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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
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ケッセル家の『魔王殺し』

ブクマ、評価、誤字報告等、ありがとうございます!

 早朝。まだ一番の鐘が鳴る前。


「…………行くか」


 ある屋敷から人目を気にするように、ひとりの人物が音も立てず門をくぐり、足早に細い通りへ移動していく。


 大柄な男性で服装は青を基調にしたローブ、それに丁寧に織り込まれた白いマントを羽織っていた。

 ローブに施された刺繍や装飾はシンプルではあるが質が良く、彼が連盟の『司祭』よりも上等な『司教』だと物語っている。



 “サーヴェニアルド・D・ケッセル”

 愛称は『サーヴェルト』今年で70才だ。


 彼は【聖職者連盟】トーラスト支部、支部長補佐官という立場と、この街の領主に次ぐ権力を持つ悪魔退治の名門『ケッセル家』の当主を両立させている。


 本来、この国では彼くらいの高齢の者は、息子や孫の世代に任せて、とっくに隠居をしているのが一般的だ。しかし、ケッセル家は彼の後継がうまくいかなかった。



 ……………………

 …………




 サーヴェルトと、妻のアルミリアの間には『ルーベント』という一人息子がいた。


 顔は若い頃のサーヴェルトにそっくりであったが、髪の毛と瞳の色はケッセルの血筋では珍しい“黒色”である。しかし、本人はそれをまったく気にすることはなく、両親にも友人にも優しく誠実に接する人物だった。



 ルーベントは何をやらせても人並み以上に上達し、ケッセルの血筋で求められる剣術や法術、成績や人柄なども後継者には申し分ない。

 だが、性格が穏やかな彼は、例え相手が悪魔でも傷付けることに抵抗を感じ、退治員になることを嫌がったのだ。


 そんな息子に、サーヴェルトたちも退治員になることを強要しなかった。


 何故なら、彼はケッセル家の家宝であり、家系の二つ名である『魔王殺し(サタンブレイカー)』の象徴――――“宝剣レイシア”を使うことができなかったからだ。


 宝剣が使えなくても、『魔王殺し(サタンブレイカー)』ではなくても、彼は神学校でも連盟でも優秀な成績を修めていく。


 ルーベントは連盟での配属を『退治課』ではなく『祭事課』と希望してきたが、その事に親戚を含め誰も文句を言うものはいなかった。



 サーヴェルトの後継者はルーベントだと、誰もが疑わなかったのだが、それは突如として崩れていく。


 “僕は退治員になります”


 ルーベントはそう言うやいなや、勝手に転課をして仕事に出掛けてしまったのだ。


 この行動力にサーヴェルトをはじめ、周りの者たちは驚くと同時に慌てて彼を止めようとした。


 しかし彼は“自分には使命ができた”と言い、頻繁にトーラストから出掛けるようになった。


 奇しくも、ルーベントがトーラストを留守にし始めたのは、サーヴェルトにとっての初孫の『ルーシャ』が生まれて半年も経たない頃だった。




 …………………………

 ………………




 結局……あいつの“使命”とやらが何だったのか、誰にも教えてはくれなかったな。



 ――――二十年前、そのルーベントは25才という若さで逝ってしまう。


 退治員として、出掛けた先で不慮の事故に遭遇したのだ。


 ずっと親孝行だった息子は、ある日突然すべてを棄てるように何処かへ行ってしまった。


 哀れだったのは残された妻子。

 妻はまだ若かったため親類にすぐに再婚を勧められた。まだ幼かったルーシャは、ルーベントの忘れ形見としてサーヴェルトたちに託され、彼女は我が子に別れを告げて屋敷を出ていった。




 サーヴェルトが細い通りを抜けた先に、黒い格子状の柵が続く大通りが見える。彼はその通りを進み、柵の途中にある門をくぐり抜けた。固く大きな石畳がそこから奥へ続く。



 大きいもの、小さいもの。

 人間の人生に多少の差はあれど、死は平等に訪れていつかはこの『墓地』へ住まいを移す。


 ピタリと、足を止めてサーヴェルトは目の前を見上げた。


 歴史を重ねた石碑は、一族の最期を受け入れ続けてきたものだ。この墓石の下には先祖と、その他には…………


「……あの時、ルーシャはまだ5才だった。父親を亡くして、さらに母親とも別れた。屋敷にいる間、普段はほとんど笑顔を見せることもなくなって、オレは可愛い孫にとことん嫌われてしまったんだぞ?」



 ルーベントが死んだことにより、ケッセル家の次期当主の座はルーシャへ移った。


 そのことは、当時のルーシャにはまだ理解できなかっただろう。しかし、ルーベントの時よりもずっと重い期待を、幼いルーシャは周囲から掛けられることとなった。


 理由として、生まれ持ったルーシャの容姿が、代々ケッセルの血筋の特徴の『銀紫の髪』と『紫紺の瞳』だったこと。

 そして何よりも『宝剣レイシア』の刀身をルーシャが発現させたためだ。


「今思うと、可哀想なことをしたもんだ……」


 思い出すのは、幼いルーシャが泣きながら、訓練用の木剣を手に自分へ向かってくる姿。


 祖父としては一番辛い孫の顔。


 度重なる期待と厳しい躾せいで、元から内向的なルーシャはすっかり萎縮してしまった。


 訓練と家庭教師との勉強以外は、自分の部屋からあまり出てくることもなく、同年代の友達を作る機会も逃してしまったように思う。




「でももう二十年だ。ルーシャはお前と同じ年齢(とし)になったぞ……ルーベント……」


 この墓には先祖と年若い一族の者が眠っている。


 カラァ――――ン……

 カラァ――――ン……


 街に朝一番の鐘が鳴り響いた。


 その鐘に合わせて、サーヴェルトは墓に向けて目を閉じて祈りを捧げる。


「……………………」


 サーヴェルトが知る限り、一族で若くしてこの墓に名を刻まれたのは、自分の息子のルーベント。そして、孫の妻であるレイラ。


 ケッセル家の墓から少し離れたフォースラン家の墓に最近入った者も、サーヴェルトよりも若くまだ未来があった夫婦である。


「…………何で、こんなことになる?」


 目を開けてひとり呟くと、背後に覚えのある気配がいた。


 ………………来たか。


「――――時間通りだな。墓地(ここ)での待ち合わせは、少し遅れて来るくらいが礼儀だ」


 後ろに立つ気配にサーヴェルトは文句を言う。


「………………ふん……」


 少し間があり、微かにため息のような音が聞こえた。その音で、相手が至近距離まで来ていたことが判る。だいたい、サーヴェルトの十歩後ろだろうか。


 相手が来たのが分かっても、サーヴェルトはそのまま振り向きもせずに会話を続行した。


「正直、お前が直接来てくれるとは思ってなかったが……」


「……………………」


「……最後に見掛けたのいつだったか? ルーベントが死んだ後も、お前は屋敷(うち)にたまに来ては、よちよち歩きのルーシャの遊び相手をしてくれたな。懐かしいもんだ……」


「……………………」


「あぁ、そうだ。オレがお前を最後に見たのは、レイラが身籠ったと知った直後だったか。そうなると、六年と少し前……」


「……………………」


「いや、違うか。()()()()、お前を見掛けた。あれは…………クラストの町だ」


「……………………」


「今まで、オレが何回もお前に呼び掛けたが、お前は一切返事を寄越さなかった。その間、何をしてた?」


「……………………」


「…………答えろ。この墓の前で偽りを言うことは許さない」


 サーヴェルトの言葉に怒気が混じる。


「お前が答えないなら、それはルーベントへの――――」

「我は感傷に浸るほど暇ではないのでな。答えが欲しいのなら話してやる……」


 遮るように、背後から言葉が投げられた。


「……………………」


 その声にサーヴェルトの顔は苦しそうに歪み、その表情を直せないまま後ろを振り向く。


 彼の想像した人物がそこに立っていた。


「……どんな形であれ、お前は“嘘をつかないのが信条”だったな?」

「さぁ……どうだろうな?」


 真っ直ぐ腰まで伸びた美しい金髪が風に揺れる。対峙した人物の真っ赤なドレス姿は墓地にはそぐわない。


 しかし、それ以上にこの者が街にいることが最大の問題だと、サーヴェルトは頭を抱えたくなった。


「“その姿”はどうやって手に入れた? 返答次第では、オレはお前と刺し違える覚悟がある…………」


「……………………」


「――――弁明があるなら聞いてやろう。だが、今日は質問に全て答えてもらうぞ!! 【魔王マルコシアス】!!」


「……………………」


 ざわざわと、墓地に植えられた樹木の葉擦れがやけに大きく聞こえる。


「…………そうだな。()魔王殺し(サタンブレイカー)』よ」


 マルコシアスは形の良い唇の端を上げた。サーヴェルトを見詰める金色の瞳は、どこか愉快そうな機嫌の良い色を醸し出す。



「だが、此処では場所が悪い……ロアン」

「はい。ははうえ……」


「…………っ!?」


【魔王】の影からひょっこりと現れた子供に、サーヴェルトは再び顔を歪めた。


「……『ディメンション』」


 ポツリと出た声に呼応するように、三人の周りに糸のような赤い稲光が発生する。


 ――――――バチンッ!!


 激しい破裂音の後、赤い稲光は消え、墓地には誰もいなくなった。






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