同情無用の捜索人
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“最強のサウザンドセンス”と呼ばれる王子。
母親のメリシアが『寵姫』であったため正式に王族とはみなされず、王子相応の扱いを受けずに、王宮の敷地の外れに建てられた屋敷で隔離されるように暮らしていた。
理解者はレイニールと異母兄弟であるリズウェルトと、その婚約者であるミルズナのみ。
他の王公貴族や使用人に冷遇され、多忙な国王陛下も彼らとは頻繁には会っていなかった。
クラストでリィケと会った少年『ロアン』が、彼の体を使っているのではないかと推測される。
また、偶然リィケが出会った“ボロをまとった金属の人形”に、レイニール本人の中身である“魂”が入っていたと考えられる。
さらにその中身のレイニールを捜しに入った山で『魔力栓』が発見され、そこで多くの魔操人形や人造機兵が見付かった。
しかも、彼はそこでその悪魔たちと戦っていたのではないかという痕跡もあった。
ルーシャとリィケは、レイニールに関して王子という地位に似合わない境遇に同情の念を抱いていた。
冷遇され
身内を殺され
身体を奪われ
人形に閉じ込められ
悪魔に囲まれて…………
いくら【サウザンドセンス】だといえど、子供がこんなことに巻き込まれることに納得がいかない。
だから、レイニールを発見した際には、彼を守り情を注ぐ対象であると認識していた。
しかし…………
【聖職者連盟】本部、研究課・会議室。
その部屋は会議室とは言っても、壁に並んだ本棚には隙間なく分厚い書籍が詰め込まれている。同列にある棚には“子供が見たら夜眠れなくなる”と表現できるような代物が、箱に入れられ置かれていた。
会議室というよりは資料室の扱いが相応しいだろう。
ルーシャとリィケが入室すると、そこにはミルズナの姿もあった。
挨拶もそこそこに、リーヨォがクリップで束ねた資料の山を端によけて、二人に座るように促す。
「つい今朝方、お前らが行った山にあった『魔力栓』の術式を作った奴と、それを設置した奴が判明した」
ルーシャたちが下山した後、ミルズナの部下数名が『魔力栓』や悪魔の残骸を調べてくれていたのだ。それをリーヨォが本部の部屋を借りて、夜通し調べあげていたという。
リーヨォは眉間に深いシワを刻んで、ギリギリまで吸ったタバコをグリグリと灰皿に押し付けている。
灰皿のタバコの山からは、明らかにイライラしているといった様子が見て取れた。
「あれは人工的に造ったものだと、お前も分かったよな?」
「あぁ。穴の周りに魔法陣を描いたような痕があった。それは分かっていたけど……制作者の特定なんてできるものなのか?」
「できる。この国は魔力が多い土地だから、魔法陣がとんでもなく下手くそじゃなければ魔術は成功する。魔法陣さえ現存していれば、その魔術の魔力パターンを辿って、術式の種類と描き方の癖なんかを調べあげ、制作者と魔術実行者を特定していくことが可能になる」
「「???」」
正直、ルーシャとリィケには魔術の話は理解不能である。
「…………まぁ、造り方とかの説明は要らないな。おい、連れてきてくれ!」
リーヨォが扉に向かって声を掛けると、すぐにライズが顔を覗かせて頷く。
「失礼します」
「し……失礼……しま、す……」
しばらくして、ライズに連れられてこられたのは、二十代始めくらいに見える小柄な女性。顔は不健康そうに頬がこけていて、目の下にクマも見える。いかにも『研究一筋です』と言っている風体だ。
「彼女は俺の後輩。数年前までトーラスト支部にいたが、現在は本部で悪魔研究をしている魔術師だ。えっと……本部に来て何年目だっけ?」
「よ、よ……四年目……です……あぅ……その……」
女性はおどおどと落ち着きなく、部屋にいる全員を見回す。特にライズが少しでも動くとビクリッと体が揺れる。
どうやら朝早くから自宅に王女付きの上級護衛兵が訪ねてきたことと、本部長まで待ち構えていたことで、すっかり怯えてしまったようだ。
「……心配しなくても良いですよ。ちょっとお話を聞きたいだけで、それが終われば特に何もありませんから」
「で、でも……私の術式が流出して、何か犯罪とかに…………」
「えぇ、似たようなものがあっただけで、あなたはたぶん無関係ですので。何も咎めたりするわけではなく、教えていただきたいだけです」
「そ、そうですか……」
ゆっくりと言葉を選んで話すミルズナに、魔術師の女性も落ち着きを取り戻していった。
「おい、ライズ。研究課は人見知りする奴が多いから、ルーシャの倍は気を遣えって言っただろ?」
「申し訳ありません。ルーシャを基準にされたので分かりませんでした」
「待て。何でオレを基準にした?」
こそこそと言い合っている男性陣を視界の隅に置き、ミルズナは魔術師に聞き出しを始める。
「過去に『人工の魔力栓』の研究をしていましたね? それはどういった目的で?」
「はい。魔力を主とする魔術師は、悪魔との戦闘においては弱点を突くというより、単純に魔力量の差で勝負が決まります。だから、その場でこっそり供給ができれば無限に魔力が使えると思いました。そもそも、この土地は魔力の流れが多く…………」
さっきとは打って変わって饒舌になった魔術師は、ミルズナに土地から使える魔力の可能性を熱心に話す。
「…………結果、もし近くに『魔力栓』を作ったとしても、人間よりも近くの悪魔が魔力を吸収、活性化してしまい、今後その欠点をいかに解消するかという問題が…………」
魔術師は終わりなくしゃべり続けていた。彼女のようなタイプは自分の趣味や趣向を話し始めると止まらない。
仕方なくリーヨォが咳払いをして話を遮り質問をする。
「ごほんっ! あー、愉しげなところ悪いが……『魔力栓』の術式や実験結果を、俺に説明してくれたのはいつ頃のことだったっけ?」
「え~と……私が本部に移動して一年が過ぎた頃ですから、三年前ですね」
「その頃に俺以外に術式を説明した人物がいるよな?」
「いいえ、連盟の他の人間に見せても笑われるだけで…………」
「……連盟以外に、だ。俺と一緒にいただろ?」
「それなら、お一人だけ……」
「一人……」
「よく、覚えてます……すごい美少年で可愛くて…………えっと、確か、名前は……」
何かを思い出したのか、魔術師はうっとりと頬を染めている。
「“レイニール”……だよな?」
「あ! そうですそうです! “レイニール”くんです! 魔術に興味があったみたいで、とても熱心に聞いてくれて……あぁ、あんな弟が欲しい…………」
「「「……………………!?」」」
リーヨォ以外が目を見開いて固まる。
「うん、わかった。お前、俺とレイニールの他には見せてないな?」
「は、はい。でも……私の術式…………レイニールくんと何か?」
「あ、いや、やっぱ勘違いだわ。似ていたけどお前のじゃない。術式も流出もしてないから安心しろ。呼んで悪かったな、もう仕事に戻っていいから」
「はぁ……そうですか。それなら良かったですけど……」
何となく納得できていない雰囲気ではあったが、魔術師は特に疑問を口にせずに持ち場に帰っていく。
リーヨォは魔術師が部屋から遠ざかっていくのを確認すると、イスにもたれて大きなため息を吐いた。
「――――と、いうことだ……」
「どういうこと……?」
「あの山で『魔力栓』を描いたのは…………レイニールだ。魔術師の術式を覚えて魔法陣を描いた」
「いや……でも、王子は子供じゃないか」
「あいつの記憶力をナメんな。九歳で魔術の術式くらいなら覚える頭はあったんだ」
当時、レイニールはリーヨォの研究に興味があり、親戚の子供と言って連盟の研究課に何度か来ていたという。
「まぁ……魔術そのものを使えるとは思わなかったが…………俺が独自に取っておいたあいつの魔力パターンが、山にあった魔法陣を作った魔力と一致した。パターンは一人一人違うものだから、九分九厘、レイニールで間違いない」
「うそだろ……」
ルーシャの動揺を見据えたリーヨォは、もう一度ため息を吐いてガシガシと頭をかきむしる。
「……二年前の事件のあと、レイニールはどういう訳か、あの山に“人形の姿”で結界に囲まれて閉じ込められた。普通なら、そこで野垂れ死にか、完全に悪魔になって自我を失うか……」
しかし、彼は生き延びた。その方法とは。
「ちょっと複雑な話になるが…………」
今のレイニールはリィケと同じ『生ける傀儡』である。魂が収められた本体の“核”は、魔力の循環で起動している。
「リィケはその“核”を特殊な魔法金属で包み、さらに聖力を上に被せているんだ。そうすることで、魔力を放出で消費せずに済むし、悪魔避けの結界の中でも活動できる。むしろ、そうしないと悪魔同様、消滅の危機になるからな」
「え~と……つまり?」
何となくリィケの身体の構造は理解できてきたが、次々とリーヨォの口から出る説明に考えが追い付かない。
この場でリーヨォと話のできるミルズナが、三人に苦笑いしながら続きを言う。
「つまり……今のレイニールは、しっかり保護されているリィケと違い、常に魔力が減っていくだけの状態になっています。動き続けるには魔力の補充が必要になる……ということですね。リズ?」
「正解だ、ミルズナ。レイニールは自分の身体の維持には魔力が必要だと解っていた。あいつは俺の研究も知っていたからな……だから『魔力栓』を作った」
そして、いつでも必要な魔力を供給していた。
「そして更にだな……」
「っ!? まだあるのか!?」
「ある。ただ魔力を四六時中使い続けていると、今度は人間としての理性を失っていくわけだ」
「……? 僕、大丈夫だよ?」
リィケは『生ける傀儡』だが、悪魔にも同名の種類がいる。
「うん、リィケが大丈夫なのは死霊じゃなかったことと、周りの人間との関わり……つまり精神力の問題だ。死霊はその精神力が無いから、すぐに悪魔側に引っ張られる。でも、生き霊だって弱れば悪魔になるだろ?」
悪魔に身体を乗っ取られる生者もいるのだ。逆から言うと、心を強く持ち続ければ悪魔になることはない。
「山の中で独り『魔力栓』の魔力に引っ張られない精神力でいる……と? それを二年も…………不可能だろ?」
「だから言っている。“最強のクソガキ”だって。あいつの神の欠片は【感情の檻】だ。他人の心だけじゃなく、自分の精神のコントロールもできるはずだ」
【感情の檻】
仮の感情を植え付ける能力。相手または自分の感情を操ることで、精神の状態も変えることが可能。
「ついでに駄目押しでこれもできる。これ、何だと思う?」
机の上に小さな人形が置かれた。
それは泥団子を幾つかくっ付けて簡単な人の形をしている。
リーヨォはその泥人形の横に、皿に盛った土を置いた。
「俺は一応『人形使い』だから、魔力操作だけなら自信がある。例えばこいつに魔力を流し“仲間を造れ”と命令すると……」
ちょん……と、指先で触られた人形は、ゆっくりと動きだす。モソモソと皿の中の土を捏ねて何かを作り始めた。
「結論から言うと、この泥人形は同じ泥人形を作り続ける。今の命令を繰り返すと、あっという間に『人形の軍隊』が出来上がりだ。命令を下せば、精神統一と暇潰しにはうってつけだな……」
「……まさか、山にいた魔操人形たちは…………」
山の悪魔たちは倒されていた形跡が。
モソモソと泥人形が動く。
そして、それはいつの間にか四体まで増えている。
「自分で悪魔を造って……戦っていた……?」
その可能性はあまりにも“普通の子供”や、“孤高の王子”などの言葉とは結び付けてはいけないものであった。




