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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第三章 五年前と二年前
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誰もいないはずの街

 ルーシャは『裏の世界』へは、クラストで二度ほど来たことがある。

 あとはリィケの証言により、その特徴を知っている程度だ。


「……空が白い」

「普通に曇り空じゃないだろうな……」

「……そう、だな………………」

「……………………」


 ポツリとこぼしたライズの言葉に思わず反応する。しかし、二人とも空に興味を持っていた訳ではないので、それ以上会話は続かず黙りこくった。


 レイニール王子の手掛かりを探すはずだったのに……何で、俺たちがここにいるんだ?


 リィケもミルズナも、リーヨォもいない……。


 急にルーシャとライズだけが飛ばされたようだ。


「……………………」

「……………………」


 立っているだけだと天気以外の話題もなく、いつまでもお互いに話すことはない。



 最初に沈黙に耐えきれなくなったのはルーシャだった。


「と、とりあえず、ここが何処か調べないと……」

「あぁ……あ、いや…………あれは……」

「え? 何だ?」

「あそこにあるのは……」


 ライズが何かに気付いて指さす。


 いくつかの家々の向こう、大きな建物とそこに建つ高い塔が見えた。


「教会だな」

「あの時計塔は……トーラストの?」



 トーラストの街は【聖職者連盟】の建物が街の中心にあり、そこには時刻を報せるための鐘突き堂を備えた、大きな時計塔が建っている。


 ルーシャもライズもトーラストの人間であり、生まれた時から馴染みのある建物だ。


「トーラストの『裏の世界』……か」

「鐘突き堂が見える位置なら…………じゃあ、ここは……」


 ルーシャが後ろを振り向くと、大きな門構えと長い格子の柵が路に沿って続いている。


 背の高い雑草に覆われた広大な庭のその向こう、石造りの白く大きな建物は、ルーシャが知る限り外観は実際のものとあまり変わらない。


「やっぱり……ラナロアの屋敷だ。ここはトーラストの北側だな……」



 トーラストの領主であるラナロアの屋敷は、街の北側を覆うように存在している。元々が古い屋敷のためか、『裏の世界』でも少し汚れている程度だ。


『神の欠片』の仕組みや理屈は分からないが、トーラストの街の造りや配置は本物に忠実なようである。



「とりあえず、まず教会へ行ってみるか……」

「……何故?」

「オレも二度目だが、『裏の世界』は教会に行くとだいたい何か起きてるみたいだ」

「…………」


 適当か? と、言わんばかりの視線がライズから送られた。しかし、動かないことにはどうにもならないため、ルーシャはそれを無視して教会を目指して歩き始めた。


 不満はありそうだが、ライズも結局はついていくしかないようだ。ルーシャの二歩ほど後ろを歩いている。



 ざっざっざっ……


「………………」

「………………」


 ざっざっざっ……


 教会の入り口までは少し距離があるが、そこまで二人は無言で歩き続けた。


 無人の街並みに、砂や雑草で荒れた敷石を踏む音が響く。


 お互いの足音しか聞こえるものがないので、ルーシャはライズがついてきていることは分かっていた。しかし、すぐにこの沈黙で足取りは重く感じてくる。


 やっぱり、何か……気まずい……。


 ルーシャはそう思いながら、後ろを振り向くことなく進んだ。




 しばらく歩き、二人は教会の前にたどり着く。向かって右側が連盟の建物であり、左には礼拝堂の大扉が見える。


 扉は植物で覆われているが、少し払えば中へ入れそうだった。


 ギ……ギギ……


 錆び付いた音をたてて開いた扉の先は、イスや机が倒れて荒れてはいるが、紛れもなく見馴れた教会の礼拝堂であった。


 しかし、中に入るなりライズが辺りを見回して顔をしかめる。


「この礼拝堂、こんなに明るかったか?」


「いいや、実際と違う。ここは全部の方向の窓から、光が中に向かって入ってるんだ……」


 確か、リィケが『裏の世界』のクラストの教会で、光が全ての窓から入ってきていたのを見た……と、報告書に書いてあったのをルーシャは思い出す。


 教会の礼拝堂は光の入りを計算して造られている。


 トーラストの礼拝堂は、クラストの教会のような大きなステンドグラスは無いが、昼間であればどの時間でも陽の光が射し込む構造になっていた。


 そして、この『裏の世界』の礼拝堂は、陽の当たる位置に関係などないようだ。全部の窓の光が中央に集まって、演劇の舞台の主役に当てられた照明みたいに見える。


 もしかしたら、一見めちゃくちゃに見えるこの『裏の世界』にも、何かの法則性があるのかもしれない。


 特に光が多く集まって重なっているのは、ちょうど主祭壇の前、司祭が説教をする教台のあった場所である。


 本来あるはずの教台はなく、石の床に光溜まりができあがっているのだ。


 ルーシャは何となく、その場所に立って上を見上げると、真上の円形窓から光が静かに降り注いでいる。

 ライズはそこへ行かず、じっとルーシャを遠巻きに眺めているだけだった。


「……特に何も起きないが?」


「そうだな」


 教会の中も外も、何の気配も物音もしない。


 二人とも黙って礼拝堂に居たが、ここではこれ以上、変わったことは起きないと思った。


「他の所も……」


 ルーシャがそう言いかけて後ろを向いた時、開かれていた大扉のところに影が立っている。


「え……?」

「何だ……」


 コツコツ……コツコツ……


 それは扉からの光を背に二人に近づいてきた。


『貴様ら、ここへどうやって入った!?』


「なっ!?」

「お前は……!?」


 怒りの形相で近付いてきたのは、クラストの町を貶めた悪魔。


 痩せて神経質そうな中年の男の姿であり、手には体格に不釣り合いなゴツゴツとした大剣を握っている。

 人間に化けていた時は僧侶長と言われ、その名は『ベクター』であったはずだ。


「こいつ……確か『シザーズ』に吸収されて死んだはず……」

「っ!? ルーシャ、上に……!!」


 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ!!


 突然、ルーシャの頭上から不快な金属音が響いた。


 慌てて振り仰ぐと、天井の丸窓に無数の巨大なハサミや針が浮いている。


「『シザーズ』!? そんな、さっきまで何も……」


「ボーッとするな!! あいつは俺が相手にするから、お前はシザーズを何とかしろ!!」


「わかった……“レイシア”っ!!」


 腰に差してあった金の十字架が一振の大剣へと変わり、ルーシャの周りには刀身から発生した青白い光が漂う。


「一気に祓う……!!」


 ルーシャは宝剣に意識を集中させて法力を纏わせる。シザーズがこちらへ向かってくる瞬間に、全体を凪祓うイメージを浮かべて剣を振りかぶった。






『ぐぁああああああっ!!』


 雄叫びをあげると、ベクターの姿がメキメキと音をたてて変形し、角の生えた牛のような姿へ変わっていく。


「このっ……!!」


 ドンッ!!


 ライズは両手にショットガンとリボルバーを持ち、姿を変えていくベクターに向かって一発だけ発砲する。これで相手の様子を見るつもりだった。


 しかし、


 ――――チュインッ!


「っ!?」


 ベクターの額の真ん中に撃ち込んだ弾は、何の手応えもなく後ろへ飛び、石の壁を跳躍した。


 ドンッ! ドドンッ!!


 さらに続けて三発ほど撃ち込むが、やはり結果は同じである。


『ぐぁああああああっ!!』

「………………?」


 変形を続けるベクターを見ながら、ライズの中で何か違和感があった。目の前で化け物を見ているのに、そいつから何の殺気も感じられないことに気付いた。


 カチャカチャ……バチンッ! ドンッ!!


 リボルバーに()()()()()を装填し、試しに撃ち込んでみる。


 ――――チュインッ!


「…………まさか」


 ダダダダダッ!


 ライズは銃を腰に戻して、ベクターへ向かって突進していった。身体を低く構え、思い切り体当たりの姿勢をとる。


 そのまま、勢いよくぶつかる――――――


 ズザァアアアッ!!


 ライズはベクターをすり抜けて、大扉の所で滑りながら勢いを止めた。


 すぐに体勢を立て直し振り向くと、ベクターの姿が透けてゆらゆらと不安定に立っているのが分かる。


 すると、中心からまるで穴が拡がるように消えていく。


「これは…………幻覚か? ルーシャ!!」


 ライズが祭壇近くのルーシャを見ると、やはり向かってきたシザーズが半透明になり、ルーシャの手前で消えていった。


「なんだ? これは……」


 悪魔たちが消えると、再び礼拝堂の中は静寂が訪れる。


「悪魔は……?」

「たぶん、最初からいなかった……」


 ルーシャは光の場所から、入り口までを歩きながら確認していく。


 ベクターのいたはずの場所には埃が積もり、ルーシャとライズの足跡以外には踏まれた形跡がなかった。




 …………………………

 ………………




「…………………………」


「まぁ、言ってても仕方ねぇだろうな……」

「とりあえず、落ち着きましょうか…………」


 リィケとミルズナ、そしてリーヨォは屋敷の廊下で座って、簡単な休憩を取っていた。


 ルーシャとライズが消えてまだ十数分。

 さっきまで取り乱して泣いていたリィケにとっては、この間の時間が数時間にも感じられる。


 リィケは二人から少し離れた位置で、背中を丸めてうずくまるように座っていた。


「お父さん……ライズさん……」


 あれから幾度も『神の欠片』が使えないか試したが、能力の発現どころか、空気さえも動かなかった。



 慌てても埒が開かないということで、一先ず様子を見ようということなのだ。


「「「……………………」」」


 一度、黙ってしまうと余計に落ち込みそうになる。


「…………あ、リズ。クッキー食べます?」

「いや……それより、タバコ吸っていいか?」

「私、気分が悪くなりますので、ここではやめていただけます?」

「え~? 今、外に迂闊に行けねぇだろうが…………え~と……」

「そう……ですよね~…………」


「…………………………」


「……リィケ、大丈夫ですか?」

「気だけはしっかりしろ。な?」


 あえて普通にしている二人のやり取りに、リィケは遠い目をし始める。

 さすがのリーヨォも心配になり声を掛けてしまう。


「ま、あいつらなら大丈夫、元々がパートナー同士でお互いの性格も解ってる。ライズもこの五年で、ルーシャと実力は並んだたろうしな……」


「……………………」


「えぇ、ライズは本部で頑張りましたから。どんな場合でも、努力を怠っていませんでしたし……」


「……………………あの」

「はい?」


「…………何で、ライズさんはお父さんのパートナーを辞めたんですか?」

「それは……」


 リィケがライズに会ってからずっと、疑問に思っていたことだ。


「ライズさんはお父さんのこと、嫌いになったから離れたの? それとも、お父さんがライズさんのこと、嫌いになったの?」

「……何で、そう思った?」


「ライズさん、お父さんとあんまり目を合わせてなかったから。必要なこと以外、話もしてないし……本当にパートナーだったのかなぁって思うくらいで……」


「「………………」」


 ミルズナとリーヨォが、リィケをじっと見詰めて黙り込んだ。二人とも口を固く閉じて苦いものを噛んだような顔をする。


「ミルズナ。お前、ライズからは聞いているか?」

「……えぇ、大体の経緯は……とても、辛そうに話してくれました」


 リーヨォは大きくため息をつく。


「俺はラナロアから聞いた。たぶん……ルーシャは聞いていない。ルーシャの奴は、自分のせいでライズに愛想尽かされたと思ってるしな……」


「えっと……何が……?」


「ライズはルーシャを嫌ってなんかいない。むしろ逆だ」


「……逆?」


「ライズはこれ以上、家族を喪いたくなかったから、()()()()()()()()()()()()()んだよ」


「どういう……?」


「俺は又聞きだから、簡単にしか言えないがな……」


 リーヨォはポツポツと話し始めた。


 ルーシャが知らない、五年前のことを。




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