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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
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立ち止まる思考

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

「え~と、じゃあアレは処分しても良いのかな?」

「あ……はい……良いと思いますよ……」


 昼過ぎ。朝に焼却炉のところに大量に棄ててあった人形に関して、『研究課』で心当たりがないか聞いているところだ。


 レバンの問いに、もさもさとしたヘアスタイルの研究員の青年がボソボソと答える。


「本当に他にはいないの?」


「いませんよ……『人形使い(ドールマスター)』はあんたらが考えてるよりもずっと複雑なんです…………人体構造や魔術操作の正確さも求められるし…………その……リーヨォさん以外には、トーラストでなろうと思っている奴も聞いたことないし……」


 セリフが多くなるにつれて、青年はどことなくイライラしながらレバンを見た。


「もういいですか…………? おれたち……早く提出しなきゃいけない仕事あるんで…………」

「あ、うん。ごめんね、忙しいのに…………」

「………………いいえ」


 …………バタン!


「はぁ……」


 乱暴に閉められたドアの前で、レバンは思わず小さなため息をつく。


 イリアちゃんたち『研究課』が、ボクたち『祭事課』に向ける視線ってだいたいあんな感じなんだよなぁ……。


『研究課』は能力や分野別で研究室が割り振られる。レバンが訪ねたのは五人ほどが使っている中堅の研究員の部屋だ。

 仕事の依頼ではなく、いきなり訪ねてきた『祭事課』神父は彼らにとっては接しにくい人種らしい。


 こういう時に、イリアちゃんに間に入ってもらえたら良かったんだけど…………いないんじゃ仕方ないよね。


 イリアとリーヨォは普通に話をしてくれる。しかし、今の青年と同じように、他の職員はあからさまに『祭事課』の聖職者を避けているのだ。


 まぁ……魔力の研究者はこの国じゃ、聖職者ほど待遇は良くないからねぇ……。


 聖職者の中には魔術師を見下す者もいる。そのため、魔術師は聖職に従事するものに対してやや卑屈気味になってしまうのだ。


 レバンがこめかみを押さえながら考え込んでいると、廊下の端の方から自分の班のシスターが駆け寄ってきた。


「レバン班長! こっちの部屋の人はどうでしたかー?」

「あぁ、ここの部屋の研究員のみんなは関係ないって……」

「…………そうですか。あっちの人たちも違うって言うんですよ。じゃあ、誰があんなに投棄したのでしょうか?」

「さぁ、誰だろう……」


 犯人捜しをしているわけではなかったが、やはり魔術に使える人形の大量投棄は不気味である。

 研究物を棄てる時には一言声を掛けてもらえるように言うつもりで、レバンたちは『研究課』を訪ねていたのだ。


「仕方ないね。今回はボクたちで処分しちゃおう」

「えぇ~! あんなにあるのに……」

「みんなでやれば今週中には終わるよ。とりあえず、今日は他のゴミを片付けて、明日から少しずつ焼却していこうか」

「はい…………」


 シスターは渋々といった返事をしているが、レバンはそれを気にも止めずに事務室へ戻っていく。



 事務室の自分の席へ向かうと、ちょうどそこへローディスが来た。レバンの顔を見るなり眉を下げて困った表情になる。


「ロディ、お疲れ様。もう仕事は大丈夫なの?」

「……大丈夫と言うか……これ以上、やりようがなかったというか…………」

「…………?」


 何があったのかと聞こうとすると、事務室では話せないことらしく、隣の会議室まで移動することになった。




「まさか……大変な事? ボクが聞いても大丈夫?」

「支部長から、レバンには話してもいいと許可はいただいています。あとで身内のあなたにも正式に話はいくそうですから……」

「やっぱり……ケッセル家? サーヴェルト様のこと?」


 なんとなく予感をしていたことを、レバンはそのまま口にする。ローディスはますます困った表情になっていく。


「実は…………」


 早朝から、ローディスは自分が見たことと人から聞いた経緯などを話した。


「サーヴェルト様が原因不明で倒れるなんて……何があったんだろ?」

「分かりません。私もイリアさんも、考えられる限りの手は施したのですが…………まったく何も……」


 俯いてしまったローディスの肩に手を置き、レバンは苦笑いをする。


「君たちは悪くないよ。もし本当に『神の欠片』なら、ボクたちじゃどうしようもないじゃない。でも、なんで『神の欠片』って結論が出たの?」

「それは…………可能性のひとつとして出ただけで、特に何かあった訳ではないのです」

「ふぅん……」


 この時、ローディスはイリアから聞いた“ルーイ”の話をしなかった。やはり、この話はサーヴェルトに口止めされていると思っていたからだ。


「で? ラナロア様やルーシャくんに連絡は?」

「えぇ、お二人とも支部長が本部に……出発が夕方近くになるそうなので、明後日の昼過ぎになるかもしれないと……」

「そっか……じゃあ、今いる人間で頑張らないとね」

「はい……」

「………………」


 それから少しの間、二人は静かに考え込んだ。





 …………………………

 ………………





「あ゛ー……疲れたぁ~……」

「お疲れ様です。お茶飲まれますか?」

「お願い……ハーブ入れて砂糖多めで……」

「カップケーキも食べます?」

「食べる~……」


 昼休みも終わってしばらくしてから、研究室にイリアが顔を出した。掃除を終わらせたアリッサは、素早くお茶を淹れてカップをイリアの前に差し出す。


「……お茶美味し~……アリッサを嫁に欲しいわぁ」

「あはは、イリアさんってば。でも……そんなに疲れるなんて、朝から大変なお仕事だったんですか?」


 イリアの疲れっぷりにアリッサは小首を傾げて尋ねた。


「大変だったんだけど…………ごめん、極秘事項なんだわ……」

「あ、じゃあ無理に話さなくてもいいですよ。少し休んでてください」


 察するのが早いアリッサはすぐに話を打ち切り、温めたカップケーキをテーブルに置く。


「ありがとう…………ねぇ、アリッサ。ひとつ変なこと聞いていい?」

「はい、なんでしょう?」


「すごく“善人”っぽく見える『ある人』の傍にいる人が、めちゃくちゃ“悪人”だって言われている人物だったら『ある人』も“悪人”だと思う?」


「……………………は?」


 ピタリ。


 一瞬にしてアリッサの時が止まった。それを見たイリアは盛大に顔をしかめた後、アリッサに手のひらを向ける。


「…………………………ごめん、忘れて」

「は、はい……?」


 イリアはカップのハーブティーを飲み干すと、身体の底から絞り出したようなため息をついた。


「あの……本当に何かあったんですか?」

「気にしないで。ほら……アリッサってシスターだったし、人間の“善悪”における一般論を聞いてみたかっただけよ……」

「………………?」


 仕事で論文でも書くのかな……?


「あ、あのっ! もし、私でもお役に立てるなら、何でも聞いてくださいね! 仕事のお手伝いはいつでもしますから!」

「あははは……なんかごめんね。あ、そうだ仕事…………」


 仕事という単語で、イリアはいつもの研究員の顔に戻る。


「あのさ、アタシがいない時に何か依頼とかあった?」

「いえ、特に依頼は何も…………あ! そういえば『祭事課』の人が来ました!」

「うん? 依頼じゃなく?」


 ただでさえ『研究課』への依頼は事務員を通して行われる。『祭事課』が依頼も無しに直接来ることはほどんどない。


「何の用で?」

「えっと……それが……」





 …………………………

 ………………




「ははぁ~~ん、これが問題の…………」

「う、気持ち悪いくらいに沢山……」


 イリアとアリッサは話に聞いた焼却炉のところまで来ていた。


 焼却炉のすぐ隣、木か土で造られたような大人ほどの大きさの人形が二、三十体くらいがひとつの山に積まれていた。


()()()もあるから五十体くらいかしらねぇ。こりゃ、片付けるの大変だわ」


「あれ……? 聞いた話だと二十体くらいだと……」

「数え間違いじゃない? ほら、壊れてバラバラになっているから、素人には少し減って見えたのよ」

「そう、ですかね……」


 腑に落ちないアリッサを置いて、イリアは山から人形を一体掴んで引きずり出す。それは思ったより軽かったらしく、力強く引いた反動で後ろへよろめいた。


「うわ、軽っ。うーん、これはリーヨォ作じゃないわねぇ…………リーヨォだったら質量にも拘るし……あと……」


 がらがらと人形の身体を回転させくまなく調べる。


「ないわー。リーヨォが適当に造ったとしても、こんなに下手くそにならないもの。素人の作品ね。廃棄場所に困って棄てたってところかしら」


「やっぱり判るんですね」


「判るわよ。子供の頃から、あいつの人形造りにどれくらい付き合わされたことか…………」


 はぁあああ~……と、イリアは二回目の深いため息をつく。


「……でも、リーヨォ以外に『人形使い(ドールマスター)』になろうとしている奴なんて、トーラスト支部にはいなかったわね……もしかしたら、連盟に入っていない人間が独学でこれを造ったとか? あ、だとしたら『研究課(うち)』にスカウトしないと! 若い子ならちゃんと育てて今後の戦力に…………」


 イリアがぶつぶつと呟く姿を見ながら、アリッサの脳裏にふと『同類』という言葉が浮かぶ。

 イリアもリーヨォも根っからの研究員で、お互いにお互いの研究にしか興味がない。


「…………イリアさんがリーヨォさんを異性として見ないの、なんか解る気がしてきました」


「え? 何?」

「いえ、何も……」


 アリッサが遠い目をし始めたと同時に、イリアは山の中から状態の良い人形を選んで抱き上げた。


「これ、廃棄するなら一体くらい貰ってもいいわよね?」

「大丈夫だと思いますけど……何に使うんですか?」

「リーヨォが帰ってきたら、鑑定の魔法で製作者特定してやろうかと思って♪」

「うわぁ……そんなこと出来るんですねぇ」


 造った人、逃げてー。全力で逃げてー!!


 心の中で叫びながら、アリッサはイリアと一緒に人形を運んでいった。






 イリアとアリッサが去った後、焼却炉の近くの木の上で動く者がいる。


「ギ……ギギ…………」

『リーヨォ…………兄上……』


 ガシャン。


 慌てて登った木から降りて、女性二人の会話を反芻する。


 リィケだけではなく兄上も不在か? 運がないな……どうすればいいのか。


 レイニールは次に人が来るまで、その場で考え込んだ。





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