帰郷の汽車と五年前
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【聖職者連盟】本部。本部長執務室。
時刻は夕方になり、リーヨォとライズはトーラストへ向かう前にミルズナを訪ねた。
ミルズナは王女という立場上、平民として暮らすリーヨォの見送りができないため、これが王都での彼らとの別れとなる。
「……では、二人ともルーシアルドとリィケのこと、助けてあげてくださいね。サーヴェルトの容態も心配ですが、トーラストへ行かないことには分かりませんので……」
「おぅ、任せとけ」
「はい」
机の向かいに立つリーヨォとライズに、ミルズナは大きく頷いた。
リィケとは先ほど、挨拶だけは済ませましたが……急な別れは寂しいものですね……。
内心、ミルズナもトーラストへ……と考えたが、本部長が簡単にホイホイと支部へ赴くことはできない。その代わりに、ライズを予定よりも早くトーラストへ出向させることにした。
「あっ! そういえば……」
王子の装いから研究者の姿に戻ったリーヨォが、不意に声をあげる。
「もし俺たちがレイニールを見付けた時は、連絡を入れるわけだが……ライズを通してでいいんだな?」
「えぇ、そうですね。そうしていただけると……『通話石』では、話が洩れる恐れもありますので……」
「……俺としては『神の欠片』も心配だけどな」
「魔法よりは安心して良いかと思います。忘れないうちに、ライズには『命令』を出しておきましょう」
「はい。ミルズナ様」
ミルズナは立ち上がりライズの前に進む。それと同時に、ライズはミルズナに向かって膝をつき頭を下げる。
「私……王女の名の下に『命令』を下します。ライズ、あなたが私の下を離れて行動する間、“私はあなたの行動の制限をせず、あなたの判断を優先するもの”とします」
「はい」
「“私の代わりに、私の眼となり耳となりなさい”……いいですね?」
「はい」
「ただし……“私と我が主に逆らう者あれば、それを打ち倒すことを許可致します”………………以上です」
「はい」
コホン……と、ミルズナが咳払いをすると、ライズの両肩のユニコーンの紋章が淡く白い光を放つ。光はすぐに消え、ライズがゆっくりと立ち上がった。
「あとは…………ライズ。これは命令ではありませんが……きっとまた、私の側に戻ってきてくださいね」
「はい」
「そしてできれば、リィケを鍛えあげて本部の退治員として……いえ『上級護衛兵』の訓練生として連れてきていただけると嬉しいのですが……」
「それは了承致しかねます。あの子はケッセル家の子供ですし、ルーシャが手元から離さないと思いますので」
「やはり、今すぐにあの子に『上級護衛兵』の訓練をするのは厳しいですか」
「厳しいと思います」
二人を眺めていたリーヨォは、呆れたようにミルズナを見ている。ミルズナが心底残念そうにむくれていたからだ。
「おい、リィケまだ五歳だぞ。気が早いだろ?」
「早くはありません。今から期待をするくらい、良いではないですか……それに」
ミルズナはぷぅっと頬を膨らませてリーヨォを睨む。そして声を潜ませて言う。
「…………『千の心』の能力者ですよ? 他の貴族たちに狙われる前に、王家に引き込みたいと思うのは王女として当たり前です」
「まぁ……な。じゃあ、もしリィケの性別が『女の子』だったら、レイニールに嫁がせるってのはどうだ?」
「なるほど、それは良い案ですね……『男の子』の場合はレイニールの側に置くだけでも、他の王族への威嚇になりますから」
「よし、こうなったら、今からルーシャへの刷り込み…………いや、説得に入ろう」
「それは頼もしいです! 任せましたよ、リズ!」
リーヨォとミルズナがニヤリと仄暗く微笑みあう。
「……………………」
……この二人が本気出して権力を行使したら、ケッセル家くらいなら思い通りにできるんだろうな。
次期国王候補の王女と、現国王陛下の第一王子が手を組んでしまえば、この国では大抵のことはまかり通る。
ひそひそと密約を交わしている王族を前に、ライズはルーシャとリィケへの同情を禁じ得なかった。
………………………………
……………………
ボォォォ…………
真夜中の駅のホーム。
ここは王宮から直接伸びた通りに一番近く、一般の客が出入りを許されていない乗り場であった。
客車を三両ほど引いた汽車が、控えめの汽笛と速度で定位置まで進む。
本来ならすでに今日の発着は終わっている時間。
この汽車は王宮で使われている緊急のためのものであり、まさに今は“緊急事態”である。
――――“サーヴェルトが倒れた”
昼にその一報が入ってから、ルーシャたちは慌ててトーラストへ帰るための準備に追われた。
「男性の皆様は、客車の一両目と二両目をお使いください。三両目はそちらのメイドの女性と、こちらで用意した世話人の部屋になります」
「お世話になります……」
車掌が丁寧にお辞儀をし、車両の説明をする。
王女であるミルズナが手配した貸し切りの汽車。
ホームにはルーシャたち以外は、臨時に配属された駅の職員が居るのみ。見送りの人間はいない。
「……………………ぐぅ」
「リィケも完全にオチたか……」
「仕方ない。帰る用意も直前までバタバタしていたから、疲れたと思うし……」
よいしょ……と、ルーシャは待合室で完全に眠ってしまったリィケを抱える。
「本当ならもう少しリィケには、ミルズナ王女から色々学んでもらいたかったな。でも、リィケだけ王都に残す訳にもいかないし……」
「しょうがねぇだろ。まぁ、帰る前にミルズナと、ちょっとは話す時間はあったみてぇだけどな。何か別れ際に言われていたから、帰って落ち着いたら考えようぜ」
確かに話した時間は有ったが、ミルズナはリィケに何かを教えることはできなかった。不思議な本の解読もできてはいない。
『トーラストに戻ったら読んでくださいね』
しかし別れる少し前、リィケはミルズナから何か手紙のようなものを渡されていたようだ。帰ってからの『課題』だと、ミルズナからは聞いている。
「荷物、全て積み込み終わりました」
「個室の準備も整いましたわ」
車両の入り口から、ライズとマーテルが顔を出す。
「――――よし、今からだと着くのは……明後日の未明だな」
「丸一日と少しか……」
「焦っても仕方ありませんね……行きましょう」
他の駅に停まらない分、普通の便よりは早くはあるが、それでもトーラストへ一瞬で行けるわけではないのだ。
全員が乗り込み、それぞれの部屋へ入るとすぐに汽車は動き出した。
一両目にはラナロアとリーヨォ。
二両目にはルーシャ、リィケ、ライズ。
リィケを個室のベッドに寝せて、ルーシャとライズは休む前に少し話をすることにした。
決して眠るのに早い時間というわけではないが、帰るまでに慌ただしく動いていたため、少しだけ落ち着きたかったのだ。
「マーテルが使用人の客車なら、俺も一等客車じゃない方が……」
「いいから。王女が手配した通りなんだから、ライズはこっちに乗っておけ。しかし……お前の荷物もそんなに無いな?」
急にトーラスト支部への出向が決まったライズは、数日分の着替えと退治に必要な道具だけを持っている。
「すぐに必要な物だけで、他の荷物は同僚がまとめてトーラストへ送ってくれるって」
「そうか。でも、ありがとうな。急な事なのについてきてくれて……」
「別に構わない。ケッセル家のことでお前が手を離せなくなるかもしれないから、その間のリィケの世話が必要だろ? それに、俺は“教師役”としてリィケを鍛えろ……と、王女から命じられてきたんだから」
「…………へ? 教師……?」
首を横に振ったライズが、眉間にシワを寄せて大きくため息をついた。王都を発つ前にリーヨォとミルズナが、こそこと話していた光景を思い出す。
「王女、リィケを『上級護衛兵』に育てて、ゆくゆくは側近に……と狙っていらっしゃるからな……」
「うちの跡取り、勝手に狙わないでくれないか……」
ルーシャがじろりと睨む。
その表情に、これは『王家が嫁としても狙っている』ということは言わない方がいい……と、ライズは判断する。
「えっと……それよりも、サーヴェルト様の方が心配だ。あの方が倒れるなんて……正直、想像できなかったから」
「あぁ。何で倒れたかも、はっきり分かってないし……」
……じいさんが死ぬ……ってこと、今まで考えてこなかったな。
普段は殺しても死なないような祖父だ。しかし、老いというのは確実に誰にでも迫ってくる。
もしサーヴェルトに何かあれば、ルーシャはケッセル家に戻らなければならなくなる。例えルーシャが実家に帰るのを躊躇していたとしても。
「オレが家を継ぐの、じいさんは歓迎しないだろうな……」
「何で? サーヴェルト様の孫はルーシャ、お前だけだろ? 司祭の資格もあるし、“宝剣レイシア”を継いでるのに、不服はないんじゃないのか?」
ケッセル家では代々、直系の聖職に就く者が継いでいる。
厳格に決まっているわけではないが、当主になる者は『司祭以上の地位』と『宝剣レイシアを使役する』という条件が揃っていた。
特に【聖職者連盟】トーラスト支部の支部長も、ケッセル家の当主か当主に近い者が担うことが多いため、なおのこと司祭であるルーシャが一番推されることだろう。
「五年前、オレは司祭の資格を失くしそうになった」
サーヴェルトのことを考えると、いつも『五年前』が思い出される。
ケッセル家とサーヴェルト、そしてルーシャのこと。
まだ五年前のことを、ライズに全て話していない。
ライズは五年前に街を出ていった理由を話してくれた。だったら、オレの話もライズは聞く権利があるだろう……。
「俺が街を出た後……お前はどれだけの無茶をしたんだ?」
「……それは……お前には詳細を話せるけど……」
ルーシャがチラリと寝ているリィケの方を見る。
「こいつには簡単にしか話してない。ラナロアやリーヨォも、リィケには詳しくは話さないって……」
五年前の『あの話』はルーシャにとっての汚点だ。
ほんの少しの父親の威厳も失うくらいの。
「解った。リィケに俺から細かく話すことはしない。する権利はないからな……リィケが寝ている間に聞いても?」
「お前が望むなら。でも、オレは当時のことは上手く話せない。ラナロアなら……詳しく話してくれる」
「………ラナロア様が?」
「オレは、あいつとじいさんがいなかったら……たぶん、死んでた」
割りきれ。五年前はすでに過去だ。
街に帰ったら、それを振り返ることをする暇もないかもしれない。ルーシャは大きく息を吸う。
「オレは五年前……悪魔以上に酷くなるところを止めてもらったんだ」
自分が話せなくても“話”はしよう。
大事な人からは、もう逃げない。
どんな形でも、ルーシャは全てに向き合おうと決めていた。
次回、ルーシャの五年前の話。
過去話で三章の終了です。
 




