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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第十章 二つの世界の追走曲
146/200

16.

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない、絶対に許すもんか!


 東京郊外にある魔女のアジトへ帰還した金星の魔女ジュエルの心は憎悪で満たされていた。

 脳内に浮かぶ顔は、声は、ミッドガイア王国の国章を鎧に刻んだ無慈悲な騎士のもの。マルス・リザ―ディアの姿を借りた竜泉寺賢人が……否。ミッドガイア王国騎士が憎くて憎くて仕方がなかった。

 どす黒いオーラを放つ仲間を、ソファーに腰掛けた魔女達は不安げに見ていた。


「ジュエル……貴女、大丈夫? マフィンでも食べる?」


 焼き立てのマフィン片手に木星の魔女アロマーネが、床に膝を着いて俯くジュエルの前で身を屈めた。

 ジュエルはサッとマフィンを奪い取ると、ガツガツと貪った。ルビー色のつり目からはボロボロと涙が零れ落ちた。


「許さないんだから……! アイツ、ミッドガイア王国騎士のアイツ……クランを、クランを殺した!」


 皆驚かなかった。ジュエルが戻る直前水星の魔女シーラの口から告げられたからだ。それでも、生き残ったジュエルが此処まで取り乱すとは思っておらず、そちらの方に驚きを示した。表面上は感情がないように見える冥王星の魔女ライラとその双子天王星の魔女ウィンドールも微かに表情を変えている。


「ジュエル」


 溜め息混じりにシーラが名を呼びながら、ジュエルに近付いてアロマーネの隣に腰を下ろした。

 ジュエルは涙と食べかすでクシャクシャの顔を上げた。



 ――――クランが死んだのは私も悲しい。しかし、だからと言って相手だけを責めるのはあまり褒められたものではない。……私達も命を奪っている。奪い合っているんだ。それだけは忘れるな。



 今でも心の奥底まで響くシーラの声。心から正しいと思った。けれど、ジュエルの憎しみはそう簡単に消えてくれる筈はなかった。

 今日は何としてでもクランの仇を取る。その心意気で此処までやって来た。そう、鏡国高校文化祭に。人が多く出入りする此処なら、仇と出会えると期待を寄せて。


 ジュエルの見た目はクランと同じく此方の次元の自分の姿を少し弄ったもので、髪はミルクティー色のふわふわショートで瞳はダークグレーでつり気味。服装はキャラメル色のショート丈のコートに黒のミディスカート、茶色のショートブーツと言った具合だ。


 擦れ違う生徒達が彼女の美貌に振り返る。

 だが、ジュエルは今別の感情に囚われていてそれどころではなかった。校門から校舎まで続く道程は、沢山の屋台が並んで賑わっていたのだ。その中には食欲を刺激する飲食物も沢山あり、ジュエルの口内は唾液で満たされていた。


「どれから食べようかしら」


 食欲が復讐心に打ち勝ち、飢えた獣の様に獲物に狙いを定めていく。

 焼き鳥、焼きトウモロコシ、焼きそばなどの焼きメニューは勿論の事、綿菓子、林檎飴、クレープなどのスイーツも充実していた。高校の文化祭でありながらも、完成度は非常に高かった。

 スペクルムから来たジュエルにとって、珍しいものばかり。昨日駅前のスイーツバイキングへアロマーネと行った時も、見た事のない食べ物に心が躍った。細い身体にぎっしり詰め込んだのにも関わらず、まだ彼女の胃袋は食べ物を求めていた。


「昨日スイーツ沢山食べたから、今日はおかずとかがいいわね。あ! あれなんて美味しそう」


 たこ焼きの屋台にまっしぐら。傍を突風が駆け抜けた。




 ウィンドールも文化祭に訪れていた。先程までジュエルのすぐ傍に居たのだが、互いに気付かなかった。

 ウィンドールはエルフの姿で風を纏い、風と同化して空中を自由に彷徨っている自然現象の様なものとなっていた。周りは風が吹いたなぁとしか思わない。

 魔力感知で同族には分かりそうなものだが、生憎ジュエルの心は食べ物で埋め尽くされて余計な感情が入り込む隙間はなかった。

 ウィンドールが来たのは単なる気まぐれだ。ジュエルを心配して来た訳ではない。そう言った感情は欠落しており、まさに言葉を話す風であった。


「ふぅん。人間はよく分からない事をするのね」


 屋台を素通りし、興味なさげにぼやく。その声は風が掻き消して、誰の耳にも届かなかった。


「こんなに沢山居るのだから、生命力奪いたい放題ね」


 いつも何を映しているのか分からない、ぼんやりとした瞳がほんの少しギラついた。




 突風に踊る髪を押さえながら、ジュエルはたこ焼きの屋台の前まで辿り着いた。先に女子生徒が2人居て、たこ焼きが出来上がるのを談笑しながら待っていた。

 店員の男子生徒は器用にピックを動かし、たこ焼き器の上に広げた生地をぶつ切りのタコを包む様にくるくる回転させて球体を作る。ジュージューと言う音と共に香ばしい匂いが辺りに満ちていった。

 きつね色に焼き上がると、それをパックに綺麗に6個入れてソース、マヨネーズ、青のり、鰹節で味付けし女子生徒に手渡そうとする――――と、


 ビュン!


 突風が彼らの間を裂く様に駆け抜け、男子生徒の手からパックが離れて中に入っていたたこ焼きが宙を舞った。

 女子生徒は反射的に避け、受け取る相手をなくしたたこ焼きは地面に落ちるのみ。

 呆然とたこ焼きの行く末を見ているだけの生徒達の視界の端で、ジュエルが動いた。

 ジュエルは必死の思いで手を伸ばし、たこ焼きを6個見事にキャッチ。


「あっつ!」


 あまりの熱さに再び落としそうになったが、強靱な食欲で堪えた。


「す、すげー……」


 声を上げたのは男子生徒で、女子生徒達は目を見開いたまま固まっていた。

 ジュエルは涙目で生徒達を見た。


「これあたしが素手で触っちゃったから、あたしがもらってもいい?」


 生徒達が息ピッタリにこくこくと頷くと、ジュエルは「いただきまぁす」と大きな口で焼き立てのそれを噛み締めた。忽ち笑顔が溢れた。


「おーいしいっ」


 外はカリッと中はトロッとしていて、濃厚ソースと少し酸味のあるマヨネーズ、青のりの磯の香りが絶妙にマッチして満足のいく味わいだった。たこ焼きを生まれて初めて食べたジュエルは感動で打ち震えた。

 もう1つ頼もうかと思いながら最後の1個を噛み締めていると、また強風が吹き荒れた。


「なん……なのよ、今日はやけに風が強いわね」


 反射的に目を閉じた彼女の髪や衣服を、風は高笑いしているかの様な音を立てて乱していく。風音の合間から切羽詰まった生徒達の声がした。


「ちょ、倒れる!」

「危ない!」

「きゃああぁぁっ!」


 風が止み、ジュエルが目を開けると眼前にたこ焼き器を乗せた台が迫って来ていた。

 ジュエルの目は瞬時に形成途中のたこ焼きや材料を捉え、無意識のうちに身体が動いていた。倒れてくる台の方へと。

 ここでたこ焼きを失う訳にはいかない! そんな強い意志が彼女を突き動かしたのだ。

 既に避難した生徒達は叫ぶ。


「何してんだ! 逃げろ」

「怪我しちゃう!」


 ジュエルは両手に金属性のマナを集め始める。それで受け止めるつもりだった。

 ところが、横から人影が飛び出しジュエルを勢いよく吹き飛ばした。






 おっとりとした女性、ふんわりとした少女、元気一杯の幼女、雰囲気も年齢もバラバラな異性をお供に、華音は校舎内を歩いていた。

 校舎内も華音達のクラスと同じ様に、教室を喫茶店やイベントスペースにしているところが多く見られた。がら空きのクラスは外で屋台を出している。

 廊下には、普段見掛けない様な他校の生徒や一般人の姿もあって賑やかだ。殆どが文化祭のパンフレットを手にしていて、水戸も同じものを広げていた。

 アルナが背伸びして、パンフレットを覗き込んですぐに指差した。


「このオバケ……ヤシキ? 気になるぞっ」

「3年生のクラスだね」と、華音。

「遊園地思い出すわね」

「遊園地にもありますものね」


 桜花の言葉に水戸が答えると、桜花は嬉しそうに語り出した。


「えーと、サトウの館だっけ? 記憶があんまりないんだけど、とっても楽しかったわよね」

「サタンだよ。記憶ないのに楽しかったっておかしいだろ。オレは桜花にずっと首絞められて楽しむどころじゃなかったよ」

「そうだったかしら? そういえば、あの後華音疲れ切っていた様な……」

「そうだよ。あれは心臓に悪い、色々と」


 2人だけで思い出話に盛り上がり、アルナは2人と戦った事を思い出し、現状水戸だけが蚊帳の外となった。

 水戸は声が震えない様に華音に問い掛ける。


「あの、桜花さんと遊園地……に行ったんですか?」

「うん。大分前の事だけど」


 その頃は桜花に対する恋愛感情を自覚出来ていなかった事もあり、異性の友達と遊びに行った感覚だった。


「そう、ですか」


 華音が桜花と遊園地に行く事になった経緯も想いも知らない水戸にとって、異性と遊びに行く事はデートとしか考えられず人知れず落胆した。密かに想いを寄せている男の子が同年代の女の子と恋仲であるのなら、年上である自分が割り込む隙はない。大人しく引き下がるしかないのだ。

 水戸は唇を噛むと、アルナの手を引いて反対方向へと歩いて行った。


「水戸さん?」


 華音が呼び止めると同時に水戸は振り返り、顔に笑みを貼り付けた。


「アルナちゃんとお化け屋敷に行って来ます」


 アルナが何か言いたげだったが水戸は手に力を込める事で抑え、華音と桜花の反応を待たずして歩き出した。

 華音と桜花は顔を見合わせ、首を傾げた。


「水戸さん、急にどうしたのかしら?」

「引き止めるのも何だし、後でメッセージ送っとくよ」

「そうね。じゃあ、2人で回りましょ」

「桜花は……モッツァレラうどんだっけ」

「あー! そうだった。急がなきゃ!」


 桜花が走り出し、華音は注意をしようとしたが誰かの声に呼び止められた。

 声は男子トイレからしている。聞き覚えのある男の声だった。

 華音が男子トイレに消えていくのを見た桜花の耳にも、聞き覚えのある女の声がし彼女も同様に女子トイレに駆け込んだ。


 洗面台の鏡面にはそれぞれ、華音の目の前にはオズワルドが、桜花の目の前にはドロシーが映った。

 2人の魔法使いは同時に「魔女の魔力を感知した」と告げた。トイレの窓から使い魔達が入り込み、憑依の準備が整った。

 手の平を重ね合わせる直前、また2人の魔法使いは同時に言う。「魔女の魔力が消えた」と。


「一体何なんだよ」


 華音が戸惑いと不安を零すと、オズワルドは首を横に振った。


「私にも分からない。だが、この辺りには居ないのは確かだ。魔物も居ない」

「まさか、賢人が倒したとか?」

「それはないな。マルスの魔力は感じられないし、一瞬だった。自ら姿を消した、或いは正体を隠したのだろう」

「正体を……って、校内の何処かに魔女が居たりするのか?」

「その可能性も否定出来ない。引き続きゴルゴに見張らせるが、お前も気を抜くなよ?」


 入って来た窓からゴルゴが飛び立った。

 華音は表情を引き締め、頷いた。

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