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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第十一章 金色の愛に包まれて
166/200

19.

 華音の悲鳴に、水戸は調理の手を止めて振り返った。


「え? 何?」


 笑い声も混じっていてあまり深刻な感じではなかったが、突然の事で不安になった。

 隣で水戸の作業を眺めていたアルナが先に動いた。


「カノンの危機だ! 急ぐぞ、チカゲ!」

「え、ええ!」


 2人は揃ってリビングを飛び出した。

 廊下の先に、華音の後ろ姿を見つけた。


「カノ――――むぐっ」


 名を呼び掛けたアルナの口を、後ろから水戸が素早く手で塞いだ。


「ちょっと様子を窺いましょ」


 水戸は小声で言うとアルナを解放し、壁に貼りついた。アルナも黙ってそれに従った。




「傷……ないな。綺麗だ」


 刃は片手で華音の服をたくし上げ、もう片手で白い肌にペタペタと触れた。その度に、華音はくすぐったそうに身じろぎした。


「何なの、いきなり。この前の怪我ならアルナが治してくれたよ」

「そっか……よかったぁ。すげー血出てただろ。それなのに俺、酷いよな」

「いいよ、もう。と言うか、寒いんだけど」

「ああ。悪ぃ」


 刃は手を離すが、流れる様にその両腕で華音の体を抱き締めた。


「今度は何?」


 華音は動揺する。頬に当たる金髪がくすぐったい。

 刃が更に両腕に力を入れた。


「……華音、大好きだ」


 そこに居る者達に衝撃が走った。隠れている水戸とアルナは思わず大きな声を出しそうになった。

 アルナは拳を握り、頬を赤くして刃を見た。


「ライバルが増えたな」


 水戸に同意を求めたつもりが、水戸は同様に頬を赤くしながらも別の方向へ思考を巡らせていた。


「び、BL……!」

「びーえる? あー……チカゲが好きなヤツだなっ」


 アルナは納得はしたが、今水戸の目に映っている世界を残念ながら見る事は出来なかった。

 水戸は高鳴る胸を両手で押さえ、興奮気味に呟き始めた。


「大人しい優等生が不良に攻められる話はテッパン……ああ、もう1人確か高木くんっていたわよね。と言う事は総攻め! 最初はその気がない華音くんも次第に絆されて……って、いけない。よりにもよって、華音くんをBL変換しちゃうなんて。私だって華音くんを」“好きなのに”は声に出せなかった。


 華音も2人程ではないが、頬を赤くして動揺していた。


「えっと……あの。気持ちは嬉しいんだけど、オレは……」

「大嫌いなんてつい言っちまったけど、本当は大好きだ。俺はずっとお前の隣に居たい。じいちゃんになっても、華音と雷と俺の3人で馬鹿みたいに笑っていたいんだ」


 刃は華音を離して、ニッと笑った。


「もし、あの時華音が助けてくれてなきゃ、そんな未来もなかった。だからありがとう。未来を護ってくれて」

「何だ……そう言う事か。うん。オレも未来を護れて良かったと思う」

「そう言う事ってどう言う事だよ」


 華音が歩き出し、つられて刃も歩き出した。


「今から夕飯なんだ。よかったら食べてってよ。水戸さんに刃の分も……って、水戸さん」


 壁にぴったりと貼りついた水戸、ついでにアルナを発見して足を止めた。

 華音に見つかってしまった水戸は照れ笑いした。 


「ごめんなさい。ちょっと心配になって来てしまいました」

「危うくびーえるになるところだったぞっ」と、アルナがズイッと出て来た。


 華音が首を傾げ、刃がニヤニヤ笑うと、水戸は慌てて話題を逸らした。


「ゆ、夕飯もう出来ていますよ! 沢山ありますので風間くんもよかったら」

「マジで? ありがとーございます! 水戸ちゃんの手料理だ」

「アルナは月見蕎麦だぞっ」


 2人の気はすっかり夕飯に向き、水戸は2人の気がまだ逸れないうちにせっせとリビングに連れて行った。華音もそのつもりだったので、特に気にせず後に続いた。



 蕎麦と天ぷら(華音は丼)が並べられた食卓を4人で囲った。

 血の繋がりはなく、端から見たら奇妙な組み合わせだ。華音の肉親にして、この家の主である華織は仕事が片付かず帰れないそうだ。毎度の事ではあるが、ここのところ親子の柵がなくなったからか、たまに帰って来る事もあるので食事も1人分多く作る場合が多い。そのおかげで、急な来客である刃の分も用意出来た。


 鰹のうま味と香りが溶け込んだ醤油が主役の温かなつゆの中に、こしのある麺が浸っていてかまぼこと茹でたほうれん草(アルナはそれに加えて卵)がバランスよく添えられた蕎麦はシンプルながらも上品で美味しそうだ。

 小皿に載った、しそ、椎茸、カボチャ、エビ、レンコンの天ぷらは綺麗なきつね色でサックリと揚がっていて、これもまた美味しそうだ。華音の分は小皿ではなく、山盛りの白米の上に載っている。


 蕎麦を啜った刃は、あまりの美味しさに目を見開いた。


「うまっ! カップ麺とレベル違うわー」

「カップ麺と一緒にするなよ。つゆは出汁から取って、麺も打ち立てだから。勿論、水戸さんがね」


 華音は誇らしげに言うと、蕎麦を啜った。隣ではアルナがフォークに蕎麦を巻き付け、ふーふー息を吹きかけていた。足下にはほわまろが居て、ほわまろ専用お椀に入った冷めた麺に生卵を載せたものをもぐもぐ食べていた。

 自作の蕎麦を味わう水戸は満更でもない様子だ。

 他愛ない話で盛り上がって食事を終えると、水戸は使用済みの食器を洗いに行き、アルナはほわまろを連れてテレビの前に走っていった。席に残った華音と刃は、水戸が用意してくれた蕎麦茶で一息ついた。

 テレビの音声が聞こえ始め、遠目から2人にもテレビ画面が見えた。映っているのは都内で1番大きくて有名な遊園地。以前華音が桜花と行った場所であり、月の魔女と戦った場所だ。

 生放送の様で、夜の色の中で街灯やアトラクションの明かりが星明かりの様に煌めいていた。その中で堂々と立ち並ぶ音楽アーティスト達も、負けぬぐらいオーラが輝いていた。今宵、年末年始のカウントダウンライブが行われるみたいだ。

 華音ははたと思い立ち、スマートフォンを取り出した。


「なあ、今からカラオケ行かないか?」


 刃は華音に顔を向け、キョトンとした。


「お前、カラオケ嫌いじゃなかった?」

「まあ、好きではないけど。せっかくだし、雷も誘ってさ」


 言いながら、通信用アプリを起動させる。

 刃はニィッと笑い、同じくスマートフォンを取り出して通信用アプリを起動させた。


「だったら桜花ちゃんも誘おうぜ」

「桜花? 来てくれるかな」

「来るだろ。華音が誘えばさ。じゃ、俺は雷誘うわ」


 華音は桜花に、刃は雷にメッセージを送る。どちらともすぐに既読がつき、返信が来た。2人とも快く了承してくれた。

 片付けを終えた水戸が自分の分の蕎麦茶を持って、テーブルに戻って来た。


「カラオケですか? 楽しそうですね」


 華音は顔を上げて笑った。


「水戸さんも行こうよ」

「えっ! う、嬉しいですが、私なんてお邪魔では……」

「来てくれるとオレは嬉しいけど。あと、未成年ばかりだから水戸さんが居てくれると助かる」

「そう言う事でしたら……はい」

「と言う事だから、刃」


 話を振られた刃はコクリと頷き、水戸にグッドサインを送った。


「アニソン歌おうぜ!」

「はい!」


 2人が暫し好きなアニメソングの話で盛り上がり、華音はアルナにも声を掛けようとするが、その前に本人が自ら走り寄って来て参加表明した。


「カラオケって言うところはドリンクバーとか言うものがあると聞く! アルナ、体験してみたいぞっ」


 アルナの頭に載ったほわまろも、そわそわと鼻を動かした。

 華音が水戸と刃に視線を送ると、2人は会話をピタリと止めていつでも行ける意を示した。

 アルナが落ち着かない様子で我先にと玄関に向かった。

「アルナちゃん、待って」と、水戸が慌ただしく追い掛けていき、取り残された華音と刃は顔を見合わせて笑った。

 刃は上着のポケットの上からネックレスに触れ、笑みを深めた。


「華音……ありがとうな」


 友人と恋人を失った傷がまだ癒えていない刃への気遣いは、態々言葉にせずとも伝わった。

 華音は「どういたしまして」の一言でさらっと返した。





 この1年は失ったモノの大きさが計り知れず、悲しみと絶望の割合が多かった。それでも、華音、桜花、賢人が護り抜いた未来はもうすぐそこまで来ている。

 来年は幸せで満ち溢れます様に――――。

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