山積みの『不協和音』
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一通りサーヴェルトの容態を診た二人は首を傾げた。
特に大きな外傷もなく、悪魔憑きや状態異常でもなかったからだ。
念のためローディスが回復の法術を掛けてみたが、倒れた時にできた擦り傷が治ったくらいで容態に変化はなさそうである。
「アルミリア様、サーヴェルト様が見付かった状況は? なんで、こんなことに……?」
「わからないの。昨日の朝早くに出掛けてから…………今朝、墓地で倒れていたらしくて……」
「墓地? 何で……」
原因がわからないことにはサーヴェルトの治療は難しい。
「……今のところ、すぐに命に関わる感じではなさそうですが…………支部長、ルーシャくんにはこの事は?」
「まだよ。状況がわからないうちに、あの子たちを不安にさせるわけにはいかない…………でも、そうね……連絡しないといけないわね……」
アルミリアの声は震えていた。
きっと、意識が戻らないサーヴェルトの横で、イリアたちが来る前にひとりで恐怖と闘いながら待っていたのだろう。
現在ルーシャたちは王都にいる。王都からトーラストまでは、どんなに早くても普通の汽車で二日近くは掛かり、着くのは明後日になるはずだ。
「さて……どこから考えるか……魔法、病気、何かの外傷……」
イリアは原因を探るために山のような“考察”から、要らないものを削除していくことにする。
サーヴェルトの容態を詳しく診るため、一度アルミリアには別の部屋で休んでいてもらうことにした。本部に連絡を入れるまで、少しでも落ち着いてもらうためだ。
「お医者さんでも分からなかったなら、病気の類いではないのよね…………状態異常は?」
「そうですよね…………一応……―――“解毒回復”!」
ローディスの手から、ポゥ……と淡い紫色の光が発せられるがすぐに消える。
「“麻痺回復”! …………“石化回復”! う~ん…………“平衡回復”!」
黄色、青色、淡い赤色の光が弱々しく灯りすぐに消えた。
「…………さすがに、違いますよねぇ……」
「あの…………神父って、どれだけ回復の法術使えるの?」
「えぇと、確か…………十種類と傷の回復は三段階までなら…………」
「……なっ……瀕死以外、身体の欠損まで治せるじゃないですか!?」
「トーラストで使うことはないと思いますけど……」
イリアは驚きで目を見開く。
回復魔法は生まれもっての性質が大きい。身体の欠損を治せる法術師は国内でも数えるくらいしかいないはずだ。
「普通なら、本部に行けば無条件で『司教』になれるじゃないですか!」
「あー、いいえ。私はトーラストで司祭の方が性に合っているので…………」
うっわぁ……欲無さすぎ。この人、ちょっとリーヨォに通ずるものがあるわ……。
リーヨォもトーラストでの仕事を選び、本部へはたまに調べものに行く程度だ。しかし本部の研究課はリーヨォを呼びたいらしく、何度も好条件を出して誘っているが彼に即決で断られている。
イリアが遠い目をし始める様子を見て、ローディスが首を傾げた。
「あの……とりあえず、原因くらいは考えないと……」
「あ、そ、そうね! せめて何か…………」
慌ててサーヴェルトに向き合う。先ほどと変化もなく、サーヴェルトは苦しそうにうなされている。
「うん……さっきは違うと思ったけど…………悪夢使いとかに取り憑かれた時に似てる……かな?」
「でも、悪魔憑きではないんですよね?」
口元を手で覆いイリアは考え込んだ。
「う~ん……でも、魔力の気配は少しだけするんですよ。でも何だか……残り香みたいな……直接、魔術を掛けられた感じじゃないんです」
まるで『魔力の強い者が近くにいたために移った』そんな、表面にしかつかないくらいの魔力の痕だった。
「魔力ですか。こんな街の中で……」
「街の中でも、魔力のある所はありますよ。でも、人にこびりつくほど強いものは……」
イリアがふと頭に浮かんだ悪魔なら可能性はある。
『上級悪魔』もしくは【魔王階級】だ。
「……………………ルーイ……」
「…………えっ!?」
イリアがボソッと呟いた言葉にローディスが驚く。
「えっ、あ! ごめんなさい、変なこと言って……」
「あの、イリアさん? 今なんて……?」
「……『ルーイ』です。神父も知ってますよね、クラストで【魔王マルコシアス】と一緒にいた『精霊使い』のこと…………」
旧礼拝堂で佇む姿。煙のように消えてしまったが、決して幻などではなかった。
「……その方が何か?」
「居たんです。トーラストの街の中に」
「へ? まさか……」
「実は…………サーヴェルト様には口止めされていたのですが…………」
イリアが旧礼拝堂へ行った時に、闇の精霊を連れたルーイを見付けたこと。
その事を報告しようとしたらサーヴェルトから口止めをされ、彼がルーイを害悪などの問題にしなかったこと。
サーヴェルトがルーイを知っているということ。
「まだ、アルミリア様にも言えてないんです」
「………………………………」
イリアがそれらをポツポツと話し終わると、ローディスは眉間にシワを寄せて深く考え込んでいた。見るからに返答に困っているようだ。
…………そういえばこの人、無関係なのに色々巻き込まれたんだっけ。悪いことしたかなぁ?
「あの……」
「はい?」
「イリアさんはどう思うのですか? その……ルーイって『精霊使い』のこと……」
「どう……って……」
「サーヴェルト様の言う通りで、害とは思わないのですか?」
「………………え~と……」
この問いにイリアは正直困惑した。
確かに遭遇した時は驚いたが、その場では“怖い”とは思わなかったからだ。ルーイからも殺気や脅威を感じる雰囲気は出ていなかった。
「アタシの経験上なんですけど…………『精霊使い』って、そんなに悪い人がいないんですよね……」
自然界を漂う『精霊』というものは、裏表のある人間の感情を嫌う性質がある。それに加えて本能的なものか、人間の『善意』に敏感に反応するのだ。
つまり『精霊』を捕まえようとしたり、騙して利用しようとする人間には一切近寄ろうとすることはなく、彼らが集まってくる人間は善良な者が確率として多い。
「だから……サーヴェルト様が不問にしたのは、そういうことなのかなって後から思って…………」
「『神の欠片』かもしれませんよ?」
「へ?」
「サーヴェルト様に掛けられたものです。その人【サウザンドセンス】ですよね?」
「あっ……!」
イリアにとって盲点であった。
確かに『神の欠片』ならば法力でも魔力でもない。力も未知数なので、予想外の事態になってもおかしくないのだ。
「そうね……それなら、あり得るわね」
「だったら、その…………掛けたのはルーイって人ではないのですか?」
「え…………あー……どうかしら……でも……」
あのルーイがサーヴェルト様に……? でも、害は無いって……。
「いくら『精霊使い』に悪人が少なくても…………その人物は【魔王】と共にいたのですよね?」
「え、えぇ…………」
「では、必ずしも“善良”とは言えないのでは?」
「……でも……やっぱり『精霊』が懐いているなら“悪人”とも言えないんじゃ…………」
「『精霊』というのは“善意”に寄ってくるのではなく、“実直”に寄ってくると聞いたことがあります」
イリアはローディスのことをよく知らないが、これまでのんびりというか穏やかな印象があった。しかし、今のローディスは厳格な聖職者を思わせるような雰囲気を醸してだしている。
「その人が“実直な悪人”だったら? 彼の使う『精霊』は人間の味方などしません。どんな理由であれ、彼は【魔王】に従っている。何をしたかもわからない者を、簡単に“善人”となど思ってはいけませんよ」
「……………………」
聖職者として当たり前のローディスの言葉に、イリアは何も言うことができなかった。
…………………………
………………
午前九時。
二番の鐘が鳴り終わると同時に連盟の仕事は始まる。
「はいはーい! 朝礼始めるよー、三班は集まってー!! あと、今日は四班も一緒に朝礼するよー!!」
連盟『祭事課』では、朝礼は班ごとに集まって行う。
三班の班長であるレバンは、自分の班とローディスの班に指示するために集合を掛けた。
「三班は今週は焼却炉清掃およびゴミの収集、美化活動でお願いします」
「「「はい」」」
「え~と、今朝は四班班長が急な仕事で来られるかどうかわからないので、四班は午前中は昨日に引き続き役所の手伝いか、備品の整備整頓を行ってください。午後になって班長が来ない場合は、またボクから指示を出します」
「「「はいっ!!」」」
……あはは、ロディの班はいつも元気だなぁ。
『祭事課』は班によって特徴がある。
レバンの三班はシスターや新人の若い僧が多い。それとは対照的で、ローディスの四班は男の僧ばかりでそれなりに仕事が分かる者が多い。ついでに何故か体育会系の熱血漢が多く、ローディスの存在感はさらに薄れてしまう。
うん……指示を出しやすいのは四班だな。新人の子はわからない事は教えながらだし……。
「以上。何か困ったことが有れば今のうちに…………」
「あ……はい。班長、よろしいですか?」
「何かな?」
手を上げたのは三班の新人シスターであった。
「あの……実は焼却炉の所なのですが……」
「どうしたの?」
「それが――――……」
数分後。
「何…………これ…………?」
困り顔のシスターたちに連れられて、連盟内に在るゴミの焼却炉へと来たレバンは予想外のことに目を見開いて固まった。
連盟中のゴミを集めて燃やす焼却炉。そのとなりに、あるものがうず高く積まれていたのだ。
「こんなの私たちだけじゃ無理です!」
「そうです! こんな、薄気味悪いもの!」
「いやぁ……連盟で出されたものなら問題ないけど……でも、これはさすがに…………」
土か木の粉をこねて造ったようで、顔は個性も何もないのっぺりとしたもの。関節や身体の造りも最低限の機能が施されたものだ。
焼却炉の五歩くらい離れた所に重なっていたのは、大人くらいの大きさのある“人形”だった。
「何でこんなに?」
ざっと見たところ、人形は二十体以上はあるだろう。
一見、『退治課』が訓練場で使う人形にも見えたが、それよりも細く脆そうな造りである。
「昨日は無かったのに!」
「もう、最悪!」
口々に不満を洩らすシスターたち。
…………昨日は無かった……? こんなたくさんの人形を誰かが一晩でここへ?
落ち窪んだ黒い目の部分が今にもこちらを向きそうで、レバンはこの場に居心地の悪さを感じた。




