地獄と繋がった場所
森の奥へと進み、出てくる魔操人形を流れ作業のように倒していく。
数十分後。
ここは、見える範囲でそんなに大きな森ではない。
この辺りの悪魔は三人によってほぼ退治されたと言っていいぐらい、地面には魔操人形の残骸ばかりが積み重なっていた。
「見事に魔操人形ばかりだな」
「動物も他の悪魔もいなかったね……」
一応、知能がほぼ無いと言ってもいい魔操人形だが、人型であるためなのか、組み込まれている命令のためなのか、その辺にいる動物と変わらない低級悪魔よりは統率がとれている。結果、その場にいる他の生物を脅かす存在だと報告された。
そのため、野生動物やほどほどに暮らしていた低級悪魔などが、不法投棄された魔操人形に狩られてしまうことが近年問題になっている。
…………でも、この数を不法に棄てるのは無理があるな。
この山は【聖職者連盟】の本部が管理している。
個人的に人形を大量に棄てにくるのは、ほぼ不可能だと思われた。
だからこそ、レイニールがこの山にいたのも不可能であるはずなのだが…………
「……王子らしき人形は?」
「いない……レイニールは僕がいれば分かるはずだから、絶対僕に気付いてもらうようにすると思う。それに、あの時は近付いて来たとき金属の音がして…………あ!!」
急にリィケが走りだす。
「あっち! 森を抜けて出る所!」
「待て、急に走ると危ないぞ!」
リィケの後をルーシャとライズが追う。
リィケの向かった方向は森の端であり、目の前は崖で王都と平原が一望できる場所だった。
「ここ! ここに出て……横に……」
リィケが向いた方には、さらに高台へ上がる細い道が続いていた。
「この上に『裏の世界』のトーラストの街があった……?」
「うん!」
「…………この上はたぶん、街があるくらい広くはないぞ?」
ルーシャも神の欠片がどこまでの能力なのか、まだ計りかねるところがある。クラストの町一つを廃墟として再現するのだから、距離や空間などは完全に無視できるのかもしれない。
「それでもあったんだよ!」
「う~ん……」
「とりあえず、行くか…………」
「うん!」
「…………」
何の苦もなく、三人は上へ歩いて登る。
しかし、その場所は開けた平地で石や岩が転がるのみで、街はおろか人工的なものも一つもない。
そしてやはりどう見ても、ここはちょっとした運動ができる広さはあるが、街一つ……ましてや国で王都に次いで大きいトーラストの街が入る面積は無さそうだった。
夢じゃないなら『神の欠片』しかないよな……。
リィケはここで『裏の世界のトーラスト』へ、レイニールと一緒に入った。
「おそらく、リィケは逃げている最中に、神の欠片が発動したんだろう…………それで、ここにトーラストの街が…………」
「レイニールは? こんなに来たのに、まだ……」
「「……………………」」
ルーシャとライズがそろって黙る。
ここまで暴れたのに、出てこないのは…………
考えられる事としては、やはりリィケの見たのが所詮は夢だったのか、単に王子が出てこられないだけなのか、もしくはこの辺りに王子がいないのか。
あと一つ、最悪な場合。
「……オレ、斬り捨てたりしてない……よな?」
「っっっ!?」
思わずボソッと呟いたルーシャを、リィケが思い切り振り仰ぐ。
「お、お……お父さん……ま、ま、まさか、レイニールを…………」
「きっ……斬ってないっ! 大丈夫、それらしいのはどこにもいなかったから……!」
涙目になって震えながら見てくるリィケに、ルーシャは慌てて高速で首を振った。
だが、もしもレイニールが他の魔操人形に紛れて塊で迫ってきたら、ルーシャの一撃で簡単にバラバラにしているかもしれない。
そんなことも頭に過ったが、絶対にもう口には出せないとルーシャは思った。しかし、そこで二人の様子を静観していたライズが、荷物から地図を出しながら会話に入ってくる。
「いや……大丈夫だろ……王子は状況判断に長けた方だったから。わざわざ悪魔と一緒に斬られるような真似はされないはずだ」
「うぅ……ほんと?」
「………………まぁ、そうだよな」
まるでルーシャが内心思ったことを読んだようなフォローだ。
「ここだけの話だが…………あの方は子供らしさとか、迂闊さとかは皆無だったらしい。それこそ、王子を子供だと甘く見て対峙した大人が、言葉や態度に気圧されして項垂れて逃げていくことも多かったそうだ」
【最強のサウザンドセンス】
ルーシャはレイニールがそう言われていたことを思い出す。
「なるほど、ミルズナ王女が王に推しているだけあるな……」
「もう一度ちゃんと会えたら、聞きたいこともたくさんあるのに…………」
リィケがしゅんとして首を下へ向ける。
そこへライズがリィケの肩をつついた。
「向こうにも岩山と小さな森が繋がっているから、そこも少し探しておこう。日が暮れる前に…………ん?」
ライズが何かに気付いて、高台の中ほどへ目を凝らしている。
「…………なんだ?」
「ライズさん、どうかしたんですか?」
「二人とも……あれ……」
登ってきた所と反対側、何かが地面にあるのが見えた。
ボコッ……!
地面で黒いものが小さく跳ねる。
何かどろどろとした真っ黒な液体が、地中から外へ湧き水のように出ているのだ。
「何? あれ……?」
「「“魔力栓”……」」
「へ?」
ルーシャとライズが口をそろえて呟く。
「……要は魔力が強く湧き出ている場所。悪魔の魔力供給源になるものだ。あれがある所には…………」
「所には……?」
「当然、悪魔が集まる……」
………………ガラガラガラガラ。
「「「――――っ!?」」」
不意に大きめの石が沢山ぶつかるような音が響いた。
「この音……」
「……さっきまでのと違うな。たぶん、あっちからだ」
銃使いであるライズは、耳が良く音の方角などを把握するのが上手い。指差した方向は“魔力栓”を挟んで向こうの崖と森である。
「……まとまった音だな。リィケ、ライズと一緒にいろ」
「は、はい!」
ぶつかる音の他には、ガリガリと岩を削るような嫌な音も混じる。
「崖を登ってきている。もう少しで上に来るぞ……」
「分かった……」
リィケとライズの前に立ち、ルーシャは“宝剣レイシア”に法力を込めた。刀身が淡い青色の光を放ち始めた時、『それ』は三人の前に姿を現した。
「ギギ……ア゛ア゛ア゛…………」
「…………『人形』?」
ルーシャは眉間にシワを寄せる。
這い上がって来たのは、さっき戦っていた魔操人形と材質は似てはいるが、大きさや形が異なっていた。
ルーシャより倍近くある背丈、それに負けないくらいの横幅。まるで、筋肉質な大男を連想させる胴体と手足であり、腕は肩から二本ずつ……計四本も生えている。
身体に対して頭は小さく円柱で、目のつもりなのか、真ん中に大きな赤い石が嵌め込まれていた。
個体で形は様々であるが、魔術で造られた『人造機兵』と呼ばれる大型の人形の悪魔だ。
こんな山奥に人造機兵……?
明らかに手が加えられた悪魔である。
誰かが明確な目的を持ってここへ置いたのだ。
完全に上に這い上がった人造機兵が、箱のような顔を上げて、
「モ、ハ……ハイ……ジョ……」
「…………?」
「子供ハ、排除スル……!」
「っ!?」
ドドドドドドドッ!!
人造機兵がルーシャたち目掛けて突進してきた。
「くっ!?」
ルーシャは寸で避けるが、人造機械兵はその勢いのままリィケの方へ突っ込んでいく。あの巨体が当たればリィケは一溜まりもない。
「リィケっ!?」
「わぁああっ!?」
「――――っ!!」
人造機兵がリィケに到達する前に、ライズが抱えてひらりと避けた。
ザザザザザ――――――ッ!!
崖に落ちるかと思いきや、巨体は滑りながら方向を変えて、今度はルーシャへは見向きもしない。完全に標的をリィケに合わせたようだ。
「ライズ!! リィケを頼む!!」
「言われなくても……!」
「ひゃああ~っ!!」
情けない声を発しているリィケを横抱きした状態で、ライズは目の前少し大きな岩に足を掛けて、思い切り後ろへ……人造機兵の頭上を跳躍する。
人造機兵を飛び越え、着地後はルーシャの背後へ回った。
ライズたちにぶつかり損ねた人造機兵は、盛大に岩を砕いて倒れ込む。
「たぁあああっ!!」
ルーシャが倒れている人造機兵の岩の背中目掛けて、宝剣を力任せに突き立てた。
「『主よ、天の雷よ此処に。地を穢す者に根を刺し、信仰の枝葉を持って慈悲を与え賜え』!!」
ルーシャが聖書の福音を叫ぶと、宝剣が淡い青色の光を発して人造機兵へと染み込んでいく。
「清けき風よ、穿て!! “聖浄の風”!!」
ブワァッ!! と、辺りに風が起こり、刺さっている宝剣を中心に人造機兵に大きな亀裂が走って、風船が破裂するように砕けて飛んだ。
ものの数分で片付いたため、リィケは状況についていけずにライズに抱えられたままポカンとする。
「…………ふぅ」
ガラガラと瓦礫になった人造機兵を足で蹴りながら、ルーシャは“魔力栓”へ近付いていった。
洗面器くらいの面積の穴からは、魔力を含んだ黒い水がぼこぼこと溢れてきている。
良く見ると、穴の周りの岩に何かで引っ掻いたような、硬い線が幾つも重なっていた。それが人工の『魔法陣』の類いであることは、魔術にあまり詳しくないルーシャでも気付いた。
「誰かが……魔力栓を作った……?」
これがあれば魔操人形も人造機兵も、身体が動く限り魔力を供給し続ける。
――――『子供ハ、排除スル』
こんな所で子供を殺す命令を与えられていた?
ここは悪魔が出没するばかりで、子供どころか大人も近寄らない岩山である。
「子供……レイニール王子……」
「お父さん! 大丈夫!?」
考え込んで動かなかったルーシャに、心配顔のリィケが飛び付いてきた。
「お父さん、どうしたの!? どこか痛い!?」
「あ……いや、何ともない……けど……」
ふと、あの人造機兵が登ってきた崖が気になり、ルーシャはリィケを腰にへばり付けたまま崖下を覗き込む。
「うっ……!!」
「うわぁっ!?」
揃って声を上げた二人に続き、ライズも下を覗き込んだ。
「な……何だ、これは……」
ルーシャの背丈の何倍もの高さの崖下。
本来ならあの人造機兵が上がってはこられない高さなのだが…………
「まさか……さっきの奴はこいつらを土台に上がってきたのか…………」
まるで崖崩れが起きたように、何体分かも分からないほどの砕けた人造機兵が積み上がっている。
「問題は誰が、これをやったのか……だ……」
「悪魔の同士討ち。もしくは……」
「…………レイニール?」
二年前にいなくなった。
人形の姿でずっと…………
「王子が……二年間も山から下りられず、誰にも頼れずにいたのなら……」
「ずっと……聖職者でもないのに、一人で戦っていたのか?」
「そんな……」
たった独り。ここは地獄だった。
その地獄に……二年も? 子供が?
“最強のサウザンドセンス”
“神にも魔王にもなる”
――――――もし、これを王子がやったなら、悪魔や【魔王】だけじゃない……敵対する人間にだって脅威になる。
もし、リィケの『神の欠片』が強力なものなら、ルーシャはリィケを守るために悪魔以外とも戦うかもしれない。
「…………………………」
「お父さん……?」
ルーシャは湧き上がる不安に、リィケの肩を強く掴んで引き寄せていた。




