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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第三章 五年前と二年前
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【創世神】と神の欠片

「ふわぁああ~……むにゃ……ねむ……」

「リィケ、眠いのですか?」

「ん? おかしいな……エネルギー切れが早い……?」


 眠そうなリィケはミルズナに寄りかかり、静かに頭を撫でられるがまま睡魔と戦っている。

 そんなリィケの様子に、リーヨォが懐中時計を手に首を傾げた。



 無人の屋敷の廊下で、消えたルーシャとライズを待つ三人。ルーシャが消えてからもう少しで一時間が経とうとしていた。


「だ、ダメ……お父さんを……待ってな……い、と………………ぐぅ~…………」


 リィケがあくびをしてから数分で、睡魔との決着がついた。リィケの完敗である。


「……ぐぅ……すぅ……」


「寝ちゃいましたね……?」

「まだ夕方前だぞ……早すぎるな」


 リーヨォはガリガリと手帳に何かを書き始めた。


「もしかして、ルーシアルドとライズを『裏の世界』へ送ったことでエネルギー消費が激しいのでは?」


「その可能性はあるな。もし二人がいるのが『裏の世界』だとすると……送ったことにエネルギーを使ったのか、または存在を()()ということにエネルギーを使っているのかで、リィケが眠った後の現象の発生が違ってくるな」


「なるほど。では、後者の場合は二人の帰還はそろそろだと?」

「そうだ。もし二人がすぐに戻ってこない場合は前者だ。リィケのエネルギーが回復するまで待たないといけなくなるな」


「んー……それではすぐに調べるのは無理ですねぇ。ここは二人に早く帰還していただくのを祈るしか……」


 根っからの研究者気質の二人は仮説を真剣に話し合う。


 その時、開けっ放しの扉の向こう、部屋の中央が白い光を発する。光は一瞬で消え、あとには二つの人影が現れた。


「「――――あっ!!」」


「ここ……? リィケと……リーヨォ……」

「ミルズナさま……!」


 ふらふらと部屋から出てきたルーシャとライズは、安堵からか同時に大きなため息をついた。






「えっ!? オレたちがいなくなってから、一時間くらいしか経ってないのか!?」


 リーヨォにこれまでの経緯を示したメモと、彼の時計を見せられてルーシャは驚く。


「いや……オレたち、廃墟のトーラストを回って……けっこう歩いたから、もっと時間は経ってると思ったけど……」


「俺とルーシャでほぼ半分以上は街を見てきました。連盟の建物内とケッセルの屋敷も見ましたから、三時間くらい経っています。ルーシャ、懐中時計持ってなかったか?」

「あぁ、えっと……」


「…………あら?」


 ライズがルーシャの顔を見て話をしていることに気付いて、ミルズナは思わず口の端を上げた。



「…………時計が、ずれてる」

「約二時間ほど進んでいるな……?」


「どうやら、時間の経過が『裏の世界』と現実で差があるようですね……」


「あ、そうだ。オレ、あっちで変な奴に会ったんだ」

「え? 人がいたのですか!?」

「いや……『人』かな? とにかく……あっちのことを話すと長くなります」


 ルーシャたちはエントランスホール付近へ移動して、階段にそれぞれ腰掛けて休憩がてら報告をする。リィケは近くに有った長椅子に寝かせた。




 ざっと話を終えて、みんなでそれを考え始める。


「『創造者』……ですか? 『創造()』ではなく?」

「人間……少なくとも、現実の世界を解っている人物じゃないかと……」


「ルーシャ、そいつ、はっきり性別が判るようだったか?」


 リーヨォが階段の上、吹き抜けになっている二階の手すりに寄り掛かって話し掛けてきた。

 タバコを吸うなら上に行け……と、ミルズナに言われたためである。


「あぁ、たぶん……男。顔は完全に隠れていたけど、オレと目線や背丈がほとんど同じで、声も低かったから……中性的って感じじゃなかった」


「『創造主』じゃなくて男……じゃあ、間違いなく人間の【サウザンドセンス】だ。この国の“神様”や“精霊”には性別は無いからな」


 この国で『創造主』と言ってしまうと、世界を作った【千の心を持つ創世神】という意味になる。



『千の心を持つ神は999個で命と世界を作った』


 聖書の最初にはこう記されていた。


「神学でいうところの“全であり一の存在”……老若男女、森羅万象……それでいて、唯一無二の絶対神……だよな。俺はあんまり神学、好きじゃねぇけど……」


 リーヨォは火の点いたタバコを口に咥えたまま会話をし、両手はずっと手帳とペンを放さずに動かしている。


「この国はよく他の国の方から『一神教なのか多神教なのか分からない』と、言われてしまいますね。魔法の概念も違いますし……さらに、神の欠片の話をすると怪訝な顔をされます」


 宗教の思想の違いなどが争いを生む。

 しかし、それは国同士だけの話ではなく、国の内部でも十分あり得る事だとミルズナはため息をついた。



「……今はとにかく、さっきのことの『まとめ』をした方がいい。もし、リィケが起きてやる気があるなら、もう一度『本来の目的』を果たしてもらえるかもしれねぇし」


 この屋敷に来た目的は『レイニールを捜す』ことである。

 それには『過去の原因を探す』か『現在の居場所を捜す』の二つの意味があった。


「優先するのは『現在の居場所を捜す』ことですね。もし、本当にリィケが『渡り人(ウォーカー)』の能力があるのならば、寝ている間に確認もしくは、起きている時に視てもらう方法があります」


 ルーシャがハイと手を上げる。


「そもそも『渡り人(ウォーカー)』という能力はどんなものなのですか?」


 ルーシャの質問に、ミルズナは持ってきていた分厚い本の一冊を開きパラパラと探す。


「えぇと……記録にあるものですと…………あ、これですね」



渡り人(ウォーカー)

 場所や空間または時間など、実体もしくは零体として渡り歩く能力。閉ざされた場所や遠く離れた場所へ行くこともあるが、他人の過去や夢の中を見ることもある。



「……つまり、どこにでも()()()()()()()能力です。移動魔法のより強力なものだと理解してください。それと併せて、精神に介入する呪術的な能力と言ってもいいかもしれません」


「そ、そんなことができるのか……リィケは……」


 ルーシャには説明された能力の大きさと、すやすやと長椅子で眠っている無邪気な顔があまりにも駆け離れて見えた。


「おぉ、スッゲ。リィケに頼んでその能力を借りたら…………と、これは悪い大人の考えだな……」


「リズ、いけませんよ。リィケが悪い大人に利用されないように、周りの大人が守らなければなりません。しかし何と言いましょうか……その……私、気付いてしまいまして……」


 急にミルズナが何かを言い澱む。

 困ったような迷っているような、何とも歯切れの悪い雰囲気が見て取れたのだ。


「ミルズナ様?」

「……あ……その、ルーシアルド?」

「はい」

「リィケが初めて神の欠片を使ったのは、あなたが復帰する前でしたよね?」

「はい。街道に【魔王】が出た時です。オレは直接見てはいませんが」


 初めてリィケが【サウザンドセンス】として力を使ったのは、街道で【魔王ベルフェゴール】に捕まった時。

 廃墟であった宿場町に逃げ込み、そこの教会で起こったことを視たのが最初である。


「次がクラストの町、ロアンという子と一緒にいた時ですね。その子は『忘却の庭(ディメンション)』と『魂の宿り身(ミストルティン)』……それと『感情の檻(エモーション)』を使いました」


 そのロアンは【魔王マルコシアス】と一緒にいた【サウザンドセンス】だ。


「私はこの時はリィケの神の欠片は『忘却の庭(ディメンション)』だと、疑わなかったのですが……」


 王都へ来て、今度は人形の姿のレイニールに会ったり、過去の場面に飛んだりと、能力にバラつきが見えた。



「今の話を聞いて、あちこちに飛んでしまう能力……『渡り人(ウォーカー)』ならばあり得るかと、納得しようと思いました……しかしリィケは……やはり、違うと確信しました」


「違う?」


「リィケは能力について、いつも“使った時はよく憶えていない”と言いますね」


「えぇ。ほとんど憶えてないと言います」


「覚醒した【サウザンドセンス】にそんなことはあり得ません」


「え……?」




 ミルズナが自らの神の欠片に目覚めたのは七才の頃。


絶対なる聖域(セラフィックベール)』はミルズナがうっかり自宅の階段から転げ落ちそうになった時に、初めて無意識で発動させた能力であった。


「私はその時、自分が【サウザンドセンス】であるという自覚こそありませんでしたが、自分が使った力がどういったものか、どうすれば使えるかを自然と理解しました」


 そして、それを何度も発現させることにより、戦闘などでも効果を発揮できるようにまで練り上げていった。


「他でも調査したほとんどの場合、二度目の発現以降は自らの意思で使えるのです。しかし、リィケの場合は毎回、無意識に近い形で現れている。一向に『使い慣れる』ということがない」


「使い慣れない……?」

「そうですね……きちんと話しますと……」


 ミルズナは椅子から立ち上がり、そこへ持ってきた本を重ねる。先ほど開いていたものもそこへ積まれた。


「これは本部の【サウザンドセンス】を研究している者たちが、永い年月を掛けて調べあげた『神の欠片の記録』になります」


 能力の数は大小合わせて数百に及ぶ。


 確認されている力、未確認の力、伝説などに記され魔法とは違うと思われた力……『神の欠片』と思われる能力は整頓し全て記録してきたという。


「何百という能力……これは“千の心を持つ神が、千番目の心を砕いて作った欠片”と、創世の神話には記されています」



 聖書の創世記にある。


『生物には必ずひとつの魂があり

 魂には必ずひとつの心がある


 千の心を持つ神様は

 そのうちの999個で 世界を創った


 そして最後のひとつを

 小さな欠片にして

 世界中の命の側に分け与えた


 神の魂の欠片を持つ者はそれを掲げる


 ある者は全ての邪を祓い

 ある者は全てを見通し

 ある者は全てを癒す』



「……神の魂の欠片、それが『神の欠片』……それを持つ者を【サウザンドセンス】といいます」


「はい……それは幼少教育の普学でも習います」


 国教の【創世神信仰】の始めの文である。

 この国に生まれ育った者には馴染みのある話だ。聖職者にならなくても、町や国の行事はこの教えに沿っているので習わしとして根付いている。




「リィケの場合は自分の『神の欠片』ではなく、一回毎に()()()()()()()()ようにさえ思えるのです……」


「借りてくる……って……リィケは【サウザンドセンス】ではないのですか……?」


「いえ……リィケは【サウザンドセンス】で間違いないでしょう。能力もひとつだけ……思い当たるものがあります」


「別の能力を借りてくる『神の欠片』ですか?」


「いえ。神の()()ではありません。欠片ではない能力(ちから)です」


「欠片じゃない……?」


 ミルズナの言わんとしていることにルーシャは首を傾げた。


 神の欠片がなければ【サウザンドセンス】とは言わない。それ以外は魔法などになるのではないか?


「ルーシアルド、難しく考えずにそのままの意味です。“欠片”になる前は一体なんでしょうか?」


「それは……」


 “神の欠片”は分けられた“一つの魂”の破片、“一つの魂”の持ち主とは…………


「【創世神】の魂の一つ……です」


「そう。この国の神話、本当にあると云われる伝説……その【サウザンドセンス】です」


 千の心を持つ創世の神の千番目の魂。


「欠片ではない“神の魂”。これがリィケの本当の能力(ちから)の正体です。一であり千……欠片となっている()()()()()()()であるもの」


「【創世神】の魂の力……?」


「伝説にある『千の心(サウザンド)』の能力です」



 全員が黙り込んだ静寂のあと、ルーシャの耳にはリィケの穏やかな寝息だけが聞こえてきた。






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