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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
86/135

そこに隠れたもの

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

今回は区切りの良いところで、少し短めです。

「できたーっ!!」


 すっかり陽も沈み、辺りは街灯なしには歩けないほどに暗くなった頃。


『研究課』のイリアは自分の机で『報告書』を書き上げたところだった。


「――――って、もう夜じゃないの!?」


 ひとり外の窓に向かって声をあげてしまう。さすがに根を詰めすぎたと焦りが出てきた。


「ヤバァっ!! しまったぁぁぁ!! さすがにもう、支部長たち帰ってるわよね……」


 頭を抱えて近くのソファーへ倒れ込む。


 アリッサがいる時こそ、就業時間に気をつけているイリアだが、『残業』『徹夜』『泊まり込み』が当たり前になっているので、他の人間が仕事をしている時間には疎くなってしまっていた。


 軽く絶望に沈んだイリアの背後で、研究室の扉がノックされ、返事を待たずにアリッサが顔を出す。


「イリアさん、お疲れ様でーす! エッグタルトお待ちどおさまです!」

「もう……アリッサが来る時間なのね……はぁ……」

「…………? どうかしましたか?」


 アリッサがイリアの机を覗き見ると、イリアが書き上げた紙の束が見える。それが急ぎで出すはずの報告書だと、アリッサは言われなくても悟った。


「……あ、そういえば、さっきここに来る途中に『退治課』の前を通りましたけど、事務室にサーヴェルト様が座っていたような…………?」

「本当っ!?」


 ガバッ!


 イリアは飛び起きて『報告書』を掴むと、部屋の出口へ突進していく。


「アリッサ、エッグタルトの代金そこにあるから、物は置いててちょうだい!!」

「あ、はい。ま……まいどありです!」


 ドドドッ!!


 まるで土煙が見えそうな勢いで走っていくイリアを、アリッサは呆然と見送った。










 ――――サーヴェルト様だけでも報告!


 イリアはすぐに『退治課』へ向かって走った。


 バターンッ!!


「……サーヴェルト様っ!!」

「うぉっ!? て…………なんだ、イリアか」


 机の上の灯りしかない事務室の奥。

 サーヴェルトは何かの書類を手にしてはいたが、どうやらボーッとして仕事にはなっていなかったようだ。

 突然のイリアの襲来に、心底驚いていた様子である。


「あのっ……ぜぇ、はぁ……報告……ぜぇ……」

「おいおい、大丈夫か? 待ってるから、呼吸調えてから言え」

「と……とりあえずコレを……ぜぇ、その間に息……はぁ」


 普段からの不摂生が祟っているせいか、ちょっと走っただけで落ち着くまで時間が掛かる。イリアは先に『報告書』をサーヴェルトに手渡し、彼がそれを読んでいる間に深呼吸を繰り返した。



「ふぅ~……やっぱり、たまには魔術訓練も兼ねて運動しないとダメだなぁ……」

「おい、イリア……コレは……」


 伸びをするイリアに、サーヴェルトが神妙な顔を向ける。


「……書いてある通りです。アタシは“ルーイ”に遭遇しました」

「本当か……?」


「アタシ、直接人の顔を覚えるのは苦手ですが、特徴を当てはめるのは得意です。それに、アタシがルーイの名を呼んだとき、振り返ってましたから」

「そうか……」


 サーヴェルトは片手で口を覆いながら、報告書を見つめてしばらく思案していた。しかし、一度目を閉じた後、眉尻を下げ哀愁の表情に変わっていく。


「イリア、この報告書の内容は誰かにもう話したか?」

「いえ、まだ誰にも。ルーイと会ったことも、他には話していません」


 ローディスと直後には合ったが、ちゃんと内容を教えたわけではないし、ルーイのことはサーヴェルト以外には知られてはいないはず。


「わかった。この件は誰にも言わなくていい」

「え? あの、支部長には……?」


「……あいつには、オレが後から説明する。まず、オレが一人で街の様子を見てくるから、お前たちはラナロアが戻るまで通常の生活を送ること。いいな?」

「はあ……」


 つまり、放っておけってこと……?


 トーラストの街はかなり広い。街の様子を探るのに、さすがにサーヴェルト一人で全てを見るのは不可能だと考えていた。


 しかも、街を覆う結界は『法力と魔力の二重構造』だ。

 だからいつも、定期的な結界の見回りはサーヴェルトとラナロア、それにイリアと数名の僧侶で行う。


 街を覆う結界の聖力の部分は彼が見るとしても、ラナロアが留守の間、魔力の部分は自分が見なければならないとイリアは思っていたのだ。

 しかし、それは必要ないと言われて、何となく肩透かしを食らった気分になった。


「サーヴェルト様……差し出がましいことを申し上げますが、もしも結界の破損などの点検をするなら、アタシもお供した方が良いのでは…………」


「………………」


 イリアの提案に、サーヴェルトは一瞬だけ苦いような表情になるが、すぐに真顔に戻り首を振る。


「いや、大丈夫だ。お前は自分の仕事をしていてくれ」

「ですが……」

「たぶん……結界は破られてはいない。“ルーイ”がトーラストの結界を破ったりはしないと思う」

「へ?」


 サーヴェルトがため息をつく。


「……オレは“ルーイ”のことを知っている。直接、会ったことはないが、あいつがトーラストの街に害になる何かをすることはない」

「なっ……!?」


 “害はない”とハッキリ言われ、イリアはその場に凍り付いた。

 予想外の言葉を放ったサーヴェルトを見つめたまま、崩れ落ちそうになる体のバランスを必死に保とうとする。


「サーヴェルト様? 何で……」


「ルーシャが戻ってきたら、お前やリーヨォにも教えるつもりだ。クラストの一件で、五年前の背景にあるものが何か……オレには分かったからな……」


 報告書を手にすぅっと立ち上がると、サーヴェルトはイリアをかわして扉へ向かい足を止めた。


「イリア。お前もレイラの『元パートナー』なら、仇を討ちたいと思う。だから、もう少しだけ待っててくれ……」


 キィ…………パタン。


 イリアを振り返ることなく、サーヴェルトは事務室を出ていった。


「………は……?」


 部屋に独りきりになったイリアは脱力して床に座り込む。


 ……何? サーヴェルト様は、何か知っている?


 そういえば、ルーシャたちがクラストから帰ってきて、その報告を支部長にした直後、リーヨォが不満そうに洩らしていたことがあった。


『サーヴェルト様は何で、ルーシャにクラストのことをしつこく聞かないんだろう……』と。



 クラストの事件で、ルーシャはレイラの姿をした【魔王マルコシアス】に口づけをされた。


 普通なら自分の孫が悪魔に、よりによって【魔王階級(サタンクラス)】に何かをされたとなれば、大慌てで『魔力検査』や『呪術解除の法術』を行うはずである。


 だが、サーヴェルトは何もしなかった。正確には、ルーシャ本人が何もないと言ったのをそのまま信じ、()()()()()()()()()()()()()のだ。




「レイラ……あんた、何で殺されたのよ……?」


 思わず口から出た疑問は解消されるのか?


 イリアはふらりと立ち上がり、灯りを消すと『退治課』の事務室を出た。


 とっくに終業時間は過ぎ、残っている職員は下の階にいる宿直の神父と警備員だけである。

 廊下は真っ暗で、普段灯っている足元の光もない。


「………………」


 いつもなら光が有ろうが無かろうが、通りすがりのゴーストに遇おうがイリアには平気であった。しかし、今日は何故か背中に不気味な寒気が走る。


 今夜は研究室に居たくない……。


 イリアは足早に部屋へ荷物と、夜食のエッグタルトを取りに向かい、まだ人の気配のある街の通りへ、自宅への路を急いだ。






 …………………………

 ………………







 カラァ――――ン……

 カラァ――――ン……


 トーラストの街に朝二番目の鐘が鳴り響いた。

 市場からは早朝の喧騒が消え、昼前までは穏やかな人の波ができる。


 この時間になると、街のほとんどの場所には人が集まり、仕事に就き、授業を始めようとしていた。


 そんな日常の賑わいから少し離れているのは、街の外れにある見向きもされなくなった物置小屋である。


「――――――ギ……?」


 小屋の中、所々傷んだ床の真ん中で『彼』は気が付く。


「…………~~ギギ……ギ……」


 起き上がろうとしたところ、身体がやけに重くなっていて指を動かすのも巧くいかない。


 ――――――まずいな。このままでは……


 少しずつでもいい、身動きさえ取れれば。


 ――――――そういえば、先ほどまでいた少年はどこへ?


「ギ……ギギ……」


 まるで、深い水の底でもがくように、彼は重い身体を動かそうと必死になる。


 ―――――こんなところで、死ぬわけにはいかない……!


 彼は身体を動かしていく。


 しかし、その『錆びた金属の身体』が起き上がるのは、彼が思うよりもかなりの時間を要することとなった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 一気に飛ばして最新話をつまみ読みしてみました。 読みやすいですね! 文章の構成がとても勉強になりました (`・ω・´)ゞ
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