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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第三章 五年前と二年前
81/135

必要だった時間と存在

お読みいただき、ありがとうございます。

この話で三章は終了です。

「その『レイシア』で私を斬りなさい」


 ラナロアの声は低く穏やかだったが、表情からその台詞が冗談ではないと解る。


「ラナ!! 何を言って……」

「黙っててください、サーヴェルト」


 またもサーヴェルトの言葉を遮り、ラナロアはさらにルーシャに言う。


「別に殺せ、と言っている訳ではありません。私だって死にたくないので。致命傷にならない程度にお願いします」


「…………な……何で……?」


 ルーシャにはラナロアの意図が解らない。


「私を刺してまで復讐をやり遂げたいと言うなら、私はもう止めたりしない……そういうことです。どうしますか?」

「………………」


「怒りませんよ? 傷だってそんなに深くないなら、少し休めば治りますから」

「………………」


「ルーシャ、忘れましたか。私も【悪魔】なんですよ」

「…………っ!?」


 ラナロアは悪魔と人間のクォーターだ。しかも悪魔の血の方が多い。今は金髪で人間にしか見えない姿をしているが、普段は肌の色も青白く、わし鼻でスキンヘッド、若干尖った耳の悪魔寄りの姿になっている。


 二つの姿は両方ラナロアであり、共通しているのは金色の瞳だ。しかし、この国では金色の瞳を持つのは、上級の悪魔か【魔王階級(サタンクラス)】だけである。



「ラナロア、冗談なら後悔するぞ? オレは何をしても……」


「かまわないと言っています。それとも止めますか?」


 まるで挑発のようにルーシャを煽っている。

 ルーシャは宝剣を構えた。本当に斬るといっても、大事にはならない場所を考える。


「はい、では遠慮なくどうぞ。あ、そうだ、ひとつだけ忠告しておきますが……」


「……何だ?」


「司祭の資格、無くなりますが本当にやりますか?」


「覚悟のうえだ……」


 それは聞かれるまでもなくあたり前の事だった。ラナロアが許可しても聖職者の行為ではない。



「仇が討てるなら、もうオレは神父じゃなくてもいい」


「そうですか。ではもう、死者に祈りを捧げることもありませんね?」


「え…………?」


「どの顔で墓参りに向かうつもりでしたか? あなたは『死者』よりも『悪魔』と関わる方を選びました。覚悟、できていたのでしょう?」


 別に司祭ではなくても墓参りはできるだろう。

 司祭ではなくても悪魔を倒すこともできるだろう。


「それとも、あなたは死者に祈ることを()()()いたのでしょうか?」

「っ…………!!」


 ルーシャの中で問題だったのは復讐に駆られて、死者を弔うことを忘れ、レイラたちへの想いを顧みなかったことだ。




 追わなくてはならないのは敵討ちの悪魔であり、それを見つけるために悪魔を殺していた。しかし、いつの間にか『人間に害のある悪魔の排除』『悪魔がいなくなれば人間は殺されない』と極論になり、『家族の敵討ち』よりも優先になってしまっていた。


 構えている宝剣の切先が震えていることに、本人ではなくサーヴェルトが気付いた。ルーシャの顔がみるみる青ざめていく。


 そこへラナロアが畳み掛けた。


「仕方ありません。動かない時のとまった『死者』よりも、次々に憎悪の対象を与えてくれる『悪魔』と関わった方がずっと楽ですから。怒りと憎しみは忘れたい寂しい気持ちを隠してくれますからねぇ」


「………………違……」


「いいのではないですか、忘れていても。聖職者でもなくなれば、誰にも(とが)められずに安心して悪魔を狩っていられます。他の()()()人間にも感謝されますよ。『悪魔を倒してくれてありがとう』って……」


「……やめ…………違う……」


 ラナロアは今までにないくらい、優しい笑顔でルーシャを見ている。ルーシャはその顔から目を放すことができず、宝剣を構えながら立ち尽くす。


「ルーシアルド・D・ケッセル。今のあなたはただの殺戮者です。私を殺さずに斬ることはできないでしょう」


「殺戮者……」


「レイラが見たら何と言うでしょうね?」


「………………」


 宝剣を構えていた手が下がった。

 ルーシャが膝を折り床に崩れると、握っていた宝剣は十字架に変わる。


 ラナロアが側にしゃがみ覗き込むと、ルーシャは呆然と前を見ていた。


「ルーシャ、大丈夫ですか?」

「オレは……レイラたちに何もできなかった……悪魔も探せない……祈ることも……」


 まるで、確認のようにルーシャが呟く。

 ラナロアは片手をルーシャの頭に置いて髪を撫でた。


「祈ることなら、まだできますよ」

「祈ったら……死んだって……」


 言い終わる前に、ルーシャはその場で意識を放棄してぐらりと倒れ込む。ラナロアは咄嗟にルーシャを抱き抱えた。


 無理をし続けた身体は、ルーシャの意志が折れたことで簡単に力を抜いたのだ。


「……祈れば、レイラたちが死んだことを認めなきゃいけませんから…………辛かったですね、ルーシャ」


 ラナロアは倒れたルーシャを支えながら、天を仰いで目を瞑った。





 ++++++++++

 ++++++++++




「……ルーシャはその後、ケッセル家でしばらく静養をしましたが、またフォースランの家に戻ると言い出しました。連盟を辞めたのはそれから直ぐです」


 なんとか司祭の資格は残したが、それはルーシャにとって最大の足枷となった。司祭でいる限り、勝手に悪魔を倒しには行けない。


 仇も討てず、自分から悪魔と接触する道も絶たれたのだ。



 そこまでで五年前の話が終わる。

 ライズは目の前のジュースのグラスを空にして息をつく。


 ラナロアは緊張が解けたライズににっこりと微笑む。


「ライズ、他に訊きたいことはありますか? この際です。私が教えられることなら、何でも構いませんよ」


「あの……では、ラナロア様。ルーシャには聞けなかったことですが……もう一つだけ聞いてもよろしいですか?」


「はい、何でしょう?」


「何で、ルーシャは家に戻ったのですか? フォースランの家は…………」


 ――――あの家は家族が殺された場所だ。


 ライズは気持ちの整理がついたから戻る。それでもまだ、何も思わないと言えば嘘になるだろう。


 しかし、五年前にルーシャが戻ったということは、まだ現場の記憶が生々しく残る頃。例えキレイに部屋を直されたとしても、そんな場所でなぜルーシャは暮らそうと思ったのか。


「それは、私も不思議でしたが…………たぶん、ルーシャはあの家を離れたら、レイラたちと()()()しまうと思ったのかもしれません」


 辛い場所。しかし奥の部屋を除けば、ルーシャにとっては幸せな記憶があちこちに、残り香のように留まっているのだ。


「ルーシャがフォースラン家を好んだのは、レイラだけでなくフォースラン夫妻と、結婚前から交流があったからでしょう」


「両親が?」


「ランディはルーシャの父親の『ルーベント』と、退治のパートナーでしたから」


「えっ?」


「ルーベントが新人の頃、少しの間ですがね。でも、そのこともあって、ランディはルーシャのことを連盟でよく気に掛けていましたよ」


 ライズにとって初耳だった。

 今まで、父親からルーシャとの交流はあまり聞かされてなかったからだ。もちろん、父親のパートナーの話も。


「サーヴェルトも、ルーシャがランディには気を許しているのを知っていましたので、レイラと結婚した後にフォースランの家に住むことを了承したのです。もちろん、サーヴェルトが現役の間だけですが」


「そうだったのですか……」


 ライズは改めて五年という時間の長さを思う。


 当時、やはり自分は子供だったのだ。

 ルーシャの事情も、姉や両親の行動もよく知らずに過ごしていたのだから。


 もしも、五年前に自分がトーラストを出ていかなかったら……と、その考えは無意味な事だと気付く。


 俺が王都に行ったこと。

 あいつがトーラストのあの家に残ったこと。


 そのどちらも必要なことだったのだろう。



「私は……俺は、あいつに全部押し付けて出ていきました。自分が出て行ったせいで、ルーシャを墓守りのようにしてしまったのではないかと……」


「ライズ、それは……」


「いえ、大丈夫です。今ならあいつが、それだけで過ごしていた訳じゃないと分かります。それに、リィケが側にいるのだから、五年前より頼りになると思っていますので……」


 ルーシャがトーラストに残ったから、自分はまたあの街に戻れる。

 自分が王都へ行ったから、今度は二人の助けになれる。



 ライズは立ち上がり、ラナロアへ一礼した。


「ラナロア様、貴重なお時間ありがとうございました」

「もう、良いのですか?」

「はい。どうせまだ丸一日は汽車に乗っていますし、トーラストへ戻るまでリィケも交えて、これからのことや色々な話をするつもりです」

「そうですか……それなら、今日はもうゆっくり休みなさい」

「はい、失礼します」



 ライズが挨拶をしながら個室から出ると、廊下にマーテルが立っていた。


 二人とも顔を見合わせると、お互いにひきつった笑みを浮かべる。


「…………まさか、あなたがこんなに早くトーラストへ戻るなんて思いませんでしたわ」

「何か、俺に不服でも?」

「えぇ、あなたがいると、気軽にぼっちゃまやリィケ様のお世話をしにいけませんので……」


 実はライズとマーテルは、神学校時代の同級生である。


「お前、伯爵家の召し使いだろう? そろそろ“ルーシャ離れ”した方がいいと思うぞ?」


「ルーシャぼっちゃまは、旦那さまの子供も同じです。それよりも、あなたも“義兄離れ”されたら良いのでは?」


「は? 世話と称したストーカー行為をする奴が何を言うのか…………」


「まぁ? ブラコンを拗らせている男よりはマシですわ」


「…………………………」

「…………………………」


 正直、反りは合わないようだ。





 マーテルを通りすぎ二両目へ戻ると、今度は廊下にリーヨォが立っていた。


「よぉ、ちゃんと話は聞いたか?」

「はい。でも……リーヨォさん、ルーシャと一緒にいたんじゃ……?」

「あぁ、いや……それが覗いてみたら、リィケにつられたのかルーシャも寝ててな。邪魔しちゃ悪ぃから、廊下でタバコ吸ってたんだ」


 客車の個室は禁煙なので、廊下の隅で吸っていたようだ。


「んじゃ、俺も戻るわ。おやすみ」

「あ、はい。おやすみなさい」


 戻ろうと背中を向けたリーヨォだが、すぐに振り向いてライズの方を見る。


「あ…………なぁ、ライズ」

「はい?」

「ルーシャもお前も、リィケがいて良かったな。じゃ」

「へ?」


 リーヨォが言った意味がよく解らない。

 ライズは首を傾げながら、そっと個室の扉を開けた。


「………………?」


 備え付けのソファーベッドで、ルーシャが倒れるように眠っていたのだが、先に眠っていたはずのリィケが起きている。


 なでなでなでなで…………


 そして、何故か眠っているルーシャの頭を撫でているのが見えた。


「リィケ……何を?」

「あ、ライズさん……」


 なでなでなでなで…………


 リィケに頭を撫でられているルーシャは、穏やかな表情でぐっすり眠っているように思えた。


「……お父さん、寝ているといつも苦しそうにしてるから」

「ルーシャが……?」

「クラストに行く時の汽車でも、うなされながら泣いてたんです……」


 リィケが見ている限り、ルーシャは毎晩のようにうなされていた。涙を流して眠っていたこともしょっちゅうだった。


「でも、いっしょに住んだ日に、寝てるお父さんを()()()()したら泣かなくなったの」


 その日から、リィケは夜中にルーシャのベッドに潜り込んでは、ルーシャがうなされなくなるまで撫でている。そして、そのまま一緒に寝ているという。


「……………………」


『お前、昨夜はだいぶうなされてたぞ?』


 ライズは本部の寮に入った時、同室の者たちにかなり心配された。きっと、自分も同じだったのだろうと思いを巡らせる。


 司教になった現在は個室が与えられ、他から心配されることはない。しかし……


 俺はちゃんと眠れていたのだろうか?

 まだ、うなされているのかもしれない。


「…………俺も頼もうかな」

「え?」

「あっ、いや、別に……なんでも……」


 思わずぼそりと、声が出ていたことにライズは慌てて否定しようとした。リィケが大きな緑色(ビリジャン)の瞳でじっと見つめてくる。


「ライズさん……夜、苦しいですか?」

「…………わからない」

「…………わかりました」


 戸惑うライズに、リィケは大きく頷く。


「ライズさんも、僕がなでなでします!」

「へ!? いや、俺はいいから!」


 しかしこの後、少しうとうとしたライズは、不本意ながらもリィケに頭を撫でられて深く眠り込んだ。


 …………俺、もうこの子に強く言えないかもしれない。


 ライズはふと、リィケの中に『絶対逆らえなかった姉』の姿が見えた気がする。


 汽車の外は星の光だけが見える漆黒の闇が広がっていた。






 …………………………

 ………………






 ――――この街の最後の鐘が鳴ってから、どのくらい経っただろうか?


 ガシャン……


 夜更け。

 街外れ廃屋に身を隠し、人通りがなくなるのを待っている。


 ――――山の中なら動けたが、この場所でこんな姿では人を呼ばれてしまう。


 ガシャン……


 ボロを纏った金属の人形は身を屈めた。


 ――――ここはあの廃墟の街に似ている?


 そう思った時、唯一彼と話した人間……いや『人間のような人形』の子供を思い出した。


 ――――『リィケ』と言ったか。確か……トーラストの退治員だと……【サウザンドセンス】だと言っていたな。


 トーラストといえば、彼の中ではある人物が浮かぶ。


 ――――兄上はお元気だろうか?


 人形はそっと窓から外を覗く。

 その時、廃屋の前の道を一人の少女が走ってきたので、慌てて身を屈めた。


「え~と、あとはイリアさんにエッグタルトの配達ね。きっと今日も徹夜なんだろうなぁ……」


『………………』


 少女は廃屋の人形に気付かずに通りすぎる。


 ――――ここが何処か、早く見極めないと……。


 焦りばかりが募っていった。







四章をお楽しみに。

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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[良い点] 三章完結、お疲れ様です。 過去を受け入れ、未来へ進むための章。 これで、四章から大きくお話が動きそうですね!
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