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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第三章 五年前と二年前
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交渉とリビングドール

 ――――何でこんな所に!?


 リィケはあまりのことに理解が追い付かなくなった。


 いや、森の中で目覚めてから追い付いてはいなかったが、さらに混乱するような景色が、リィケの眼前にあったのだ。



「何で……『トーラスト』の街が、ある……の?」


 よく見慣れた門と大通り。

 店や建物の並び。

 遠くに見える教会の時計塔。


 そんな……あっちには王都があったのに!?


 森から出た崖の向こうに聖リルディナ王都が見えた。その横の道を駆け上がって着いたのがここ。


 トーラストの街のわけはない。

 あそこから王都へ来るまでに、汽車で丸一日は掛かっているのだから。


 一瞬で移動できたなんて…………あっ!?


 リィケは目を凝らして辺りを見回し、あることに気付いて、空を振り仰いだ。


「ここ…………『裏の世界』だ……!」


 のっぺりと平面的で何の表情もない、ただ明るいだけの『白い空』が広がっている。

 宿場町もクラストの町の時も、この世界の空は青くはない。何度か迷い込んだから、リィケは少しなれていたのだ。


 そう解った瞬間、目の前のトーラストの街が廃墟であることにも気付いた。石で出来た道や建物が多かったため、宿場町やクラストほど荒れていないように見えたが、常にキレイな石のタイルの隙間には雑草が生えている。


 そういえば、途中で何かを突き破ったような衝撃はなかっただろうか?


 痛覚のないリィケでも、抵抗感というものは分かる。


「さっきまで、普通の世界だった……のかな?」


 寝室から森の中というのも十分異常なことだが、それに加えて悪魔に追われている途中、リィケの中で『神の欠片』が働いたのかもしれない。


 そうか……僕が『裏の世界』に逃げたら、さっきの悪魔もここまでは来られな――――


 ガシャガシャガシャガシャガシャ!!


 金属音と共に、リィケの真後ろに鉄の人形……『ボロボロのヒト』が姿を現した。


「ギギッ……!?」


「う……うわぁあああ!! な、なんで――――っ!?」


 人形と目が合うやいなや、リィケはトーラストの廃墟へ真っ直ぐに逃げ込んだ。


 嘘っ、嘘だ、何であの悪魔も『裏の世界』に来られるの!?


 訳が解らずパニックになりそうだったが、基がトーラストの街だったせいか、リィケは逃げる方向には困らない。


 裸足で近くの店へ逃げ込むと、壊れたカウンターの陰に隠れる。息があがることはないので、すぐに落ち着いて考えを巡らせることができた。



 えっと……『裏の世界』って、僕やロアンが来たところだよね。


 ――――『うらのせかいは、カギ、かかってないし、ヒトもアクマもいない』


 確かに、リィケがロアンと一緒にいた時は、ただ廃墟が並ぶだけで人はおろか悪魔もいなかった。そして、朽ち果て壊れていたせいか鍵も特に掛かっていない。


 しかし、悪魔も『裏の世界』にいなかっただろうか?


【魔王マルコシアス】だけではない、シザーズや泥人形(マッドマン)なども来ていた。


 ――――『あくま、ここへくるの、すこしおそい』


 おそらく、こちらが呼び込めば悪魔でも来られるのだということ。けっこうな時間差が有ったが、『裏の世界』へ悪魔を連れ出して決着をつけたのだから。


 でも、僕はあの悪魔を呼んでないし、あの悪魔……()()()()()ように……。


 …………ガシャ。


「…………っ!?」


 件の悪魔がリィケのいる店の戸口へ来た。


 ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ…………


「………………っ……」


 建物の中のタイルの上を、探りながら歩いて来るのが分かった。リィケは両手で口を押さえて、なんとか声を出すまいと努める。


 ガシャ……。悪魔が部屋の中央で歩みを止めた。

 しぃんと静まりかえる中、呆然と立ち尽くしているようにも見える。


 ……このまま、見付かりませんように!


 とにかく、この悪魔をここでやり過ごし、元の世界……ルーシャの所へ戻ることを考えなければ……。


 リィケは耳を澄まし、悪魔の動きひとつひとつにありったけの神経を集中させた。その時だった。



「ギ……」

『ダメか……困ったな……』


「…………?」


 金属音に被るように人の声がした気がする。


「ギギ…………」

『せっかく……人に会えたのに……』


「……!?」


 気のせいではない。悪魔の出す音に混じって、誰かの声が聞こえてきているのだ。


 え……話せる?


 今この空間には、リィケとあの悪魔しかいない。声を発したのがリィケではないのならば当然……声の主は…………


「……ギ……ギギ…………」

『せめて……話を…………』


「………………」


 聞いているうちに、それがまだ幼さが残る声に思えてきた。


 ルーシャやライズのような男性の声ではない。

 ミルズナやマーテルのような女性の声ではない。

 大人の声にしては高く、でも女性の声とも違う柔らかい低さ。


 そうだ、ロアンの声と似てる。


 少年の声だ。リィケは悪魔をカウンターから覗き見た。

 その時、リィケの気が緩んでいたのか、体を少しぶつけてしまった。


 カタン。


「……ギ……」


「………………」


 悪魔がこちらに完全に気付き、顔を向けている。リィケは半ば観念して両手を上げて立ち上がった。


「………………」

「………………」


 しばらく、無言で見詰め合った後、口を開いたのはリィケの方だった。


「……話…………できますか?」


「ギ?」

『え?』


 リィケの耳にハッキリと声が重なって聞こえる。

 やはり気のせいではなく、この悪魔の声が自分に聞こえているのだと確信した。


「ギギッ?」

『お前、分かるのか?』


「分かる……と、思います。この僕の耳がおかしくなければ……」


 ――――悪魔と戦わずに済むのなら、それに越したことはない。


 話せる悪魔であれば“交渉”は、まず最初に試みたいものだと聞いた。ルーシャが退治員として言っていたことだ。


 今のリィケには何一つ戦える(すべ)が無い。逃げるにしても、この状況ではいつまで逃げて良いのか分からなかった。

 だから、できる限り戦いは避けたい。



「僕は退治員です。攻撃するつもりはありません。あなたにも攻撃の意思がないのならば……話を聞きます」


 武器がないので攻撃()()()()のではなく、()()()()()と伝えなければ悪魔に隙を突かれる。


 もちろん、経験の浅いリィケが計算して言えたわけではなく、戦えないなら“攻撃する気は起きない”と、素直に思ったために出た言葉だった。



「ギギ……ギギ、ギギ……」

『分かった……こちらも攻撃することはない。必要もないからな…………』


 普通に話してくる人形にリィケはかなり驚いた。

 その辺をうろついているような悪魔が、こんなにも流暢に話せることがあるのだろうか。


 下級悪魔なら、こんなに意志疎通ができないうえに、とっくに攻撃されていることだろう。しかし、高位の悪魔にしても、あまりにも姿がみすぼらしい。


「……あなたは、本当に悪魔ですか?」


 リィケは思わず尋ねてしまう。


「ギギッ! ギ……ギギ……」

『違う! 人間だ!! いや……こんな姿では信じてはくれぬか……』


「………………」


 カシャン……と人形は俯く。穴が空いているだけの顔の造形に表情は無いが、明らかに落胆している様子が見てとれる。



「…………あの……僕も一応、人間です」


「…………ギ?」

『…………見れば分かるが?』


「僕は、生まれてすぐに身体を悪魔に持っていかれました。今……使っているこの身体は、魔法金属などでできた人形の身体です。えっと……これ……」


 リィケは首の人工皮膚の継ぎ目をめくった。


「ギ……」

『それは……』


「僕は生ける傀儡(リビングドール)です。普段は人に触れても、体温(ねつ)痛覚(いたみ)も感じません。たぶん、あなたもそうですよね?」


「ギギ。ギギギ…………」

『そうだ。何も感じない。本当の身体を誰かに持っていかれたのは分かったのだが……』


「…………悪魔が持っていった?」


「ギギ……ギギギ……」

『分からない、気付いたらこうなっていた。それから二年も王都の周りをさ迷っている……』


「僕と同じ……」


 話をしているうちに、リィケはこの人形を怖いとは思わなくなった。もし大人の退治員であれば、この人形の話を簡単には信じないだろう。だが、リィケはあっさりと信じることにした。


 根拠が有るからだ。


 リィケは人形に近付き、まるで血のこびりつく白骨のような錆びた鉄の手を取って握る。普通ならば金属はひんやりと冷たいはずだが、硬くはあってもじんわりと温かさが伝わってきた。


「ギッ!?」

『なっ!?』


 やはり温かい。人形の驚き具合いを見ると、彼にも体温は伝わっているのだろう。

 さっき掴まれた時は、リィケの腕を服の上から触ったため気付かなかったのかもしれない。


「…………うん……」


 リィケは頷くと、そのまま人形の顔を見上げる。


「僕は【サウザンドセンス】です。同じ人に触ると『感触』があります。今まで何人かに会っているので、あなたも同じだと思います」


「ギ…………」

『あぁ、そうだ……()()だ…………』


「本当? じゃあ、仲間だね!」


「………………」


 無邪気に笑うリィケとは対照的に、急に人形が動きを止めて押し黙った。

 困惑しているのか、何かを考えているのかは、その簡単な造りの顔からは読み取れない。



「ギ…………」

『お前は…………』


 少しの間の後、どことなく探るように人形は声を出す。


「ギッ…………ギギギ…………ギギ?」

『さっき……退治員と言っていたな。本部の退治員か?』


「いいえ。トーラスト支部です。数日だけ、王都へ勉強のために来ました。本部長のミルズナさんに呼ばれたんです」


「ギギギ……?」

『ミルズナが本部長……だと?』


「っ!? ミルズナさんのこと知っているの?」


「ギギ、ギギギ……?」

『知っている。そうか……ミルズナが…………』


 まるで懐かしむように、人形が天を仰ぐ。


 知り合いというなら、ミルズナさんに教えた方がいいのかな?


「……ミルズナさんに報せますか?」


「ギッ……!?」

『本当か!? 報せてくれるか!?』


 心底嬉しそうに驚いた人形は、リィケの手を持って上下に振る。リィケは何となく鉄の顔の向こうに、子供の笑顔が見えた気がした。



「分かった、ミルズナさんと……あと、お父さんにも言わないと! 王都には結界もあるし、君は通れないと思うから!」


「ギッ……! ギギギ! ギギ…………」

『あぁ、頼んだぞ! あ……そうだ、お前の名は……』


 ピシッ!!


 その時、ガラスに亀裂が入るような音が響いた。


「あ!!」


 この世界が崩れる音だ。

 崩れれば元に戻れるが…………


 ビシビシビシッ!!


 もしも、このまま戻ったらトーラストに行くのかな?


 ふと、リィケがそう思った時、人形の足下に大きなヒビが入り床の石が崩れた。


「ギッ!?」

『何だ!?』


 ポッカリ空いた穴は何処までも暗い。

 人形だけが下の暗闇に沈んでいく。


「あ!! 待って!!」


 咄嗟に手を掴んだが、リィケの力では支えられそうにない。


「ぼ、僕の名前はリィケ!! 君は!?」


 名前だけでも伝えないといけないと思った。

 宙ぶらりんになった人形の重みで、掴んだ腕がずるずると下がっていく。


 ガクンッと、さらに下がって人形が落ちる瞬間、


()は――――――……だ!!』


「なっ!?」


 ハッキリと聞いた名前にリィケは驚愕した。







 ………………

 …………………………



「――――うわぁあああああっ!?」


「うわっ!?」

「キャアッ!?」


「…………え、あれ?」


 リィケがいたのは宿のベッドの上だった。

 目の前にはルーシャと、その後ろにミルズナまでいる。


「大丈夫ですか、リィケ。だいぶ、うなされていましたよ?」

「僕…………ここで寝てたの? 部屋、出てないの?」


 リィケの言葉に、ルーシャとミルズナが不思議そうに顔を見合わせた。


「オレも今、食事から戻ってきたけど……鍵も掛かっていたし、出ていった感じはない、な……」


 ――――そんな。じゃあ……今のは……?


 キョロキョロと辺りを見回す。しかし、おかしな点は見当たらず、確かに昨日から泊まっている部屋だ。


「…………夢……?」


 呆然としながらも、リィケはベッドから出ようとシーツをどかして立ち上がろうとする。


「あっ!!」


 リィケの足は人工皮膚がボロボロになり、泥まみれになっていた。まるで、外を裸足であちこち走ったように。


「リィケ……どうした、その足!?」

「…………夢じゃ、ない……!!」


 リィケの顔にうっすらと絶望に似た、困ったような色が浮かんだ。


「リィケ……?」

「ど、どうしよう…………お父さん、ミルズナさん……」


 ルーシャの袖を掴んで、ますます泣きそうな顔になった。



「“レイニール”を捜しにいかないと……!!」




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