人と悪魔と
「山にいた魔操人形は、レイニール王子がわざわざ自分で造った……と?」
「たくさん造って遊んでいたんだろうよ? 悪魔を倒して人間としての理性を保ち、運が良ければいつか誰かに、気付いてもらえるかもしれないしな」
「……………………」
リーヨォの言葉に全員が沈黙する。
もぞもぞと仲間を造っていた泥人形の頭を、リーヨォが指で弾くと動きを止めてそのまま崩れ落ちた。それに呼応するように増えていた他の人形も動きを止めて倒れる。
ルーシャたちが戦った魔操人形も人造機兵も、レイニールが造りだした人工悪魔だ。
レイニールの命令で動き、彼が好きな時にその個体数を増減させることもできたという。
「こいつらは比較的簡単に造れるから、それをあいつは覚えていたみたいだな……ここだけの話、王家は『法術』よりも『魔術』に力の傾向が見られるんだ」
“王は王であり、聖職には就かない”
公では王家の能力のことは特に触れられてはいない。一般的には国王が【サウザンドセンス】だと知られているだけである。
「じゃあ、レイニール王子も魔術の才能が?」
兄であるリーヨォも法力よりも魔力の方が適性があり、魔術師の資格も持っているのだから、話の流れからそう思うのは当然だ。
「悔しいが、俺よりも才能あるな。しかも、あいつの母親のメリシア様は魔術師としての才能があった方だ。あ、これ……内緒な? 公式でも伏せてんだよ」
「あぁ、わかった……」
レイニールもその母親も『魔術』の才能を隠していたらしく、『魔術師』とは触れられてはいなかった。
「あと、確か山の悪魔には『子供を排除する』なんて命令も出されてたよな?」
「人造機兵が言ってたな……」
「それもレイニール自身の命令だな。もしリィケがいない、もしくはレイニールが居れば、お前たちは悪魔と鉢合わせても、襲われることはなかったはずだろう」
まさかレイニールも、あんな山に子供が来るとは思ってなかったようだ。
リーヨォが言うには、ルーシャたちは“子供を連れた仲間”と認識され、襲われたと推測できるという。
あの山にリィケが行かなければ、目的が定まらない悪魔たちはうろうろとするはずで、レイニールが居ればリィケへの攻撃を止めさせただろう。
つまり、あの山の悪魔たちはレイニールの“訓練人形”で、他に危害を加える予定はなかったという。
「…………本当に、子供の発想?」
「覚醒後の【サウザンドセンス】に大人も子供もありません。特にレイニールには、“子供”を当てはめてはいけないかもしれません」
まだ12才の子供で、頭も良く魔術も使える…………とんでもない【最強のサウザンドセンス】が“次期国王候補”か。
『寵姫』の息子であるため、本来なら国王候補に挙がることがない存在のはずだった。しかし、それを覆すほどの影響力を持つ存在になっていることに、ルーシャは軽く眩暈がする。
「しかしミルズナ様、レイニール王子は山では見付かりませんでした。そこからどこに行かれたのか……?」
「それが問題です。何故、今まで閉じ込められていたと思われる場所から出られたのか……」
「「「………………」」」
レイニールのいた山には、悪魔を閉じ込めるための結界があちらこちらに張ってあった。
現在、悪魔と同じ身体になっているであろう彼が、その結界を抜けて他へいくことは不可能なはずである。
「もしかしたら……リィケの神の欠片で、どこかに移動した可能性もあります。それがどこか分かれば良いのですが……」
こめかみを押さえて悩む様子のミルズナの隣で、リィケは眉間に深いシワを刻んでいた。
「移動…………僕のせいで……」
「いや、リィケは悪くねぇぞ。お前のおかげでレイニールが魂だけでも無事で、今まで何処にいて何をしてたか、ほとんど分かったんだからな」
「うん、僕……もっと頑張って捜す!」
「おぅ。ありがとな」
リィケの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でるリーヨォだが、その声が微かに震えていることに気付いたのはミルズナだけだった。
「リズ、ここで私たちで考えていても仕方ありません。別の見方から……ラグナロクにも助言をもらうのはいかがですか?」
「そうだな。今回だけ、ラナロアにも話に加わってもらうか。王家の問題には首を突っ込まない約束だけど、リィケが関わっちまったしな」
ラグナロク……というのは、ラナロアの本名である。
本来ならトーラストの街から離れない彼だが、リズウェルトとして帰郷するリーヨォの護衛でこっそりついて来たのだ。
「リーヨォはラナと一緒に来たんだね」
「あぁ、でもラナロアはあくまで『本部に久々に顔を出しに来た』って体で来てる。俺とは別件としてな」
ラナロアはリーヨォが王宮から出奔する際、王家内の揉め事や継承問題などに巻き込まないのを条件に、トーラストでの後見人として彼に居場所を提供したのだ。
「俺がラナロアに匿われているって知られれば、あいつを疎んでいる貴族が色々うるせぇんだよ。王族を手懐けて国を乗っ取る気か……って」
リーヨォの言葉にリィケは首を傾げる。
なぜ、ラナロアがリーヨォを助けると、国を乗っ取るという話になるのか?
「…………何で?」
「あいつは色々な制約付きで、トーラストの領主になっているからな」
「???」
やはり、リーヨォの言葉の意味はリィケには分からない。側にいるルーシャやライズは何の疑問もなく聞いているようなので、その理由を知っているのだろうとリィケは思う。
「ラグナロクには執務室で待機してもらっておりますので、リィケはライズと一緒に先に行っていてください。ライズ、お願いします」
「はい。リィケ、おいで」
「はーい」
退室するライズに、リィケは小走りで付いていった。
「じゃあオレも……」
「あ、ちょっと待ってください。ルーシアルド」
ルーシャは少しだけミルズナに引き止められたが、執務室はここから近いので離れても問題はない。
「リズとも話しまして……リィケのこともあります。今後あなたも負担が多くなると思いましたので、しばらくの間、ライズをトーラスト支部へ出向させようと考えてます」
「ライズをトーラストに?」
「ライズの了承は得ています。あなた方を『助ける』つもりで私が命じました。ライズのトーラスト行きを進めても構いませんね?」
「はい。ありがとうございます……」
オレがあいつに“助けてくれ”って言ったから……。
きっとライズから王女に申し出たのだろう。しかし他の退治員への配慮で、ルーシャたちを助けるのではなく、表向きは『人手不足の手伝い』としてただの退治員として向かわせるようだ。
「住むのはお前らと一緒でいいな?」
「あぁ、元々あの家はライズの実家だから」
おそらく、リィケもライズが来るなら喜ぶだろう。
帰ったら部屋をどうするかな。元のライズの子供部屋はリィケが使ってるし……。
「それと……ルーシアルド、リィケにはまだ『能力』のことは言っていませんね?」
「はい。まだ何も」
リィケの能力が【千の心】というものだということは誰も本人には伝えていない。
「確定ではないということもありますが、リィケの能力のことは私たち四人だけの秘密に。今後は私たちでこっそりと、成長促すつもりで見守りたいと思います」
「あの……ラナロアや支部長たちには……」
「内密に。リィケが気付くまで」
「ラナロアはリィケの親代わりでしたが……あいつにも?」
「……ラグナロクにも、です。彼の人格は確かだと思いますが……念のため。決して、彼がそうだという差別からではありません」
ミルズナが言葉を選んで発言しているのがルーシャに伝わる。
「リィケがラナロアに懐いているから、本当なら教えてもいいかと思ったんだがな……」
「……そう」
内心、ルーシャは少しだけホッとしてしまった。いつもリィケのことに関して、本当の父親のルーシャよりもラナロアの方が解っていたからだ。
――――これからは、ラナロアに頼らなくてもオレが親らしくする。トーラストに戻ったら、サーヴェルトのじいさんとも話さないといけないな。
ルーシャはあらゆる事に『覚悟』を持つことに決めた。
リィケたちから遅れること数分。
ルーシャたちも執務室の前の廊下へたどり着く。しかし――――
「……うわぁああっ!?」
廊下の向こう、悲鳴と共に部屋から小さな影が飛び出す。
「あら? どうしたのかしら?」
「…………リィケ?」
開かれた執務室の扉から思い切り離れるように、リィケが廊下の壁にへばり付いて固まっていた。
「……あ、うぁ……わ……」
「………………?」
リィケは壁を背に部屋の中を見ている。その顔はどう見ても『恐怖におののく表情』である。
「リィケ、どうした?」
「お……お父さぁんっ!!」
ガシィッ!! と、タックルのようにルーシャにしがみつくと、リィケは顔を埋めてガタガタと震え始めた。
「な、何があった? えっと……」
ルーシャが原因かと思われる部屋の中を見ると、驚いた様子で立ち尽くすライズと、ラナロアに付き従ってきたメイドのマーテルがいた。マーテルも困り果てた表情である。
そして、そのマーテルの近く、応接用のソファーには…………
「一体、何があったんだ? ラナロアもいるのに……」
「ち、違う!! ラナじゃないっ!!」
「なんだって?」
「いえ、そんなはずは…………」
ルーシャはもう一度、リーヨォ、ミルズナとともに部屋を覗く。
「ラナロア……だな?」
「ラナロアだよな」
「ラグナロクですわね……」
部屋にはラナロア以外に、ライズとマーテルがいるが、他に人の姿は見受けられない。
トーラストで生まれてから、当たり前のようにラナロアと接しているルーシャには、ソファーに座る人物が本物のラナロアだと判る。同じく、ライズもマーテルもトーラストの出身だ。
もちろん、ラナロアと親しいリーヨォにも、何度も会っているミルズナにもそれは同じである。
「……リィケ。お前、ラナロア好きだろ? どうしてそんなこと言うんだ?」
「違うよ!! あの人、ラナじゃないよ!!」
意地悪や冗談ではなく、リィケは涙目で真剣にルーシャに訴えている。
「困りましたね……私の姿を見るなり、悲鳴をあげて泣いてしまって…………」
ラナロアが苦笑しながら部屋から出てきた。
さらに強くしがみつくリィケの頭を撫でながら、ルーシャは首を傾げる。
「ほら、よく見てみろ。ラナロアだぞ?」
「……全然、違う……服も違うし…………」
上着やコート、ブーツにいたるまで、目の前に立つラナロアは全身『黒』である。
確かに、いつものラナロアの服の色は全身『白』で統一されているけど…………
「あっ!! そうか!!」
リーヨォが声をあげた。
「ははっ……そうか、そうだよな? リィケ、初めて見るもんな!! ぎゃはははっ!!」
「…………へ?」
何か気付いたリーヨォが、リィケとラナロアを交互に見て笑い転げた。
「お前、俺に言っただろ? 『ちゃんとした場所では正装している』って……これ、ラナロアの“正装した姿”なんだぞ」
「正装? でもっ……」
リィケはルーシャから離れずに『黒』ずくめのラナロアらしき人物を見上げる。
「だって、その人…………」
いつものラナロアは『白い服』であり、異様に『蒼白い肌』で、『スキンヘッド』に『大きな鷲鼻』が目立ち年齢は中年くらいに見えるが不詳である。
特徴的な丸いレンズの眼鏡を掛けているが『細目』で、瞳の色は分からない。
一方、みんなが“ラナロア”と呼ぶ人物は『黒い服』と『やや色白の肌』、腰まで長く伸びる『薄い金髪』と『高めの鼻』の整った顔つきの四十代半ばくらいの男性。
掛けている眼鏡は同じだが、その奥の瞳の色は――――
「……瞳が“金色”なんだよ!!」
この国で“金色の瞳”は【魔王】か『上級悪魔』である。
【魔王ベルフェゴール】と【魔王マルコシアス】は“金色の瞳”を持っていた。
「ラナは悪魔じゃ…………」
「悪魔……だな」
「悪魔だよな」
「悪魔ですわね」
「……………………へっ?」
あまりにもあっさりと言われ、リィケは目を丸くしてルーシャを見上げる。
「お父さん……ラナ、悪魔……って?」
「え~と……まさか、誰もリィケに言ってなかったのか?」
ルーシャが口の端をひきつらせながら周りを見回す。
「いやぁ、俺ら当たり前過ぎて教えてなかったんだよな!」
「ああ……私もあらためて、リィケに言うことはありませんでしたねぇ……」
ゲラゲラと笑うリーヨォだけでなく、ラナロアも何の悪気もなく呑気に呟いている。
「……リィケ、この人はラナロアだ。間違いなく」
「えっと……えっと……」
「ラナロアは国家公認の『上級悪魔』で、王都に来る時に『正装』になって人間の姿になるんだよ」
「………………………………………………………………………………」
この後、リィケが次の言葉を発するまで数分を要した。




