあ行こうか」


 賢人が案内図から離れ、2人もその後に続いた。

 薔薇のアーチを潜ると、見渡す限り薔薇でふんわりと甘い香りに包まれた。



挿絵(By みてみん)



 薔薇と一口で言っても、色も種類も豊富で4万種以上存在する。此処では400種類程植えられている。

 色取り取りの薔薇がポツポツと咲いている様子はとても美しいが、5月頃が盛りなので再来月にはもっと華やかになるだろう。

 華音は隣の桜花を見ていながら、桜花であって桜花ではない別人の事を思っていた。


 斜め上で結ったくすんだ赤髪に、露出度の高い赤色の衣装の第2王女ドロシー・メルツ・ハートフィールド。彼女には以前、オズワルドと魂が入れ替わった時に1度だけ逢った事がある。その時感じた、甘美で上品な薔薇の香りを思い出す。あの香りに包まれると、彼女の存在そのものが蠱惑的に思えて居たたまれなくなる。

 恋愛感情を抱いている訳ではないものの、やはり気になる存在で、何だか二股をしている気分だった。


「別の娘の事を考えちゃ駄目だよ、華音くん」


 目敏い賢人にはバレバレだった。

 華音はギクリとし、悲しげな桜花の目を見て更に動揺した。


「ち、違う……いや、違くもないけど。ドロシー王女の事を考えてた……その、薔薇って言ったらドロシー王女だなって。本当にそれだけだからね!?」


 桜花に嫌われたくなくて必死だった。通行人が何事かと、視線を向けてきた。


「前にマルスさんが、ドロシー王女は薔薇の香りがして、オズワルド様は森の奥にひっそりと咲く花の様な香りがするって、うっとりした顔で語ってたな」


 どちらにうっとりしたのか、予想はつくが華音は知りたくなかった。


「そう言えば、華音くんの綺麗な髪も良い香りするし」賢人は華音の髪に指を通すと華音が顰めっ面で何か言う前に離れ、桜花の髪に手を伸ばした。「桜花ちゃんも髪……と言うか全身? から良い香りするよね。うーん……これは桜の香りかな?」

「そうよ」


 桜花はサッと賢人の手を躱すと、前に垂れた後ろ髪をサラッと後ろに払った。ふわっと、チェリーブロッサムの香りが広がった。

 賢人は一瞬呆気にとられた後すぐに悪戯な笑みを浮かべ、華音は終始驚いていた。桜花なら、子猫の様な無防備さで、簡単に他人に触られてしまうと思ったのに。


「チェリーブロッサム。わたしが1番好きな香りよ。わたしは桜花だもの」


 自信に満ち溢れた堂々たる出で立ちは美しく、気品があり、やはりドロシーと同じ生命体なのだと再認識させられた。

 本質は同じ。どう言う環境で生活して来たかで肉付けされているに過ぎないのだ。


 賢人はこの気高き桜に容易に触れない様に誓った。きっと触れていいのは1人だけ。だが、彼は気付いていない様だった。


「髪飾りも桜だね。可愛い。猫もいる」


 チラッと華音に目配せすると、案の定、ハッとしていた。普段は勘が研ぎ澄まされているのに、恋愛絡みになると壊滅的に疎くなるのが彼の残念なところだ。


「そうなの。貰ったの。とってもお気に入り」


 桜花の自信に満ち溢れた表情は一転、頬を桜色に染めて幸せそうな表情に変わった。

 賢人は知っている。これは恋をしている少女の顔だ。

 彼女の視線の先には彼が居て、同じ表情をしていた。

 あまりの甘酸っぱさに、賢人は頬を掻いた。


「若いっていいねぇ」

「賢人も若いでしょ」


 透かさず桜花がつっこむ。


「10代と20代の差って言うかさー。あー僕も早く青葉に逢いたくなっちゃったな」


 現在、青葉は勤務中。休憩時間に落ち合う予定だ。


「それより、わたしお腹空いちゃったわ。早くカフェに行きましょ」


 車内で結構な量のお菓子をほぼ1人で平らげておきながら、この食欲である。団子より花と思えば、花より団子だ。

 男2人は顔を見合わせて「そうだね」と同時に言うと、桜花と共にお伽噺に出て来そうな可愛い外観のカフェに向かった。

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