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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
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【死霊使い】と【精霊使い】

 目が合った――――――イリアは反射的に思う。


 対峙しているルーイは顔の上半分、狼を模した仮面で隠れていてその瞳は見えない。しかし、視線がぶつかったのは確かに感じた。


「…………あ……」

「えぇっと……?」


 見えている口許が驚きで軽く開いている。

 イリアから少しでも遠ざかるように、ルーイは二、三歩後ろへ下がるが、すぐに体は礼拝堂の台にぶつかり動けなくなった。



 イリアも思いもよらない人物と鉢合わせしたために、思考が状況に追い付かないでいる。


 …………ど、どうしよう?


 まず、挨拶?

 いや……戦う?

 捕まえる?

 ダメダメ! なら、助けを呼びに?

 じゃ、交渉を…………何の?


 ぐるぐると混乱寸前の頭を必死に働かせていた時、イリアの額に小さな黒い布が落ちてきた。


「え?」

『フシュ~~!』


 すぐにつまみ上げる。それは手のひらほどのペラペラとした生き物…………ぺしゃんこのコウモリのような“闇の精霊”だった。


 先ほど、ルーイの周りを飛んでいた精霊たちだ。

 それは一体だけでなく、二体、三体とイリアの方へヒラヒラと飛んでくる。


『フシュ、フシュ!』

『シュシュ~!』

『ヒュウ~』


「あはっ、可愛い~! あはは!」


 頭や肩に停まってペチペチとまとわりつく彼らに、イリアは愛らしさのあまり笑い声をあげた。


「…………フッ……」


「……ん? はっ!?」


 イリアは精霊に気を取られて、一瞬でルーイのことを忘れていた。

 そのルーイが、イリアの方を向いたまま口許を綻ばせている。


 どうやら、イリアの精霊たちに対する反応が面白かったようだ。唯一見ている口許の微笑みが、とても優しそうに見えた。


 ……いい人、なの?


 そう思った瞬間、イリアの脳裏にルーイの情報が甦ってくる。


 クラストにいた【精霊使い(シャーマン)】。

【サウザンドセンス】であり、【魔王マルコシアス】とロアンという少年と共にいた人物。


「あなた……“ルーイ”って人、よね?」

「………………」


 ルーイの笑みが消え、口が固く結ばれる。しかし、彼は視線を逸らすことはしない。


「何で、こんなところに……?」

「………………」


 やはり、答えない。


「………………」

「………………」


 お互いに向き合ったまま沈黙が続いたが、急にルーイがイリアから目を逸らし、明らかにその背後へ顔を動かした。


 え? 何?


 その行動につられ、イリアがルーイから視線を外して振り返ろうとした瞬間、ルーイの姿が曖昧な輪郭になり消えてしまった。


「なっ!?」


 イリアは慌ててルーイが立っていた場所へ駆け寄るが、そこには、最初から誰もいなかったように何の形跡もない。

 その辺を何体も漂っていた精霊も、ルーイが消えたのと同時にいなくなってしまったようだ。


「なんなの……一体……」




 その場で途方にくれ始めた時、建物の入り口からこちらに向かってくる足音が聞こえた。


「こんにちは。誰かと思えば『研究課』のイリアさんでしたか」

「……あ、はい。こんにちは……え~と、『祭事課』の…………?」


 礼拝堂へ入って来たのは、細い杖と水瓶を抱え、黒い葬儀用の司祭服を着たローディスだった。しかし、祭事課の司祭が皆同じに見えるイリアは、名前が思い出せずに気まずい表情になる。


「あはは……ローディスです。何度か仕事の依頼を、イリアさんにしたことはあったのですが……」

「ご、ごめんなさい。アタシ、人の顔を覚えるのが苦手で……」


 死霊だったら見分けつくんです……と、言いかけてやめた。以前、相手に『死霊以下』だと言ったと誤解されて、激昂されたことがあったからだ。


「いえいえ、私もいつも他の人に顔を憶えてもらえなくて……。同僚にちゃんと認識されたのも、連盟に入って半年過ぎた頃でしたし……ははは……」


「いや、それは怒っても良いと思いますけど」


 違う課ならいざ知らず、同じ課の人がそんな扱いをするの酷いじゃないの?


 イリアはほんの少し自分を棚に上げ、普段からあまり良く思ってない『祭事課』の不遇に憤る。


「あ、そういえば! 神父がここに来る時、誰か怪しい人を見ませんでしたか!?」


「え? いいえ、連盟の建物からここまで誰にも。ここにもイリアさんしかいませんでしたよ?」


「狼………………えっと、背の高い男の人とかは?」

「いいえ。誰も?」


 さすがに“狼の面をつけた男”を見れば分かるだろう。

 イリアは相手が面を取った可能性も考えて訪ねたが、ローディスは首を傾げるばかりで、本当に誰にも会ってはいなかったようだ。


「……霊や低級悪魔でしょうか?」

「夢や幻……じゃないし、悪魔でもゴーストでもなかった……ちゃんと“いた”わ……」


死霊使い(ネクロマンサー)】であるイリアが、“生きている人間”を霊や悪魔と見間違えることはほぼない。彼女はずっとこの研究をしてきたのだ。自分が誇れる分野での見間違いは許されないと考えている。


「………………う~ん…………じゃああれは一体…………」

「あの……イリアさん?」

「…………え? あぁ、何ですか?」

「いえ……ここに何か用事があったんじゃないのかな……と」

「はっ!! そうだ、魔力石! あれ? ローディス神父は何をしに?」


 ぶつぶつと考えに浸ってしまったイリアは、ローディスに呼ばれて現実に戻ってくる。

 そして、普段ほあまりこんな所に来ない、『祭事課』の司祭の存在に疑問を持ち始めた。


「あぁ、私はこれを……」


 そう言うと、ローディスは持っていた水瓶の蓋を取って、礼拝堂の聖水を受ける皿へ移す。


 蒸留水は聖水や魔力水の素になった。

 連盟の礼拝堂では聖水を作り、魔力の満ちた離れのこの場所では、聖水とは反対の性質をもつ魔力水ができるのだ。


「ここの魔力水、たまに入れに来ないと必要な時に使えなくなっているのですよ。だから、時間がある時はたまに来るようにしてます」


 ここで少し問題があった。


 連盟の礼拝堂の瓶に入れておけば神父が聖水を作る。

 これは『祭事課』で当番制になっていて、聖水も需要があるために在庫を切らすことはしない。


 しかし、この離れに来る人間はあまりおらず、度々、魔力水が切れている時があった。

 魔力水は『研究課』が実験に使用したり、『祭事課』や『退治課』が法術の訓練に使用したりするためのものだ。


 本来なら使用した分を、使用した課の人間が補充するのが望ましいが、ここはごく稀に低級の悪魔がいることがある……と、新人の僧侶たちは怖がって近付かないことがあった。


「蒸留水の補充? 神父って班長ですよね? それって新人の僧侶とかがやる仕事じゃないですか?」


 いつも補充しているのは、魔力水をよく使う『研究課』と『退治課』の者である。だから、『祭事課』の新人僧侶が来ないことも多少は目を瞑っていた。


 しかし、新人の僧侶が来ないのに、その雑用を司祭……しかも僧侶を束ねる班長が行っているとは、イリアには少々考えられない。


「いえ、誰とも決まってませんよ。気付いた人がやればいいのですから。それに、今日はこれも置きにきました」


 ローディスはポケットから小さな布の袋を取り出す。紐をほどくと、中には磨かれたの大小の天然石が入っていた。


「昨日お亡くなりになった方の遺族が、故人が生前、集めていたきれいな石を連盟に預けたいと仰っていたので、私に受け取ってもらいたいと…………全部魔力石にできそうなものだったので、ありがたく寄付としてもらい受けてきました」


「うわっ、こんなにたくさん!」


 いわゆる、パワーストーンと呼ばれる磨かれた準宝石だ。装飾用の宝石と比べれば安価だが、魔法の実験の媒体に使えるので、トーラストの市場でもそこそこの値で売れるはずである。


「この数を無償でくれるなんて……神父、その故人から信頼されてたんですねぇ」


「さぁ……どうでしょう。あ、これ、この石の在庫記録です。後で『研究課』に持っていこうと思っていたので、イリアさんがいて丁度良かったです」


「あ、どうも。じゃあ入れるついでに、できてる魔力石を少しもらっていこ……」


 備え付けの金庫に石を入れて二人は旧礼拝堂を出た。





「あの……神父、事件のあったクラストの町に行ってましたよね?」

「えぇ。あまり役には立ちませんでしたが……」


 戻る建物が同じなので、必然的に並んで話しながら歩く。


 ふと、ローディスの名前が、先のクラストの事件の報告書にあったことを思い出し、イリアはその話題を振ってみた。


「クラストで【魔王マルコシアス】や、その仲間は見てますよね?」


「少しだけ。私は到着が遅かったので、遠目から見ただけです……それが何か?」


「あ、いえいえ……報告書通りなのかなぁって……」


 本当は先ほど会った、ルーイのことを聞こうかと考えた。しかし、ローディスの様子から、報告書以上のことは期待できないと思ったのだ。


「あの……じゃあ、【魔王マルコシアス】は……顔とか、憶えてませんよね?」


「あぁ、憶えてましたよ。あの【魔王】の顔、ルーシャくんの奥様だった方ですね。連盟で何度かお見掛けしたこともあったので……」


「お、憶えてるんですか!?」


 イリアは期待せずに尋ねたため、ローディスの意外な返答に驚く。

 ローディスは仕事柄、ミサや葬儀の関係者の顔を憶えるのが得意だった。イリアとはまるで正反対である。


 レイラは結婚を機に、八年ほど前に連盟を辞めている。ローディスは十数年トーラスト支部に勤めているので、課は違ってもすれ違ったり、仕事で顔を合わせたことくらいはあったようだ。




「そっか……レイラのこと憶えている人もいるんだよね」

「お知り合いでしたか」

「うん、幼馴染みの親友よ。今でも……」


 イリアはレイラのことを思い出すと、今でも泣きそうになるが、ローディスの前で泣くわけにもいかず、ニカッと笑って気持ちで踏ん張った。


「アタシ、今は『研究課』だけど、昔は『退治課』だったんです。それで、あの子と……レイラとはパートナーでした。レイラが強すぎて、アタシは荷物持ちや雑用でしたけどね。退治員ってA級にならないと一人(シングル)で仕事できないんですけど、まだレイラがB級だった時、新人のアタシを無理やり引っ張っていったんですよ!」


 現役時代のレイラは『鋼拳の淑女(レディ・ガントレット)』の異名を持ち、更には一時的ではあるが、ライズの前に『聖弾の射手(シルバーバレット)』を父親から継承している。


 そんな彼女は在学中に退治員としての実績を上げ、卒業と同時にB級に昇格。数多くきていた他の退治員からの申し出を蹴って、新人の魔術師であるイリアをパートナーに選んだ。


「…………理由は『他の退治員と組むと好き勝手に闘えない』という、とんでもないものだったわ。あの子、ルーシャと結婚しなかったら、一生独身で悪魔退治してたと思う」


「そうなんですか。では、イリアさんが転課されたのは、レイラさんがお辞めになった後で?」


「そう。アタシはレイラ以外の人間と、パートナーを組みにくいの。みんな【死霊使い(ネクロマンサー)】の魔術師じゃ、悪魔に対してそんなに効果ないと思っているみたいだし」


 リルダーナは魔力よりも、法力がもてはやされる国である。

 魔力を使う魔術師の攻撃では、悪魔に通じないと考えている者も少なくない。


「それで『お前は研究畑の方が性に合ってる』って、リーヨォが転課を勧めてくれたのよね…………最初は抵抗あったけど、今は退治員よりは適職だと自分でも思うわ!」


「ええ。イリアさんのお仕事はいつも早いし、確実なので助かってます」


「ですよねー! アタシも依頼された仕事はリーヨォくらいこなして………………あ、すみません……」


「……どうかしましたか?」


「いえ……アタシったら、いろんなことベラベラと……」


 いつもは『祭事課』に苦手意識のあるイリアだが、ローディスが会話を繋げるように聞いていたため、思わず色々としゃべっていたのだ。


「構いませんよ、楽しいお話でしたし。あ、もう建物に着きましたね」


 気付けば離れから、あっという間と感じる時間で連盟の本社に到着していた。


「じゃあ、アタシこっちなんで。石とお水、ありがとうございました」

「はい。では……」


 ローディスは丁寧なお辞儀をすると、イリアが行く方向とは反対の廊下へ歩いていく。


 ……必要以上に話してしまった気がする。まぁ、神父さんは聞き上手の方が良いか。


「あ! そうだ……“ルーイ”のこと報告しないと……!」


 サーヴェルトなら信じてくれるだろう。


 イリアは話をまとめるために、一度『研究課』の自分の研究室へ向かった。






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