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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第十章 二つの世界の追走曲
144/200

14.

 蛍光灯が消されリアルな星空柄のカーテンが自然光によって浮き立つ店内には、黒い絨毯の上に丸テーブルと椅子が並べられている。

 各テーブルに置かれたランプが淡くテーブルを照らし、そこに描かれた星座盤を際立たせる。ガラス板の下に星座盤が嵌め込まれた美しいデザインで、鏡崎家具の特注品だ。

 立派な星座喫茶に仕上がっていた。


「お待たせしました、こちら星の囁きゼリーです」


 華音が丁寧な所作で目の前に注文品を置くと、1年生の女子が目を輝かせた。


「うわぁ! 本当に鏡崎先輩だ! ヤバい、カッコイイ!! ねっ」


 同意を求める様に向かいの他校の女友達に言うと、既に彼女は華音の美貌に圧倒されて放心状態になっていた。

 華音には2人の反応を気にしている余裕はなく、頭では例の台詞が繰り返されていた。1度読み上げただけで覚える事は出来たが、サラッと口に出来る様な台詞ではない。それが何の躊躇いもなく出来るのは俳優とかホストぐらいなものだろう。

 華音は躊躇いつつも、身を屈めて客の耳元に唇を近付けた。


「……星の見えない昼や夜には目を閉じてみて。そうすれば、そこに満天の星が見えるから。楽しい時、辛い時、心が押し潰されそうな時……いつだってオレ達はキミを見守っているよ」

「は、はいぃっ」


 女子は悩殺された。


「それでは、どうぞごゆっくり。空いたお皿下げますね」


 使用済みの皿を手に取ると、華音は一礼して立ち去る。その際皿を握る手に力がこもってしまった。

 羞恥心のあまり消えてしまいたい気持ちだった。


 バックヤードに戻る途中、せっせとパンケーキとコーヒーのセットを運ぶ柄本と擦れ違った。ソーサーからスプーンが落ち、床に到達する寸前で華音は受け止めた。


「ありがとう、鏡崎くん」

「ううん。オレも手伝うよ」


 柄本が答える前に、華音はコーヒーを奪い取った。


「でも、鏡崎くんそれ……」


 柄本の視線は華音が手に持っている皿に注がれた。


「いいよ。……と言うか、気晴らし」

「あぁ……あの台詞言ったんだね」

「そう言う事」


 2人で、男子4人組で埋まっている窓際のテーブル席に向かった。

 うち3人の前には既に注文品が置かれていたので、迷わずパンケーキとコーヒーは何も置かれていない場所に置いた。


「お待たせしました、パンケーキとコーヒーのセットです。ご注文の品はお揃いですか?」


 柄本が訊くと、最後の注文品を受け取った爽やかな黒髪男子が代表して答えた。


「ああ! うまそ~サンキュー。柄本、その格好可愛いな! 似合ってる」

「あっ……ありがとう」


 柄本が顔を真っ赤にし、ナンパされて困っている女の子の様に見えた華音は彼女を押し退けて前に出た。


「西野。柄本さんが困ってる」

「おっと、鏡崎も居たか。イケメンは何着てもイケメンだな~。かーっ! 羨ましいぜぃ」


 西野は手の平で視界を遮り、後ろに身体を反らした。


 西野太陽(にしのたいよう)は隣のクラスで、刃の遊び仲間だ。心身共に不真面目な刃とは違い、勉強はそこそこ出来て部活でもあるバスケに全力を注ぐ体育会系のイケメンである。因みに、刃繋がりで華音も通信用アプリでやり取りをする仲だ。


「あー……てかさ、鏡崎。いつになったら一緒にカラオケ行ってくれるワケ? 俺らずっと待ってんだけど」


 他の3人もそうだと言わんばかりに頷いた。


「だから、オレは歌うのが得意じゃないんだって。何度も言ってるだろ」

「えーっ……カラオケ楽しいぞ? その空間に居るだけでテンション上がるぜ?」

「とにかく、行かないからな」

「ちぇー。鏡崎が来るって言えば、クラスの可愛ッ娘ちゃん来てくれるんだけどなー」

「……それが本音か」と華音は呆れた様に言うと、すぐにコロッと店員の顔をし「では、ごゆっくり」と笑顔で立ち去ろうとした。


「ちょっと、鏡崎!」

「何?」


 西野に呼び止められ、渋々足を止めた。

 西野は嬉々とした顔で、メニューを指差した。


「これ! 星の囁きゼリーっての? 俺が頼んだら、赤松が囁いてくれんだよな!?」


 華音は顔に笑みを貼り付け、歪んだ心を隠した。


「そうですが……ご注文されますか?」


 それは「注文するな」と訴えていた。

 笑顔なのに恐ろしい。いや、笑顔だから恐ろしい。静かに燃ゆる炎を見た気がして、西野は苦笑いで首を横に振った。

 華音は一礼し、柄本を連れて立ち去った。



「鏡崎くんって意外と独占欲強いんだ?」


 半歩後ろを歩く柄本が楽しそうに話し掛けて来た。

 華音は振り返らず、問われた意味が分からないフリをしてみせた。


「何の事かな」

「あはは。でも、程々にね」


 カーテンの前に辿り着いた時、出入り口の方が一層ざわめきを増した。柄本が振り返り、つられて華音も振り返った。


「可愛い~」

「誰かの妹さん?」

「兎連れてるよ」


 クラスメイトや客達の声で、華音はざわめきの中心にいる存在を察した。


「アルナ」

「誰」


 華音が名前を呼ぶと柄本が首を傾げ、白兎を肩に乗せた幼女がタッと走って来た。


「カノン~!」

「来てくれたんだね」


 華音は優しくアルナを抱き留めた。


「やっぱりこっちのカノンのがいいぞっ」


 柔らかな頬をすりすり。


「えーっと……鏡崎くんに妹って居たっけ?」


 柄本は華音とアルナを交互に見遣り、華音に視線を固定させると疑問に満ちた目を向けた。

 華音が口を開こうとすると、向こうからトレンチコートにパンツ姿の女性が歩いて来て代わりに答えた。


「その娘は私の親戚なんです」


 そうなんだ、と納得したが新たな人物の登場に柄本の疑問は重なるばかりだった。

 華音は破顔する。


「水戸さん」

「招待して下さってどうもありがとうございます。ちょっと此処に来るまで迷ってしまいました」


 えへへ、と水戸は照れ笑いした。

 少しぼんやりとした優しい雰囲気はいつもと変わらないが、見慣れたパステルイエローのエプロン姿ではない水戸は新鮮だった。家政婦と言うよりも姉に思え、華音は不思議な気持ちだった。


「鏡崎くんの知り合い……かな? あ。じゃあ私それ持ってくから、席に案内してあげなよ」


 柄本は華音から皿を奪い取ると、カーテンの向こうへ消えていった。華音が礼を言う暇はなかった。

 柄本には後で礼を言う事にして、今は目の前の客に集中する事にした。

 華音は店員の顔をし、2人を席まで案内する。

 向かい合わせで2人は座り、水戸はこの時華音の姿をちゃんと見た。


「華音くん、素敵ですね!」

「うん。ありがとう」


 水戸の瞳は純粋で、華音は面映ゆかった。


「どんなカノンでもアルナは好きだぞっ」


 アルナも純粋に褒めてくる。


「此処は星座喫茶……でしたよね」水戸は辺りを見回し、華音がテーブルに広げたメニューを見て再び華音に視線を戻した。「と言う事は華音くんのその衣装は……カラス座ですか?」

「そうだよ。よく分かったね」

「一見魔法使いに見えなくもないですが、その袖が翼の形になっていますし上手く烏のイメージを組み込んであって素晴らしいデザインです。華音くんは髪も瞳も綺麗な漆黒なので、とってもお似合いですよ」


 魔法少女もののアニメが好きな水戸にとって、華音の格好、そしてこの空間自体がストライクゾーンだった。ランプに照らされた彼女の顔はその光の影響がなくとも輝いていた。


「なあ、カノンー。この星の囁きゼリーって何だ? 美味いのか?」


 アルナがメニューを指差し、華音は顔を引き攣らせた。


「あー……それは」

「超絶美少年が囁く……って、もしかして華音くんが?」


 水戸にはそれ以外考えられなかったが、見事正解だった。

 華音は2人から視線を外し、遠い目をした。


「客が女性の場合はオレが、男性の場合は桜花が囁く事になってる」

「…………私が頼んでも囁いてくれますか?」

「そう言う決まりだから」

「そうなんですね」


 水戸は俯き、膝の上で重ねた手をもじもじ動かし始めた。

 良い予感がしなかった華音は水戸の意識を例のメニューから逸らせようと、指を隣に滑らせた。


「お勧めはこっちのコーヒーで……」

「アルナはゼリーにするぞっ」


 アルナの元気な声が華音の声を遮った。


「え……本当にそれにするの?」

「カノンに囁いてもらえるんだろう? じゃあ、迷う事ないぞっ」

「アルナ……。あーでも」


 客だ。同居人とは言え、彼女はれっきとした客だ。客の注文を自分の都合で却下する事は真面目な華音には出来なかった。


「……はい、星の囁きゼリーですね。水戸さんはどうする? オレとしてはコーヒーがお勧めだよ。コーヒー好きの桜花が淹れるコーヒーだから美味しいよ」

「桜花……」


 それは逆効果だった。華音は知る由もないが、水戸は桜花に対して複雑な感情を抱いている。謂わば、嫉妬の様なものだった。

 水戸は拳を握り、頬を真っ赤に染めて良く通る声で言い放つ。


「私も! 私も星の囁きゼリーをお願いします!」

「えぇー!?」


 華音は卒倒しそうになった。

 周りも華音達のやり取りに興味津々で、関係性を色々と推測して楽しんでいた。

 華音は力の入らなくなった両足を何とか支え、店員を演じきる。


「かしこまりました。星の囁きゼリー2つ……ですね。少々お待ち下さいませ」

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