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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第十二章 造花は微笑む
173/200

4.【挿絵あり】

 いつもより少し早く起きた華音は、クローゼットから適当な服を取り出して手早く着替えると、チャコールグレーの厚手のコートと青い桜柄のマフラー、財布とスマートフォンを持って自室を出た。


「あら? 今日はお出かけですか?」


 洗面所で身形を整えてからリビングルームに行くと、ダイニングテーブルに朝食を並べていた水戸が華音を見た。

 寒いのが苦手な華音は今季の休みは家で過ごす事が多かったので、久しぶりの外出だ。


「うん。買いに行かなきゃいけない物があって」


 華音はアルナの隣に座った。

 本日の朝食は愛らしい兎型のトーストに、水戸お手製の苺ジャム、ベーコン、レタスのサラダ、ジャガイモのポタージュがついていた。

 アルナは鼻歌を歌いながら、兎型のトーストに苺ジャムをたっぷり塗っていた。彼女の足下で、既に兎型のトーストにほわまろが齧り付いていた。共食いにならないのだろうか……と、華音はどうでもいい事を思った。

 最後に水戸が席に着くと、鏡崎家の朝食が始まった。



 食事を終えた華音は、後片付けをする水戸のもとへ向かった。


「水戸さん。ちょっと、訊きたい事があるんだけど」

「はい。何でしょう?」


 水戸は手を止めて、華音の方へ向き直った。


「水戸さんは何を貰ったら嬉しい?」

「えっ? 何を……ですか」


 そんな質問が来るとは全く予期していなかったので、返答に時間がかかった。華音は苦笑し、水戸が答えやすい様に付け加える。


「実はもうすぐ桜花の誕生日なんだ。女の子が何を貰ったら嬉しいのか分からなくて……」

「桜花さん……」

「カ、カノン!」


 水戸の機微に気が付かない華音のもとへ、ほわまろを頭に載せたアルナがすっ飛んで来た。アルナのあまりの勢いに、華音は喫驚した。


「な、何? アルナ……」

「お前はトンチンカンだなっ! こっちへ来い。アルナから大事な話がある」


 ぐいぐいとアルナに背中を押され、華音は水戸に再度苦笑を向けるとその場を後にした。




 横には仁王立ちしたアルナ、目の前の鏡面には腕を組んだオズワルドが居た。華音は大事な話をする為に、アルナに洗面所に連れてこられたのだ。しかし、オズワルドまで居るとは。しかも、ただならぬ雰囲気だ。これから説教をされるかの様な……事実、そうであった。


挿絵(By みてみん)



「チカゲにあんな素っ頓狂な事言う奴があるか!」

「それは私も同意だ。前々から馬鹿だと思っていたが、ここまでとは……」

「いや、何? 2人とも……。何でいきなりオレ、ディスられてるの!?」


 華音は訳が分からず、尚も困惑したまま。その様子に、2人は同時に溜め息を吐いた。余計に訳が分からない。


「お前は知らず知らずのうちに他者を傷付け、恨まれ、後ろから刺されるタイプの様だ」


 オズワルドが刃物で刺す真似をし、華音は反射的に胸を押さえた。


「恐い事言うなよ! 一体オレが何をしたって言うんだ」

「分からないなら、残酷な運命を辿る事になっても文句は言うなよ」

「そんな哀れみの目を向けないでよ……」

「……オウカの誕生日プレゼントだったな」

「だからそれをどうしようかって思ってオレは……」

「私が選ぶのを手伝ってやろう」

「はぁ? お前が?」


 華音は瞠目し、疑いの目をオズワルドに向けた。アルナも素直に驚いていた。

 オズワルドは腕を組み、口角を上げた。


「何。美的センスは確かだし、私の方が人生経験が豊富だ。当然、女性の扱いにも慣れている」


 これは何も言い返せない、紛れもない事実だった。


「それだったら、アルナだって負けないぞっ。何て言ったって、アルナは女性だ! ちなみに、アルナが今欲しいのはキノコノコの……」


 対抗心を燃やしたアルナが自分の方が有能である事をアピールして来たが、華音の意識は別次元の自分へと向いていた。アルナに任せるよりも、オズワルドに任せる方が確かだ。だが、屈辱感も同時に増した。


「……じゃあ、頼むよ。オズワルド」

「えぇーっ。アルナじゃ駄目なのか!? いや、待てよ……」不満の声を上げたアルナだったが、顎に手を当てて深刻な表情をした。「オウカは恋のライバル。つまり、アルナは恋の手助けをしてしまう事になる。いやいや、此処で協力をすればカノンからの好感度はアップ! 必然的にカノンはアルナが好きになる……」


 アルナがブツブツ呟いているうちに華音は居なくなり、呆れ顔のオズワルドが残っていた。


「お前の恋は実る見込みは限りなくゼロに近いぞ」

「何だって!?」

「それに……別次元の私がお前とくっつくのは考えただけでも不快だ」

「別にお前の為じゃないし!? 勝手に不快になっていればいい!」


 アルナはオズワルドに向かって舌を出すと、頭から湯気を出しながら洗面所を出て行った。

 最後の1人となったオズワルドは、やれやれと肩を竦めた。





 休日ともなると、街は一段と人が多い。電車に揺られている時もぎゅうぎゅう詰めだったが、駅に降り立っても人混みから解放される事はなかった。この時点で辟易している華音だったが、これも桜花の為だと自分を叱咤して人でごった返す通りを進んで行った。

 これまでも何度か訪れた事のある、オシャレなアパレルショップや飲食店が軒を連ねる若い世代に人気の場所だ。観光地にもなっていて、時折キャリーバッグを引いている人や外国語を話している人の姿もあった。

 華音のこれまでの目的は外れにある古書店でメイン通りの店には一瞥もやらなかったが、今回は自分の為に来た訳ではないので、店の佇まいから扱っている商品までしっかり吟味する。オズワルドが選ぶのを手伝ってくれるそうだが、そこまでの道筋は自分自身で作らなければならない。とは言え、華音にはどの店も同じに見えてしまう。


 とにかく、此処は消去法だ。異性に服をあげるのはなかなかハードルが高いから除外。下着なんて以ての外だ。靴下や靴も何だか違う気がする。それなら小物はどうだろうかと思うも、鞄も色んな意味で重たいし、指輪などもっと重たいから除外。残るは手頃な価格のアクセサリーや雑貨を扱っている店だ。

 少々人目が気になったが、女性が多く出入りしている店に入ってみる事にした。



 外装には特徴がなく周りに馴染んでいたが、内装は壁が深紅、床が白黒の市松模様……と、まるで御伽の国の城内の様だった。天井から吊り下げられたシャンデリアが一層雰囲気を盛り上げる。

 壁際に設置された長テーブルや中央に配置された丸テーブルには宝石の様にキラキラと輝くアクセサリーや小物などがズラリと並んでいた。

 鏡は壁やテーブル上に設置されていて、何処からでも華音だけは別次元の自分を認める事が出来た。

 手始めに、入り口から程近い小物のコーナーを眺めてみる事にした。

 マフラーや手袋、ファーなどの冬物は値下げシールが貼られ、新商品は明るい色調で薄手の春物ばかりだった。

 華音は季節関係なく使えるポーチを手に取った。白地に薄ピンクのフリル、真っ赤なリボンが付いた女の子らしいデザインだ。桜花に似合いそうだと思ったのだが……


「アルナみたいで不快だ。やめておけ」


 真横にある姿見の中のオズワルドに却下された。

 言われてみれば、アルナがいつも着用しているケープに似ている。それはそうと、お前の好みを訊いているんじゃないと、華音は横目で訴えた……が、オズワルドの言葉には続きがあった。


「それにオウカはこんなフリルだらけの少女趣味な物を持っていない。好みではないんだろう」


 華音は目を瞬いた。桜花と共に居る時間は華音の方が長いのに、全く気付かなかった。人生経験はさることながら、オズワルドは観察眼が優れていた。

 華音はポーチを戻し、隣のヘアアクセサリーのコーナーへ移動した。

 ヘアゴムからヘアピン、カチューシャまで、数え切れない程の種類の物があった。中には、どうやって付けるのか分からない物もいくつかあり、華音は手に取っては首を傾げた。

 用途はさておき、デザインで選ぶ事にした。リボンも良いし、花も良い……残念ながら桜はないが。

 暫く悩んでいると、猫のデザインのヘアゴムが目に付いた。プラスチック製のかなりデフォルメされた猫の顔に、同じくプラスチック製の星が付いていた。これだ、と思って手に取ったが、またしてもすぐにオズワルドに却下された。


「少々子供っぽいデザインだな。オウカは童顔だから、余計に幼く見えてしまうぞ」


 華音は納得し、名残惜しみつつ猫のデザインのヘアゴムを元の位置に置いた。

 それなら、何が良いのだろう。可愛すぎず、子供っぽすぎない物……。

 悩んでいるうちに、周りから客達の姿が消えていた。


「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」


 お淑やかな女性店員に見送られ、また1人レジ袋を提げた客が自動扉を潜っていく。

 ところが、自動扉が閉らないうちにその客は慌てた様子で戻って来た。


「ば、化け物が人を襲ってるわ!」


 華音がそれを聞き終える前に、卓上鏡のオズワルドが手の平を此方に向けていた。華音は自らの手をそれに重ねた。瞬間、2人は光に包まれた。


 幻想的な光の中、2人は対面する。いつの間にか使い魔も此処に居た。オズワルドが自信たっぷりの顔で華音の両肩をがっしりと掴むと、魔法使いの姿は半透明になり華音の中に吸い込まれる様にして消えてゆく。瞬間、華音の全身が更に強い光を放ち、漆黒の髪は毛先から水色へ、同じく漆黒の瞳は琥珀色へ、そしてチャコールグレーのコートは鏡と青い宝石が装飾された純白のローブへと変わり、白い手袋をはめた右手には青水晶の杖が収まった。


 光が薄れると、華音が別次元の魔法使いの姿で立っていた。

 腰を抜かす客の脇を、ローブを翻して走り抜ける。既に非現実的な生物を目撃し、錯乱状態の彼女にはその姿が特別珍しくは映らなかった。

 駆け付けて来た店員はすぐに自動扉の向こうへと消え去った魔法使いの後ろ姿に暫し惚け、自分の頬を思いっきり抓った。

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