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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
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彷徨う人形

ブクマ、評価などありがとうございます!

ホラー風味な副題ですが、ホラーではありません。

 ――――このくらい、人通りがなくなれば大丈夫だろうか?


『彼』は街外れの廃屋からそっと這い出る。雑草だらけの庭に身を隠しながら、少しずつ通りへ近付いた。


 ――――ここが何処か、早く見極めないと……。


 街の最後の鐘が鳴って随分と経った頃、辺りは暗くなっていき人通りも少なくなる。この通りは用のない者は利用しないようだ。


 ――――裏通り……いや、まずは屋根伝いに行けば見付からないだろうか。


 廃屋の庭には何本もの延び放題の木があり、『彼』はそれをスルスルと登り廃屋の屋根へ辿り着く。

 廃屋は平屋ではあったが、二つ先の通りくらいまでは見通すことができた。そこまで行けば少し大きな路があり、街灯があることまでは分かる。


 そしてその遥向こう側、街のほぼ中心くらいの位置に大きな建物と、一際高い造りの塔が見えた。


 ――――教会の時計塔か……つまりここは【聖職書連盟】の本部と支部の在る街だ。


 ここが王都ではないのは『彼』にも分かる。では、支部の方だろうと考え付く街を上げる。


 ――――支部の在る街でこの規模なら限られるな。西方のゼアフィス、南方のカサウスト、東方の…………


「…………ギ……」


 ふと、前方に剣を携帯し、胸当てを着けた兵士風の青年が路地を歩いているのを見掛けた。おそらく、街を巡回している警備兵か何かだろう。

 青年は【聖職者連盟】の腕章などは身に付けていない。そうなると私兵で、街に雇われた者の確率が高い。


 ――――この手の警備兵の()()は……


『彼』は隣の石造りの建物へ飛び移り、その青年へ出きる限り近付いていく。


「ギギ……!」


 ――――『追跡の鎖(チェイスチェイン)』……!


 金属の指先にポッと紫の小さな光の玉が生まれ、青年の背中へ向けて飛ばされた。光は青年の背中に染み込んでいく。


 青年が路地を曲がりさらに進んでいき、その姿が見えなくなった辺りで『彼』は勢いよく屋根から飛ぶ。


 一瞬だけ『彼』の姿が消えて、次には二つ先の家の屋根に現れる。『彼』の眼下には先ほどの青年が何事もなく歩いていた。


 ――――見付からないように気をつけないと。


追跡の鎖(チェイスチェイン)』は下級の魔術だ。


 掛けた相手に姿を見られなければ、相手の移動した近くまで瞬間移動が出きる。これを小まめに使えば、相手を見失わずに追えるだろう。


 ――――あの時は慌て使ったから、すぐにあの少年に見付かってしまったな。


 ついこの間までいた、山で出会った金髪の少年のことを思い浮かべる。




 …………………………

 ………………




 早朝、夜が明けるまでに自作の人形の悪魔を倒し尽くし、木々の間をフラフラと歩いていた時。


 その少年は何故か、寝間着のような姿で山の中で立ち尽くしていた。

 しばらく様子を見ていると森の端の崖の方へ歩いていくので、思わず追い掛けて腕を掴んだ。


 驚かれるのは当たり前だと思ったが『悪魔っ……!?』と半泣きで叫ばれて、一瞬だけショックで固まってしまったのだ。


 手を振りほどき逃げたのは崖であるが、少年はすぐに横の坂道を見付けてそちらへ向いた。


 坂の上の開けた場所には『魔力栓(デモン・ポータル)』があり、そこには訓練のために配置した人造機兵(ゴーレム)がいる。

 あの人造機兵(ゴーレム)には自分を攻撃させるために『子供を排除しろ』と命令してあったのだ。


 ――――なんとか、あの者を捕まえないと……!


 逃げた少年が崖の横の坂を駆け上がって行くのが見え、慌てて『追跡の鎖(チェイスチェイン)』をその背中に掛けて、瞬間移動で前に回り込もうとした。


 しかし……


 ――――消えた!?


 坂を登りきる前に、少年の姿が忽然と消えてしまったのだ。


「ギ……ギギ……!?」

『どこに……!?』


 まさか崖に落ちたのでは? と不安になり、走りながらすぐに魔術を発動させる。


 一瞬の浮遊感があった後――――――バチンッ!! と、何かを突き破るような衝撃があって、気が付けば『彼』は廃墟のような街の通りを走っていた。


「ギッ!?」

『なっ!?』


「う……うわぁあああ!! な、なんで――――っ!?」


 呆気に取られていると、目の前に少年がいて『彼』の姿をすぐに見つけてしまい、叫びながらさらに逃げてしまった。


 ――――『何で』はこちらの台詞だ!? 何だ此処は!?


 少年は何者だろう? と考えることを後回しにして、ひたすらに追い掛けていく。

 しかし、角を曲がったところで見失い、魔術の効力も切れてしまった。


 ――――せっかく“人間”と遇えたというのに……!!


 二年前、金属の人形になった『彼』が味わった絶望感に似たものが込み上げる。


 それは、少年自らが『彼』に話し掛けてくるまで、胸の奥で渦巻いていた。




 …………………………

 ………………




 ――――まさか【サウザンドセンス】だったとはな。あの不思議な廃墟も、あの者の『神の欠片』だろうか。


 魔術で兵士の青年を追い掛けながら、『彼』はこれまでの記憶を復習するようになぞっていく。



『リィケ』と名乗った少年は、トーラスト支部の退治員と言った。しかも、連盟本部の本部長となったミルズナとは顔見知りのようであった。


 ――――見掛けだけなら自分と同じくらいだろうか? いや、退治員ならば神学校の出身で最低でも十五歳か。余よりも年上ではないか………………能力者とはいえ解せぬ。


 リィケは華奢でお人好しそうで、少女のように気の弱そうな少年だった。どう見ても『彼』の実年齢よりも年下に見えてしまう。


 ――――だが一度逃げた後で、どう見ても悪魔にしか見えない余に『交渉』しようとしてきた度胸はなかなかだった。やはり、子供っぽく見えても退治員と名乗るだけはある。



『彼』がふと、リィケについて考えを巡らせていた時、


「市街、見回りご苦労様です」

「はい。この時間は特に問題はありませんでした」


 後を付けていた青年が街の端にある門に到着し、そこの門番の兵士と言葉を交わす。


「交代まで少し休憩をしてきては?」

「えぇ、そうします」


 青年は門の横にある小さな建物へ入っていった。どうやら、兵士である彼らの詰所のようだ。



「…………はい、持ち物などに問題はありません。魔力検査もしますのでこちらへどうぞ」


 詰所から少し離れた所では、別の兵士が旅人の荷物を広げていた。


 ここは街の出入口であり、街道からは夜間でも旅人が街へ入るための検査や質問をされるための場所である。

 たった今、外から入ってきた旅人が“悪魔憑き”や“人間に化けたもの”ではないか、調べているところらしい。


 門近くの建物の上から『彼』は静かに様子を伺う。夜中、この時間の出入りは特に気を遣っているのが分かった。


「はい、何も問題ありませんね」


 この旅人は無事に検査をクリアしたようだ。兵士は旅人に頭を下げて、街灯が灯る通りへ促していく。


「“トーラスト”の街へようこそ。夜も遅いですし、早めに宿へ…………」


 ――――トーラスト……? ここは国の東方にあるトーラストの街か!?


 トーラストという街を『彼』は知っている。

 王都から汽車で丸一日以上掛かる場所であり、【聖職者連盟】の支部がある大きな街。


 ――――リィケがいる支部の街だ。


 確か、国から認められた“悪魔伯爵”が領主だったはずだと思い出す。


 ――――王都の近くから一瞬で移動したのか?


 理解を超える現象だが、これも【サウザンドセンス】の能力ならば、理屈や常識などは役に立たない。


「ギギ、ギギ……」

『リィケの能力(ちから)か……』


 二年間、逃げ出したくても逃げられなかった山中から、急に街の中へ放り込まれた。


 ――――普通なら助かるはずの状況だが、余の姿が()()では両手をあげて喜んでいる場合ではないな。


【聖職者連盟】の支部のある大きな街。もし、自分の姿を見られれば、保護ではなく退治員を呼ばれてしまうだろう。トーラスト支部ならば、退治員もそれなりの強者が揃っているはずだ。話が通じる前に戦闘になってしまう。


 その中にリィケがいれば、もしかしたら解ってもらえるかもしれないが、残念ながら少年がいたのは王都の近くの山だ。


 一緒に移動したのならいるかもしれないが、あの時リィケは「数日だけ、王都へ勉強のために来ました。本部長のミルズナさんに呼ばれたんです」と言っていた。それなら、リィケはまだ王都にいる可能性が高い。


 ――――落ち着け。すぐに解ってもらえなくてもいい。リィケを見付けてから、人前に出て行けばいいのだから。


 そして、トーラスト支部には『兄』もいる。

 リィケにさえ伝われば『兄』に話を通してくれるかもしれない。


 二年間、感じることができなかった希望が、心の中に涌き出てくるようで嬉しくてたまらなかった。






 一先ず、最初にいた廃屋へ戻ろうと再び屋根伝いに移動する。


 移動している最中に、街の墓地の前を通った時、『彼』の視界の隅に人影が映った。思わずそれを凝視してしまう。


「ギ……?」

『こんな夜中に……?』


 ひょこひょこと何かが歩いていたのだが、その動きにどこか見覚えがあったのだ。


「…………………………………………――――ギッ!?」


 その正体に気付いた『彼』は、慌て墓地へ駆け出し人影へ思い切り体当たりを食らわせる。


 ドンッ! ガラガラッ!


 思っていたよりも大きな音に『彼』は辺りを見回しながら、その残骸を残らず拾って墓地の陰になっている場所へ押し込む。


 ――――なぜ……『魔操人形(マリオネット)』までここにいる!?   


 それは『彼』が山中で造り続けていた人形だった。


 ――――…………まさか、他にも…………?


 恐る恐る周りを見ると、墓石の影から何体かうろうろとしているのを発見してしまった。


 ――――街の中に……余に、ついてきたのか……!?


 人形は何体いるのだろう?


 そう思った時、金属の人形である『彼』の表情は変わらないが、身体の中身である『レイニール』は血の気の引く思いだった。




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