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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第十一章 金色の愛に包まれて
148/200

1.【挿絵あり】

挿絵(By みてみん)

「俺、彼女が出来ました!」


 唐突に告げられた言葉に、その場に居た者達は食事の手を止めた。


「え? 今何て?」


 鏡崎華音は箸で牛肉を持ち上げたまま、風間刃に訊き返した。


「だから、彼女が出来たんだってば。華音、肉落ちるぞ」


 言われている傍から、牛肉がテーブルの上に落ちた。だが、華音の意識は親友に向いたままだった。


「彼女って……えっと、確かことりちゃん?」

「いや、それ嫁。つーか、2次元じゃなくて、3次元だかんな?」

「3次元? デカルト座標を用いて……」

「おーい、華音?」


 斜め上の思考に溺れる華音を、高木雷が引き戻して刃を見た。


「それマジかよ。お前に彼女?」

「酷いなぁ。俺だって男だぜ? 一応」

「いやいや、でもアンビリバボーだぜぃ」と、当たり前の如く会話に加わって来たのは隣のクラスの西野太陽だった。


 西野は刃の友達で、刃繋がりで華音と雷とも仲が良い。普段、昼食には同席しないのだが、今日は面白い事が聞けそうだと言う何の根拠もない直感によって、初めての面子でテーブルを囲う事となった。

 刃はコロッケを囓りながら、テーブルにスマートフォンを置いて3人に画面を見せた。そこに映っていたのは、仲睦まじい様子で並ぶ男女。刃とミルクティー色のふわふわしたショートヘアの可愛らしい少女だ。

 西野は目を見開き、興奮気味にスマートフォンを持ち上げた。


「うっわ! 超可愛くね!?」

「お前には勿体ない……」

「そうか……付き合ってるのか」


 雷と華音の言葉には似た感情が孕んでいたが、華音の方は勝負に負けた時のそれに近かった。

 西野はスマートフォンを刃に返し、落胆する華音の肩を掴んだ。


「どったの? 鏡崎。別にお前、女には困ってないだろ?」

「ちょ、ちょっと! それじゃあオレがチャラいみたいじゃないか……」

「何もしなくても蝶々みたいに寄って来るし。イケメンってそんなもんかと思ってたけどな。違うのか」

「違うよ」

「ん? と言う事は、赤松とは付き合ってねーんだ?」

「な、何でそこでその名前が出て来るんだ」


 チラッと、1つ席を挟んだ向こうの女子4人で埋まった席を見遣る。赤松桜花は柄本日向達と楽しそうに談笑していて、全く此方を見ていなかった。

 華音は安堵するとすぐに咳払いし、そっと西野の手を払った。


「オレは桜……赤松さんとは付き合ってない。他にもそう思ってる人が居るみたいだけど、それは赤松さんに迷惑だからやめてくれ」


 言っていて自分で空しくなった。正しくは付き合えていない、だ。


「今桜花って言おうとしたよな? 付き合ってないけど、実は好きなんじゃねーの?」


 ニヤニヤ笑いながら攻めてくる西野は、なかなかに鋭かった。

 華音の恋心を知っている刃と雷は親友を可哀想に思う反面、楽しんでいた。


「オレの事はもういいだろ。刃、その娘の名前は?」

「お。逸らした。まあ、いーや。今は風間の話だったな。俺も知りたい」


 西野は案外あっさりと諦めてくれ、再び刃へと水が向けられた。

 刃は1つ咳払いをすると、少し得意げに答えた。


「珠理。名前も可愛いだろ?」

「珠理な。てか、そもそもそんな美人と何処で知り合ったんだよ?」


 雷からの問い掛けに、刃はまた得意げになった。


「出逢いは文化祭の前日に寄ったスイーツバイキングだよ。オズ……華音に頼まれてスイーツ取りに行った時、トングを取ろうとして手がぶつかったんよ。そこで運命感じたワケよ! その次の文化祭当日に、偶然再会してさぁ……それから」

「ちょっと待って。スイーツバイキング、行ったのか?」


 華音は2人の出逢いよりも、そちらの方が気になってしまった。オズワルドからは特に何も聞いていなかったのだが、元の身体に戻って早々胃もたれがしていたのだ。

 普段スイーツを迎え入れない胃はきっと戸惑っていたに違いない。


「行ったのかってお前と行ったんだろ?」


 この中で唯一事情を知らない西野が疑問を投げかけ、その純粋さに華音は笑顔を引き攣らせた。


「あぁ……いや、そうなんだけど……ね。ごめん、刃。続けて」

「お、おう」


 その後昼休みが終わるまで、刃ののろけ話を聞かされたのだった。




 学校帰りの生徒達が多く目に付く街道を、華音と雷は歩いていた。そこにはいつも何かと子犬の様に付いてくる刃の姿はなかった。

 刃は例の彼女とデートをすると言って、親友達を置いてサッサと先に帰ってしまった。しかも、無遠慮に頼み事までして。

 2人は頼み事の為に、用もない街まで態々来たのだ。

 家電店が多く建ち並ぶ中に、ゲームセンターやアニメショップ、飲食店などが転々とあり、2人が目指すのは家電店の2階にあるアニメショップだ。そこで予約していた美少女フィギュアを受け取るのだ。場所は依頼主からご丁寧に地図と店名が通信用アプリで送られて来ているので、それを頼りに向かう。


「あーあ。マジやってらんねーな。俺、今日は風呂掃除頼まれてたのによ」


 雷がスマートフォンから目を離して、蘇芳色の空を見上げてぼやいた。


「じゃあ何で引き受けたんだよ」

「それな。癖みたいなもん? アイツとは小学校からの付き合いだからな。こんなんしょっちゅうで」

「手間の掛かる弟みたいな感じか」

「そう、それ。てか、華音こそ俺への頼み事なのに何でついて来てくれたんだ? いや、まあありがたいんだけど」

「んー……オレも似た様なものだよ。あ、次そこを右じゃない?」


 華音が雷のスマートフォンに表示されている地図を見て言うと、雷は頷いて2人で右へ曲がった。



 ポツポツと街灯が道を照らし始める。

 今日の太陽が燃え尽きると、夜が地上を完全支配して冷たい風がビルの合間を通り抜けた。淀んだ空気の中では星々は十分に輝けず、代わりに街灯やビル群などが創り出す地上の星々が街を彩った。

 学生が目立っていた街中は、会社帰りの社会人の姿も混ざり始めて一層賑やかになった。

 難なく依頼を達成した2人は手頃なハンバーガーショップに立ち寄り、少し早い夕食を摂る事にした。


 店内は特に若い層の集団で埋め尽くされ、それなりにある席の殆どが埋まっていた。2人が席を探していると、丁度席が空いたので流れる様に席に着いた。後から来た男子2人組は最後の席が埋まったのを見ると、潔く店を出て行った。ほんの数秒の差だった。

 華音は彼らの後ろ姿に苦笑を浮かべ、席を立った。


「注文してくるよ。雷は何がいい?」

「俺はメガ竜田バーガーのチーズポテトセットで、ドリンクはコーラ、そんでもって……って、覚えられるか?」

「勿論。あとは何?」

「お、おう。そうか。じゃあ……」


 雷の注文を聞き終えた華音は人の合間を縫って、レジへ向かった。

 学年トップの優等生は勿論、記憶力も人並み外れている。心配した自分が馬鹿だったかと、雷は後頭部を掻いた。そこへ、誰かの影が差した。



 華音が番号札を持って席に戻ると、自分が座る筈だった席に体格の良い男子が座り、向かいの雷と談笑していた。

 華音に気付いた雷が手を挙げた。


「サンキュー、華音」

「ああ。と言うか、何で西野が居るんだ」


 華音が西野の隣に移動すると、西野は悪びれる様子もなく、また席を譲る様子もなくヘラヘラ笑った。


「丁度、高木を発見してさぁ。何だ。風間が抜けたから、2人でデートってか?」

「冗談言うな。そのアホの頼み事の為に、俺達は此処まで来たんだっての」


 雷が真面目な顔で答え、華音は頷いた。


「それより西野こそ、1人? 昼の時もそうだったけど、まさか仲間からハブられて……」

「おい、鏡崎。何か失礼な想像してないか? 俺は仲間とカラオケ行った帰りで、あえて1人でハンバーガー食いに来たの。ほら、テスト近いし、皆早く家に帰らなきゃって」

「そういえば、テストだね」

「そういえばって。優等生はテストは眼中にねーのかよ。いいなー」

「オレだって、ちゃんと授業は聞いてるよ」

「授業はって、それ以外の勉強どうしたよ。俺達みたいな凡人は必死に勉強しても、それなりの点数しか採れないし。あ、そっか! これからお前に勉強教えてもらえばいいのか!」


 西野は名案とばかりに手を叩き、丁度呼び出しベルがけたたましく鳴り響いたので席を立つ。そして、急ぎ足で商品受け取り口まで向かって行った。

 入れ違いに、華音は席に着いた。

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