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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第九章 老舗珈琲店の騎士
124/200

10.

 右を見ればカボチャ、左を見れば黒猫、上を見れば蝙蝠や蜘蛛。冬に備えて物寂しい街の風景は随分と賑やかになった。イベントに便乗して色んな店がそれらをモチーフにした飾り付けをしているのだ。本日はイベント当日、10月31日ハロウィンだ。

 月曜日であるにも関わらず、仮装をした多くの人で大通りは溢れていた。自分という存在を隠し別の存在に成りすます、偽物が本物で居られる特別な一夜。そこに本物が紛れていようとも誰も気付かない。


 そこに魔女が居る。



「うっわー。馬鹿みたいに人多っ」


 そう不満を零すと、少女は奇抜な色のキャンディをペロッと一舐めした。


 淡いオレンジ色の短髪にルビー色の強気な瞳、耳は長く尖っていて、街灯を反射させる鎖や赤い宝石が装飾されたチョーカーとブレスレットに、メタリックな膝丈ワンピースを纏った姿は普段だったら目立つが、此処では誰も気に留める者は居なかった。


 道沿いにはアクセサリーやお菓子などの出店が並び、至る所で行列が出来ていた。


「本来ハロウィンとは秋の収穫を祝い悪霊祓いをする行事だったらしいのですが、これでは何だかよく分かりませんね」


 メタリックワンピース姿の少女の隣を和装姿の女性が編み上げブーツを踏みしめて歩く。彼女もまた、瞳が赤く耳が長く尖っていた。


「どうせ別次元(スペクルム)のあたし達には関係ないでしょ。それよりあたしは美味しいお菓子が沢山あるのが幸せよ。ハロウィンばんざい」


 メタリックワンピース姿の少女は、キャンディの他にも袋詰めのお菓子を片手にぶら下げていた。それをジトッとした目で見た和装姿の女性は小さく息を吐いた。


「ジュエル……。貴女、また太りますよ?」

「ま、またって!」ジュエルは目を剥く。「あたし、まだ太ってないわよ! ほら、この服だって余裕あるし!」

「着られなくなったら手遅れですよ」

「大丈夫よ。これからたっぷり働くんだから」


 バリッとキャンディを噛み砕く。ルビー色の瞳は使命感に燃え、怪しげに輝いた。


「そうですか。期待していますよ、ジュエル」

「クランが出る幕ないかもね」

「それはそれは。頼もしいですね」

「と言う事で、今のうちにお菓子を美味しくいただこっと」


 嬉々とした顔でお菓子の袋に手を伸ばそうとして視線を落とすと、宝石の様にキラキラと輝くまん丸の双眸と視線が交わった。この騒がしさの中で、たった1人の子供の気配や足音に気付けなかった。

 不意を突かれて本能から身構えたジュエルに、黒いローブを羽織った小さな女の子が両手を差し出して来た。


「おねえちゃん、とりっくおあとりーと」

「……は?」


 言葉の意味が分からず訊き返すと、隣からクランが耳打った。


「お菓子をくれないと悪戯するって言っているんですよ」

「はぁ!?」


 ジュエルは唇を戦慄かせて純粋な女の子に詰め寄った。


「何であたしがアンタなんかにお菓子をあげなきゃならな……――――むぐっ」


 大きく開いた口はクランによって塞がれた。

 クランは藻掻き苦しむジュエルを放り、お菓子の袋を奪い取ってその中からクッキーを1枚取り出すと笑顔で女の子に渡した。


「はい、どうぞ」

「わぁい! ありがとう」


 女の子は両手で大事そうに受け取ると、走り去った。その先には母親と思しき若い女性が居て、2人に頭を下げていた。

 ジュエルは1枚だけ減ったお菓子の袋を悄然と見つめた。


「あたしのお菓子……。しかも、1番好きだから最後に食べようと取っといたやつだし! あぁ~……アイツ悪魔だぁ~」

「格好は魔女でしたけどね」

「よくもまあ、本物の前に現われたものね」

「ふふ。そうですね」


 2人の顔に暗い影が落ち、ルビー色の瞳を際立たせた。

 2人の周りにマナが集まる。


「さて、本物の魔女がハロウィンをもっと盛り上げてあげるわ」


 ジュエルは口角を上げた。






 人の波に押し流される様に改札を抜けた華音は、人の合間をスルスル抜けて犬の銅像を目指す。


 帰りのホームルームが終わり教室から出ようとした華音は透かさず桜花に捕らえられ、流されるようにして好きでもないハロウィンイベントに参加する事となった。ハロウィンに限らず、人混みの多い場所は気疲れするので苦手だった。

 校門まで一緒に歩きそのまま会場へ向かうのかと思いきや、そこで桜花は別れを告げて会場である街の駅で再会する約束をした。


 桜花は準備の為1度家に帰るそうで、華音も1度家に帰って着替えてから来た。勿論、仮装ではなく秋の夜の肌寒さを凌ぐに適した格好だ。誕生日に桜花から貰った手編みのマフラーを手に取ってみたものの、まだ活躍させるのは早いかと思い留まって薄手のコートを羽織るだけにした。

 自宅から駅までの道程は夜風の冷たさを感じたが、電車に揺られて此処へ到着するまでずっと大勢の人の熱気で暑いぐらいだった。今も人の多さは相変わらずで、既に疲弊気味だった。


 ジーンズのポケットに入れているスマートフォンから振動が伝わった。

 華音は柱の前に移動し、スマートフォンを確認する。


(桜花からだ)


 メッセージには今駅に到着したと言う事とこれから待ち合わせの犬の銅像前まで向かうと言う事が書かれていたので、華音はスマートフォンをしまい再び足を進めた。

 犬の銅像前は華音達と同じ様に待ち合わせしている人々が集い、肝心の目印の存在を薄れさせていた。

 きっとあの人混みの中にまだ桜花は居ない。

 華音はなるべく桜花が見つけやすい様に、人混みから少し離れた場所に立った。これだけの人の多さに、容姿端麗の彼の存在も犬の銅像同様薄れてしまっていた。それでも目敏い若い女性達はイケメン少年を前に黄色い声を上げた。


 沢山の人の往来。年齢、性別が様々で、仮装している人が多かった。逆に華音の様な普段着の方が目立つ。

 時間と人が過ぎていくばかりで、待ち人は来る気配がない。

 向こうでは有名人でも来たのだろうか。何やら一層騒がしい。


(まさか、また駅を間違えたとか)


 華音は桜花と遊園地に行った日の事を思い出して青ざめた。


(いや、さすがに此処と別の場所は間違えないだろ)


 それが桜花と言うドジっ娘体質を持った少女であるが、此処でそんなものを発動させないでほしい……願望だった。

 だが、心の奥底は不安で一杯で華音は無意識のうちに歩を進めていた。周りの騒がしさが増していく。何か、或いは誰かを囲う人の集まりの傍まで来た。

 華音の興味は桜花にしかなく、当然素通りだった。しかし、今捜している少女の声に呼び止められた。

 踵を返すと、そこにあるのは変わらず謎の人集りだけで桜花の姿は見えない。それなのに、未だに華音を呼ぶアニメキャラクターの様な可愛らしい声。しかも、何処かくぐもっている。

 眉根を寄せよく目を凝らして見ると、人混みの中心で手を振る人物が立っていた。間違いなく声の主であるが、華音の眉間からは皺が消えなかった。


 あれは桜花であって、桜花でない。はたまた、別次元の桜花(ドロシー)でもない。黒いファー付きのグレーのニットワンピースに、黒タイツ、茶色のボアブーツと言う格好の少女はメリハリのある体格をしており、桜花である事は確実だった。けれど、ふんわり波打つ赤茶色の長髪も、ぱっちりまんまる目の愛らしい顔もなかった。そこにあるのは厳ついリアルな狼の顔面だった。


 狼の金色の瞳は華音をずっと見ている。

 華音は戦慄を覚え、更にはぐるぐる頭の中が混乱し始めた。


 体は桜花、顔は狼。


(それにしたって、体見て分かるとか……)


 少し自分が恥ずかしくなった。それだけ日々桜花を見ている証拠だった。

 人混みは割れ、2人に再会の道を作った。奇妙な狼少女の写真を撮ったり、目に焼き付けて満足した人の多くはそのまま散っていく。残った数人が2人の関係性を興味深そうに観察していた。

 桜花らしき人物は開けた道を堂々と歩いて来た。


「お待たせ! 華音」


 そこから聞こえたくぐもった声は紛う事なく桜花だった。

 華音は狼頭から目を逸らした。


「……桜花。何なんだよ、それ」

「狼よ! 桜花狼、略してオウカミ!」

「何でリアルなの。狼だったら、耳だけでも良かったんじゃ……」


 指摘してハッとする。それはそれで可愛すぎて目を逸らしたくなる。


「狼可愛いじゃない。華音は普段着なのね」

「当たり前だろ」

「ハロウィンなんだから、コスプレするのが当たり前でしょ?」

「逆にハロウィンでも何でもない日にコスプレしてバトルしてるからいいんだよ」

「ふぅん。それはそうと、そう思ってわたし華音の為にこれを用意しました!」


 じゃん、と桜花は黒いレザー製の肩掛け鞄から赤い布きれを取り出した。それをひらりと華音に被せた。

 フリルとリボンのあしらわれたフード付きの赤いケープだった。アルナが着用しているものを彷彿させた。

 華音は不満そうにケープの裾を摘まんだ。


「これさ……もしかして、赤ずきん?」

「正解っ! 狼と言えば、赤ずきんでしょう?」

「逆じゃない? 普通……」

「わたし、狼の方が好きなの。それに似合っているわよ」


 狼頭の向こうで桜花がニンマリと笑った。

 桜花の楽しそうな様子に、華音はまあいいかと言う気になる。

 ギャラリーは仲睦まじい2人の男女に生温かい眼差しを向け、立ち去っていった。

 ケープはこのまま着ておくとして、華音には1つ納得出来ない事があった。


「ねえ、桜花。さすがにそれは外してほしいかな。変な注目浴びるし、何より話しづらい」


 言い終える頃には頬に熱を帯びていた。

 桜花は狼頭の向こうで目をぱちくりさせると、スッと両手でそれを脱いだ。収納されていた赤茶色の長髪がふわりと波打ってチェリーブロッサムの香りが弾け、ぱっちりまんまるの栗色の瞳が華音を直接見つめた。


「わたしもちょっと暑かったのよね。それじゃあ行きましょ」


 桜花が微笑み、歩き出す。その背中に、華音はやっぱり狼頭のままでもよかったと思った。直接見た笑顔があまりに可愛くて、平静を保つのが苦しかった。


「待って。はぐれる」


 華音は桜花の隣に並ぶと同じ歩調で歩いて行く。


 バサバサ。


「きゃあっ!」

「うおっ!?」


 突然聞こえて来た、羽音と悲鳴。

 2人が足を止めて視線を向けた先から、人混みを縫う様にして青みがかった烏が飛んできた。

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