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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
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『祭事課』の司祭

お読みいただき、ありがとうございます。

今回から四章です。三章の延長の話と思ってもらえると分かりやすいかもしれません。

『トーラスト』は王都に次いで大きな都市である。


【聖リルダーナ王国】の首都、『聖王都リルディナ』を中心として、このトーラストの街は大陸のやや東に位置していた。


 街の周りは平地と森があり気候も悪くない地域。

 農業と畜産も行われてはいるが、この街の最大の特徴は教育と技術だ。


 さらに、トーラストは魔力が強く悪魔の影響を受けるこの国で、対抗できる大きな力を持つ【聖職者連盟】の支部を置いている。


 支部には『退治課』『祭事課』『研究課』の三つの課があり、この三課の中で『祭事課』はトーラストの街では大きな役目があった。


『祭事課』では通常の冠婚葬祭の他にも、役所や病院にも職員を置くほどであり、一番職員が多いのも『祭事課』である。


 仕事も個人ではなく十人ほどの『班』で動き、司祭の資格のある者が班長を務めて他の僧侶をまとめているのだ。



 しかし『退治課』や『研究課』と比べると、個人が目立つことというのはほとんどなく、事務的に業務を行っている者も多いという。




 …………………………

 ………………






 それは、ルーシャとリィケが『聖王都リルディナ』の【聖職者連盟】本部へ向けて汽車に乗った頃まで遡る。




【聖職者連盟】トーラスト支部。

『祭事課』事務室。


 始業時間をやや過ぎた頃。


「おはよー! いやぁ、疲れた疲れた~……」

「あ、おはようございます」


 赤銅色の髪の毛と瞳、右目に片眼鏡を掛けた神父が欠伸をしながら事務室へ入ってきた。それを柔和な笑みで迎える金髪にそばかすの神父。


 この二人は『祭事課』の司祭であるレバンとローディスだ。


 先ほど、長いクラストの出張から帰ったばかりのレバンは、仕事を早く終わらせようと自分の席で書類を揃えていたが、やはり疲れが溜まっているのか時々手が止まっている。



「大丈夫ですか、レバン。今朝帰ってきたのですよね? 寮にも戻って来ませんでしたし、てっきり今日はここへ寄らずお休みかと……」

「いや、昼までに報告書をあげて、午後からは休みをもらうよ。ふわぁ~……」


 午前中だけの勤務にするつもりのためか、彼は出勤の時の簡単なローブだけを羽織り、他の僧侶とあまり変わらない格好だ。


「ん……そういえばロディ、君のその服……葬儀の司祭服じゃないか? 今から?」


 レバンはローディスがいつもの班長の司祭が着ている緑色の司祭服ではなく、黒と灰色の喪服を身に付けていることに気付く。羽織っているマントは変わらないので、パッと見で分からなかったのだ。


「えぇ、いつも礼拝にいらしていた、エリーお婆さんがお亡くなりになりまして。()()、葬儀と告別式を終わらせて今から墓地へ埋葬に行くところです」

「昨日……?」


 ローディスの言葉にレバンは眉をひそめる。


「昨日は確か、君に頼んでたボクの仕事が入ってたよね?」

「え? あ、その……三班の仕事は私の四班だけでは多く、他の班にも分業してもらいまして……申し訳ありません……」


「いや、いいよ。問題なのはそこじゃなくて……」

「あ! すみません、もう行かないと。じゃあ、午後はゆっくり休んでくださいね!」


「………………うん」


 自分の班の僧侶たち数人と共に、ローディスは慌てて事務室を出ていった。


「……………………」


 トントン、トントン……


 レバンは書き上げた報告書を無言でまとめると、立ち上がって早足で事務室のとなりの会議室へ向かっていく。



「失礼します……」


「ん? あぁ、レバン神父、帰ってたんですか」

「普通、今日は休みじゃないのか?」

「まぁ、お帰りなさい」


 会議室には三人の司祭がいて、いずれも班長の制服を着ている。ここにいるのは一、二と五班の班長だ。


 他の班の班長たちはの年齢は、だいたい三十代前半から半ばの男性。三班のレバンと四班のローディスより、少し年上の者たちだった。


 レバンは会議室の端の席に固まって座っている三人へ向かって歩き、そのテーブルにバンッと両手を突いた。


「……どういう事でしょうか?」

「え?」


「ボクの仕事だった、昨日の結婚式。ボクはロディに……いや、四班のローディス神父にお願いしていたのですが……?」


 レバンが担当していた結婚式は、昨日の昼に行われる予定だった。葬式はいつも後から急に決まり、昨日の朝の時点では結婚式の方が先に仕事が始まる。


 つまり、結婚式の仕事が入っていたローディスが、わざわざそれをやめて葬式の方の仕事へ向かったのだ。


「昨日の結婚式をやったのは?」

「わ……私だが……」


 おずおずと手を上げたのは二班の班長だった。


「何で二班が? 何でローディス神父は、結婚式の仕事を止めたのですか?」

「あ……その……亡くなったお婆さんが生前、ローディス神父と親しかったらしくて……四班の方が良いかと……」


「……葬式はよほどのことがなければ、あちらで司祭の指名はできませんよね? つまり、手の空いている班が行くべきだったはずですが?」

「………あ、その、みんな忙しくて……」


「他の班は急な葬式もできないほど多忙なのに、時間が被る結婚式の仕事はできたんですねぇ」

「「「……………………」」」


 気まずそうに顔を背ける班長たちの様子に、レバンは事の真相を理解した。


 ()()……ロディに葬式の方を押し付けたのか。



 結婚式は『祭事課』の司祭たちにとって“花形”の仕事である。


 ほとんどの場合、多くの人々が幸せに沸き立ち、大きな失敗さえなければ、神父は準備していた祝福の言葉を述べて感謝された。事前に準備がされているのも、仕事としては余裕がある。


 それとは対照的に、急に入る葬式は最大限に遺族に気を配り、参列者へ贈る説教もその場で考えなくてはならない。それに加え、歩合でもらえる報酬が結婚式より少ないのも、葬式を内心ではやりたがらない原因だろう。



 レバンは通常業務の他に、よく結婚式の仕事をする。

 彼自身、愛想が良く人気があるために指名がくるのだ。そのために他人からは『祝福の三班』と言われたりもしている。


 逆にローディスには、突発的な葬儀の仕事が舞い込む。

 地味で落ち着いている彼がお年寄りから人気があるせいだ……と揶揄する者もいるが、単純に他の班が仕事を彼に回すせいでもある。


 お人好しで、妙に葬儀の仕事を上手くこなしてしまう。そのため、ローディスの班は『葬送の四班』と言われるまでになってしまった。



 レバンは大きくため息をつくと、三人の同僚に頭を下げる。


「……すみません、言い過ぎました。ちょっと疲れていたもので」


 周りのローディスの扱いに常に不満があるレバンだったが、本人が気にしていないことと、あまり司祭同士がぶつかるのも良くないと考えた。


「……三班の仕事、それぞれやっていただき、とても助かりました。でも、たまには四班にも結婚式の仕事もして欲しいと、ローディス神父にお願いしていたのです」


「あぁ、いや……こちらこそすまない」

「出張から戻ったばかりだし……気にしてないよ」

「そ……そうそう……」


「ありがとうございます。では、ボクは事務室での仕事に戻りますので……」


 再び頭を下げて、レバンは会議室を後にした。


 丁寧に言えば、三人が自分を責めないことは知っている。

 レバンはこの中では年下だが、司祭になり班長になったのは一番早い。

 さらに“ケッセル家の親類”ということが知られているので、レバンは少しだけその威光を意見する時に使わせてもらっていたのだ。


 ……こういうことも、ロディは不利なんだよね。


 ローディスは孤児院の出身である。さらに司祭になったのも遅く、班長になったのも今の同僚たちの中では最後である。仕事を押し付けられたり、取り換えられたりすることもしょっちゅうだ。


 努力家で遅くても確実に結果を出すのが、彼の良いところであり欠点でもあった。


「もう少し……本人にもう少しだけ『欲』が有れば、何とかなりそうなのに……」




 レバンは穏やかで無欲な親友を憂いながら、昼までの仕事の段取りを組んだ。






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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] 新章開始、ですね。 こういう、イジメとまではいかないものの、さり気なく嫌なことをお人よしや弱い立場の人に押し付けるとか、人間がある程度いると有りがちですね~。
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