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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
98/135

始まりは笑い声と共に

いつもお読みいただき、ありがとうございます!


 “人形が自分で歩いて何処かへ消えた”


 普通なら笑い話だ。


 しかし、悪魔も『生ける傀儡(リビングドール)』もよく知っているイリアは()()()()に気付いて笑えなくなった。


 ――――まだ、あの『魔石』には魔力が微量に残っていた。魔力が強い者がやろうと思えば、魔力を込めて再び動かすことができるんじゃ……?



「その可能性…………あるかも」

「「「………………へ?」」」

「今、気付いたんだけど、これ…………」


 青ざめたイリアが微かに震える指で地面を差す。


 焼却炉の周りの雑草が、何度も踏まれたようにくたくたになっているのだ。すぐにレバンがしゃがんでそれを調べる。


「『大勢』に踏まれた痕みたい……だね?」


「大勢……って……そんなこと……」

「え? じゃあ…………どこに行ったの?」


 今度は全員が青ざめた。


「僕が……支部長に連絡します…………それと『退治課』から、今いる退治員にここへ来てもらって足跡を追ってもらわないと。みんな、今すぐ行動!」


「「「は、はいっ!!」」」


 弾かれたようにシスターたちは建物の中へ走っていき、残ったレバンは少し考え込んだ後、イリアとアリッサに向き合った。


「あの、僕は『通話石』使ってきますので、イリアちゃんたちはここで待機して退治員を待っててください!!」


 レバンもシスターたちに続いて建物へ入っていく。残された二人は呆然と立ち尽くした。


「イリアさん…………今の、冗談とか言ったりは……?」

「冗談……って、言いたいところだけど……」


 足跡に気付いた瞬間、イリアの背中にピリピリと魔力の流れを感じる。


 …………これ、この感じは昨日の……?


 病院へ向かう前、近所の廃屋に感じた“悪魔の気配”だ。


「結界も教会もある街に…………悪魔?」


 サーヴェルト様のことといい、トーラストの街で何かが起きようとしている…………?


 最近はあまり信じていなかった“魔術師の勘”が、イリアの背中をドンドンと恨めしそうに叩いているようだった。




 …………………………

 ………………





 連盟『祭事課』の事務室。


 午後のこの時間は業務終了までに仕事を終えようと、職員たちが慌ただしく動き回っている頃だ。



「…………はい、えぇ、まだ確信しているわけではありませんが…………はい、わかりました」


 レバンは通話石で支部長アルミリアに連絡を取っていた。

 アルミリアはまだ病院にいるということだったが、すぐに連盟へ戻ると言い、それまでは連盟の敷地内の探索と周辺への警戒を指示している。


「ふぅ……」


 ため息をつきながら、静かに通話石を元の位置へ戻す。


「レバン神父、『退治課』に行ってきたのですが、今いる退治員は四名だそうです。内二名に、イリアさんたちと協力してもらえるようにお願いしてきました」

「四人か……思ったより少ないな」


 トーラス支部の『退治課』には現在、退治員が三十名ほどが在籍しているが、そのほとんどは出張依頼を受けて街を離れている。それは今日に限らず、担当地域の広いトーラスト支部の『退治課』では常に人手不足で悩まされていた。


 いるのはどれも『Bランク』。広範囲で何かあれば対処は難しい。街の中に抑えて……念のため結界を張らないと。


「ボクの他の神父は…………」


 チラリと事務室を見回し、今いる聖職者を数えていく。レバン以外に街に結界を張れる者を数えた。


「…………あれ? ロディ…………ローディス神父は?」


 自分の他にはローディスが思い浮かんだレバンだったが、いつもこの時間には机にいる彼が見当たらず、さらに隣の別の神父に尋ねる。


「え? あぁ、今日は孤児院や養老院から介助の依頼があったからと、朝礼が終わってから班の僧たちと出掛けていったね」


「いないのか…………一番頼りになるんだけど……」


 考え込む様子を見せたが、すぐに顔を上げて班のシスターたちに通常の業務に戻るように指示を出した。


 まだ何も起こってないし……とりあえず、人形の跡だけ追ってもらおう……。


 もう一度、焼却炉の方へ向かうことに決め、レバンは事務室を出た。





 ――――二時間後。


 焼却炉から人形が何処へ消えたか、応援に来た退治員でもわからず、イリアもレバンも追跡を諦めることとなった。







 …………………………

 ………………





 夕方。

 終業と共に、特に用事のない連盟の職員が帰路に着こうとしている時間。


「お前、今日はどうする? もう帰る?」

「ううん、イリアさんに許可もらってから、もう少しだけやっていこうと思うんだけど…………」


『研究課』のある研究室では、少数の研究員が居残りをしている。いつもなら帰るところだが、今日は仕事がはかどっていたためもう一仕事終わらせようとしていたのだ。


「…………と、その前に実験に使う『魔力水』がないわ。()()()に取りに行くしかないなぁ……あなたも手伝ってよ」

「えぇー……今から『旧礼拝堂』に?」

「だって、必要なんだもの。まさか怖いとか?」

「いや別に……でも、あそこに暗くなってからいくのは危ないぞ……足元も良くないし」


 実験で使う『魔力水』は、旧礼拝堂の水瓶に入っている。

 この時間は陽も落ちて、外灯と無い旧礼拝堂はほぼ闇の中だ。


「わたしが採取用と補給用の水瓶、二つ持たなきゃいけないのよ。ランプ持つくらいでいいからさ」

「わ、わかったよ。お前、ゴーストとか出ても騒ぐなよ?」

「通りすがりのゴーストくらい平気よ。さ、行きましょう!」


 研究員の男女が旧礼拝堂へ向かう。

 支部の建物から離れると、敷地の端はかなり暗くなっていた。



「……そういえば、昨日『祭事課』が来て“人形を棄てたか?”って聞かれたんだよ。どうやら、俺らが不法投棄したと疑われたみたいだな」

「はぁ……あの人たち、わたしたちのこと『得体の知れないものをいじってる人間』だとしか思ってないのよ。まったく……」


 普段からあまり良く思っていない相手に、研究員二人は自然と愚痴めいたものが口をついて出る。


 そんなことを言っているうちに旧礼拝堂の建物の前に着いた。


「あーぁ、ちゃんと『祭事課』のシスターさんたちが給水してくれれば、いつも補給用の水瓶持って行かなくてもいいのにさぁ」

「そこは見逃してやれよ。一番使うのは『研究課(うち)』だし」

「そうねー。わたしたちがちゃんと補給しないとねー」


 二人は笑いながら扉を開ける。


「「ん?」」


 外扉を開けて中に入ると、いつもは閉まっている中の扉が開いていた。そのせいで礼拝堂がすぐに見えたのだが…………


「……何だ? 床に何かたくさん置いてあるぞ?」


 暗い中、礼拝堂の床上には何かが所狭しと置かれている。二人は不審に思って手に持っているランタンをかざす。


「うわっ!?」

「きゃあ!? 何、人形!?」


 ぼんやりとした光りに照らし出されたのは、床に様々な格好で置かれた大人と同じくらいの“人形”だった。


「なんで…………あ! もしかして、誰か棄てたの? 焼却炉だけじゃなくこんな所にも!」

「うわ……ひでぇな。これ、退けないと奥にいけないし…………」


 目当てのものは礼拝堂の奥の祭壇にあるため、人形を退かしながら進まなければならない。


「仕方ない、俺が退かすからついてこいよ」

「ありがとう。明日、イリアさんに言ってから支部長に報告しておかないとね」


 ガシャガシャと人形を端へ蹴りながら、真ん中の通路を確保していく。しかし、大きさのあるものを動かすのは、なかなか骨の折れるものである。


 礼拝堂の真ん中まで来て立ち止まってしまう。


「はぁ…………こういう人形を扱うなら、リーヨォさんの魔力操作が簡単なんだろうなぁ」

「そうね。こう……『動けー!』ってやったら、勝手に退けてくれるとか?」

「ははは……そんなに簡単じゃねぇよ」

「あはは………………え?」


 カタカタカタカタカタカタカタ…………


 二人の笑い声に被さるように、小さな物音が連続で起きる。


「え…………何?」

「何も、ない……よな?」


 辺りを見回すが特に何も無いように思えた。

 特にゴーストの気配もない。


 カタカタカタカタカタカタカタ…………


「何、何の音よ!?」


「………………お、おい……これ……」


 音は近くで鳴っている。

 そして、二人は気付いてしまった。


 床に散らばった人形たちの頭が、ひとつ残らず()()()()()()()()()()()()ことに――――。




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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] これは怖い!!w ホラー映画の導入みたい( ˘ω˘ )
[一言] 怖い! 珍しく?ホラーな描写のラストに、固唾を呑む思いで続きを待ちます。
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