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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第九章 老舗珈琲店の騎士
129/200

15.

 結局華音に咎められる事はなかったが、それが一層桜花の罪悪感を増幅させた。

 耳を寝かせた猫の様に沈んだ桜花の内側から明るい声が響く。


『大丈夫ですわ、オウカちゃん。これから挽回しましょう!』

「ドロシー……。ええ……ええ! わたし頑張る!」


 桜花の瞳に一瞬で炎が燃え上がった。

 自信に満ち溢れた顔で華音の横を駆けて行く。


「桜花?」


 その背中に華音が疑問の声を向けると、桜花は振り返ってにっこり笑った。


「わたしが前に居た方が華音は安全だと思うの。だから、役目交代よ」


 そう言って、クランが飛ばして来た土の刃を早速杖で弾きながら前進していく。

 華音は戸惑いつつも、その場で詠唱を始めた。

 クランの間近まで攻めた桜花は杖を振るう。だが、簡単に躱されてしまう。


「アースキャノン!」


 クランは魔術を置き土産に、空間移動魔術で魔法使い達の視界から消えた。

 桜花は無数の土の刃を杖で弾く。そうしている間に再び視界に現われた魔女から次の魔術が繰り出される。


「グランドランス!」


 地面が大きく揺れて尖った岩がアスファルトをぶち破り、波の様に桜花に襲いかかる。

 桜花は風に舞う花びらの様な優雅な身のこなしで躱していく。そこへ、魔女の追撃。


「サタンブレス!」


 トンと地面に降り立った桜花の横姿に無数の(つぶて)が飛んでくる。


「グロスヴァーグ!」


 それを華音の魔術が阻止。大波が礫を呑み込んでマナへ還した。

 桜花は華音に視線で礼を告げると、少し焦りを見せ始めたクランのもとへ走り込む。ところが――――


「きゃっ」


 何もない所で躓き、思い切りアスファルトにダイブした。


「あらあら。お間抜けさんですね」


 微笑みを浮かべつつも、クランの周辺には地属性のマナが集まり出していた。それを詠唱で巨岩に変えると、起き上がる最中の桜花の背中に落とす。


「アイシクルスピア!」


 直前で華音が魔術を発動し、無数の氷の刃が巨岩を空中で砕いた。


 パラパラと降り注ぐ石の雨の中、桜花は直立した。刹那、クランが空間移動魔術で眼前に現われ地属性のマナで形成された短剣を振るう。

 桜花は杖で短剣を弾き、飛躍してクランの背後を取る。

 振り向いた魔女に氷の刃が飛んでくる。


 ザクッ。


 脾腹を直撃し、魔術がマナへ還るとドバッと血が溢れ出した。着物が赤に染まっていく。

 クランが怪我を押さえてよろめくと、透かさず桜花が杖を薙ぐ。しかし、空を裂いていた。

 土星の魔女は2人から少し離れた場所に一瞬で移動していた。もう体力も魔力も急激に低下し、それが精一杯だった。

 クランの顔から遂に笑みが消えた。





 右、左、前、後ろ、上、何処を攻めても剣は空しく弾かれた。


 絶対防御の鎧と言えど、所詮はマナ。術者の魔力が尽きればそのうち大気中へ還るだろうが、その前に賢人の方が持たない。彼方は防御だけでなく攻撃も行え、たとえ上手く防いだり躱そうが体力はそうもいかず賢人は疲弊していた。


 後ろへ大きく跳び、雷属性のマナを剣に纏わせて薙ぐ。


「万雷の波濤(はとう)!」


 電気を乗せた烈風が魔女を中心に捉える。


「やっぱり効かないか……」


 魔女の周りを避ける様に電気が後方へ流れていき、アスファルトを抉り取った烈風はマナの鎧を揺らす事すら出来なかった。

 ジュエルは両手を広げ、金属性のマナを収束させて放つ。

 剣や槍を象ったそれらが雨の如く賢人に降り注ぐ。

 剣で防ぎ、跳んで躱すも、幾つかは鎧や頬に掠り傷を残した。

 賢人は頬から滴る血を手で拭い、苦悶の表情で魔女を眺めた。


「マジやばいな。あ~~助けてよおぉぉっ! マルスさぁんっ!!」

『調子に乗るからっすよ……。と言うか、その態とらしい声ウザいっすね』

「ん? 知らない? こう言えば、未来から来た猫型ロボットは必ず少年を助けてくれるんだよ」

『僕は猫型ロボットってやつじゃないし、ケントくんはいい歳じゃないっすか』

「いやあ、でも本気で困ってるんだよね。そもそも僕は唯の珈琲店のお兄さんだし、戦いなんて無理~っ」


 飛んで来た金属片を剣で弾き落とす。


『そう言いつつも楽しんでるけど……。そうっすねぇ……相手の魔力が尽きるまで耐えるか、もう1つは弱点である属性の魔術をくらわせるか……すね。僕、オズワルド様じゃないんで頭脳戦は不向きなんすけど』

「因みに、弱点って?」

『火属性』

「火属性、ね」


 視線をチラリと向けた先では、桜花が炎を土星の魔女に放っていた。




 一直線に迫っていた炎は、アスファルトを突き破った岩に遮られた。

 桜花がめげずにもう1度詠唱する後ろから、華音が魔女に向けて魔術を放つ。


「メイルストローム!」


 クランの足下に大きな青色の魔法陣が展開し、そこから大渦潮が発生。ゴォゴォと音を立てながら勢いよく回転し出す。

 ところが緩やかに回転が止まり、水が四方へ弾けた。

 中心では大量の礫に囲まれた魔女が立っていた。まるで、環を纏う土星そのものだった。

 環を構成する礫が魔法使い達に飛んでくる。

 桜花は詠唱を中断して杖で防ぎながら攻める。彼女のおかげで華音の所へは然程礫は飛んで来ず、軽く躱す程度だった。


 環をなくして肩で呼吸する魔女に、桜花は力一杯杖を薙ぎ払う。ローズクォーツ水晶が傷に食い込み、小さく苦痛の声を上げたクランは軽く吹き飛ぶ。

 ドサリとアスファルトに転がったクラン。更に広がった傷口からは血がどくどくと流れ血溜まりを作る。

 思わず目を背けた華音の内側からオズワルドの憐憫を孕んだ声が響いた。


『クランも覚悟していた筈だ。……止めを』


 華音は火星の魔女の心臓を穿ったものと同じ氷の大剣をクランの頭上高くに創り出し、クランの顔を一瞥すると落下させる。


 ザク!


 振り袖を貫きアスファルトに磔にする。

 狙いが逸れてしまった。それどころか、対象のクランの姿が何処にもなかった。残された振り袖の生地端が風にゆらゆら踊る。


 後方に姿を現したクランにいち早く気付いたのは桜花。既に魔術を放っていた。

 バスケットボール大の火球がメラメラ燃え盛り、対象目掛けて一直線に飛んでいく。

 クランは袖を失った方の手で脾腹を押さえ、僅かに顔を上げる。赤い双眸に鮮やかな赤が映り込む。口元が僅かに綻んだ。


 これで終わり。誰もがそう思った時、クランの目の前に紫電が駆けて来た。


「ナイスパス! 桜花ちゃん」


 剣を構えた賢人が魔女の代わりに迎え撃つ。

 刀身に弾かれた火球は思わぬ方向へ勢いを増して飛んでいき、賢人もそれを追う様に一条の紫電となってその場を去った。

 一瞬の出来事に術者の桜花も、見守っていた華音も、死を覚悟していたクランも呆然とした……その時、向こうから金星の魔女の悲鳴にも似た声が聞こえた。


「嘘でしょ!? こんな事……」


 ジュエルを覆っていたマナの鎧は火球が衝突した事によって、硝子が砕けていく様に粉々になり大気中に舞い散っていった。

 絶対防御をなくし装備は剣1本のみの魔女へ、賢人は悪戯な笑みと共に銀色に煌めく切っ先を向ける。


「お兄さん優しいから、痛いのは一瞬だけにしてあげるね」


 負けを悟ったジュエルは力が抜けた手から剣を落とし、妙に静まり返った空間に空しい落下音を響かせた。

 賢人は躊躇なく剣を前方に突き出す。

 時間にしてたった数秒の出来事だったが、その一瞬だけ時間が止まったかの様だった。


 切っ先は魔女の心臓を貫き、鮮血が迸る。


「はっ……?」


 返り血を浴びた賢人の顔は驚愕に染まった。両手に握った剣から伝わる肉を貫いた感触は確かだったが、その先にあった身体は別の魔女。土星の魔女クランだった。華音と桜花の目の前に居た筈の魔女の姿がそこにあった。

 自分を庇うクランの背中。そして、そこから突き出た切っ先。足下に滴る大量の血。ジュエルは血の気を失った。


「クラン! いやああぁぁっ!!」


 星が悲しげに瞬く夜空の下、魔女の甲高い悲痛な叫びが木霊した。

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