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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第十二章 造花は微笑む
174/200

5.

 先程まで人の往来が絶えず賑わっていたのが嘘の様に、通りは静まり返っていた。

 彼方此方で倒れている人達の周囲を、まだ食い足りない羊の形状の魔物が徘徊しており、魔法使いの姿を認めた途端「邪魔するな」とでも言いたげな強面で一斉に飛び掛かって来た。

 華音は杖を構え、迎え撃つ体勢をとる。その時、建物の陰から蠢く人影がちらついた。スマートフォンを此方に向けている男性……。

 こんな状況でも撮影しているのかと、華音とオズワルドは呆れてしまった。

 同じく男性の気配に気が付いた魔物達は方向転換し、男性に飛び掛かる。


「うわっ……こっち来た!」


 尚も停止ボタンを押していない液晶画面一杯に黒い影が映り込み、男性がそのまま後退ろうとすると獰猛な蹄で手元を叩かれた。

 スマートフォンは宙を舞い、アスファルトの上に落ちると魔物に踏み付けられて真っ二つになった。

 さすがに恐れをなした男性は顔に似合わない甲高い悲鳴を上げて逃げようとするも、足が縺れて派手に転んだ。

 痛みに呻いて起き上がると、魔物達が視界を埋め尽くしていた。空中から今にも食らい付いて来そうな体勢……が、それは凍り付けになっていた。

 男性がそれを認めた途端硝子の様に粉砕し、解放された生命力と混じり合ってキラキラと宙を彷徨った。ダイアモンドダストの様な美しさだ。その向こうから、白く浮き立つ魔法使い、即ち華音が現われると、男性は絶叫して気絶した。


「何でだよ……助けたのに」


 視界の端で、持ち主を求めて生命力が行き交った。


『カノン。まだ向こうに魔物が居る』


 内側からオズワルドの声が聞こえたのとほぼ同じタイミングで、口吻を伸ばす蝶の形状の魔物の姿を視界の端に捉えた。せっかく解放された生命力を、蜜を吸っているかの様に何食わぬ顔で回収していた。

 華音の眼光が鋭くなる。もう2度と西野の様な犠牲者を出す訳にはいかない。

 華音は駆け出し、杖を薙ぎ払う。

 魔物は軽く吹き飛び、外壁に叩き付けられて地上に落下。一時戦闘不能となった相手に、華音は容赦なく止めを刺す。


「アイシクルスピア!」


 無数の氷の刃が四方から魔物を串刺しにし、アスファルトの上で標本となった後に消滅。再び解放された生命力は、今度こそあるべき場所へ還っていった。


『魔物は今ので最後だったようだ。一瞬魔女の魔力を感じたが、もう近くには居ない。さて、私は一旦還る。それからまたプレゼント選び再開だ』


 オズワルドの魂が別次元(スペクルム)へと還り、華音の姿は此方の姿へと戻った。杖から烏へと戻ったゴルゴは華音の肩に停まり、主人に頭を撫でられると満足した様に飛び去った。

 華音は先程の店に戻ろうとしたが、まだ気絶したままの男性が目に付きくるりと身体の向きを変えた。何となく近付きたくない人種だった。

 このまま路地裏を進んで遠回りしようかと歩き出す。

 すると、進む先に看板があった。近付いてみると、オシャレな横文字の店名の下に“アクセサリー・雑貨”と書かれていた。

 看板の向こうにはひっそりと上りの階段があった。


「こんなところに店があったんだ」


 華音は誘われる様に階段を上っていった。

 階段を上りきると踊り場に辿り着き、その狭い空間の左手に木製扉があった。下で見た看板と同じ店名のプレートがかけられているから、此処で間違いない。

 どことなく入店しづらい雰囲気だが、不思議な魅力に取り憑かれた華音は躊躇する事なくノブを回した。

 レジ前で暇そうにしていた店主は、来店に気付くとすぐに姿勢を正して人好きのする笑みを浮かべた。


「いらっしゃいませー」


 奇抜な見た目に反して、心地の良い落ち着いた低音声だった。

 店主の格好は、緩くパーマを掛けた黒髪に青のメッシュが入っていて、右がドットで左が薄いストライプのジャケット姿だ。華音からは見えないパンツは光沢のある紫色で、スタッズの沢山付いた厚底ブーツを合わせている。華音には理解する事の出来ない美的センスの持ち主の様だ。

 狭い店内に雑多に置かれた商品も他にはないデザインの物で、用途が分からない巨大な歯車と箒がドッキングした物まであった。

 各商品には値段の他に、商品名と作者名が記載されていた。


「どれもクリエーターさんのオリジナルなんですよー。素敵でしょー」


 店主は華音の隣に立つと、傍にあった革財布を手に取った。


「1つ1つ手作業だから、全く同じ物は作れないんですよねー。そう言うのが僕は好きなんですけどー」

「はい。オレもそう思います」


 店主が商品を元に戻すのを横目に、華音はズラリと並ぶ商品を見渡す。

 ネックレス、腕時計、ブレスレット、指輪……色々ある。こんなにも沢山ある中で、華音の目には1つの商品しか映らなかった。

 無意識に手に取ると、ズイッと店主が覗き込んで来た。


「あ。お兄さん、それ今日納品してもらったばかりの、界隈じゃ有名な人の作品なんですよー。可愛いでしょー。桜と猫の組み合わせが大人可愛いですよねー」


 レジンで出来た綺麗で可愛いバレッタだ。華音にはもう、これしか考えられなかった。

 商品の1つであるアンティーク調の卓上鏡を確認すると、オズワルドも「良いんじゃないか」と後押ししてくれた。

 華音は店主にバレッタを差し出した。


「これ買います」

「ありがとうございますー。プレゼント用ですかー?」

「はい」

「分かりましたー。じゃあ、とびっきりオシャレにお包み致しますねー!」


 店主はスキップでもしそうな勢いで商品を手にレジまで戻ると、包装紙やリボンを拡げてラッピングをし始めた。

 華音が再度鏡を見ると、もうそこには魔法使いはおらず、満足そうな表情を浮かべた自分の姿が映っていた。





 2月2日。帰りのホームルームが終わると、華音は親友達への挨拶もそこそこに校門まで走った。

 そんなにまだ遠くまで行っていない筈。

 校門を一歩踏み出すと、一際長くウェーブした赤茶色の髪を揺らして歩く、女子高校生の後ろ姿を発見した。


「桜花!」


 人目など気にしている余裕のなかった華音は、彼女の名を呼びながら駆け寄った。

 周りの生徒達は、校内一のイケメン優等生と、彼が呼び止めた美少女を興味津々に見ていた。


「華音。どうしたの? そんなに慌てて……」


 桜花は大きな栗色の瞳をまん丸にして、華音を見上げた。そんな些細な仕草でさえも、華音は可愛いと思ってしまい目が離せなくなる。


「駅前に新しく出来たクレープ屋に行こうよ」


 平静を装って、優等生の顔で誘うと、桜花はまだ不思議そうな顔をしていた。


「わたしは嬉しいけれど、華音は甘い物嫌いよね……?」

「何も、クレープは甘い物だけじゃないよ。飲み物だってあるし。それなら行こう」


 華音が先導して歩いて行き、桜花は少し遅れてその後をついていった。


「ちょ、ちょっと。今日の華音、何か変よ? いつもはこんな風に誘わないじゃない」


 隣に並んだ桜花に、華音は嬉しそうに首を横に振った。


「“今日”は“いつも”じゃないんだよ。特別な日。さて、今日は何月何日でしょう?」

「そんなの、2月2日に決まって……」


 桜花はハッと息を呑んだ。早朝から父やクラスメイト達に祝福してもらったのに、何故だかもう忘れてしまっていた。そうだ。今日は自分の17歳の誕生日だ。

 桜花は自分に向けられた想い人からの笑顔が恥ずかしくなり、熱くなった顔を俯けた。好きな相手から誕生日を祝ってもらえる事が、こんなに幸せだなんて知らなかった。


「そう。桜花の誕生日だ。だから祝いたいんだ。……オレじゃ不満かもしれないけど」

「そんな事ないわ!」


 間髪入れずに言って顔を上げた桜花に、華音はたじろいだ。


「あぁ……うん」


 目が合ってしまった2人は、同時に目を逸らした。双方、頬がほんのりと赤い。

 単なる初々しい恋人同士ののろけを見せつけられた周囲は、興味がそがれて足早に横を通り過ぎていった。




 テラス席で、華音と桜花は注文した物を手に向かい合って座った。

 通りに面していて、建ち並ぶビル群の前を沢山の人々が往来している。

 何処までも続く深い青空は、西の方から暖色のグラデーションがかかり、ゆったりと浮かぶ雲はその色を映していた。

 空気は昼間よりも冷たい。その為か、客は暖かい店内に集中しており、此処には2人以外誰も居なくて静かだった。

 華音は片手にソーセージとレタスなどをくるんだクレープを、桜花はそれプラス、もう一方の手にプチケーキやアイス、生クリームが目一杯詰め込まれたクレープを持っていた。


「まったく。悩んだ末に両方とか……」

「だって、どっちも食べたかったんだもの。ほら、相手が食べているものを自分も食べたくなっちゃうじゃない。でも、こっちのやつは期間限定だし……」

「それなら、オレのを半分あげたのに」


 くすりと笑って、華音はクレープに齧り付いた。

 桜花は少しの間惚け、その口元を見ていた。


「あれ? 食べないの?」

 華音に視線を向けられ、桜花は自分の考えを掻き消す様に高速で2つのクレープを頬張った。

「お、桜花! そんなに一気に詰め込んだら……」

「うっ……」


 桜花は青ざめ、首元を両手で押さえた。


「ほら。言った傍から……。水貰ってくるよ!」


 華音が急いで席を立ち、涙目になりながら何とか自力で咀嚼した桜花は息をついた。別の理由で心臓は高鳴っていた。


「……華音の馬鹿」


 火照った顔を冷たい風が撫でていった。



 華音と向かい合い一息つくと、急に桜花の胸中には空虚が広がった。自分が幸せであればあるだけ、後ろめたかった。


「わたしだけ……いいのかな」


 ポツリと溢れた言葉に訊き返すまでもなく、意味を読み取った華音は静かに肯定した。


「……いいんだよ。キミの誕生日なんだから」

「でも! でも、わたし……。柄もっちゃんが居なくなってから、そんなに日が経っていないのに……」


 桜花の瞳が涙で滲んでいく。


「……柄本さんはそれでも、桜花の誕生日を祝おうとしてくれたよ」

「そう、だけど……」

「オレは桜花ほど柄本さんと親しかった訳じゃないから、その悲しみや痛みを分かるだなんて無責任な事は言えない。勿論、寂しいって思っているけどね。柄本さんも言ってただろ? 笑った桜花が好きだって。オレもそう思うから、今日誘ったんだ」


 華音は鞄を漁り、綺麗にラッピングされた物を取り出してテーブルに置いた。桜花の視線がそれに注がれる。


「誕生日おめでとう。約束した通り、イイモノを用意したんだ」

「えっ……くれるの? ありがとう」


 涙を拭い、桜花はプレゼントを受け取った。

 ドット柄のリボンを解き、レース柄の包装紙を捲ると、白い箱が現われた。高揚する気持ちを抑えてゆっくりと蓋を開けると、そこにはベルベット生地の上で煌めく、桜と猫モチーフのバレッタが収まっていた。


「綺麗! 凄く可愛い!」


 雨が上がって雲の切れ間から白い光が差し込んだ様に、桜花の顔に笑顔が弾けた。


 その笑顔が、キミ自身が大好きだ。


「喜んでもらえて、オレも嬉しいよ。柄本さんも笑ってるんじゃないかな」

「柄もっちゃん……」桜花は目を閉じる。瞼の裏に描いた柄本は笑っていた。「うん。とても幸せそうに」目を開けてもその姿は鮮明で、今でもそこに居るかの様だった。

「ちゃんと思い出せる。想像出来る。それこそ、その人が此処に居る証なんだと、オレは思うよ」

「そうね。今日は誘ってくれてありがとう。華音に誕生日を祝ってもらえて、本当に嬉しい」


 ビルの合間から微かに見えていた太陽は姿を消し、頭上には藍色の空が広がっていた。澱んだ空気の中で、転々と星が輝く。

 2人は立ち上がり、凍てつく風が吹き抜ける帰路を暖かい気持ちのまま並んで歩いて行った。

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