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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
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『伯爵の屋敷』と『研究課』

いつもお読みいただき、ありがとうございます!


今回はラナロアの屋敷と研究課のお話。

「ハ~イ♡ ムゥちゃ~ん、ごはんだよぉ~おいで~♡」

「ムキュ~~~~♡♡♡」

「マリエルー! あんまり、エサやり過ぎるなよー?」


 昼を過ぎた頃。

 トーラストの街北側、伯爵の屋敷。


 屋敷の厨房から近い裏庭。

 メイドのマリエルは、リィケの留守中に預かったペットの世話に尽力している。


 今はそのペットの仔悪魔にエサ(三段のパンケーキ。バターとメープルシロップ付)を与えているところだ。


「ムキュムキュムキュ~!」

「美味しい? うふふ~可愛い~可愛いね~ムゥちゃ~ん♡♡♡」


 可愛いもの好きなマリエルは、目の前のまん丸な生き物に夢中である。そのまん丸な生き物のムゥは、屋敷の料理人が作ったパンケーキに夢中でかぶりついていた。


 ちなみに、このパンケーキを作った料理人の『シン』は、食いっぷりの良い仔悪魔……を見ているマリエルを、デレデレと見ていた。


 その二人の側へ、のっそりと近付く影がある。


「シン……鼻の下、伸びてる」

「う、うるせっ! 変なとこ見てんな、セルゲイ!」


「マリエル、可愛い分かる……でも、その()は、ない。完全に『おっさん』……」

「おれはまだ、二十代…………人間換算だけど…………おっさんじゃない!」


「じゅうぶん、おっさん。マリエル、まだ15才……犯罪…………」

「触ったら犯罪だけど触ってない! 見てただけはセーフ!!」



 裏庭に来たのは庭師の『セルゲイ』だ。


 普段から穏やかなセルゲイだが、シンの行動にはついついツッコミを入れてしまうため、会話がなかなか終わらない。


 シンと不毛な争いをしているのはいつものことである。マリエルは少しも気にせず、食欲旺盛な仔悪魔をニコニコと眺めていた。


「何をしておる、お前たち。今日は旦那様もマーテルもいないからと、気を抜いておるのではないか?」


 そこへ執事の『カルベリッヒ・ケルー』が入ってきて、シンとセルゲイの間に割って入った。




 この場所で“人間”であるのはマリエルだけである。


 執事のカルベリッヒは幼児くらいの背丈しかない老人で、耳と鼻が異様に大きい『ゴブリン』だ。


 庭師のセルゲイは縦と横に大きい人型。シルエットだけを見ると“首なし”に見える。しかし実はちゃんと頭があり、首が極端に短いだけの『トロール』であった。


 料理人のシンはパッと見は人間の青年だが、よくよく見ると、灰色でふさふさの狼の耳としっぽが生えている。


 この三人はトーラストに来た時期こそバラバラだが、いずれも魔界にも人間の町にも馴染めなかった者たちだ。


 魔界では脆弱だったり、穏やかな性格であったために生きられない。さらに人間界では下手に出歩けば追い立てられる。

 孤独に、隠れるように暮らしていたところを、ラナロアに拾われて仕えるようになったのだ。



「しかし……正直、旦那様がいないと、料理に気合いも入んねぇんだよなぁ~。ふわぁああ~……」


「何を言っておる。旦那様がご不在でも規律正しく過ごすのが、我ら伯爵の屋敷で働く者の務めであろう!」


「シン、カルベ様の……言うとおり。おれ……もう一度、庭の木……形、整えてくる……」


 そう言うと、セルゲイは大人の背丈くらいの剪定用の大鋏と、梯子を担ぎ歩いていった。


「いつ見ても、セルゲイの大鋏は()()にしか見えねぇ……」


「あれで奴が穏やかでなかったら、お前はとっくに真っ二つにされておるぞ。セルゲイは『ヴァンパイア』くらいならば、園芸用シャベル一つで倒せるからの」


「あー、やっぱりおれは、魔界では暮らせない自信がある……」


 シンは片手で顔を覆って天を仰ぐ。


「情けないのぉ。マーテルが戻ったら、少しは鍛えてもらった方がよいか?」


「うわっ……勘弁してよ。姐さんと組み手なんかしたら、おれバラバラにされる!」


「だったら、マリエルばかり鑑賞しとらんで、ちゃんと己の仕事をしておれ。さてと……わしは旦那様がいない間の書類の整理でもするか……」


 シンに向けてフンッと鼻を鳴らし、カルベリッヒは視線をマリエルの方へ移す。


「では、マリエル。()()()()()()()()()はお前に任せるからの」


「はい、カルベ様! ムゥちゃんはわたしがお世話致します!」

「ミキュキュ~~~!!」


 マリエルと共に元気良く返事をしていた仔悪魔は、空になったパンケーキの皿をぐいっとシンに差し出し『おかわり』を要求していた。





 ………………

 …………………………





 昼過ぎ。

 連盟内の『研究課』では、徹夜明けから午前中の仕事を終えたイリアが、自分の研究室のソファーに倒れ込んでいた。


「…………ハッ! んがっ、しまった! もう昼休み終わりっ!?」


 前日、室長のリーヨォが急に出張に行ってしまったので、近日中の仕事のほとんどを引き受けていたのだ。そのために家にも帰らず、研究室に籠って独りで作業に没頭していた。



「ふぁ……眠……あと、これもやらなきゃなぁ。そうだ、魔導具のサンプル! もう少し、改良を重ねたいわよねぇ……あ、しまった! 『魔力石』もうないや!」


 イリアが飛び起きてわたわたと動き始めた時、


「イリアさん、まだ家に帰らないんですか?」


 部屋の入り口にはアリッサが呆れた顔で立っている。手にティーセットを持っているところを見ると、イリアに休憩を促しにきたようだ。


「昨日の夜の配達の帰りに、イリアさんのお父さんが心配そうな顔で塀の隙間から敷地内を覗いてましたよ? 声を掛けたら『娘はそんなに忙しいのか? 体を壊してしまうんじゃないか?』って涙目で言ってました。お父さんの方が病気になりそうです!」


「もーう……無視してていいわ。どうせ、見合いの話がきたから、早く帰ってこいって言ってんでしょ?」


 イリアは実家暮らしで、祖母と両親、兄弟と一緒に住んでいる。しかも、イリアは六人兄弟の一番上であり、仕事にのめり込む娘を心配して、家族が度々、連盟まで様子を見にくるのだ。


「この間だって、上の弟が仕事の合間に『家に帰るように』って言ってきたのよ…………ったく、孫の顔が見たいんなら、他の兄弟に期待してほしいわ……」


「すぐ近くなのに、あんまりにも帰らないからですよ……」


 リーヨォほどではないが、他から見ればイリアも十分に『仕事中毒』だ。


 アリッサはお茶を入れて、イリアに頼まれていたエッグタルトを添える。昼を抜きにしていたイリアはすぐに一息入れることにした。



「あ~あ、リーヨォの家族は何も言ってこないのよね。なんか羨ましい…………」

「あ! それなら、いっそのことリーヨォさんと結婚したらどうですか!? そうしたら好きなだけ研究を…………」


 名案と瞳を輝かせたアリッサの言葉に、イリアは顔を歪ませて文字通り震え上がった。


「うぶわぁ! ダメダメダメダメ! リーヨォなんて絶対ダメ!! 友達としては最高だけど、旦那なんて絶対無理!! 想像もしたくないわっ!!」


「…………そ、そんなにダメですか」

「うんうん……それに、リーヨォは婚約者いるしね」

「え!? ゴホゴホっ!!」


 思いもよらなかった事に、アリッサは思わず茶を吹いて噎せる。


「こ、婚約者……?」

「うん。なんかね、親が決めたうんと年下の娘らしいよ。まだ成人になってないから、結婚の話が出ないだけで」


 イリアも全て知っているわけではない。昔、少しだけ聞いたことのある雑談を、朧気に覚えていただけである。


「あいつ、実家の話はほとんどしたことないけど、どうやら王都の貴族の出身みたいよ。ま、ここで研究に耽っているから、結婚の話も流れそうだけど……」


「なんか、意外ですねぇ。じゃあ、イリアさんの男性の好みってどんなですか?」


「おぉっと……その話になるかぁ……」


 いつも研究ばかりのイリアさんにも、もしかしたら浮いた話もくるのかも?


 年頃の女の子らしい話に飢えていたアリッサは、ここぞとばかりに()()()()話を持っていく。


 他の研究員とはこんな話もしないな……。


 イリアもアリッサのことを可愛い部下だと思っていたため、少しだけ話に乗ってあげようと考えた。


「そうねぇ……タイプとしては『大人しく』『優しく』『うるさく言わず』『そこそこ能力もあって』『そこそこ収入がある』『年上の人』かしら?」


「……………………」


 けっこう条件多いな……。


 アリッサはそう思いながらもイリアをじっと見つめる。


 イリアは黙っていれば、その辺で着飾っている女性たちよりも美人だ。いや、黒い服ばかりなのが余計に妖艶に見えてしまう。


「イリアさんが本気になれば、誰かイイ人が見付かりそうですよねぇ。あ、例えば『祭事課』の神父さんたちとかは?」


 意外に『祭事課』の神父たちは独身の男性が多い。性格も大人しく、才能も収入もそこそこにあるのではないか。


「えー? 同じ制服着てるから、みんな同じに見えてパッとしないわね……あたし、人の顔を見分けるの苦手なのよ。無個性な奴はお断りだわー……」


「……………………」


 あー、ダメだ。根本的に興味ないな、これ。


「どうせなら『そこそこ顔が良い』も入るわね。だったら『退治課』かなー? 顔だけなら“ルーシャ”とかね」

「ぶふぉっ!? ゴホゴホゴホゴホッ!!」


 さっきよりも盛大に茶を吹いたアリッサは、テーブルに勢い良く突っ伏す。


「ちょっと、アリッサったら大丈夫?」

「だ……ダメです! ルーシャさんはダメです!!」

「あははっ。まぁ、顔だけね。あいつは年下だから範疇外よ」

「そう、ですよね……」


 あからさまにホッとした様子のアリッサに、イリアは可笑しさが込み上げてくる。


「やっぱり連盟から探すのは無理があるわね。『祭事課』の人なんかは、あたしみたいな【死霊使い(ネクロマンサー)】は嫌いだもの」

「そんな……」


 今度はガッカリするアリッサ。イリアはポンポンと頭を撫でてにっこりと微笑む。


「ありがとね。でも、あたしは当分は無理ね」

「そうですか……」



 イリアはお茶を飲み干すと、立ち上がって体を伸ばした。


「さぁて、ごちそうさま。休憩はもう終わりね。あたし、旧礼拝堂に『魔力石』採りに行ってくるわ。すぐに戻ってくるから、用事ができても少し待っててくれる?」


「はい、わかりました。いってらっしゃい!」






 イリアは建物から出て、連盟の敷地内の北の外れへ歩きだした。


 神学校の運動場と薬草の栽培棟を過ぎ、小さな林になっている場所へ向かう。

 小さな柵をまたいでさらに進むと、木と木の間にそんなに大きくない、古びた石の建物が見えた。



 ここは大昔の礼拝堂だ。

 今の【聖職者連盟】の建物が建てられる前、およそ百年ほど前はこの建物が教会だった。


 この建物は大昔に、この土地を浄化するために建てられた。

 とても長い間魔力を吸い続けて、この建物自体が魔力を帯びた『魔力栓(デモン・ポータル)』のようになっている。ここに磨いた石や蒸留水を置いておくと、それに魔力が移るため、ちょっとした人工の魔導具の材料が出来上がるのだ。



 ……いつ来ても、ここは落ち着くなぁ。


 魔術師であるイリアには、連盟の礼拝堂よりもこの場所の方が空気が合っていた。


 ここへ出入りできるのも一部の職員か『研究課』だけなので、イリアにとっては静かで落ち着いた場所になっている。


「よいしょ…………ん?」


 荒れたタイルを避けて中へ入ると、ふと、何かの気配を感じた。


 誰かいる……?


 たまに誰かがいることはある。

 それは他の研究員だったり、職員だったりもする。


 しかし、人の気配の他に何かざわざわと『別のもの』の空気を感じて、イリアは入り口のホールで固まった。


 人…………だけじゃない?

 幽霊……あたしの得意分野だ……でも違う。

 悪魔は……ここへは入らないようになっている。


 じゃあ………………精霊だ!

 それも一体だけじゃない、複数!


 珍しいこともあるものだと、イリアはそっと奥の部屋を覗く。

魔力栓(デモン・ポータル)』に集まる精霊は、悪魔と似たような力を持ちながらも、交渉しだいでは人間と仲良くなれるものが多い。



 視線の先は奥の旧礼拝堂。

 古びた建物は木に覆われ薄暗く、崩れた屋根の一部からは、まるで森の木洩れ日のように内部に細い光が射し込んでいる。



 光が落ちているその間を、ヒラヒラと黒い絹の切れ端のようなものが飛んでいる。たぶん、それが精霊だろう。


 その精霊たちの中、一人の人物が横を向いて立っていた。


 背が高く細身の男性。

 民族衣裳のような布を巻いた服。

 黒く腰まで伸びる髪の毛。


 しかし一番目を引くのが、顔の上半分を覆う“狼の面”だ。



 …………あれ?


 つい最近、イリアはこの特徴が記された人物を、文章として覚えていた。

 それは、ルーシャが出した『クラスト』の町で起きた事件の報告書だ。


 そこに“狼の面”を着けた【精霊使い(シャーマン)】がいなかっただろうか?


 確か……名前は……


「…………“ルーイ”?」

「――――っ!?」


 思わず呟いたイリアと、名を呼ばれて振り返った“ルーイ”の視線がバチリと合った。





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