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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第九章 老舗珈琲店の騎士
128/200

14.

 ふと彼方の戦いの様子を覗った華音の琥珀色の瞳に、重なり合う男女の影が映った。


「えぇ――っ!? どどどどう言う展開!?」


 驚倒した頬は一瞬で赤く染まった。


『なるほど……とんだ変態だな』


 オズワルドは初心な華音とは違い、見慣れたその光景を冷静に眺め賢人に顔を顰めた。

 意識を同じく向こうへ向けていたクランもまた、表面上笑みを浮かべているが裏側ではオズワルドと同じ顔をしていた。


「乙女の唇を奪うなんて最低ですね。あとでお仕置きしなくては」


 戦闘に集中していた桜花とドロシーは先の光景を見逃してしまい、話についていけなかった。

 クランは意識を目の前に居る敵に戻し、テニスボールを象ったかの様な土の塊を幾つも飛ばして微笑んだ。


「今度こそ息を合わせて下さいね」


 桜花はローズクォーツの杖を両手で構えた。


「ダブルスのリベンジね! いいわ。今回は失敗しない……!」


 土の球を弾く。それは形を保ったまま前方へと勢いを増して飛んでいく。その先に居るのは華音だ。

 予測していた華音は手早く土の球に水をぶつけ相殺。

 寒心し動けずに居る桜花に華音が振り返り、更に桜花はゾッとした。


「オレが打ち消すから、桜花は今のうちに詠唱してくれ」

「う、うん」


 怒られると思った。だからと言って気を抜く訳にはいかず、桜花はその場を華音に任せて離れた場所へ移動し火属性のマナを集め始めた。

 尚も飛んでくる土の球を華音は杖で弾いたり、横や後ろへ跳んだりして躱していく。そのうちにクランとの間合いを詰めていき、攻撃が十分届く位置で杖を振るう。

 青水晶がクランの茶髪に触れたかと思うと、次の瞬間には空を切っていた。


『カノン、後ろだ!』


 内側からの声に従うと、中空を巨大な球状の土が駆けてきていた。先程の球など比ではない程大きく、衝突したら一溜まりもない。

 華音が水属性のマナを集めると、球体の向こうからクランが土で出来た刃を数本投げ自ら粉砕。大量の砂が華音に降りかかる。

 華音は収束したマナを吹雪として解き放つ。

 砂と雪がぶつかり合い、辺りは靄が掛かったかの様に白く染まった。

 視界が悪い中、華音はもう1度マナを集める。

 白い空間を縫うようにして、火の魔法使いの詠唱が聞こえて来る。クランは同じ空間に居る魔法使い、外の空間に居る魔法使い、両方に警戒していた。


 やがて2つの魔術がマナへと還り視界が鮮明になっていく。

 すると、真っ先にクランの赤い双眸に飛び込んだのは幾人かの水の魔法使いの姿。左右前後何処へ目を向けても彼らは居た。


「囲まれましたね。さて……どれが本物でしょう? 困りましたね」


 クランは頬に手を当て、眉を下げた。

 頭から爪先、表情や仕草に至るまで、本物と違わない精巧さ。攻撃を受けない限りは本物で居られる偽物、分身。総勢15人の華音が土星の魔女を取り囲んでいた。

 全ての華音が同じ様に杖を振るう。


「フレイムレイン!」


 同じタイミングで桜花の魔術が発動。

 炎の雨が降り注ぎ、14人の華音は蒸発して消え残りの1人、つまり本物は水の加護の働きで身体的ダメージはなかった。

 瞬時に空間移動魔術で攻撃範囲外に移動したクランにも、同じくダメージはなかった。

 華音は無言で桜花をじっと見た。決して怒ってはいないのだが、桜花は視線に耐えきれなくなってオロオロした後深々と頭を下げた。


「ごめんなさいっ」





 ジュエルは賢人を突き放し、空中に逃れた。顔は真っ赤だった。


「この変態っ! いきなり何すんのよ! あ、あたし初めてだったのよ!?」


 賢人は余韻を味わう様にペロリと舌舐めずりし、ブツブツ呟く。


「なるほど……12月25日生まれの531歳。金属性の魔力を持つ家系。スリーサイズは77、58、84……か」

「ちょ、ちょっと! 何でアンタがそんな事……」


 ジュエルの困惑の声を依然無視して賢人は続ける。


「好きな食べ物は甘い物、嫌いな食べ物はキノコ。好きなタイプは料理上手なヒト……って、君食いしん坊さんなんだ」

「~~~~っ!」


 全て図星でジュエルは口を戦慄かせるだけで何1つ言い返す事が出来なかった。

 賢人の内側で苦笑混じりにマルスが告げる。


『ねえ、ケントくん。さすがにそれは変態っすよ』

「アンタだって「オズワルド様を抱いて寝たい!」ってよく言ってるじゃない。それと同じさ。僕の場合はキスがこの上なく好きなだけで、相手にはこだわりないんだよね。ま、さすがに口臭キツイ人は無理だけどね」


 賢人が得意げに人差し指を立てると、マルスは全力で首を横へ振った。


『いやいやいや! 僕のは願望だし。願うだけならセーフだけど、君のはアウトだからね!? そうやって実行するから牢に入れられるんすよ……』

「大丈夫。今回の相手は通行人じゃなくて魔女だから! 捕まらないよ」

『ホンット……最低っすね』


 マルスが賢人の目を通じて魔女に同情を向けると、ジュエルの魔力が膨張していてギョッとした。

 ジュエルは目に涙を浮かべ、両の拳を握り締めて叫ぶ。


「ばかばかばか! 許さないわ、この変態!」


 膨張した魔力に引き寄せられ集った大量のマナは9つに分裂して術者を囲い、それぞれ変形し始める。


「ガーディアンソード!」


 9つの剣となったそれらとは別に、ジュエルの手にはまた剣が握られていた。

 ジュエルが地上目掛けて駆けると、9つの剣は位置を保ったまま共に来る。そして、地面に爪先が着いた瞬間、術者から離れ対象のもとへ飛んでいく。

 賢人は9つの切っ先を瞬時にサファイアブルーの瞳に捉えると、剣をしなやかに振り弾き返していく。それらはくるくる回りながら術者のもとへ戻る。

 今度はジュエル本人が飛び込んで来る。

 最後の剣を弾いている最中でやや反応が遅れ、ジュエルの刃を受けてしまう。

 銀色の胸当てが斜めに裂ける。表面だけとは言え、衝撃はかなりのものだった。ふらついた一瞬の隙に、2撃目が来る。


「速い……!」


 既の所で剣で防ぐも、3撃目、4撃目と続き少しずつ反応に遅れが出る。6撃目に右腕を、7撃目に右肩の国章を、8撃目には頬に赤い線が出来た。別次元の騎士を憑依させていなければこの程度では済まなかっただろうと思うと、賢人はひやりとした。もう態と押されているフリをしている余裕はない。

 相手の動きに必死についていきつつ、芳しくない戦況をどうするか考える。


 最初こそ考えようとしただけで実際に考える事が出来ていなかったが、次第に落ち着いて思考を巡らせる事が出来た。即ち、心に余裕が出来た証で賢人は相手の動きを的確に捉えていた。

 賢人は口角を上げた。

 一見すると無駄のない美しい剣術だが、枠に嵌まっているだけで1度動きに慣れてしまえば大した事はなかった。


 剣術に於いては素人の賢人だが、圧倒的才能で剣術の玄人であるジュエルの僅かな隙をつき、相手の剣を吹き飛ばした。

 無防備になった身体に剣を振り下ろす――――が、瞬時にジュエルを囲っていた剣のうちの1本が刃を防ぐ。そして、彼女の手に収まった。

 残り8本となった剣は術者の周りを浮遊している。

 漸く隙を見つけたのに、その隙を周りの剣が埋めてくる。

 手元の剣を弾くと、周りの剣と入れ替わる……それを何度か繰り返しているうちに、賢人は自分が追い詰められている事に気付く。

 元居た場所から随分と離れ、すぐ後ろには街灯があった。

 後方を一瞥するや否や、前方より刀身が迫る。

 咄嗟に身を屈めると、頭部擦れ擦れで刃が通過し街灯を両断。崩れてきたそれを走って避けた。


「うっわ……危ないねー」


 ジュエルの周りを浮遊していた残りの3本が一斉に賢人に飛んでくる。

 賢人が剣で防いでいる間に、ジュエルは空間移動魔術で姿を消す。それから賢人の頭上に現われ魔術を放つ。


「ジュエルレイン!」


 赤、青、緑、黄色など色取り取りの宝石が降り注ぐ。

 賢人は剣を頭上に構えて盾にした。


「自分の名前を術名にしちゃうタイプ?」

「違うわよ! あたしが名付けた訳じゃないし!?」


 顔を真っ赤にして言い返したジュエルは、空間移動魔術で賢人の背後に移動。

 賢人は振り向き様に剣を振るう。

 剣と剣がぶつかり合う。


 どちらともほぼ同時に後ろへ飛び退き、先にジュエルが地面を蹴る。

 賢人は雷属性のマナを剣に纏わせながら迎え撃つ。


「雷霆の一撃!」

「シュタールベール!」


 両者の声が重なった。


 ジュエルの全身を金属性のマナが包み込み、賢人の放った雷を地面へ受け流し刃すら通さなかった。

 実体はないが金色の光として視認出来るあれは確かに鎧だった。

 賢人の背中に汗が伝った。


「これは……ちょっと、ヤバいかも」

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