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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第三章 五年前と二年前
74/135

最強の子供と神の魂を持つ子供

 ――――――二年前。


【聖職者連盟】本部長、執務室。


「……まだ、犯人につながるものは見付かりませんか?」


 大きな机の正面。神学校を卒業し、前本部長からの引き継ぎを終えたばかりのミルズナは、自分よりも年上の連盟配属の兵士に『ある事件』の調査報告をさせていた。



「王女、こちらも調査しております。しかし、現地を仕切る調査員からは“王女はこの事件のことはお忘れになられますよう”にと……」


 兵士の言葉にミルズナは眉間にシワをよせた。


「あなたまで『王女』と呼ぶのはやめていただけますか? 私は『本部長』です。忘れろ……と? 私は第一発見者ですよ。()()()()をまともに見た人間ですよ!?」


 ダンッ!


 ミルズナは立ち上がり、執務室の机に強く平手を打つ。


 最近使い始めたこの机は想像以上に硬く、ヒリヒリと痛む手のひらに彼女は軽く悲鳴をあげそうになった。

 しかし、そんな彼女の内心を知らぬ兵士は、その少女らしからぬ圧に顔をひきつらせる。


 ……これが王宮側の親切心なら質が悪いですね。


 悲惨な事件のためか、それとも『レイニール王子』関係のためか、王宮側は年若い王女がこの『事件』に深く関わることに難色を示していた。



「も、申し訳ございません……()()()


「いえ……こちらも感情的になってしまいました。ごめんなさい。――――とにかく、これは【聖職者連盟】本部長の命令だけではありません。王家……ひいては国の問題でもあります」


「しかし、本当にこれ以上は何も。私たちも本部長に『調査団』を拝命され、全力で事件に向き合ったと思っております」


 深々と頭を下げる兵士に、ミルズナは顔を曇らせて椅子に座り直した。


「では、もう一度……犠牲者の数と、現場の状況をまとめた資料を読み上げていただけますか」


「…………はい」



 ――――『報告書』。


 王宮敷地内の『寵姫メリシア様の住居』にて事件、又は事故が発生。


 犠牲者は、主である『メリシア妃』及びその子息『レイニール様』、屋敷の使用人十五名。

 計十七名が“死亡”又は“不明”である。


 発見者は『ミルズナ王女』、兵士の『ライズ・フォースラン』



「………………」


 ミルズナの脳裏に『あの屋敷』での光景が過る。


 広い応接間は余すことなく血が飛び散り、カーテン、壁紙、絨毯はズタズタにされていた。


 応接間だけではない。他には、台所、使用人の休憩所、馬舎、中庭…………屋敷のあちこちで、その惨劇は行われたようだ。


 そして、各所の床に転がっていたのは『人間』だったものであった。


「……う……」


 さすがのミルズナも、鮮明に蘇る映像や匂いに軽い目眩と、吐き気が込み上げてくる。


「本部長、続きを……読み上げても?」

「こほん……ええ、お願いします」


 何とか押し寄せる不快を飲み込み、ミルズナは顔で冷静さを保つ。兵士は少し顔をしかめたが、息を吸い込んだあと言葉を続ける。



「『メリシア妃』を含む十六名は“死亡”。遺体の損傷が激しく()()()()()()()()()からの推測ということです……」


「……レイニール王子に関しては?」


「『レイニール様』は『不明』とのことですが、現場から血痕の付いた衣服の一部が発見されています。おそらく、王宮では“死亡”と見なすかと思われます」


「まだ……分からないでしょうに…………」


「しかし、もしも犯人が『悪魔』の場合……その、申し上げにくいのですが…………」


 ――――レイニールの存命は絶望的。


 これが普通の見方である。


「もし、存命の場合でもレイニール様が()()()でいられるかは分からない……と」


「そう……でしょうね」


 ミルズナと兵士は落胆する。どうやって彼を捜せばいいのか、皆目見当がつかなかったからだ。その時、


 ――――コンコンコン。


 部屋の堅い扉がノックされる。


「『退治課』退治員、ライズ・フォースランです。入室、よろしいでしょうか?」


「どうぞ、入りなさい」

「失礼致します」


 扉が開かれ、本部の僧侶の制服を着たライズが入ってきた。


「ライズ、体調はいかがですか?」

「問題ありません。ご心配おかけ致しました」

「そう。無理はしないでね」

「はい」


 そういえば、ライズが本部に来た経緯は…………


 ミルズナは婚約者のリズウェルトに『ちょっと訳ありの新人が行くから、本部で会ったら様子を見ていて欲しい』と言われていたのだ。


 確か、この人も家族を悪魔に殺されていましたね。


「ライズ、どうしました」

「ミルズナ様、ひとつ……お知らせしておきたいことがあります……」

「何でしょうか?」


 あの屋敷で、ライズが真っ青な顔をしていたのを思い出した。おそらく、ミルズナが予想していることを彼は言うのだろう。


 ミルズナは兵士を部屋から退出させ、ライズと二人きりで向き合う。


「話を。真面目なあなたのこと、無理をしてまでここに()()()()()()()を報告にきたと思っています」


「……私の、家族が亡くなった事件についてです」


「どうぞ……あなたの話せる範囲で教えてください」


 奇しくも、ライズは『よく似た二つの事件』の関係者となったのだ。






 …………………………

 ………………






 現在。


千の心(サウザンド)……」

「神の魂の力……って……」


 ミルズナが言ったものが何か、ルーシャとライズは一瞬計りかねた。


「そのままの意味です。リィケは使おうと思えば“全ての神の欠片の能力”を使える業を持っているのです。だって『神の魂』そのものを持っているのですから……」


 ミルズナが大きく息をつく。その顔にはうっすら汗まで滲ませているのだから、説明する方も相当、気を遣ったのだろう。


「……ルーシアルド」

「はい」


「もしも……悪魔が、いえ【魔王】たちがリィケの能力の存在を知って向かって来ているのなら……時が経てば経つほど、状況は過酷なものになるはずです。あの子は【神】にも【魔王】にもなります……この意味がわかりますか?」


「…………それは」


 ルーシャは言葉の意味を理解しているつもりだった。しかし、具体的にそれが何を指しているのか、その結果何が起こるのかまったく解らない。


「リィケはこれから、退治員としてもっと表に出ていきます。既に【魔王】に認知されているなら、悪魔たちの間でもリィケの存在は噂されていることでしょう」


「これからも狙われる?」


()()()狙われます。それこそ、悪魔の低級上級【魔王】問わず……そして、悪魔信者などの人間にも……です。リィケを手に入れた者が【神】や【魔王】の力を使えるのですから」


「な…………」


 世の中には悪魔の側に付き、人間を破滅させようとする人間がいる。

 そういう輩は『狂信者』といい、信仰する【魔王】が望めばどんなこともするものだ。


 それこそ、普通の善良な人間に紛れて、リィケを連れていこうとするかもしれない。



「特に気をつけなければならないことは、『大事な人を盾に取られること』、『洗脳や心理操作の術に掛かること』……この二つでしょうか」


「確かに……子供のリィケは簡単に悪魔に操られるだろうな。それか、お前や周りの人間を『盾』にして、言うことを聞かせようとするのも危ない……」


「あの…………それって……」

「ライズ、どうした?」


 ミルズナとリーヨォがそこまで言った時、ライズの顔色が変わった。()()()()を思い出したようだ。


「レイニール王子の『神の欠片』は…………」


「えぇ……【感情の檻(エモーション)】です。感情を操り、人心を掌握することもできます……」


「人心掌握……」


「この屋敷で起きた『二年前の事件』は、ライズとルーシアルドの家族を巻き込んだ『五年前の事件』と似ているといいましたね?」


「まさか、犯人は同じで……リィケに言うことを聞かせるために、レイニール王子を拐った……?」


「可能性はあるかと……」


「リィケが【千の心(サウザンド)】の能力者だと気付いた者が、レイニールを拐って【感情の檻(エモーション)】をリィケに使わせようとしている……か。俺から言わせりゃ、レイニールこそ言うことなんて聞かねぇぞ?」


 リーヨォが灰皿を片手に、吸っていたタバコを消しながら階段を下りてくる。


「レイニールを利用しようとするよりも、リィケを拐ってきて騙すなり脅すなりした方が早い。ハッキリ言って、レイニールは悪魔でも手に負えない()()()()()()()だからな」


「リズ……あなた、実の弟にそんな言い方…………でも、確かに言うことは聞きそうにありませんね……」


 ミルズナもリーヨォの言葉は否定できないようだ。


「レイニール王子って、どんな子なんだよ……」


 ルーシャは横にいるライズに視線を移すと、ライズの方もルーシャを見ながら気まずそうな表情をしている。


「前にも少し言ったが……『大人が太刀打ちできないほど、聡明で賢く、抜かりのない人物』だ。良く言えば…………」

「良く言えば、か……」


 付け足された言葉に真実が見える。悪く言えば『クソガキ』で相違ないのだろう。



 そうこう話しているうちに、時間はかなり経っていたようだ。


「……今日はこれで終わりにして、一度帰ろうと思います。ライズ、通話石で迎えを呼んでください」

「はい」


 ミルズナが小さなランプに火を灯しながら、ライズに携帯用の通話石を手渡した。ライズはそれを持って庭先へ出る。


 気付けば外の空は、オレンジから藍色のグラデーションを作り出していた。外が明るさを失えば、ひと気のない屋敷はすぐに暗くなっていく。


「……リィケも起きないんじゃ、今日はダメか」


 ルーシャが寝ているリィケの側に座ってため息をついた。


「いや……レイニール捜しは一旦中止だ。リィケをこれ以上、表に連れ回すのは良くない……」


「でも、リーヨォ……それは……」


「ルーシャ、とりあえずお前はリィケのことだけ考えてやれ。レイニールのことは……その次でいい。本来なら、俺たちで何とかしなきゃならなかったんだから……」


 リィケのことが判った今、ルーシャたちはリィケを護ることに重点を置いた方がいいとリーヨォは判断する。


「それは……リィケのことを考えればそうだが。でも、リィケはレイニール王子を捜したいと思うぞ。オレだって、捜索は続けたいし……」


「犯人が同じ可能性があるもんな……やっぱり、レイニールのことは捜したいか……」


「いや……そうじゃなくて……」


 確かに、事件が類似していることから犯人が同じだと思った。

 しかし、それ以上にルーシャは、レイニールのことをどうにか見付けてやりたいと考えるようになっていた。


 これまで聞いた彼が置かれた環境は、王子という立場からかけ離れた厳しいものだったからだ。


 リィケはレイニール王子と同じでも、まだ人に恵まれていたと思う……このまま、誰にも見付けられないなんて……


「リーヨォや王女だって、リィケのことを助けてくれただろ。レイニール王子はまだ子供だし、その子供がどこかで困っているのなら、今度はオレが助けてやりたい」


 ルーシャは思ったことを口にしたのだが、目の前のリーヨォは驚いたような顔でじっと見詰めてくる。


「ルーシャ……お前、変わったなぁ。以前なら、子供だけじゃなく、他人に自分から関わるのが苦手だったのに」

「そうか? あんまり考えたことはないけど……」

「いや、良い意味で聖職者らしくなった」

「何だよ、それ……」


 お互いに苦笑する。

 リィケが起きたら、レイニールの捜索をもう一度考えようということになった。



 陽はすっかり落ちて、ミルズナが灯したランプだけが頼りの中、迎えに来た馬車が屋敷の前に停まった。


「帰りましょう。今日は色々とありましたし……」


 それぞれ来た時の馬車に乗り込み、一先ず連盟の宿へ戻ることになった。


 ルーシャが馬車に乗り込む時、抱えられたリィケがパチリと目を開けた。


「…………あれ?」

「あ、今起きたか……」

「えっと……お父さん?」

「何だ?」

「レイニールは?」


 おろおろとした顔がルーシャを見上げた。ルーシャは首を横に振り、見付からなかったことを伝える。


 リィケは一瞬だけ泣きそうになったが、ぶんぶんと頭を振ると自分でペチペチと両手で頬を叩いた。


「僕、絶対にレイニールを捜すから」

「そうか……」

「見付けたら友達になってくれるかな?」



 どうやら、レイニールの捜索は有無を言わさず再開されるようだ。にっこりと笑うリィケに、ルーシャとリーヨォはただ黙って頷いた。





 ――――次の日。


 連盟の執務室へ向かうルーシャとリィケの背後から、リーヨォが猛スピードで迫ってくる。


 それも物凄く悔しそうな顔で。


「だぁあああっ!! あいつ、やっぱり『クソガキ』だったぁ!!」


「えっ!? 何!?」

「何があった!?」


 やはり、レイニールは悪魔でも手に負えない。


 ルーシャたちがそう実感するのは間もなくであった。




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