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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第八章 愛しの姫君に捧ぐ愛の歌
114/200

16.【挿絵あり】

「このワイン、この間お祖父ちゃんが持って来てくれたんすよ。僕、別の用事で直接は逢えなかったんですけど……」


 言いながら、マルスはワイングラスを揺らした。

 オズワルドはワイングラスから口を離し、マルスを見た。


「お祖父ちゃんって……。あ、そうだ。お前に宜しく頼むって言っていた」

「え? お祖父ちゃんが? んん? オズワルド様、そう言えばブルーヴェイルへ行っていましたよね。あーと言うか、寝込んだって聞いて僕凄く心配で!」

「そう。そこで世話になったのが、お前の祖父達だったんだ」

「なるほど! それなら納得です」


 マルスは嬉しそうに、最後の一口を口に流し込んだ。

 オズワルドも最後の一口を飲み干し、空になったワイングラスを弄びながらマルスの方を見ずに言った。


「お前、竜族の血が流れているんだな」

「そうっすよ。混血ってやっぱりよく思われないみたいで、あえて口にはしませんでしたが、その通りです。でも、僕は殆ど人間です。母がハーフドラゴンで父が人間なので、クォーターなんすよ。浅葱色の髪と八重歯、ちょっと縦長の瞳孔……あと、服で見えないところに鱗があったりするんですけど、竜族っぽいところはそれぐらいっすね。それと、最長寿の血のお陰か実年齢より大分若く見えるんですよ」

「それで……魔力が異様に強いのか」

「人間でもドロシー王女みたいに魔力強い人も居ますがね。騎士で魔力が強い人ってこれまで居ないから、悪目立ちしちゃうんすよ。だから魔力が弱いフリをしていました」

「フリ……か。では、魔法鏡の事は? 前にはぐらかしたが」

「その事っすね。別にはぐらかした訳じゃないっす」


 マルスは頬を掻き、天を仰ぐ。


「単純に、あれの名称だとは思わなかったんすよねー」

「と言う事は、お前やっぱりあの部屋に行ったのか」

「はい。魔力の強い者にしか扉の開けない、あの部屋に。……彼、ここ数日大変そうでしたよ?」

「彼……? あ」


 思い出した。

 帰りの海上列車ではドロシーの相手ですっかり忘れてしまったが、こうしている間にも向こうの次元では魔物が暴れ回っているのだ。

 魔物を前に華音は為す術もなく、狼狽えていたに違いない。

 マルスはニヤリと笑った。


「だけど、大丈夫! 優秀なケントくんが頑張ってくれましたから」

「ケント? まさか、それって……」

「そ。竜泉寺賢人、別次元(リアルム)の僕っすよ。使い魔を送り込んでですね、見つけて協力をお願いしたんです。いやあ、時間かかりましたよ。まさか、牢に捕らえられているとは思ってもみませんでした」

「とんだ罪人じゃないか。大丈夫なのか?」

「確かに罪を犯しましたけど、彼いい人っすよ。ちょっと、あれなだけで……」

「あれって何だ」

「ちなみに、僕の使い魔は恐竜みたいなカッコイイ見た目のトカゲなんです」


 マルスは両の手の平でトカゲの大きさを示し、楽しそうに語った。


「つぶらな瞳はエメラルドグリーンで、お腹がふっくらしているんです。そして、剣に変身出来るんですよ。カッコイイっすよ~」

「マルス」


 オズワルドが真剣な顔をすると、マルスは笑顔を引っ込めて返事をし続きを待った。


魔女達(プラネット)が向こうに行っている事はもう分かっているんだな」

「ええ」


 オズワルドは魔女達(プラネット)別次元(リアルム)へ行った事を国王陛下にしか話していなかった。王からも公言しておらず、ドロシーだけは王が直接話して頼んだから知っている。その為、魔法鏡の間に入る事さえ叶わない力のない者達には当然ながら何も伝えられていなかった筈なのだ。それを唯の騎士の一員になりすましていたマルスが知ったのは、暢気なフリをして周囲に気を配っていたからだ。常に宮廷魔術師の動向を探り、それなりに状況を把握したのだ。


「魔物を使って無差別に生命力を奪っている事も?」

「ええ。ですが、その目的を僕はまだ知りません」

「そうか。じゃあ、そこから話そう」


 オズワルドは語った。

 魔女達の目論見を。リアルムの東京で眠るブラックホールの魔女を蘇らせる為、糧となる生命力を集めていると言う事。そして、目覚めた暁にはホワイトホールの魔女も呼び、時空間を歪めてこの星の歴史を巻き戻す――――即ち歴史改竄を行うと言う事を。

 話を聞き終えたマルスは暫し沈黙した。情報処理が全く追いついていない状態だった。

 オズワルドは両の口角を上げた。


「何、簡単な事だ。深く考える事はない。ブラックホールの魔女を目覚めさせなければいい。その為には糧となる生命力を奪わせない様にする事。私達は魔物を倒しつつ魔女へ近付き殲滅する。そうすれば終わりだ」

「そうっすね。やる事は至ってシンプル。そう言えば、魔女とは関係ないかもですが先日……丁度オズワルド様が出掛けられた時に妙な事が起きましてね」

「妙な事とは?」

「突然、奇妙な魔力を感知しまして……行ってみると、そこでヴィルヘルム王子が倒れていたんです」

 ヴィルヘルムと聞いて、オズワルドの顔が青ざめた。それを横目に、マルスは続けた。

「幸い命に別状は……と言うか全く何もなかったのですが、反ってそれが妙でして。ヴィルヘルム王子もご自分の身に何が起きたのか分かっていない様子で、少々ぼんやりしていました」

「妙な魔力にヴィルヘルム王子……」


 オズワルドは顎に手をやって、思案する。前にもヴィルヘルム王子の背後に何者かの気配を感じた。結局正体は掴めず仕舞いだった。そんな奇妙な相手に、さすがのオズワルドもいくら考えたって分かる筈もなく、潔く考えるのを止めた。

 マルスも同じ気持ちだったのか、気を利かせて別の話題を振った。


「それにしたって、そこまでして過去に戻りたいって一体。僕には理解出来ませんね」

「だろうな。私も消し去りたい過去はあるが、その結末になる前の分岐点に戻って望んだ結末になる方へ進む……と言うのは理解に苦しむ。だが、アイツら……特にシーラは本気だった。そう、何百年もかけて着々と準備を進めていたからな。今更……引き返す事など出来ないんだろう」


 オズワルドは目を閉じ、約400年前の記憶を呼び覚ます。思い出したくもない過去の一部にシーラは存在した。

 声だけが脳内に蘇った。



 ――――エルフかと思えば、半分は人間……。ハーフエルフか。珍しい。お前、それだけの魔力を持っていて魔術も使えないのか?

 

 ――――あぁ……人間の国でエルフを見るのは珍しいか。未だに啀み合っているからな。何故此処に居るのか、か。そうだな……この世界を変える為、かな。


 ――――さて、私は失礼させてもらおうか。……せっかく鎖は切れたんだ。何処でも自由に行くといい。だが、生き残る為にはまず魔術を使える様になる事だ。そうしなければ、また同じ目に遭うだけだ。



 今でも脳内に鮮明に残る妖艶な女性の声。それがシーラのものであったと知ったのは魔法大戦の時だった。その時、オズワルドは「世界を変える」の本当の意味を知った。

 シーラもオズワルドに気付いた様だが2人は相容れず、結果としてオズワルドが魔女達の目論見を阻止する事となり今に至る。


「んー……ま、分かり合えないからこそ争ってる訳ですよね。彼女達の都合で星の歴史改竄されたら、今が1番幸せ! って思ってる人達が可哀想ですし、僕もやり直しとか堪ったもんじゃないんで絶対阻止したいっすね」


 マルスは八重歯を見せて笑うと立ち上がり、うんっと伸びをした。鎧がカシャンと音を立てた。

 オズワルドも立ち上がり、何処までも綺麗な星空を仰いだ。

 いつも同じ様に煌めいている星。けれど、1つ……また1つと一生を終えて、また新しい星が生まれ、この美しい景色を保ち続けている。そう言った命の連鎖があるからこそ、星は輝いて見えるのだ。

 そんな星の1つに生きる者達もまた同じ。沢山の歴史を積み上げ、後世に繋げていくのだ。そうやって命は成り立っている。

 命は終わりがあるから美しく、終わりがあるから始まるのだ。その自然の理を覆すなど絶対にあってはならない。

 綺麗な星空を護ると、オズワルドは今一度決意を固めた後、軽く息を吸い込んで歌い始めた。マルスが居る事もお構いなしに、心地良さそうに、優雅に。



挿絵(By みてみん)



 悲しい旋律だが変わらず美しかった。星々も歌に合わせて煌めき、歌に誘われてやって来たオズワルドの使い魔である白梟と鷲が踊るように周りを羽ばたいた。

 マルスはニヤリと笑うと、独特なステップを踏みながらそこに混じった。


「竜の血が騒ぐっす~。えい! 竜の舞っ」


 視界に酔っ払いの踊りの様なものが入ると、オズワルドは顔を顰めて歌うのを止めた。


「何だ、そのふざけた踊りは。酔ったか」

「いやいや! あれだけじゃ全然! と言うか、酷すぎますー」


 慌てふためくマルスを横目に、オズワルドは歌いながら軽やかに舞い始めた。

 マルスの口から思わず感嘆の声が漏れた。

 星明かりに照らされたオズワルドの全身が淡く光り、舞う度にふわりと白いローブが翻り光が散る。高らかに響き渡る美しき歌声は全てのものを魅了し、優しく包み込む。此処だけが世界から切り離された様な、特別な場所に招待された様な心地になる。

 この空間の支配者であるオズワルドはまるで水の精霊の様だった。

 マルスは虜になりつつも、オズワルドの視線の先をしっかりと理解していた。オズワルドにとっての星空はきっと……。


(愛しの姫君……に捧ぐ愛の歌っすね)


 本人はまだ無自覚の段階だが、歌はちゃんとその心を映して遠く離れた場所に居る愛する者に向かって美しく、儚く響き渡っていた。

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