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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
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混迷の始まり

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

 夜明け前、東の空が薄紫に染まり始めている。


「ふわぁ……あ~、眠い……明け番はキツいなぁ」


 街の外れに近い通りを、プレートメイルを身に付けた三十歳前後であろう青年が歩いていた。彼はこの街の門で守備を任されている警備兵だ。

 定期的に回ってくる夜間の当番の帰り、ボォッとした頭を覚まそうと明け方の冷たい空気を吸い込む。


 ……だいたい、この街は平和だから見回りの仕事も楽だよな。


 自分が所属している警備の事務所まで戻るのに、街の見回りを兼ねて歩いているところだ。

 トーラストで暮らす普通の警備兵は、街の外へ行くことはあまりない。ほとんどは街の中で仕事が終わる。



「あーぁ……たまには酔っぱらいの相手以外で、ちょっとした事件とか起きて活躍して………………あ、いかんいかん……」


 キョロキョロと辺りを見て、彼は自分の不謹慎な発言が誰かに聞かれてなかったか確認した。


「だいたい……警備兵なんて、退治員と比べたら雑用ばっかだし……」



 彼は街で雇われた警備兵だ。日々の訓練は【聖職者連盟】の退治員が使う訓練場を借りて鍛練しているが、度々そこに連盟の退治員も居合わせていることがある。


 手合わせなどをすることはないが、同じ空間にいれば訓練の様子は嫌でも目に入ってしまう。


 ……特にこの間いた退治員、絶対に勝てる自信ねぇわ。てか、悪魔と戦えるなら人間相手なんて余裕だろ。俺たち警備兵って要るのか?


 ただの木剣を振り回して当てただけで、訓練用の人形がバラバラになっていた。普通の警備兵はちょっとはね飛ばす程度なのに、剣の一振でどうしてあんなに差が出るのか疑問が湧く。


 …………あの銀髪の兄さんはヤバかったな。ついでに一緒にいた坊やが拳銃を撃ちまくっていたのもビビったわ。


 女の子に見えるくらい華奢で可愛らしい子が、大振りの回転式拳銃(リボルバー)で的を撃ち抜いているのを見て戦慄した。あの子供が対人戦闘で出てきたら、きっと誰もが油断するだろうと思う。


 はぁ……俺ももっと頑張って神学校に行けば良かった。だってどうせ戦うなら、人間より悪魔と戦う方がカッコいいだろ? 連盟は給料もいいし。


 そんなことを考えながら、彼はいつの間にか街の墓地の前の通りを歩いていた。


「………………ん?」


 ふと、薄暗い墓地の中、白い布が被った何かが地面に見えた。


 …………なんだ? え、なんか怖…………でも、あれ?


 墓地に白い布。少しゾッとする。しかし―――


「――――――あっ!?」


 それが倒れている人間であると気付いて、彼は慌てて墓地の敷地へ足を踏み入れた。


「お、おいっ!! どうした、あんた!!」


 倒れていたのは、大柄な年配の男性である。

 急いで呼吸の確認や脈を取り、男性が生きていることにホッとする。


 病院、早く運ばないと……!!


「しっかり…………あ!! おーいっ!! ちょっと手伝ってくれーっ!!」


「え? どうした?」

「お前、何してんだよここで…………」


 その時、たまたま通り掛かった、同じ警備兵の仲間を見付けて大声で呼び止める。



「このおじいさん、ここに倒れてたんだよ! まだ息があるし、急いで病院に運ぶの手伝ってくれ!!」

「おお、解った!!」

「よし、こっちを手伝っ…………」


 手伝いに入った二人が運ぶために男性を仰向けにした。その時、うち一人がその男性の顔を見て怪訝な表情をする。


「……え? ちょっと待て。この人は…………」


 倒れていた男性の服装は『聖職者の法衣』であった。目立つ白い布は身に付けていたマントである。


「お前、知り合い?」

「……知り合いも何も、お前だってこの人知ってるはずだぞ? だって、この人連盟の…………」


 警備兵たちは急いで男性を運び、関係者の元へ駆けていった。





 …………………………

 ………………






 だいぶ空が白んできた頃。


「……起きるのは早いですよね…………あ、まだ四時半ですか」


 だいぶ早めの目覚めに、ローディスは枕元の時計を見る。なんとか二度寝をしようとしたがうまくいかない。


 何度か寝返りをうった時、


 ドンドン、ドンドン…………


「…………?」


 部屋の扉が叩かれているのに気付き、ベッドから寝間着のまま出ていく。


「はい?」

「あ、申し訳ありません、こんな朝早く……えっと、ローディス・サウスライト神父は……?」

「私のことですが……」


 部屋へ訪ねてきたのは、この連盟の寮で住み込みで雑務などをしている少年だった。まだ日が浅いため、職員を覚えきれてないらしい。


「あの……支部長アルミリア様から、すぐに病院の方へ来て回復の法術の手伝いをしてほしい……と」

「…………解りました。すぐに用意をして向かいます」


 少年はペコリと頭を下げて帰っていく。ローディスはそれからすぐに、出勤用の神父服に着替え始めた。




「ふわぁ……ロディ? 何、なんかあった?」


 寮の同室であるレバンが目を擦りながら起きてきて、何やら慌ただしい様子に首を傾げる。


「何かはわかりませんが、支部長から病院へ来るように……と。誰か急を要する患者がきたのかも…………」

「支部長から?」


 時々、病院からローディスへ回復の法術の提供を要請されることがあった。ローディスは連盟でも一、二を争うほどの回復の法術師であるため、呼ばれる時は重症の患者を診る場合が多い。


「では、いってきます。後で連絡を入れますので、それまで私の班はレバンにお願いしたいのですが良いですか?」

「あぁ、大丈夫。いってらっしゃい」

「お願いします!」


 小走りで部屋を出ていく親友を見送りながら、レバンは扉を見詰めて眉をひそめた。


 ――――アルミリア様から直接の依頼? それなら、まさか患者って…………?


「もし……そうなら、大変じゃないか……」


 レバンは部屋の真ん中でしばらく立ち尽くしていた。





 …………………………

 ………………





「ぐぅー……」


 早朝、イリアは自宅の部屋でぐっすり寝ていた。


 いつもなら、この時間は連盟に泊まり込んで徹夜で研究に没頭しているのだが、最近は研究の最終確認をするリーヨォがいないためか、無理な仕事を入れずに少しの残業程度にとどめて帰宅している。


 娘の婚期を心配する両親はこれに機嫌を良くしていた。しかしそれ以上に、たまにしかいない大好きな姉がいることにイリアの幼い弟妹は喜んで彼女から離れない。


 昨日の夜からくっついている末の双子の妹に挟まれて、イリアのベッドはぎゅうぎゅうである。




 そんな中、ゆさゆさと静かに揺さぶられてイリアは目を覚ました。


「…………イリア、ちょっと……イリア起きて…………」

「………………んー……? どうしたのお母さん……まだ早い……あふぅ……」


 一緒に寝ている妹を起こさないように、イリアの母親が彼女を起こしに来たのだ。


「今、連盟からの使いの人が来て……『急いで病院で魔術の提供をお願いしたい』って…………」

「魔術……?」


 時々稀ではあるが、病院に酷い“悪魔憑き”が運ばれることがある。

 魔術師は回復と浄化の法術師と協力して“悪魔祓い”を行うことがあるのだ。


「夜の間に街に来た旅人かな? だったら早く行かないと……」

「あ、ちょっと! もう少しお化粧くらい……」

「時間ないの! 少し塗ったからいいでしょ?」


 病院へ仕事しに行くのに、フルメイクで行くわけないでしょうよ!


 イリアはいつもの黒系の服装で必要最低限で身なりを整え、家を飛び出して病院へ向かう。病院は連盟の南側にあるため、街の北側寄りのイリアの家からは少し離れた場所だ。


 研究室にいた時に呼ばれたら早かったんだけど……。


 イリアは家の前の寂しい通りを足早に過ぎる。


 家の近所は商店が多いがここでは朝市はやっておらず、この時間は閉まっていて通りは恐ろしく静かだ。しかも空き家も多く存在して、少し寂れたような印象も受ける。


 …………はぁ、そのうち、連盟の近くにアパートメントでも借りようかしら? ………………ん?


 急ぐ自分の脚が、ある廃屋の前でピタリと止まった。


「………………え? 何?」


 この廃屋はもう何年も前からある。イリアも何度もここの前を通り、特に気にしたことは一度もなかった。


 ――――――……魔力……?


 微かに、廃屋から魔力の流れを感じる。


 もしかしたら、間違って街に入り込んだ低級の悪魔でもいるのかもしれない。結界の隙間を抜けるぐらい弱い悪魔なら、それは放っておいても特に問題にならない範囲ではある。しかし、何故かそれが今……気になって仕方ないのだ。


 ――――――魔術師の勘? いやいや……ない。


 イリアは実戦からはだいぶ離れて暮らしている。今さら“退治員としての勘”が働くとは、本人には信じられなかったのだが……


 ――――――やっぱ、気になる。少し覗いて……


『フシュ~~!』

「きゃっ!?」


 廃屋へ向きかけた時、急にイリアの耳元で何かの音がした。


「え!? 何、何今のっ!?」


 辺りを見回しても何もない。


「……え~と……あ!! 早く行かなきゃ!!」


 病院へ向かっていることを思い出し廃屋から顔を背ける。


 ――――――あそこの空き家、アタシが調べなくてもいいよね。


 興を殺がれた……とは少し違うが、イリアの廃屋への興味は微塵もなくなった。



 …………………………

 ………………



 イリアが病院の入り口をくぐった時、受付につい最近会ったばかりの顔を見付けた。


「あ! ローディス神父!」

「あ……イリアさん」


 ローディスも今ここへ着き、部屋に案内されるところだったという。


「神父は回復の依頼で?」

「えぇ、でも……イリアさんもいらしているなら、浄化もあるのかと…………」

「“呪縛異常(カース)”かもしれませんよ……でも、悪魔憑きが一番厄介だわ。誰か退治員は来るのかしら?」




 看護士に案内されて病室へたどり着く。


 …………これ、特別個室よね……?


 普通の病室から離れた個室の前に連れていかれ、二人は顔を見合わせた。

 ここは相当酷い状態の患者か、トーラストでも重要な人物しか入らない部屋だからだ。


「……失礼いたします」

「失礼します」


「っ…………イリア、ローディス……よく来てくれたわ……」


 二人が入室すると、憔悴したような連盟の支部長アルミリアが出迎える。


「支部長……あの…………」

「………………サーヴェルト様……!?」


 アルミリアの後ろ、ベッドではサーヴェルトが苦悶の表情を浮かべて横たわっていた。



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