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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第三章 五年前と二年前
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レイニールの行方

 人造機兵(ゴーレム)を倒してから数時間後。


 ルーシャたちは王都の門の前まで戻ってきていた。

 陽はとっくに沈み、辺りは松明が無ければ先が見渡せないほど暗くなってしまっている。


 結局、日没ギリギリまで結界で囲まれている範囲を捜してまわったのだが、レイニールや彼に繋がるものは見付からなかったのだ。




 本部へ戻ると、受付の職員がルーシャたちへミルズナからの伝言を託されていた。


 面会の時間を指定され、執務室へくる前に食事などを済ませるように……と、誰が聞いても差し障りのない内容である。



 途中、寮へ戻るライズと別れた。

 どうやら、以前に夕飯を作る当番を代わってもらったため、今回の片付けだけは参加したいようだ。


 仕方なく、ルーシャとリィケは宿泊している部屋へ戻った。軽い食事や入浴、着替えを済ませて時間まで部屋で過ごす。


 さらに夜が更け、真夜中になった。



「………………ぐぅ…………」

「リィケ?」

「………………はっ!? お、起きてます!!」

「いや……無理しなくてもいいぞ?」


 リィケはベッドに腰掛け、先ほどから必死に寝まいと首を振ったり背伸びをしたりしている。


 いつもならリィケはすでに寝ている時間で、さらに出掛けたために体力も消耗しているのだ。馬に乗って帰る時に少しは眠っていたが、いつもの睡眠を補うには不充分だった。


「眠いなら寝ていろ。王女にはオレから言っておくから……報告だけだし、お前は部屋で休んでいても良い――――」

「――――――やだ……!」


 ルーシャの言葉を遮るように、リィケは珍しく強い口調で拒否する。


「いや、でも無理すると……」

「僕も行く! だって……あんな悪魔だらけの場所に、レイニールがいたかもしれないんだよ? もし困っているなら、ミルズナさんに話して助ける方法を考えないと……!!」


 言っているうちに感情が昂ってしまったのか、リィケはボロボロと目から涙を流す。


「え~と……リィケ?」

「うっ……うぇっ……」

「……………………」


 ――――生ける傀儡(リビングドール)って、普通の子供と同じ接し方でも大丈夫だろうか?


 ルーシャは内心戸惑いながらも、隣に座り頭や背中を撫でて落ち着かせてみようと試みた。



「おい、大丈夫か……」

「うっ、うん……ねぇ……お父さん?」

「なんだ?」


「お父さん……は、初めて会った時に、僕が魔操人形(マリオネット)と同じような姿だったら……どうする?」


「………………え?」


 意外な質問をされて、ルーシャは返答に困って言葉が出ない。


 濃い緑色(ビリジャン)の大きな瞳が、じっと見てくるので誤魔化すようなことも言えないと感じた。


「もし…………この“人間の姿”じゃない、“悪魔の姿”で戦わなくても…………僕の話、聞いてくれた?」


「それは…………」


 例え人間に敵意を示さなくても魔操人形(マリオネット)などの人工的な悪魔は、自動的に退治の対象になってしまう。


 オレだったら……たぶん、話なんか聞かない。

 いや、基本的に魔操人形(マリオネット)は話せないとされているし……すぐに斬っているだろう。


 ライズも同様である。二人とも実力も経験もあり、今さら魔操人形(マリオネット)などに脅威は感じない。あの岩山で戦ったように一瞬で()()がつく。


「……レイニールは……一生懸命、僕と話そうとしてて……でも、僕も怖くて最初に逃げたし……」

「うん……」


「二年、も……逃げたり隠れたりして……たんじゃ……大変で……」

「うん……」


 生ける傀儡(リビングドール)であるリィケは、普通の子供のようにしゃっくりをあげることはないが、感情が邪魔して声を詰まらせている。


「どうしよう……レイニール、僕が……探してる間に、誰かに……た、退治されて、たら…………うぅ……」


 その後、リィケは会話にならないほど泣き伏した。ルーシャはリィケの頭や背中を撫でながら「大丈夫だから」と繰り返し言うのがやっとである。





 小一時間、泣き続けたリィケはいつの間にか、ルーシャの膝元で静かになった。やがて規則的に肩が動いているのを確認する。


「………………すぅ…………すぅ……」

「……………………」

「…………くぅ…………くぅ……」


「……………………寝た、か……」


 今度は深く眠ったようだ。

 ルーシャがリィケをベッドの真ん中に転がしても起きる気配はない。


「………………ふぅ……」


 ルーシャは今日という日を朝から振り返り、とんでもなく長い一日であったと思い、思わずため息が洩れた。


 朝早く目が覚めて市場へ行ったらライズに会った。


 部屋へ戻ればリィケが何かの能力を使ったのか、レイニール王子と会ったと言う。


 岩山へ行けば、本来いるはずのない『魔操人形(マリオネット)』や『人造機兵(ゴーレム)』を倒すことになった。


 しかもご丁寧に『魔力栓(デモン・ポータル)』まで作り、人造の悪魔たちを活性化させていた。


 ――――『子供ハ、排除スル』


 考えられることは…………


 “何者かがレイニールを人形にして岩山に閉じ込めた”…………?


「何のため……?」


 これはひとりで考えても無駄だ。やはり、悪魔や【サウザンドセンス】の研究をしているというミルズナに、状況を細かく伝え助言を得る方がいい。


 ルーシャは部屋に置かれている、小さな振り子時計に目をやる。


 そろそろ時間だな……リィケは置いていくしかないか。


 ルーシャがそう思った時、部屋の外に誰かの気配を感じた。


 コンコンコン。


「はい……」


 入り口から聞こえるノックの音にルーシャが返事をする。それと同時にドアが開かれた。


「時間。一緒に来るように言われたから……」


 相変わらず目を逸らしつつ、ライズがひとりで立っている。


「あぁ。それと……すまないが、リィケが寝てしまって……オレだけ行くんだが…………」


「構わない。こんな夜中だ、ミルズナ様もそれは想定していると思う」


 部屋に鍵を掛け、ライズの後ろをついていく形で通路を進む。

 さすがに真夜中近い時間のせいか、建物の中には誰の姿も見掛けない。




 お互いに無言で歩いてミルズナの執務室の近くまで来た時、ライズがピタリと足を止めて前方を怪訝な顔で見ていた。


「ライズ、どうした?」

「いや……執務室の前に……」

「ん?」


 執務室の重厚な扉の両脇、まるで門番のように厳つい顔の兵士が二人立っている。

 一般的な兵士よりも上等な白い鎧。僧兵のような彩飾も施されているが、聖職者には見えなかった。


「……あれは『王室聖騎士(クルセイダーズ)』じゃないか」


 ライズが呟く。どうやら、かなり驚いているようだ。


「『王室聖騎士(クルセイダーズ)』? 上級護衛兵(インペリアルガード)か?」


「俺たち上級護衛兵(インペリアルガード)の中でも格上の騎士だ。国王陛下もしくは王家の直系の人間しか連れて歩けない」


「………………」


 ミルズナも王族だが、彼らを連れて歩くことは公式の行事以外にはないという。


 ルーシャは顔をしかめる。


 つまり国王候補であるミルズナよりも、陛下に近しい存在がこの執務室にいるということ。


 リィケが来ると分かっている時に、なぜそんな仰々しい護衛付きの人間も来るのか?



 緊張した表情で、ライズは兵士たちに近付いた。


「……本部長のミルズナ様に用があり参りました」


「あぁ、君は…………念のため名を。この先は防音の結界を張ったため、扉の開け閉めは極力少なくしたい」


「『ライズ・フォースラン』と『ルーシアルド・ケッセル』です。ミルズナ様に目通りを願いたい」


「大丈夫だ、聞いている。静かに入ってくれ」


「「……………………」」


 執務室の二重の扉をくぐる際に、何か空気の抵抗のようなものを感じる。岩山の結界に似たそれが防音の結界なのだ。



「ミルズナ様、失礼致します」

「失礼致します……」


「来ましたね。二人とも、疲れているところ申し訳ありません。あら? やはりリィケは寝てしまいましたか……さ、二人ともこちらに……」


 少し苦笑いを浮かべるも、それもミルズナは予想していたので、それ以上は何も言わずに二人に隣に座るように提案する。


「………………?」


 促されてルーシャが近付いた時、ミルズナの後ろのソファーに誰かが座っているのが見えた。


 腰まである黒髪、歳はだいたい二十代半ばか後半、やや痩せ形の色白な男性である。

 腕組みをして目を伏せていたが、その目がスゥッと開かれルーシャとライズを見上げた。


「………………」


 黙って二人を見る男性は、この国では珍しい切れ長の形で黒い瞳をしている。


 ルーシャが視線を向けた時、男性の首もとにある『紋章』に目が留まった。


 赤い布地に金の糸で『幻獣ユニコーン』の刺繍が施されている。


 あれ……? この紋章って…………


 ユニコーンの紋章はこの部屋にもある。

 そして、ミルズナが首から掛けているペンダントにも。


 この国、【聖リルダーナ王国】の紋章である。


「ふふ。二人は初めて会いますね。こちらは私の婚約者です。今日は同席させていただいても良いですか?」


「は、はい……?」

「っ!?」


 キョトンとしたルーシャとは対照的に、ライズはすぐに床に片膝を突き頭を下げた。


「え? ライズ?」

「ルーシャ、座れ……! この方は……!!」


「…………構わない、二人とも普通に席に座ってくれ。私のわがままでここに居させてもらっているのだから」


 男性の口調は静かで落ち着いている。


「ええ、ライズもルーシアルドも楽にしてください。勝手に来たのは『リズ』の方ですから。リズ、自己紹介がまだですよ?」


「……分かっている。私の名は『リズウェルト』。家名は省略させてもらうぞ。王家の名は長いだけだからな……それと、二人のことはミルズナから聞いているから、改めて名乗らなくてもいい」



「王家…………?」

「……この方は、この国の第一王子だ」

「……えっ!?」


『リズウェルト』と名乗った男性は、表情こそピクリとも変わらないがルーシャたちに楽にするように促してくれる。




 戸惑いながらも二人はソファーに並んで腰掛けた。

 ライズは緊張で少しひきつった様子であったが、そこへ追い討ちをかけるようにミルズナが茶を淹れた器を並べていた。


「ミルズナ様……! それは私が……!」

「いいからいいから、リズがいる時くらいは私に淹れさせてくださいな」


 立ち上がろうとしたライズを手で征し、ミルズナはニコニコとリズウェルトの近くへ座った。


「リズウェルト王子……?」


「『王子』はいらない。私は正式に王位継承の権利を放棄しているからな」


「リズは【サウザンドセンス】ではないという理由で、継承権を自ら放棄したのです。でも私との婚約がまだ続いていますので、他から見れば『王子』を取るのは難しいかもしれません。その証拠に未だ『王室聖騎士(クルセイダーズ)』が彼の護衛に付きますから」


「……………………」


 ミルズナの言葉に、リズウェルトは眉間に深いシワを寄せる。


「さて……二人には本日の成果を教えていただきましょう。単刀直入に、レイニールは…………見付かりませんでしたか…………」


「はい…………」

「申し訳ありません……」


 ルーシャとライズが下を向くと、ミルズナが首を横に振る。


「いいえ、あなた方が確かめに行ってくださったことが大事なのです。リィケの能力のこともあります。ですが、これで次の行動を考えなければなりません」


 ミルズナが目で合図を送った。リズウェルトは静かに頷くと、目の前のルーシャとライズを交互に見る。そしてルーシャの方に視線が止まり、一瞬だけ顔をしかめた。


「少し……頼みがある」


「何でしょう?」


「……ルーシアルド、君の子どもを貸してもらいたい」


「リィケを?」


「その子の神の欠片で、視てもらいたいものがある」


「え?」


「私は……どうしても弟を、レイニールを見付けたいのだ」


 リズウェルトはルーシャの目を真っ直ぐに見ていた。




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